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57/66

その57 ニオイます

 秋も大分深まった。

 その日、俺はジーナさんと共に買い物へ出た帰り道、臨港一号線沿いを歩いていた。

 例の近海MM跡近くまでやってくると、どうも雰囲気が騒々しい。

 ジーナさんはあまり目が良くないから

「達郎ちゃん、人間の皆さんがもめているのかい? なんか、やけに騒がしいねぇ」

 はっきり見えていなくとも、気配でわかるらしい。

 俺達は一号線を挟んで近海MMの反対側の歩道を歩いているのだが、あっち側にはノボリがたくさん立っていて、ハチマキを締めたおじさんおばさん達がこれでもかとばかりにたかっている。で、

「うにゃらかかんたら、はんたーい!」

 とか連呼している。

 近海MMの建物の周りは例の塀で囲われており、その中では足場が組まれている。何かの工事が始まっているようだ。そういや魚住興業が潰れてそのあと、峰山の実家のMCGがまたここの権利を持っていったんだよな。なんか、工場にするとか言ってたっけ?

 騒ぎを横目に通り過ぎて行こうとすると

「これ、お願いします!」

 道端にいたおじさんがビラを差し出してきた。

「はいはい」

 受け取って書いてある中身を読んでみると――

『峰山グループによる産廃リサイクル工場建設、断固反対!』

 と見出しがある。

 ふーん。

 そんなモノを造ろうとしていたのか。

 以下、峰山グループがどれだけ「悪いコト」をしてきたか、を紹介する文章が延々と細かい字で続いていく。

『市の幹部に多額の賄賂を贈って湾岸への排水垂れ流しを隠蔽し、一方でコスト削減と称したずさんな設備管理を続けた結果、多数の死傷者を出す大惨事まで引き起こしたことは記憶に新しい。しかし、負傷者、遺族への補償については未だ峰山側から具体的な方策が明示されていないのが現状である』

 ここまでは知ってるよ。

 だけど、これはMCGじゃなくて、その社長の兄弟である人間が経営していた「峰山グループ」がやったことだよな? MCGとは別なんじゃ……?

 そう思いつつ読み進めていくと

『現在のMCGは、対立する魚住興業を弱体化させるために近海MMをめぐる不正疑惑をでっちあげた疑いが濃厚である。かつ、逮捕された峰山社長と同じような手口で市の関係者と接触し、何らかの便宜を図った模様である。なぜなら、この直後に宙に浮いていた近海MM跡地の使用権をMCGが得ているからである――』

 おおっと?

 なんか、きな臭い感じがするぞ。

 魚住がいなくなったと思ったらようやく峰山も本性をあらわしてきたのか?

 思わずチラシの内容に没頭していると

「達郎ちゃん、歩きながら字を読んだらアブナイよ?」

 ジーナさんに注意されてしまった俺。

「すんません……」

 それで翌朝。

 朝刊を見た俺は思わず眉をしかめた。

『MCG、反対派住民の一部を名誉毀損で告訴』

 記事を読む限り、どうやら昨日撒いていたビラがそれらしい。

 峰山の親父のコメント『事実無根のデマをもって中傷されたことは、きわめて遺憾である』

 確かにねぇ。反対派ってのは世界中どこでも過激だから、そういうこともないとは言えないかもしれないけれども。といって、これがデマであるという保証もないんだよな。だいたい、今度の工場建設計画がまともだったら、あんなに住民の方々が反対したりしないと思うんだけど。

 ぶっちゃけ、なりふり構ってねェ感じがする。

 峰山。

 リーネがいなくなった今、お前はいったい何を考えているんだ?


 

 近海MM跡地での騒ぎといい、MCGの告訴もそうだが、例の峰山についても最近妙だと思うことがあった。

「やぁ、海藤君」

 ある日の朝、学校の玄関でばったりヤツと出くわした。

 あれ? いつもべっちゃりくっついている筈のセクシー人魚・フィルがいない。

「お前、フィルはどーした? 一緒じゃないのか?」

 すると峰山はふっと小さく笑って

「これからは進学に向けて授業に本腰を入れていかないとならないからね。彼女には家で留守番をお願いしたよ。――まあ、イヤだって、とんでもなくだだをこねられたけどね」

 その時はそんなものかと思って意に介していなかった。

 が。

 とある休み時間、次の授業の教師とばったり出くわして、実験の教材を準備するように頼まれた。

「えー……めんどくさいっすよ。昼メシ買いたいのにー」

「ここで海藤に会って助かった! ちょっと用事を足して来ないとならないんだよ! 頼む! 片付けはほかのやつにやってもらうからさ!」

 何かと良くしてもらっている教師の頼みとあっては、逃げるわけにもいかない。

 仕方なく俺は、校舎のもっとも端にある倉庫へ行った。

 一階の奥にあるそこは人気が少なく、昼休みになるとどこからともなくカップルがやってきてはべっちゃりへばりついている様子が目撃されるところである(そんな情報は要らないが)。

 誰もいない、薄暗い廊下をぐだぐだと歩いていると

「――そうなのか。フィルのヤツが? そうか……そうだな。それもやむを得ないだろう」

 声がした。

 一瞬知らないヤツかと思ったが、フィルという単語で俺はその声の主を知った。

 近寄っていってスキンシップ代わりに小突いてやろうかと思ったが、

「――だから、いいって! 僕が許可するんだ! 言う通りにしてくれ!」

 突然、語調が荒くなった。

 驚いて近くの物陰に身を潜めた俺。

 すると、峰山は電話の相手にこんなことを言った。

「――うん、そうだ。もうフィルは用済みなんだからな。カン違いしないでくれ」

 あ?

 今、何と?

 ……用済み? フィルが? なんだソリャ?

「じゃ、そういうことで」

 ヤツはそのまま電話を切り、すたすたとこちらに向かって歩いてきた。

 スキンシップどころじゃない。

 俺は物陰に隠れたまま、峰山が通り過ぎていくのを待った。

 ――などという出来事があったから、なおさら俺の峰山に対する不信感は強くなっていた。

 それにしても「用済み」扱いされているフィル、大丈夫なのだろうか?

 まさか、人知れず殺されたりなんか……しないよな?

 安否を確かめる術なんかないのだが、それだけに気になって仕方がない。

 近海MM跡地をめぐるトラブルと用済みにされたフィル。どういう関係があるのだろうか? これはまず、工場建設反対派の人たちから事の真相を確かめてみなくちゃならない。

 だけどなぁ――一介の高校生が殺気立った反対派のおっちゃんおばちゃんのところへ近寄って行ったって「はいはいはい、ジャマだよ、ジャマ!」とか言われるに決まってんだ。

 おっちゃんおばちゃんから詳しく話を聞く方法。

 峰山から化けの皮をはいでいく奇策。

 なんかないだろうか?

 あれこれと考えながら廊下を歩いていると

「――きゃっ!」

「おっとぉ! ごめん! 考え事を――」

 女子生徒にぶつかりそうになった。

 慌てて謝ろうとすると

「お? たっつーじゃん! 考え事しながら歩いていたら危ないよん」

 相手はめぐみだった。

「あ、ああ、そうだな。気をつけるよ――」

 彼女は他の女子生徒と一緒なようだ。

 傍にいるのは、太い黒縁メガネをかけた生真面目そうな女子。上から下まで一直線ストレートのロングにパッツン前髪っていうのはどうだろう? うっかり恨まれたら、夜中に呪いの儀式とかやられるかもしれない感じのコである。めぐみのヤツ、なんだってこんな女子と連れ立ってるんだ? 

 といいつつ、なんか記憶にある顔だ。

「めぐみ、彼女は? どっかで会ったことがあるような……」

「たっつーってば、ホントにアタマがハムスターだねぇ。潮清祭の時、取材に来てたじゃん! 校内でもっとも売れた出店の秘密を探る、とかっていうネタでさぁ」

 おお! そうそう、そうだった。

「ああ。確か、報道新聞部の……」

「三波真砂子です。あの時はどうも」

 笑わずに挨拶した三波。

 思い出した。

 こいつは見てくれ真面目で根暗そうな反面、校内や近隣の噂や事件を綿密に調査取材し、細かく検証して新聞や小冊子に掲載するという特技をもっている。その分析はほぼ完全無欠で、市内の高校生による新聞コンテストで二年連続金賞をもらったりもしているようだ。しかしながらロックオンされた側としてはたまったものではなく、三波が暴いた記事によってすでに怪しいコトをやっていたクラブの五つや六つは消滅させられているという。一時期、あのヘッポコ軟式野球部も狙われた事があった。幸い、仲のいいめぐみが説き伏せて事無きを得たのだが。

 サカナのように表情のない三波の顔を眺めているうち、一つのアイデアが浮かんできた。

 これはもしかすると……イケるかも知れない。

「おい、ここで会ってちょうど良かった! ちょーっと、協力して欲しいんだよ」

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