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その56 魅せる男、見られる女

 早いもので、十月も半ばになろうとしている。

 リーネ騒動が収まったから、毎日は平和に、しかしどんどんと過ぎていく。

「うーむ……」

 放課後、図書室で独り頭を抱えている俺。

 目の前には白紙の「進路希望調査書」が……。

 どうしよう?

 海の連中とまったり毎日を過ごしているうちに、すっかり忘れていた。

 この前、担任との面談が実施されたのだが、俺の担任いわく

「海藤はなぁ……成績は悪くないんだが、かといってびっくりするほど良くもない。文系かというと理系教科が悪いワケでもなく、といってどれが優れているということもない。うーむ……正直、お前自身はどうしたいんだ?」

 アドバイスに困った挙げ句俺に振るんですか。

 どうしたいと言われてもねぇ。

 大学へ進学できればベストではあるが、この街に大学はない。進学しようと思えば自動的に遠くの街へ出て行かねばならないが――ナーちゃんとのことがあるから、そーもいかない。しかしながら、この不景気で就職なんか夢のまた夢に近い。なにか技術を学んできたのならまだしも、潮清みたいに机上の勉強しかしていない学校の生徒を喜んで採ってくれるような心優しい会社なんか世界中に存在しないに決まっている。

 とはいってもなぁ。

 プーは避けたい。

 あともう少し親父の世話になるのはやむを得ないとしても、その間に自分でメシを食えるようになるための「何か」はしなくちゃいけないと思っている。

 今の俺に関わりの深い事柄を考えてみよう。

 ……海?

 海? 海か。

 海といえば――漁業。いや、漁師というのはちょっと短絡的すぎる。

 水族館? 水族館で働くには学芸員にならなくちゃいけないのか? 微妙。

 海上保安庁。……よくわからん。

 一人でぶつぶつ言っている俺を見た担任は多少引き笑いをしながら

「海藤、まだ時間はあるから、ご両親ともしっかりお話をしてみろ。それからまた、決めていこうじゃないか」

 ――逃げやがった。

 とはいえ。

 担任は俺の進路を決める係じゃない。

 あくまでも、決めるのは俺自身だ。

 うーむ……困った。

「――おーい、たっつー! ナニしてんのぉ?」

「わぁ!」

 不意に背後から声をかけられてビビった俺。

 なんだ、めぐみかよ。

「わぁ! とはヒドイなぁ。こんなカワイイコつかまえてビックリすることないじゃん!」

 その自信はどこから湧いて来るか知らんが、自顔自尊する性格は変わってねぇなぁ。

「お? 進路希望調査書! ……って白紙じゃん。たっつー、どこもいかないの? プー志望?」

 ひでぇ言われようだ。

「どこにいこうか悩んでいるから白紙なんだ! そういうお前は決まったのか?」

「アタシ? アタシはねぇ」えへん! という感じで腰に両手をあてて平らな胸を張り「調理関係の専門学校に行こうと思うんだ! 三ツ星フランス料理レストランに就職するか、屋台のおでん屋になるか駅前のケーキ屋に勤めるかはわからないケド」

 なんか落差がありすぎないか?

 三ツ星レストランと屋台のおでん屋って……。

 ただ、めぐみはこうも言った。

「アタシもこの間までどうしたらいいか迷ってたけど……たっつーのおかげだよ?」

「へ? 俺?」

「うん! たっつーはさぁ――」

 彼女が言うには、進路をどうしようか悩んでいる時、駅前商店街にあるお好み焼き屋の前を通りかかってふと思い出したのだという。

 学校祭で、懸命にお好み焼きを焼きまくっている俺の姿。

 そこから料理関係の道はどうだろうと真剣に考え始めたらしい。

 言われて見れば、めぐみの舌は割と確かだった。

 学祭の出店でも、野球部時代練習の帰りに寄った店でも、こいつが「いい」といった店は確かに人気があったような気がする。

「そうか……」

 気がつけば俺、めぐみに向かってとうとうと進路の悩みをぶちまけていた。

 図書室には、他に誰もいない。

 彼女は行儀悪くも机の上にひょいと腰掛けて俺の話に耳を傾けてくれている。

「ふーん……」

 聞き終わっためぐみは腕組みをしてしばらく考えていたが

「たっつー、アタシと同じカモ。ムリして大学に進学しても、きっとその先でまたどうしたらいいのか、わかんなくなるんじゃないかなぁ」

「……」

「今はまだたっつーのおとーさん元気で働いているんだし、今のうちにもうちょい勉強させてもらえば? 大学の勉強じゃなくて、たっつーがほんとーに自分に向いていて、やりたいコトの勉強。――そしたら、その先でどうしたらいいかも見えてくるんじゃない?」

 おお!

 なんて明快なんだ!

 担任が導けなかったアドバイスを、めぐみはすらすらとよどみなく話してくれたぞ。

 そうか。

 そうだな。

 大事なのは、自分がどうしていきたいのかをきちんと見つめるってこった。

 大学とか就職とかっていうのは手段であって、それそのものが目的じゃないしな。

 なんか、目の前が一気に明るくなったような気がするぞ!

「ありがとう。見えてきたような気がする! もっかい、俺がやりたいところに戻って考えてみるよ」

「へへ。たっつーに感謝されると、テレくさいなぁ……」

 頭をかいているめぐみ。

「ところでさぁ」

 彼女には、何か報告事項があるらしい。

「アタシ……清水先輩と付き合うことにした。暫定、だけど……」

「ほお」

 これはすごいアクシデントだ。

 夏休みに入って間もなくの頃、清水先輩はめぐみに拒絶されて動物園のクマ状態で悶絶し、落ち込んでいた。

 しかし、ヤツはそれだけの男ではなかったようで、一念発起して野球と勉強、共に狂ったように集中し始めたらしい。レクレーションと称する部室でのゲームを一切禁止し、朝も早くから夕方までびっちりと練習に取り組むようになった。堕落にどっぷり浸かっていた三年生の何人かは耐え切れなくなって去っていったようだが、その真剣さを見た二年生や一年生が何人か入部してきて、結果的に試合には支障なくなったという。

「で、この前。秋の地区予選大会の前の日よ」

 放課後、ぶらぶらと帰宅しようとした彼女の前に、一人の野球部員が駆け足でやってきて、びしっと立ち止まった。

 びっくりしてよーく見てみると――なんと彼は清水先輩だった。

 あのだらしない長髪メガネ男の影はどこにもなく、さっぱりして引き締まった顔に変化した彼はめぐみに向かってただ一言

「明日の予選、俺達は必ず勝つ! だから……勝ったら、俺と付き合って欲しい!」

 返事を聞くことなく、ダッシュで去って行った。

 多少の青春クサさはやむを得ないが、ともかくもめぐみはドキリとしたらしい。

 で、翌日。

 こっそりと試合を観にいってみると――試合はもつれにもつれ、同点のまま延長戦に突入していた。

 十回の裏、潮清の攻撃。

 ツーアウトから目の覚めるようなツーベースヒットを放って出塁した清水先輩、いきなりサードへの盗塁を試み、タッチの差で滑り込みセーフ。

 ツーアウト、ランナーは三塁に清水先輩。サヨナラのチャンス。

 いつになく気合いの入ったヒツジが出したサインは「スクイズ」だった。

 ピッチャーが振りかぶると同時に、清水先輩はホームへと猛進した。

 バントにはなったものの「かすっ」っという情けないゴロ玉。しかもピッチャーの正面。

 だが、清水先輩は躊躇することなく、男を見せた。

「うおおおおおおおぉ――」

 一気にヘッドスライディング。

 同時に、キャッチャーはピッチャーからの送球を受けている。

 ずざーっ……

 一塁側スタンドを埋め尽くした相手校の生徒達、そしてぱらぱらとまばらな三塁側スタンドの観客達、一斉に息をのんだ。

 わずかな静寂ののち、審判の右腕は――横に振られた。

「セーフっ!」

 この瞬間、潮清高校軟式野球部悲願の「一勝」は達成された。

 ホームに届いていたのは、清水先輩の右手の先、ほんの数センチだった。

「ぃやったあぁーっ!」

 ベンチから狂喜乱舞して飛び出していったナイン達。

 すべての力を使い果たした清水先輩はグラウンドに伸びたまま起き上がれずにいたが、数秒後には

「ばんざーい! ばんざーい!」

 胴上げをかまされていた。

 たかが地区予選の一回戦に勝ったぐらいで甲子園出場が決定したかのように喜んでいる潮清ナインを見て、相手校の生徒達や審判員達は呆然としたらしい。

 しかし、外野席の隅っこで隠れるようにして一部始終を見ていためぐみは

「泣いちゃったよ。あのしょーもないバカ先輩が、あそこまでやるんだもの。何にも言えなくなっちゃった」

 笑いながらも、彼女はまた涙を浮かべていた。

 そうか。

 ついに勝ったか。

 めぐみの話を聞いて、また一つわかったような気がした俺。

 一打一点の強打者が一人いたところで、チームが勝てるワケじゃない。

 全員で「勝ってやる!」って執念を燃やして協力したからこそ、勝てる日がやってきた。

 そういう意味では俺、自分しか見えていなかったな。自分さえ打てれば、チームがクソ負けしようとどうしようと、別になんとも思っていなかったし。

 しかし――その後、清水先輩はめぐみに向かって言ったらしい。

「この夏、海藤と水瀬に去られてどうしようかと思ったんだ。でも、あの時一人で真剣にやっていた海藤に応えてやれないチームにしたのは俺だ。あいつが俺に活を入れて、今のチームにしてくれたんだよ」

 なんか俺、えらく厳粛な気持ちになっていた。

 あの清水先輩が、感謝してくれていたとは。

 すげぇ成長を遂げたんだな。

 心の底から敬意を表したい!

「でもさぁ」

 めぐみはちょっと不満そうに

「確かにいい感じのオトコにはなったケドぉ……エロい心まではカンタンに矯正されないのよね。こないだ一緒に映画に行ったんだけど」

 気がつけば目線はいつも胸元、上りの階段やエスカレーターは常に背後。

 ついでに、近くをミニスカなギャルが通れば視線が一緒に動いていく。

「どぉ思う!? アタシのを見つめ続けるならともかく、よそのコをじっと見てんだよォ!? ホントに付き合っていいのかどうか、考えちゃうんだけど!」

 あー……。

 そういや清水先輩、めぐみの格好がいかにエロいかについて延々と語っていたっけ。

 こんなに心の直ぐないい女をつかまえておいて、それはないよな。

 ――まだまだ男を磨く必要があるようだ。

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