その53 心の歪んだ人魚(前編)
ファミレスを出て夜道をてくてくと歩いていた俺達。
そろそろ、夜風も冷たくなってきたな。
みんな長袖だが、相変わらずTシャツ姿のマサを見ていたら、こっちが寒く感じる。
と、前方の闇から何かが高速でぴょんぴょんと跳ねてきた。
「――たつろーにーちゃーん!」
トビタローか。
彼は俺の右肩にひょいと飛び乗って(それくらいヤツは小さいのだ)
「今、海の方に行ってきたんだけど、あの大きな建物のところでなんか騒ぎになってたよ? シャークのチンピラ達と、人間の人達がケンカしていたんだ。ボクが見ていたらシャークのやつら、人間の人達をやっつけて中に入っていったんだ!」
「なに? シャークの連中が?」
ってことは……リーネが動いたのか?
大きな建物は「近海マリンミュージアム」だな。
「達郎様っ!」
葵さんが俺を見た。
うん、と頷いて見せた俺は
「行ってみよう。――あのリーネたらいうバカ人魚とまだ話をしていない」
臨海再開発地区へと急行した俺達。
近海マリンミュージアムのあたりは今じゃ人気もなく、夜は真っ暗。なんとなく心霊スポット的なブキミさが漂っている。そういや、爆発事故で死人も出ていたんだよな。この近くに慰霊碑があったような気がする。
例の閉鎖以来、建物とか土地の処理も進まず、市議会でも結構もめているようだ。
敷地はぐるりと工事現場の鉄板みたいな塀で囲われていて「立入禁止」の看板が寒々しく夜風に吹かれている。
「ここだな? トビタロー」
「そーだよ! この中だよ、たつろーにーちゃん!」
よくまあこの坊やは一人でこんなところへやってくるものだ。
よりによってあのシャークの連中がいるってのに。
とはいえ、こいつの機動力ときたら海の世界でもトップクラスなんだけども。
「おぃタツぅ! あそこ、開いてるぜ?」
マサが指したのは、塀の一画に設けられた出入り口。
力任せにこじ開けられたようにして、網状の戸が傾いてぶらぶらとしている。
ジャキッ! ガシャッ!
背後で葵さんが「オーシャンイーグル」を、ドルファちゃんが「アクアライアット(オーシャンイーグルのショットガンバージョンである)」をリロードした音がした。葵さんはともかく、ドルファちゃんはこんなバカでかいものをどこに隠し持っていたのだろう。
ついでに「べきっごきっぱきっ」――これはマサが手や指の骨を鳴らした音。
みんな、やる気だなぁ。
が、たった一人、ナーちゃんだけは顔色がない。
『ナーちゃん? 大丈夫か?』
『はい、達郎さま……』彼女はぎゅーっと抱きついてきて『私、何か嫌な予感がいたしますの。リーネがとてもよくないことを考えているような気がして……』
ふむ。
考えてみれば、なんだってヤツは今になって閉鎖した近海MMなんかにやってきたのだろう?
ああいうヤツの思惑なんか、推測するだけムダというものだが……。
『ナーちゃん』
『はい、達郎さま』
『どのみち、俺はあいつに話がある。できる限り、話し合って解決したいと思っている』
背後で銃器やら拳を固めている連中を引き連れているからあまり説得力もないけど。
『だけど、黙ってお引取りいただけないなら、これ以上海の世界を巻き込まないでもらうためにも、力づくで追い出すことにならないとも限らない。……同じ人魚族のコに暴力を振るいたくはないけれども』
すると、ナーちゃんは小さくにこっと微笑んで
『私は、夫である達郎さまに従うだけですわ。結果は結果。それはリーネの責任ですもの。……でも、そのように人魚族の者を心配してくださる達郎さまのお気持ち、私はとても嬉しく思います』
よし。
――これで、決まりだ。
「行こうぜ。みんな、離れるなよ?」
「はいっ! 達郎様!」
「りょーかいでぇす!」
「うっし! 海のヤツ相手なら、磯山警部の世話にもならんで済むだろォ!」
あ……警察のお知り合いかね。
世話にならないでおこうと思っただけ成長したんだなぁ、マサのヤツ。
俺は心の中で「るー」と随喜の涙を流しつつ、出入り口をくぐった。
位置関係。
俺達は今、建物を目の前に西側を向いている。
北側には東西に「臨港一号線」と呼ばれるでっかい道路が走っていて、近海MMの正面はその道路に面している。つまり、正面入り口は北向きということになる。
建物東側から踏み込んでいくという状況なのだが、俺の記憶に間違いがなければこっちには係員専用通用口とか、搬入口なんかがあったハズだ。建物の反対側が例のスタジアムとか海獣類のプールがあったから、足を踏み入れるなりいきなり「どぼん」とかいうことはないと思うのだが。その時は美女三人とトビタローに助けてもらおう。
第二の都市動脈があるから近隣にメーカーとかの流通経由地とか大きな店舗が点在していて、その灯りによって幸い目が利くくらいの照度は保証されていた。
敷地の中へ潜り込むと、行く手にでっかい壁。これは建物だ。
周囲はアスファルトで固められているのだが、一連のドタバタを物語るかのようにあちこちに廃材やら色んな物が転がっていて、どこか雑然としている。よそ見して歩いていたら、それらにぶつかったりつまずいてしまうかも知れない。
「さて、どっちからはいろ……!?」
迷う必要はなかった。
左手、海側の方へ目線をやった俺はすぐに異変を悟った。
人が――何人か倒れている。
「おい、タツ!」
「おう!」
駆け寄って見ると、スーツ姿や作業服姿の男性ばかり。
胸や腕のところの刺繍を見れば、それがどこの人達なのかはすぐにわかった。
――魚住興業。
シャークの連中ともみ合いになった挙げ句、ボコられて撃沈したらしい。
不幸中の幸いと言っていいものか、パッと見で「がぶっ」とやられている人はいないようだ。グーでパンチされたり、テキトーな得物で「ぽかっ」と食らったんだろう。とはいえ、やつらの力はハンパないから、こうやって戦闘不能にされてしまっているのだが。
ざっと人数やケガの具合を確認しつつ
「うォい、タツぅ! きゅーきゅーしゃ、よぼーぜ! 一一○番、一一○番!」
それは以前、君がお世話になった国家権力へのホットラインだよ。
ともかくも、ケータイを取り出して一一九番しようとしたその時。
「――放っておけばよろしいじゃありません? そのような、役に立たない人間達なんて」
ジャキッ! ガシャッ!
どこからともなく声が聞こえたと思いきや、間髪を容れずして銃を構えていた葵さんとドルファちゃん。
彼女たちは銃口を斜め上へと向けていた。
しゃがんでいた俺はゆっくりと立ち上がり
「……会いたいと思っていたところだよ。やっと、姿を見せてくれたな」
見上げた。
二階部分はテラスのようになっていて、営業していた頃は喫煙場所とか自動販売機ブースとかあったような気がする。確か「グランドオーシャンビューテラス」とかいうけったいなネーミングがされていたんだよな。こっち側は高い建物とかなくてずっと先の埠頭まで見渡せるから、眺めは悪くなかった。そういや、めぐみと一緒に写メ撮らなかったっけ?
その、ぶっとい手すりの部分。
腰掛けて俺達を見下ろしている一人の女性、いや……人魚がいる。
暗い上に左半身だけ中途半端な光源を浴びていたからはっきりとは見えていないものの――長いふさふさの髪に、よく整った顔立ちそして身体。腰から下は例によってつま先でキュッと細くなって大きなひれが「ぴちぴち」している。これだけなら、物語にも登場する美しい人魚となんら変わりはない。
ただし、俺は見逃さなかった。
海の世界でもっとも獰猛だと言われているシャークやウツボなんかよりも、もっと冷たく残忍に光る瞳。積もり積もった不平や不満を象徴しているかのような、真一文字に結ばれた唇。
何よりも、彼女には――愛嬌、愛想、笑顔、そういうものがカケラも感じられない。
こいつが本当にナーちゃんと同族の人魚なのかと、思わず疑ってしまうほどだ。
リーネ。
全ての悪の元凶。
ブルーフィッシュを潰滅寸前まで追い詰め、ナーちゃんを捕らえて人間に引き渡したばかりか、葵さんを総督府の奥深くへ監禁し、南氷洋へ連れ去ってナーちゃんと引き離そうとした。それらの企てが失敗してブルーフィッシュが持ち直すや、今度は協同しようとしたバランサー達をポイズンや近水の連中に指示して襲わせ、ドルファちゃんは瀕死のケガを負った。ジーナさんやジンベエさんも危ないところだったらしい。
しかも、だ。
さんざんにこき使った海獣組の連中やポイズン達を情け容赦なく使い捨てたばかりか、自分の命令を果たせなかったやつらには見せしめに暴力を加えたという、血も涙も鼻水もない女。
彼女のために、俺達はこの一年さんざんに振り回されてきた。
時には、命すら落としかけたんだ。
俺はともかく、ナーちゃん、葵さんにドルファちゃん、由美さんやマサ……みんなに手を出すなんて――絶対に許すことはできない。今日こそ、泣くまでハバネロ食わせてやる。持ってきてないけど……。
どこへ行ったものか、シャーク達の姿はない。
彼女は一人きりだ。
下からは、凄腕ガンナー・葵さんとデストロイヤー・ドルファちゃんがロックオン済み。
もう、逃げ場はないハズだが……?
「葵、ドルファ。あなた達、私のことを撃てまして? 人魚の血を分けた葵にバランサーのドルファですもの、まさか、この私を撃とうなんて――」
「撃てますわ! そこ、動かないで!」
葵さんが叫んだ。
「達郎様やマサ様は、命をかけて私を助けに来てくださったのですもの! あなたのような人魚の端くれでもない者に、かける情けはありません! 達郎様のご指示とあれば、私はいつだってあなたに向けて、このトリガーを引きます!」
「そぉでぇす! アンタ、悪いコトしすぎて海の全世界集会で追放宣言までされてんだよ? 知らなかったの? とんだおバカちゃん!」
あっけらかんとしているだけに、ドルファちゃんの威嚇は葵さんよりもコワいものがある。
さすがのリーネも「ちっ」という顔をした。
その一方で。
『た、達郎さまっ……! リーネは……リーネは……!』
俺の腕の中で、ナーちゃんはぶるぶると震えている。
『……あァ。やっちまったなァ、あいつ』
そう。
リーネはすでに、やっちまったのだ。
こわね草――人魚族が口にすれば、陸上でも声を出すことができるという海の世界の不思議な海草。しかしながら、声と引替えに、その人魚はもっとも失いたくないものを失ってしまうのだという。
あの日、ナーちゃんは言った。
人魚が失いたくないもの。
それは……愛情なのだ、と。
愛情を失ってしまえば、人魚として生きている価値はゼロ。どんな生き物よりも深い愛情があるから、人魚族はその存在に価値がある。
ところがリーネのヤツ、愛情を捨ててまで声を手に入れやがった。
どうりで血も涙もないコトを次から次と仕出かすもんだよ。
「……おい、リーネ」
俺はテラスを見上げた。
彼女は葵さんやドルファちゃんに向けていた視線を俺に移し
「初めまして? ナタルシアのダンナ様。といっても、私はあなたを見たのは初めてじゃないけれども」
「知ってるよ。陰からこそこそと覗いてやがったなァ、お前」
潮清祭の最終日、俺がポイズンどもに襲われた時だ。
由美さんや葵さん、マサにドルファちゃんの救援を受けて殲滅に成功した直後、校門の前に停まっていた一台の車が走り去っていった。峰山からリーネの話を聞いていた俺は、そこに彼女がいたのだと直感した。
このクソバカ性悪人魚が……そう思えば腹も立つが、今となってはそうでもない。
なんか、悲しいものだ。
ほんのちょっとの努力で、こんなにたくさんの仲間達がいてくれるっていうのに。
自分、自分、自分、自分、自分、自分、自分――。
呪文かおまじないのようにそればっかりを追い求め続けてきたこの女は、とうとう周りから誰もいなくなってしまった。
自分のことを考える事自体、決して悪いことじゃない。自分の事を考えないようなヤツは、かえってアヤシイ、というかアブナイものがある。
だけど、生き物は人間だけじゃなくて、何でも――周囲との協調・協和の中で生きている。
単独で生きている生き物なんて、この世の中にはいないよ。
俺のクラスにも、一人嫌われ者のメガネデブ野郎がいる。
そいつはそこそこ勉強ができて成績が悪くないけど、誰も相手にしていない。自分を正当化するために誰にでも平気でウソをつき、平気で誰かを悪者にするからだ。過保護で育ったとかなんとか噂はあるものの――原因はどうあれ、悲しすぎる。恵まれない環境で生きてきたマサだって、誰かを大事にしようってほんのちょっとでも思う気持ちを持ち続けたから、由美さんをはじめ、今こうやってたくさんの仲間達がいるんだ。
自分一人だけで生きていくことなんて、絶対にできない。
ちょっとでいい。誰かのせい、環境のせいにするのはヤメて、自分自身の努力をしてみること。ほんのちょっとでいい。それだけでも、大きく変わることができる。
じめじめと自分にしがみついたって、最後には何にも残らない。
自分で自分の今の姿なんて、絶対に見えないのだ。
鏡が必要なんだ。
――周囲の人達っていう、多面鏡。
去年の夏、葵さんを見送った以来のすごくイヤな気持ちになった俺。
胸の中に山積している数々の怒りをごくっと飲み下して
「シャークの奴らは……どうした?」
周囲に気配がないようだ。
するとリーネはふふん、とハナで笑って
「彼等には、この中にある大事なモノを取りに行かせましたの。そうしたら、魚住興業の人間達が邪魔をしにきたものですから……それ、その通り」
アゴをしゃくった。「シャークどもにやらせました。何の力もないくせに、金とやらいうものが大好きな人間達、下品すぎて吐きそうになりますわ。殺さなかっただけ、感謝して欲しいですが。……もっとも、そのシャーク達も今ごろは油の海で悶えているでしょうよ。最後の最後まで役立たずだった自分達の不甲斐なさを、苦しみながら呪えばいいわ」
「なんてコトを……」
葵さんの声が上ずった。
思わずトリガーを引きそうになっているのを、片手で制した俺。
やれやれ。
早いトコ、引き摺りあげてやらないとマズイなぁ。エラに油が詰まりでもしたら、奴ら窒息死しちまうよ。リーネのヤツ、冷酷非道な真似をしやがる。
「俺も、金好きなヤツは性に合わねェ。だけど……」俺はどういったものかとアタマの中で言葉を選んでいたが「結局、アンタには何一つわからなかったようだな。アンタがどう思っているかは知ったコトじゃないが、どう見たって、今のアンタは悲しすぎる……」
「あ、あなたなんかに! 私の何がわかるっていうのよ!」
リーネが咆えた。
「全ては海の世界よ! 海の世界が悪いのよ! 葵、ドルファ! あなた達だって思っているのでしょう!? 自分の自由に誰かを愛することも許されないまま、無駄に長い生命を保ち続けなければならないなんて! 苦痛以外の何物でもないのよ! あなたのような人間や、甘やかされて育ったナタルシアなんかにわかってたまるものですか!」
「……」
葵さんにドルファちゃん、沈黙している。
しかし、銃口を下ろそうとはしなかった。
『ナーちゃん、どういうことなんだ? なぜリーネは自由に誰かを愛すことが認められないんだ?』
『それは……リーネが、人魚族の長たる運命をもって生まれてきたからなのです……』
リーネの鱗が、北側からの光を受けて一瞬キラリと輝いた。
ゴールド。
金色に輝く鱗をもった人魚の娘。
何人に一人という割合で誕生するそのコこそが、ゆくゆくは世界中の人魚を束ねる長になるのだと、ナーちゃんは話してくれた。
しかし、辛そうにこうも言った。
『世界中の海を治める存在なのですもの。誰か特定の人間と結ばれてはいけないと、古くからの掟が人魚族にはあるのです。それを……リーネは……』
恨んでいる、か。
そしていっそのこと、と思い詰めた彼女は――禁じられた海草を手に入れて、人間の姿になろうと思い立ったのだろう。
まずはこわね草を手に入れたリーネは、陸上でも話ができるという「声」を手に入れた。
人魚族だけが生まれつき具えている「深い愛情」と引替えに……。
こわね草とやら、確かに恐ろしい効果がある。
たった一人の人魚から愛情を消し去っただけで、海の世界はこんなにも大時化、じゃなくて大荒れになったんだからな。それというのも、海の世界で人魚族がひっぱりだこの希少な種族だからだ。例えばあのイワシャールが(同じ効果はないだろうが)今のリーネみたいになったとして、周囲から総スカンを食った挙げ句ボコボコにされて簀巻きの刑になって終わりだろう。ってか、声も足ももっていると、あんなヤツになってしまうのか……?
「つまりは、ナタルシア! あなたも!」
リーネがナーちゃんを指し
「私のような人魚の犠牲があってあなたの幸せが、いや世界中の人魚達の幸せはあるのよ! あなた、よくもまあ私に向かって大きな顔ができて!?」
『私は……私は……』
リーネのコトバがわかるナーちゃん、泣きそう。
「……待てぃ。今のお前がそれを言うのか? 耐え忍ぶことを放棄して好き勝手にやっておいて、仲間を売り飛ばすような真似までしたクセに……お前は……」
言っているうちにぐつぐつと、腹の中が煮えくり返ってきた。
しかし――滝女さんの言葉を思い返し、俺はすうっと大きく深呼吸。
ケンカじゃない。
大事なことは、強い心を示すことだ。
「……俺、ナーちゃんと再会するまでに、二人もの女の子の気持ちに応えてやれなかった。本当は、好きだったのに、俺が自分勝手だったばっかりに」
「……」
「確かに、自由に誰かを愛せないのは不幸なことだ。でも、自由に愛せることイコール幸せなんかじゃない。誰かを愛するっていうのは、自分にもその相手にも、責任を負うことだ。自分の責任が中途半端だったり、想いが叶えられなかったりすれば苦しい。愛するっていうのはそういうコトだと思うぜ。――だから言うのさ、お前には何もわかっちゃいないって」
何だかね。
体質で乳製品を食えない人に向かって「乳製品を食いすぎれば下痢するんだぞ!」とか力説しているのに近いかもしれない。そもそもずれているような気はする。食わず嫌いの人に対して言うならまだしも、食いたくても食えない人に言うべき主張じゃない。
でも、自分が食えないからって「乳製品は撲滅すべきだ!」なんていうのも、なんだかおかしいよね。それじゃあ、互いに逆ギレ合戦だ。
それに――リーネにはもう、愛情という心が無くなってしまっている。
愛の話をしても、彼女には届かない。
すると、悲しそうにしながらもオーシャンイーグルを構えていた葵さんが
「でも、私は……」
キッと顔を上げ、咆え返した。「私が姫様をお守りすることで、姫様は私の気持ちを受け止めてくださっているのです! 姫様が達郎様を深く愛し、ご結婚されようとも、私はいつまでも姫様のお傍にあって姫様をお守りします! 私にだって、愛情深い人魚の血を引く者としての意地があります! あなたのように、平気でみんなを苦しめて困らせるようなマネは断じてしません!」
葵さん……とっても美しくて、何よりも強い女性。
でも、ドルファちゃんも負けていない。
「だいたいさぁ、くっついたとかひっついたとかだけが恋愛じゃないでしょお!? 好きだって思っていることを受け止めてもらえたら、それだってすごいコトなんじゃない? ――黄金鱗のコは人間と結ばれてはいけないって、アタシも知ってる。でも、好きになっちゃいけないってハナシじゃないじゃん! あんたそもそも、誰かを本気で好きになったコトあんの?」
言う言う。
何となく、理屈で応戦しているような気がしなくもないが……。
葵さんとドルファちゃんの「魂の援護射撃」で、空気はどうやらこっちサイドの流れ。
これ以上何を言ってもムダ、という顔でふうっと溜息をついたリーネ。
「……もう、いいわ。ナタルシア、よーく見なさい。これが何か、お分かりかしら?」
彼女は一本の草みたいなものを手にしている。
目を大きく見開いたナーちゃん。
あれって、もしかして――!