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その47 お土産はとても大きくて

 ちりりり――

 軒先に吊るされている南部鉄の風鈴が、微風を受けて心地よい音を奏でた。

 通り抜けていくほのかな潮の香りを感じながら、民宿二階の部屋でだるそうに転がっている俺。その俺を膝枕しているナーちゃん、ぱたぱたと団扇を仰いで落ち着いている。

 開け放たれた窓から飛び込んでくるビーチの歓声、そして潮騒。

「いったぞォ、ドルファ!」

「いっきまーす! ……ていっ!」

「――ぬおっ!」

 ああ。ドルファちゃんのアタックでマサが沈んだか。

 ってか、あいつらの声が一番でかいな。

 窓の外を面白そうに眺めていたナーちゃんがふと顔を近づけてきて

『……楽しそうですね、みなさん。あれは、なんという遊びなのですか?』

 ビーチバレー。

 いや、格闘ビーチバレー?

 どっちでもいいや。とにかく、そんな感じ。

 俺が教えてやると

『びーちばれー、ですか。もし、私にも足があったら、達郎さまと一緒にああやって遊ぶことができたでしょうに……』

 ナーちゃんは何気なくそんなことを言った。

『……違うな』

『え?』

 それは、違うんだ。

『もし、だ。ナーちゃんに足があったなら、きっと――』

 どういう表現をしたものかと俺は一瞬考えたが『……俺とナーちゃんは、出会わなかっただろう。人魚であるナーちゃんだから、俺と出会ったんだよ』

 俺の真上にある彼女のかわいらしい顔が驚いている。

 が、すぐにいつもの人懐こい笑顔になって

『ふふ……達郎さまのおっしゃる通りですね。そうですよね。私ったら、ついそんな他愛もないことを。もっていないものをうらやましがるよりも、今こうして達郎さまのお傍にいられることをもっと喜べばよろしいんですよね?』

『まあ、そんなカンジじゃねェ? 俺はね』

 寝転びながら腕組みをした。

『これから先、ナーちゃんと一緒にどんなことをしようかってずっと考えている。この間まではどうやって海獣組とかリーネの手下から守ったらいいんだとか暗いコトばっかり考えていたけど……みんなを信じようと思ったら、何の不安もなくなった。ポイズンもレッドバックも他のやつらも、みんな俺のところへ来てくれるし。だから、これから先の楽しいことを二人でたくさん考えて、二人でたくさん実行しよう』

 微笑して聞いていたナーちゃん。

 とっても嬉しそうに

『達郎さま! ナタルシアは絶対に絶対に、いつまでもいつまでも、達郎さまのお傍におります……』

 ちゅー……

 ――少し時間を早送りしよう。

 ふと、ナーちゃんが思い出したように

『そうそう。足で思い出しましたわ。人魚族にまつわる不思議なお話をして差し上げていませんでしたね?』

『不思議な話?』

 言われてみれば、俺はこれといってナーちゃんに人魚族のあれこれを突っ込んで聞いたことがない。

 彼女が戻ってくる前、ドルファちゃんから海の世界にいる者たちでは唯一人魚族だけが人間と結ばれることができるという話は聞いたけれども。

『実は、口にすることを禁じられた海草というのがあるのです』

『禁じられた海草?』

『ええ。決して口にしてはいけないと、人魚族の者なら幼いころから教えられるのです。おしない草といって、人魚族が口にすると人間の方のように足を手に入れることができる海草なんです』

 おしない草、ね。

 当たり前だけど聞いたことがない名前だ。

 でも、足を得られるのは悪くないことなんじゃないのか?

 などと思ったが、ナーちゃんは続けて

『尾ひれを失う、でおしない草、になったようです。どうしてそのようなものがあるのか、私にはわかりません。ただ、それを口にしたが最後、人魚族がもっとも望むものを得る代わりに、もっとも失いたくないものを失うと言われているのです』

『なるほど。大切なものと引き換えか。――人魚族がもっとも失いたくないものって、なんだろう?』

 何気なく思った疑問を口にしたつもりだったが、ナーちゃんはちょっと悲しそうな顔をして

『私にもわかりませんが、それはきっと……』ひざ上の俺の頬をそっとなでた。『誰かを愛する心、だと思いますの。バランサーや獣人のみなさんのように優れた特長をもたない人魚族ですもの、たった一つ持ち合わせている愛を失ってしまえば、それは生きている価値を失うことと一緒だと思います』

 普段は無邪気で甘えんぼうだけど、やっぱりナーちゃんは聡明な姫様。

 自分達がいったい何者であるのか、その役割は何であるのかをちゃんと理解して、それを守ろうとしている。 

 どっかのあほんだら暴力バカ人魚とは比べ物にならない。

『そうか。そいつは怖い海草だな』

『だけではないのですよ? 同じように、口にするとどこでも声を発することができるようになるという海草もあるのです。こわね草っていいましたかしら? それもまた、人魚にとって大切なものと引き換えだといいます』

『ナーちゃん、その海草……あればいいと思う?』

 俺の問いに、ナーちゃんはにっこりと笑って即答で

『いいえ! こんな人魚の私を心から愛してくださる達郎さまがいらっしゃるんですもの! 足も声も、私には必要ございません!』

 ナーちゃん、世界一いい女。

 そしてその彼女を奥さんにできる俺、世界でいちばん幸せなヤツ。

『……ナーちゃん?』

『はいっ、達郎さまっ!』

『愛してるっていうとなんかよくわからん感じだから、わかりやすく言って――好きだ』

 そういえば、はっきり言葉に出して誰かに「好き」って言ったの、初めてかもしれない。

 なんか俺、普通に言えたな。

『まあっ! 達郎さまからそのように仰っていただけるなんてっ! 嬉しい!』 

 ってな具合に二人でまったりラブっていると

 どざーっ

 いきなり豪雨。

『あらあら。急に雨になりましたわ、達郎さま』

『だな。まあ、みんな水着だからあんまり関係ないと思うけど――』

 言っている矢先。

「やべェやべェ……いきなり降ってきやがってよォ」

 浜辺にいた四人がダッシュで避難してきた。

 ちっ。

 せっかくナーちゃんと二人でまったりしてたのに。



 葵さん涙々の肝試し事件を除けば、これといったハプニングもなく海辺のひと時は過ぎていった。

 ちょっとご機嫌ななめになりかけたナーちゃんも、俺が放った例のひとこと以来うきうきしっぱなし。

 由美さん、マサ、ドルファちゃんの三人はほとんどトリオと化していて、何かというと三人でああだこうだと騒ぎまくり、まあうるさくはあるが結束力が強くてよろしい。

 最後の晩には大花火大会なんかもあって、まあ楽しませてもらったような気がする。

 ――そして、その夜更けのことだった。

 コツコツ、コツコツ、と窓を忍び叩く音で俺は目が覚めた。

 ふと見ると、窓のそこにはでっかい目玉のバケモノが! ……じゃなくて、よく見れば鯛野郎じゃないか。

「……なんだ? こんな真夜中に」

 眠たいのをこらえて尋ねると、ヤツは声を潜めつつ

「お前ら、今日、帰るんだってな?」

「ああ、帰るけど」

 すると、鯛野郎はちょいちょいと手招きして「……ちょっとだけ、来てくれねェ? 姫さんも一緒ならよかったけど、寝てるようじゃしかたがねェ。ダンナのあんたでもいいんだ」

「……?」

 別にやましい様子もないので、俺は手すりを飛び越えて外へ出た。

 波打ち際までついていくと、そこには鯛戦隊マッチョフォー、キンメ、それに桜エビ部隊一同、とにかくたくさんの連中がいた。

 これまで敵対してきた「レッドバック」の奴ら。

 とはいえ、俺は警戒するでもなく、ぼへっと立っている。

 一斉に飛び掛ってこられたらどうなるかわからないが――彼らはそうはしないという、よくわからない確信が俺にはあった。

 もう、月は沈みつつある。朝が近いようだ。

 暗い浜辺で向き合うたくさんの魚人たちと俺。傍から見たらすげぇへんてこな光景かも。

 マッチョフォーの一匹が口を開いた。

「……俺達、今までブルーフィッシュとは敵対してきた。それは海獣組の連中に脅されていたから、というところなんだけど――とはいえまあ、お前達にはすまなかったと思う」

 ……おお?

 向こうからいきなり詫びを入れてくるとは。

 謝ってほしいとか、そんなつもりは毛頭なかったのにな。

 鯛野郎は言う。

「俺達レッドバックも本音のホンネを言えば、海の世界が混乱するのは望まない。お前も知っていると思うが、魚人や海獣人は人魚族の者を勢力の中心者に迎えようとする。俺達にもかつて、優しい人魚族の姫様がいた。でも、彼女を病で喪ってからはみんなバラバラになっちまったんだ。しまいにはそこをつけこまれて、海獣組の連中にいいようにアゴで使われたってザマさ」

「……」

「でも」別の鯛野郎が進み出てきた。「ナタルシアと仲間の人間達、セイゾー達を追い払ってくれた。だから今、海の世界が変わってきているんだ。俺達も、今がやり直すチャンス。まずはブルーフィッシュと仲良くしたいんだ」

 レッドバックの連中、みんな神妙な様子。

「ふむ……」

 彼らが言うのを黙って聞いている俺の表情は、決して暗くなかったと思う。

 いいんじゃねぇ?

 必要なのはみんなの協力。

 その気持ちさえあれば、ごちゃごちゃと論じる必要はない。

 心で語り合うまでだ。

「わかった!」 

 俺はさっと右手を差し出した。「……よろしく、頼む。議論は必要ないだろう」

 あんまりにもさっぱりしすぎたせいか、レッドバックの連中は一瞬戸惑ったような色を見せたが

「……これからは赤も青もない。どうか、よろしく」

 鯛野郎の一匹がマッチョな腕を差し出してきて俺の右手をぐっと握った。

 それを皮切りに、次から次と

「お、俺も……」

「エビAも!」

「エビBも!」

「あ、握手希望だキン!」

 結局全匹と握手する羽目になった俺。

 人気アイドルのサイン会かよ……。

 気がつけば、空が白ばみ始めていた。



「――うぉい、タツぅ! ……なんだ、寝てやがるのかよォ」

 呼びかけてきた由美さんに、ナーちゃんは表情で「お静かに!」

 帰りの車中、俺はまた彼女の膝を借りて横になっていた。

 明け方に成立した和解の一件、ナーちゃんにだけは話したんだよな。

『まぁっ! そのようなことが……』

 ナーちゃん、予想以上の驚き方。

 ワケを訊いてみると

『ブルーフィッシュとレッドバックは海の世界ではとても立場が弱いのです。ところが、レッドバックはせめて自分達だけは少しでも上に立とうと、ブルーフィッシュをさげすんでいた時期が長かったのです。そこに目をつけた海獣組の者達がレッドバックを自分達の支配下において、私達を攻撃するように仕向けたということがあって、なかなか私達は仲良くなることができずにいたのです……』

 なるほど。

 長い暗黒の時代があったのか。

 俺は奴らの申し出をあっさりと受け入れたけど、レッドバックの奴らが俺の態度に戸惑ったのはそういう事情によるものらしい。

 まあ、まるで俺がブルーフィッシュの代表者みたいなカオで勝手にOKしちまったけど、間違っちゃいないと思う。相手が変わることを望んでいたって、いつまでも物事は前には進まない。こっちが変わってやれば、かえって相手も変わらざるを得なくなるんだよな。

 一応、ナーちゃんには

『……まずかった?』

 訊いてみたが

『いいえ! 達郎さまだからこそ、レッドバックの申し出を快くお受けになれたのだと思いますわ。ブルーフィッシュの民はみな、達郎さまをお慕いしておりますもの。誰も反対する者などおりませなんだ』

 にっこり。

 でもまあ、ナーちゃんが姫様だし。

 今度からはちゃんと相談しないとな。

 ともかくも、俺は眠い。

 事情を知っているナーちゃんは『お帰りの間、ゆっくりお休みくださいな』と言ってくれたから、俺はお言葉に甘えて寝ていくことにしたワケだ。でも、いろんな思いが湧いてきてなかなか寝付けない。

 ――電車は海沿いのクソ暑い町を離れていく。

「また来てねー! 冬もいい所だからー!」

 鮎彦さん清美さん夫妻が手を振って見送ってくれた。

 冬、ねぇ。考えておきましょう。寒そうだし。

 ともかくも、楽しかった。

 この楽しかった夏はもう二度と戻ってこない。

 でも……かけがえのないものが手に入った夏だった。

 こっから先の未来は自分でつくるもの。

 過去が何度もやり直せたら、未来の意味はない。

 さて。

 どんな未来を創ろう? ナーちゃんと一緒に。

 楽しいことはこれから先、まだまだ数え切れないほどあるんだし。

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