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その42 その心、大事にし鯛

 夕方、近海の街に戻ってきた俺達。

 駅を出てから家に向かっててくてく歩いていると

 ぴょーん――

 突然、何者かが俺達の行く手に立ち塞がった。

「そこの人間! それにナタルシア! ちょーっと待ちやがれ! 秋はたそがれ!」

「……ん?」

 そう。

 下手くそもいいところなラップもどきが大好きな、赤くてでっかいこの魚人は――

「美しいこの背ビレ! 赤く輝くこのウロコ! そう! 俺様こそが『THE・鯛・チョー』さ! チョーはロングじゃない、スーパーな方だ! そのほうが、この俺様にはふさわしいからな! だろ!?」シャキーン!

 こいつ、確かイワシャールと一緒にチョモランマまでぶっ飛ばしたんだよな。

 はるばる帰ってきたのか。

 ナーちゃんは「あっ!」という顔をしたが、俺は表情を動かさずに黙ってTHE・鯛・チョーを眺めている。

 ヤツは「シャキーン!」でポーズをキメたまま、フリーズしている。

 ――二十秒経過。

 細いガードレールの上につま先だけで乗っているTHE・鯛・チョー。

 さすがに「ぷるぷる」してきたようだ。

「……」

 それでも云ともなんとも言わない俺。

 やがて

「あ……あ! ああっ!」

 ガードレールから転げ落ちやがった。

 ポーズをキメている間、脚に相当な力をこめていたらしく、鯛野郎はすぐには起てないでいる。 

 ようやくガードレールにつかまりながら立ち上がるとびしっとこっちを指差して

「おいっ! お前ら! せっかく俺様がポーズをキメてやっているのに! シカトするとは何事だ!? 嫉妬するのは愛ゆえだ! チェキラ!」

 YO−YO−YOYO−YO−……

 一人で勝手にノッている。

 キリマンジャロへ直送するなら今がチャンスだろう。

 だが、俺は――自分がサカナになったかのごとく、無表情無言でいる。

 ぶっ飛ばすのは造作もない。

 それよか、なぜこいつはここまでラップにこだわるのだろう。

 面白いからとことん黙ってみていようという心境になっている俺。

「YO−YO−YOYO−、YO−YO−……YO……」

 ヨーヨーとノった風を装いながらも、鯛野郎はちらちらとこっちを見てくる。

 それでも俺達がノーリアクションなものだから、しまいには

「おいっ! お前ら!」

 詰め寄ってきた。

「俺様をぶっ飛ばすならぶっ飛ばす、ラップを聴くなら聴く、はっきりしろよ! 気になって仕方がねェんだよ! そうやってリアクション薄いとさぁ」

 ふーん。

 こいつ、覚悟はしていたんだ。

「……おい、THE・鯛・チョー」

「!? おっ、お前……今、俺様のことを、正式名称で呼びやがったな!? そんなヤツは初めてだ! 俺様を驚かせやがったな! 図書館行けばそこには本棚! 一家に一台、天井にある、それは神棚!」

 なんだ。

 今の今まで正式名称で呼ばれたためしがなかったのかよ。

 ずざっと後退りしているヤツに、俺は

「そんなにラップが得意だっていうなら、最後までやってみろよ。それから日本アルプスまでお届けしてやるさ」

 でっかい目ん玉をさらにでっかく見開いたTHE・鯛・チョー。

 えっ、やっていいの? っていう顔をしている。

「早くしろ」

 家では葵さんやドルファちゃんが待っている。

 時間がもったいないので催促すると、THE・鯛・チョーはえへんおほんと何度か咳払いをしてから

「じゃあ、仕方がないな。リクエストにお応えして、リスナーのみんなにとびっきりのナンバーをお届けだ!」

 誰がリスナーだ。

 ツッこみたくなったが、あえてガマンしよう。

「ツーツーツー、ツクツクツー、ツーツーツー、ツクツクツー……」

 通りのど真ん中で、鯛野郎はとびっきりのナンバーとやらを始めた。

 道行く人たちが「なんだアレ?」みたいな顔をして見ているが、あえて俺はナーちゃんを抱っこしたまま、ヤツのラップに耳を傾けている。俺が完全に落ち着いているものだから、彼女も静かに成り行きを見守っている。

 正直、鯛野郎のそれはラップでも何でもない。

 節をつけた言葉遊びといったところだろう。

 こんなものをラジオで流したら苦情が殺到し、聞いている運転中のドライバー達がハンドル操作を誤って日本中で交通事故が多発することは間違いない。なんたら高速は事故のため何十Kmの渋滞、とかいう道路情報が割り込まれるはずだ。

 この間までの俺なら、とっくのとうに日本アルプスどころかロッキー山脈送りにしていただろう。

 ただ――


 俺を優しく包み込むようなふるさとの街

 黄昏の海を見ながら俺は君を待ち

 今日は君と食べたい 寿司屋でハマチ

 ゆるく流れていく時間 俺はマジ恋の予感 君は遠慮して五カン

 一緒に食べようぜウニ 二人幸せになるように――  


 まったくもって意味は不明。

 ――ではあるのだが、どことなくほっとするような詞。

 さりげなく前向きな印象を受けるのは、気のせいだろうか。

 いや、気のせいではない。

 この詞は前向きなだけじゃなくて、すごく優しい。

 そしてこの下手くそきわまりなくて、しかし優しいラップはこんな風にシメられていく。


 肩で風きって歩きたくなるような

 俺に勇気をくれる君 そして仲間達

 俺はただの鯛 だけど絆は固い 

 一心同体でハピネスだぜ絶対 いつかみんなで夢を見たい 請うご期待!

 LaLa−LaLa−LaLa――


 自称「とびっきりのナンバー」を終えたTHE・鯛・チョー。

 ど、どーすか? 的な感じでこっちを見ている。

「……ふむ」

 俺はうなずき「正直、ラップかと言われれば、相当キビしいものがある」

 思わぬ酷評を受けたTHE・鯛・チョーは

「そ、そうか……。そうだよな……」

 素直に落ち込みかけた。

 待て待て。

 話は終わっていない。

「しかしながら」俺は言った。「いい詞じゃないか。それ、お前が自分で考えたのか?」

「えっ……!?」

 ヤツの目が「きらーん!」と輝いた。

「とっ、トーゼンだろ! パクッたりなんかするかよ! これでも俺は鯛だぜ? 腐っても鯛なんだ! それで、その……やっぱり、パーッと元気になるようなヤツの方がいいじゃねェかよ! だから、俺、一生懸命に考えて――」

 ははは。

 腐っても鯛、か。

 こいつらはこいつらなりにプライドをもってやっているんだな。

 いいだろう。

「……わかった。詞がいいんだから、もっと自己主張しろよ。遠慮しながらやるから、良さが伝わってこないんだよ。お前がパーッと聞いているヤツを元気にしたいんなら、そういうソウルでやんなくちゃ。少し、練習してからまたこい」

「……」

 THE・鯛・チョー、固まっている。

「どうした? まだ、なんかあるのか?」

「い、いや……お前、俺をアルプスに直送するって言ってたし……」

 なんだなんだ。

 ぶっ飛ばされるのを待ってやがったのか。

 意外に律儀な野郎だな。

「お前な、アルプスでラップの練習するつもりなのか? エコーはかかるかも知らんが、山相手じゃ遠すぎだろう。アルプスまで行かなくとも、そのへんのカラオケ屋でもいいじゃねェかよ」 

「え……今日は、ぶっ飛ばさないの?」

「いいから、帰ってラップの練習しろよ」

 そう言ってやると、ヤツは途端にだらだらと大粒の涙を流し

「おっ、お前……はじめて俺のラップを最後まで聞いてくれた! 今まで、誰も聞いちゃくれなかったっていうのに……! 俺、感動! グレープはぶどう! お前、いいヤツだどぉ!」 感動のあまり、最後はメチャクチャか。

 違うだろうがよ。

「お前、海藤!」ってこなくちゃ……あ、それはどうでもいい?

 通りの真ん中で男泣きしているTHE・鯛・チョーをおいといて、俺は家路を急ぐことにした。葵さんやドルファちゃんが待っているし。

『達郎さま? あのレッドバックの者は、どうなさったのでしょう? 急に泣き出したりして』

 成り行きがよくわかっていないナーちゃんが尋ねてきた。

 一匹のラッパーを励ました、とか言ってもわからないだろうから

『……どんなヤツにだって、好きなことの一つや二つ、あるのさ。それをしっかりやれって、言ってやったんだ。ぶっ飛ばしてしまうのはカンタンだけど、それやったらできなくなるから、今日はぶっ飛ばさなかった』

『まあ! レッドバックの者にも優しくなさるなんて、達郎さまはとっても強くなられたのですね!』

 へへ。

 強くなっちゃいないのかも。

 もともと持っている「強い心」を引き出そうって、してみているだけ。

 なんとなくすっきりした気分になりつつ、俺はナーちゃんと一緒に家へと急いだ。

注)THE・鯛・チョーのラップはオリジナルです。

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