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その41 召しませ山の幸(おあいそ)

『――ご乗車いただきましてありがとうございます。近海岸辺行きの普通列車です。次は山南、山南に停まります』

 俺とナーちゃんは、じいちゃんの家に四泊ばかりしてから帰路についた。

 ワケのわからん修行びた自主トレなどこれっぽっちも必要なくなった俺はその後、ナーちゃんを連れて山里をあちこちと歩き回って過ごした。畑と山と森しかないけれども、何もないところが田舎のいいところだ。ヘンに都会の建物なんか出来てしまったら、それはもう田舎とは呼べないじゃないか。

 海もいいが、山もいい!

 夕方になって帰れば帰ったで、ばあちゃんが俺達のことを近所のじっちゃばっちゃに触れ回っているせいか、しきりと村の人たちがやってきては

「川上さんとこのお孫さんとお嫁さんに、これ、食べてもらってや」

 とか言って、ごっそりと色んなものをくれたりした。

「達郎が帰るとき、これみんな持ってってもらわんとね」

 さらりとばあちゃんは言った。

 ……待てい。

 年末のお歳暮状態で部屋の隅に積み上げられている諸々の品々を、どーやって持ち帰れというんだ? 気持ちだけはきちんと持っていくから、モノは適当にどうにかしてくれい。

 ――で、俺達が明日帰るという前の日の晩。

 何となく集まってきた近所の人たちと、気がつけば大晩餐会になっていた。

 お誕生席にまつりあげられている俺とナーちゃん。

 じいちゃんとばあちゃんはじめ、みんなは酒を酌み交わしながら

「そっかぁ。タツのボーズもとーとー結婚か。昔はいろいろ悪さばっかりしてなぁ」

「いやいや、流蔵さんとこのボンズも、こんないいヨメさんもらってェ! 山北なんかにゃ、こんな美人はおめェ、いないっけよ!」

「やだね、瀬川のとーさんてば。ここにいっぱい美人がいるべ!」

「そりゃかーさん、やっぱり若い方がいいって! かーさん方もうみんな、枯れちまったべよ」

 げらははははは。爆笑の嵐。

 にこにこしながら年寄りの宴会を眺めていたナーちゃんは

『達郎さま? みなさま、とても温かい方達ですのね。すごく心がほっとしますわ』

『そうだね。みんな、俺達のことを祝福してくれているんだ』

 ありがたいことだ。

 多少騒々しくはあったが、楽しい夜は更けていった。

 やがてみんな帰って行き、座敷には俺とじいちゃんだけが残っている。

 ばあちゃんは台所で後片付け、ナーちゃんは俺の胸にもたれてすやすやと眠っている。

 開け放たれた縁側に向かって、タバコの煙を吐き出しているじいちゃん。

 少しひんやりとした風。

 闇の中から、虫の声が聞こえてくる。

 もう少し経って盆が過ぎれば、この山里はあっという間に秋がきて、そして長く寒い冬となる。夏はびっくりするくらい短いのだ。

「……なぁ、達郎」

 黙っていたじいちゃんが、不意に口を開いた。

「……あれ、教えておいたほうが、いいのか? 知りたいなら、教えてやるけれども」

 ああ、アレね。

 俺は微笑して首を横に振り

「いや、いいんだ。必要がなくなったよ」

「そうか。なら、よかったな」

 じいちゃんもふっと笑った。

 あれ。

 ――俺とじいちゃんの間で「あれ」と呼んでいるのは、自然の中にあるものを活用した護身のためのワザである。

 実は滝女さんと山奥で出会い、戻ってきた俺は初めてじいちゃんから聞いた。

 戦争中、激戦地に飛ばされながらもじいちゃんが人一人殺すことなく帰ってこれたのは、実は「あれ」のおかげだったのだ。

 かといって、何か大げさな仕掛けとかじゃあない。

 幾つかの野草を配合して火にくべることで強烈な眠気を催させたりとか、樹木の幹にちょっとした仕掛けを施して位置の感覚を狂わせて知らないうちに元来た方向へ歩かせてしまうとか、そういうワザだ。簡単ではあるけれども効果は抜群で、じいちゃんが幼少の頃近所の年長の悪ガキ達から伝授された奥義らしい。

 じいちゃんが行かされたのは南方にある密林地帯だったらしく、ほとんど部隊は全滅の危機に瀕していてみんなは戦うことよりも「生きて帰りたい」という心境になっていた。とてもじゃないが、殺し合いなどやっているような状況ではなかった。

 そこでじいちゃんは生き残っている仲間達にあれこれと知恵を授け、ダメもとでトラップを仕掛けるという作戦にうって出た。

 こういっちゃなんだが、子供の悪知恵は単純だが極めて巧妙なものがある。

 流蔵部隊の仕掛けたいくつものトラップによって敵国の兵士たちは見事にかく乱され、あるいは戦闘意欲を削がれていき、そのうち上手い具合に終戦の日がやってきた。

 じいちゃん達は投降して収容所に連れて行かれ、あれこれと尋問された。みんなはここぞとばかりに得意げにトラップの手の内を明かすと、敵国の兵士たちは感心して

「お前達がいたあそこのエリアを我々はとても恐れていた。誰も怪我をしたり死んだりしていないのに、戦う意欲だけをなくして戻ってきていたからだ。いったい、何があるのだろうと不思議に思っていたところだ。――それにしても、お前達にそれだけのアイデアがあったとは、恐れ入った」

 人殺しなどしていないじいちゃん達はあんまりにも堂々としていたから、敵国側でも裁くに裁けなくなったらしい。結局、数ヶ月間土木作業みたいな労働をさせられていたが、早いうちに帰国させてもらえることになったのだった。

 帰国間際、敵国の上官が笑いながら言ったという。

「もう、二度とお前達と戦う日が来ないように祈るよ」と。

 俺が今までに用いてきたいくつかの悪知恵は、実は昔じいちゃんから直々に伝授されたものだ。

 しかし、さらに強力ないくつかの「あれ」については、じいちゃんは

「達郎が大きくなって、もし必要ができたらその時に教えてやる」

 とだけ言って、教えてくれなかった。

 当時小学生だった俺は「なんで? 教えてよ!」とせがんだが

「……人を傷つけたりしないための技術だが、それでも人を困らせるための技術であることに変わりはない。誰かを困らせないで済むなら、それに越したことはない」

 じいちゃんは言った。

 今ならわかる。その言葉の意味が。

 マサや由美さんと違って俺は「ボコり合わずして戦闘不能にする」ワザを駆使してきて、さらにそれをレベルアップさせるべく今回ここへやってきた。そして、それを教えてくれと最初の日にじいちゃんに頼んだ。

 正直なところ、滝女さんに会いじいちゃんから事の真相を知らされるまでは「あれ」がそんなにも重たい価値をもっていたなんて、夢にも思わなかった。きっと「あれ」を教えてもらえば、俺はこの先襲ってくる海の連中やそいつらと結託した人間達をばったばったとなぎ倒すことも不可能ではないだろう。

 でも……必要はなくなった。

 滝女さんが教えてくれた、本当の強さってヤツ。

 力でもワザでもない。

 強い心を示すこと。

 殺し合いの戦争中ならそういうキレイごとは通用しないだろうが、今の世の中は殺し合いじゃない。じいちゃん達の苦労があって平和な世の中になったんだから、それに相応しいやり方があるってものだ。

 大きくて美しい海の世界。

 ナーちゃんや葵さん、ジンベエさんやジーナさんみたいに優しく強い心をもった者達がたくさんいるんだから、人間の俺が強い心を示せば、変えていけないことはないハズ。

 だから――「あれ」は要らない。

 電車は次第に速度を上げていく。

 そろそろ、葵さんやドルファちゃんが寂しがっているらしくて、電話で

『はやく帰ってきてくださいよぉ! ドルファのコト、キライなんですかぁ!?』

 続いて電話を代わった葵さんは

『ごめんなさい、達郎様。ドルファさんがもう、だだをこねていますの。――由美さまやマサさまも毎日いらっしゃっていますわ』

 そうか。みんな、待っていてくれてるんだな。

『うん、もうすぐ帰るよ。ナーちゃんも元気だから』

『はい。お待ち申し上げてますわ。どうか、姫様のことをよろしくお願いいたします』

 最後までグチめいたことは言わなかったが、それでも葵さんもちょっと寂しいみたいだ。声のトーンでわかった。

 これから、帰ります。

 たくさんのお土産をもって、ね。

 それから――大切なことに気がつけた俺になって。

 窓の外を流れていく畑や水田の景色をぼんやりと眺めていると

『……達郎さま』

 ナーちゃんが話しかけてきた。

『ん?』

『なんだか、来る前よりもゆったりとされましたね? どうなさったのですか?』

 ほう。

 そんな感じがするかね。

 俺は何も言ってないし、普通に振舞っているつもりだったけど。

 ま、本当に俺が自分の心の強さに気づけたのかどうか、そいつはこれからわかるだろう。

『……どうも、しないよ。俺は俺のままさ』

 笑って見せた。

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