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その4  浜辺ですき焼き

 なにゆえ、こういうことになっているのだろうか。

 THE・武・鯛を一匹残らず家の外につまみ出したあと、やっと夕食にありつくことができた俺。献立は幸子がさっき宣言した通りすき焼き。いくら鯛が豊漁(?)だからといって、鯛茶漬けになるというワケではない。

 すき焼きを囲んでいるありふれた家族の食卓の風景。

 ――のはずだったけど。

 部外者二名+一匹が混入している!

 俺の隣には葵さん。そして俺の膝の上にはナーちゃん。

 さらには――さっき空のはるか彼方までぶっ飛ばした筈のイワシャールまでがいる。やはり近所の野良猫に追われたらしく、体中あちこちに引っかきキズを負っていた。が、魚だけに痛くないらしい。放っておこう。

 親父は一言も喋らず、黙々と食っている。こっちはマッチョフォーに襲われて心にキズでも負ったのだろうか。これも放っておこう。

「――でね、そこの奥さんたら、ダンナさんに黙ってへそくりしてたのがバレたみたいなの」

「あら大変! 見つからないところに隠さないといけませんよねぇ。岩の下とか砂の中とか」

 ……おい。

 なんで幸子とイワシャールが仲良く世間話してるんだ?

 どうもいきさつから察するに、幸子の脳みその中では「イワシャール=ナーちゃんの母親」という図式が成立しているらしい。どうしてそうなったのかは、推測するだけ時間の無駄である。やっぱり放っておこう。

 で、俺の傍にいる美女二人だが――

『……葵さん』

「はい。なんですか、姫様?」

『お水をくださいませんか?』

「わかりましたよ、姫様」

 コップに水を汲んで手渡ししてやる葵さん。以上は口パクの会話である。

 ナーちゃんは人魚だけに、さすがにすき焼きなんぞは食わない。

 が、体が乾いてくるといけないらしく、しきりと水ばかり飲んでいる。

「……またやりやがったな、母さん」

 すき焼きを一口食った俺はぼそりと呟いた。

 これはすき焼きなどではない。言ってみれば――デザートだ。

 言い忘れていたが、幸子は物の味というものがわからない生き物である。

 前回のすき焼きは醤油そのもので塩辛くて話にならなかったので苦情を述べたのだが、今回は砂糖を何kg入れたのだろう。……どうりで肉を一切れ食った親父が二度と箸をつけないワケだよ。

「葵さん、心の底から申し訳ない」

「……どうかしましたか? 達郎様」

 ちまちまと箸を動かしていた葵さんが不思議そうな顔をした。

 海の世界の人ながら、彼女はナーちゃんと違って食事ができるらしい。

「いや……こんなこっぴどいゲテモノを食わしてしまって」

 すると

「そんなことはありません。みんなで平和に食卓を囲むなんて、とっても素敵なことですわ。いつ以来かしら?」

「……?」

 その言葉の意味を、葵さんはすぐに教えてくれた。

 彼女は人魚と人間のハーフなのだという。

 ずっとずっと前、幼かった頃に人間である父親と人魚である母親とに囲まれ、人間世界で幸せに暮らしていた時期があったのだった。外見が人間と一緒であるのは、父親のそれを受け継いだためであるらしい。美貌なのは当然のことだが人魚である母親譲りだろう。

 ちょっと待てよ。

 もしかして、その幸せは長くは続かなかった、とかいう話の展開か……?

 よくあるイヤな結末を想像した俺は、ちょっと憂鬱な気持ちになった。

 が、事も無げに葵さんは

「人間と人魚じゃ、寿命が違うのですよ。父が亡くなったので、母と共に海へ戻ったのです」

 そーでしたか!

 いやー、良かった!

 ほんっとーに良かった!

 ――気分を回復した俺は、気がつけばありえないすき焼きデザートを平らげていた。

 幸子がカラになった鍋を見て

「あらま。達郎ったら、みんな食べちゃったのねぇ。私の味付けが良くなっていた証拠ね?」

 違う!

 断じて違う!

 あんたの料理の腕前は何一つ良くなっちゃいないぞ、幸子!

 


 長く訳のわからない一日もようやく終わろうとしていた。

 個別に布団を用意――する間もなく、ナーちゃんは俺のベッドの上ですやすやと寝息を立てている。 

 我が身のやり場に困った俺が突っ立っていると

「……姫様のお傍で一緒に眠ってあげてくださいませんか? 達郎様」

 葵さんにそんなことを頼まれた。

「え? でも……」

 困惑している俺に、葵さんは優しい微笑みを浮かべながら

「姫様はここしばらく、気持ちの休まる時がありませんでした。でも、達郎様と出会えてあんなに」ナーちゃんに視線を移した。「安らかに眠っておいでです。心の底から安心していらっしゃるのですわ」

 そんなものかなぁ。

 俺にはまだ、十分に理解できなかった。

 海の世界で何が起こっているのか、何をそんなにナーちゃんが大変なのか。

 そして――彼女が俺の何を頼りにそこまで安心しているのか。

 またマッチョ鯛か何かが襲ってくるんじゃないかという心配もあったが、葵さんが

「ずっと私がついていますから、安心してお休みください。外にはイワシャールが見張っていますし」

 教えてくれた。

 そうか。

 さっきからヤツの姿が見えないと思っていたが、そういうことだったのか。口が悪いうえに果てしなく弱いヤツではあるが、それなりに真面目な一面もあるらしい。

 またネコに襲われなければいいけれども。

 ま、葵さんがついていてくれるというのは、イワシャールが一万匹いるよりも安心だ。

 俺はナーちゃんのために敷きかけた布団を完成させ

「じゃ、そのようにしますけど……葵さんも、これ使って休んでね?」

「はい。ありがとうございます、達郎様」

 いい仲間をもってるな、ナーちゃんは。

 他にもこういう連中がいるのだろうか。

 だとすれば、会ってみるのも悪くないかも知れない。

 イワシャールみたいに口も態度も悪いヤツは御免だが。

 そんなことを考えつつ、俺はナーちゃんの隣で眠りに落ちかけた。

 と。

「にゃーっ! にゃーっ!」

「ぎいぃえぇぇ! 助けてぇ!」

 ――案の定、ネコに追われて助けを求めるイワシャールの悲鳴が闇をつんざいたのだった。

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