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その37 ヘッポコ主将の恋

 今日もとにかく、暑い!

 この夏は一体全体どーなっているんだ!?

 雨なんか一滴も降りやしない。

 そういやテレビのニュースで水不足になりそうだとか言っていたな。

 にしても、このアスファルトの照り返しといったら……蒸し焼きになってしまいそうだよ。

 夏休みの課題に必要な本を借りに、朝から街の図書館へと出かけた俺達。

 エアコンガンガンの館内はさすがに快適だったが、一歩外に出れば灼熱地獄が待ち受けていた。

『ふあ……』

 あまりの暑さにナーちゃん、ぐったり。

 気がつけばメタリックブルーに輝く彼女の尾ひれや鱗がカサカサに乾いている。

『ほら、水、水! ちょおっと、ぬるくなってるケド』

 ぬるいどころじゃない。

 これだけ熱されれば、もうちょいで沸騰してしまうだろう。

 ペットボトルだからどういう保温性もないのだ。

『はい……ありがとうございます……』

 ごきゅごきゅ……とても美味いとはいえないであろうこのぬっるーい水を、ナーちゃんはぐいぐい飲んだ。

 どうやら、陸上で生活できるとはいっても、身体が乾燥してはよくないらしい。

 だから、彼女と外出するときは常に飲料水を携帯する俺。

 しかしながら、たった五百ミリリットルのペットボトルはすでにカラ。

 これはいかん。

 すぐに調達しなくてはならない。

 辺りを見回せば、幸いなことにすぐ目の前にコンビニ。

 俺はナーちゃんを抱っこして猛ダッシュし、店内に飛び込んだ。

 飲料売り場へ直行して冷蔵棚から二リットルのミネラルウォーターを取り出すと

『ほら、ナーちゃん! 冷たい水だぞ!』

 金も払ってないのに勝手に飲ませてしまった。

 やむを得まい。

 このコは水を飲まないと死んでしまうんだから。

『わぁ! ありがとうございます、達郎さまっ!』

 冷たい「どこだか山の天然水」を、美味しそうにラッパ飲みしているナーちゃん。

 瞬く間に、二リットルはカラになった。

『もう一本、飲む?』

『はいっ!』

 なんか、居酒屋のサラリーマンみたいだな。

「あ、あの……」

 さすがに店員さんに声をかけられてしまった。

「……はい、これ! あと、二本くらいもらいますから!」

 ぴっと千円札を差し出した俺。

 金さえ払えば、さすがにそれ以上何も言われはしなかった。

 結局三本、計六リットルもの水を息もつかずに飲み干したナーちゃんは

『ありがとうございます、達郎さまっ! 私、元気になりました!』

 嬉しそうにぴちぴちと跳ねている。

 念のためになんたら山の水をもう数本とロックアイスを購入し、俺達はコンビニを出ようとした。

「ありがとうございましたぁ――」

 ウィーン……

 自動ドアが開き、一歩外に出ようとすると、そこには人影が。

 ぶつかりそうになったので

「あ、すみませ――」

「……お! おいっ! 海藤じゃないか! 探していたぞ!」

 ちっ。

 妙なところでイヤーなヤツに会っちまった。

 ――ヘッポコ軟式野球部主将、清水先輩。



 三十分後。

 俺達はファミレスにいた。

 ナーちゃんは相変わらずアル中ならぬ水中のようにでっかいペットボトルを抱っこしながらぐびぐびとやっている。

 ほとんど氷しか入っていないアイスコーヒーをストローでぐーるぐーる回しまくっている俺。

 卓を挟んだ向かい側では、清水先輩が熱弁中。

 俺はてっきり、ヘッポコ軟式野球部をヤメたことについてぐちぐち言われるものだと思っていた。

 が。

 どうもそういうコトではないらしい。

「かいどお! お前、知っていたんじゃないのか!?」

 ばしーん!

 着席するなり、清水先輩は叫びながら卓をバシバシと叩き始めた。

 水とおしぼりを運んできたかわいらしい店員さんがびっくりしてフリーズしている。

「あ、す、すみません……」

 なんで俺が謝らなくちゃならないんだ。

 周りにいるおばちゃんグループとかカップルがこっち見てるし。

 店員のおねえちゃんにアイスコーヒーとチョコバナナサンデー特大サイズ(清水先輩はなぜかそれを選びやがった!)、さらにグラスに氷を頼んだあと

「……何がっすか? 八月の大会で近工と当たったことですか?」

「ちがーうっ!」

 ばーん!

 叩くな叩くな。テーブルが割れたらどーするんだ。

 さすがにこのやかましさはありえないと思ったのか、ナーちゃんが困った顔で清水先輩を見た。

 このコの「そんなのイヤですぅ」フェイスを向けられて心が動かない男はこの世に一人といない。うるうるした瞳が五つ星キュートなのだ。 

「あ……ご、ごめん……」

 途端に畏まった清水先輩。よろしい。

 が、ヤツはそのままうつむいて沈黙してしまった。

 喋りたくなければ聞かないまでである。俺は知らん振りしたまま、運ばれてきた氷に水をだばだばと注ぎ、ナーちゃんに飲ませてあげていると

「……海藤、お前が退部した直後のことだ」

 上目遣いになって清水先輩が口を開いた。

「はぁ。この間っすね」

 やる気ゼロ感剥き出しに返事をした俺。

 すると、いきなり清水先輩は「がばっ」と身を乗り出してきて

「その後だよ、その後! 何が起こったと思う!?」

 さあ?

 もしかして、試合で一点も取れなくなりましたか?

 さもなくば、他に誰かがやめて九人揃わなくなったとか。 

「水瀬だよ! 水瀬めぐみ! 我が野球部のマネージャーでありマスコットでありセクシーエンジェルでもある水瀬めぐみが突然ヤメたんだ!」

 ああ、そのことですか。

 で?

「わかるか、かいどお! これは我が部にとって最大の痛手なんだ! 主砲であるお前がやめたことより――おい、どこへ行く?」

「……じゃ、さいなら」

 あー、貴重な時間を損した。

 何かと思えば、めぐみがやめたグチかよ。

 俺という主砲を失ったことへの悲しみを語るならまだしも、セクシーマスコットに去られた悔恨を俺にぶつけてどーする。 

 このアホ先輩に言っても仕方がないが――めぐみがヘッポコ野球部に所属していた理由は、俺がやめたことで消滅している。あんたが今さら咆えたところで、彼女は戻らねェよ。せめてあんたが主砲かエースだったらまだしもねぇ……。

 ってか、あれは見てくれ以上にいい女だったし。

 正直――あいつが万が一「清水先輩ってステキ!」とか認めたにせよ、あまりにももったいなさ過ぎる。トランプとコイコイだけが特技のヘッポコプレイヤーごときと付き合わなくたって、他にいい男は山ほどいると思う。

 席を立ちかけると、急にヤツは慌てて

「ま、ま、待て! まずは、落ち着いて話を聞け! お前の分くらい、おごってやるから! な!」すがりついてきた。

 もとよりそのつもりですよ。

 何が悲しくて、あんたのグチを聞かされた挙げ句に金を払わにゃならんのだ?

 ――それから三十分間。

 清水先輩は延々と「水瀬めぐみがどれだけいい女なのか」について語り続けた。

 が、話の九割以上は「彼女の格好は露出が多い」というカテゴリに分類されているといって過言ではない。

 スカートが短いだの、胸元がどうの学祭のバニーがああだこうだ。

 退屈すぎて思わずナーちゃんと一緒に居眠りするところだった。

 そんなに女の子の露出が見たければ、今すぐ海水浴でも行けばいいでしょーが。

 話がどうでもよすぎていい加減にイラッとしてきた頃、急に清水先輩は居住まいを正し

「……と、言いつつ、やっぱり俺は、彼女を諦めきれないんだ」

 めぐみのミニスカートが? それともバニー姿が?

 よほどツッこんでやろうかと思ったが、ヤツの眼差しはかつてないくらい真剣だった。

「俺は、俺は……水瀬めぐみが、好きだったんだ。だから、なんて言うか、その……」

 最初からそう言えばいいものを。

 なんだって彼女の身体的特徴ばかり長すぎる前フリで語るんだよ。

 だるさ全開ウザさ百%な態度をとっていた俺は、ここでやっと姿勢を改め

「……で? 気持ちを伝えたい、と?」

 清水先輩は顔を赤くして

「ま、そ、そう……いうことになるのかな? うん、そうだな、うん」

 一人で勝手に何度も頷いている。

「じゃあ、そうするまでじゃないですか。何をためらうことやありますか?」

 そう答えた俺の認識には、重大な一点が欠落していたらしい。

「し、しかしだな、俺は……」清水先輩は悲しそうに「水瀬めぐみのケータイもメアドも、知らんのだ。だから、どうすることも……」

 あっちゃー。

 接点が多かった割には、意外と抜けていたんですねぇ。

 幸い、俺は何かの折に彼女と交換していた。

 だから、清水先輩に教えてやろうかと思ったが……それはそれで、めぐみの許可がいる。黙って教えたら個人情報の漏洩じゃないか。

「しゃあないなぁ……」

 俺はケータイを取り出すと「めぐみに、清水先輩にメアド教えていいか訊いてみますわ。黙って教えるワケにはいかないんで」

 すると、清水先輩はギラリと目を光らせて

「な、なにっ!? 海藤、お前、水瀬めぐみのメアドを知っているのか!?」

「知ってますよ、交換したもの。……ちょっと待っててください。今、確認を」

 俺がめぐみにメールを打っている前で、清水先輩は

「うおーっ! なんて、うらやましいんだぁっ!」

 一人悶絶している。

 恥かしいからやめてくれい。

 ――五分後。

 ブルルルルルと俺のケータイにメールの着信があった。

 水瀬めぐみ。

 返信をくれたようだ。

 どれどれ――

『やっほー! たっつーげんきー? 夏休みだねー!』

 おお。元気そうで良かった。

『宿題多すぎだよー(怒) 今度いっしょにやろーよー! たっつーのカワイイ人魚のカノジョにもあいたいし(はーと)』

 そーかそーか。

 そーいうコトなら、な。

 そのカノジョは今、エアコンの効いたファミレスですやすやとお休み中ですけどね。

『で、なに? 清水先輩が? アタシのメアド知りたい?』

 肝心なのはここだ。

 めぐみの返事は――

『ダメ!! ぜったいヤダ!! ありえない!!』

 ははは。

 たった三文にビックリマークが六つもついてるよ。

 こりゃあ、とりつくシマなんかありませんな。

「どっ、どうだった……?」

 清水先輩の顔はえらく緊張している。

 俺はぱたっとケータイを閉じ、ふうっと溜息を一つ。「……ご愁傷様」

「え……? じゃ、じゃあ……ダメ、なの……?」

 そのように、申し上げたつもりかと。

 こっくりと一度、頷いて見せると

「……んノーッ!! そんなァーっ!」

 両腕でアタマを抱えて悶絶し始めた清水先輩。

 どっかの動物園にいるクマみたいだな。

「じゃ。そーいうコトで」

 じたばたしているヤツをほっといて、俺はさっさとファミレスを後にした。

『……ふぁ? 達郎さま? あの方はひどく悲しそうでしたけど。よろしいのですか?』

『ああ、ほっとけ。そのうち治るさ』

 教えてやった方が良かったのだろうか。

 ――誰かの愛を得たければ、必要なのは捨て身の行動だけである。

 上手いことを言ったな、俺。

 ま、今のヤツには無理だろうケド。

 チョコバナナサンデー特大サイズのヤケ食いでもしてやがれ。

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