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その36 美女達の本音

 その晩、俺はナーちゃんや葵さん、それにドルファちゃんをつれて近くのレンタルビデオ店へと出かけていた。

 俺が観たいものを借りるためということもあったが、それ以前に――バカ幸子が大量の韓ドラを返却しないまま、またどっかへ旅行へ出ちまったのだ。青くなった俺は、即刻返しにいったワケなのだが……確か延滞料は軽く五千円を超えていた。

 あいつのへそくりから持ち出し決定だな。

 どこに隠していったか、俺はちゃんと知っているんだぞ。

「――おォい! タツぅ!」

 夜道で後ろから呼び止められた。

 このイントネーションは言うまでもなく、由美さんである。

「そろってなんだァ? なんかあったのか?」

「ああ、レンタルビデオへ。今日はうちの親父も母親もいないんで、なんかゆっくり観ようかと」

 親父は出張。三日くらい戻らないらしい。

 俺が何気なく答えると

「おォ、そっか!」

 彼女は嬉しそうに、手にぶら下げていたひょろ長いビニール袋を上げ下げして見せ

「んじゃ、これ、みんなでどォだ? さっきもらったンだけどよォ、アタシ一人じゃ、な」

「……?」



 由美さんが合流して五人で家に戻ってきた俺達。

「タツ! グラス五つと氷な! ナーのぶんもだぞ!」

 上がりこむなり由美さんはそう要求してきた。

「ナーちゃんも? いったい、何を飲まそうってんです?」

 この時点で、俺はイヤな予感がしていた。

 先日の学校祭最終日、後夜祭を終えて俺の家に転がり込んできた由美さんは、マサを含む俺達一同にいきなりビールを飲ませようとしてきた。

「ナーと葵とドルファの復帰にカンパーイ!」

 何もビールでやらなくたって……。

「げほっげほっ! わ、私、これはちょっと……」

 真っ先にむせた葵さん、一抜け。

 ナーちゃんもまた、コップに鼻を近づけてくんくんやっていたが眉をしかめて

『達郎さま? これ、とってもヘンなニオイがしますが……由美さまはこの飲み物がお好きなのですか?』

 好きどころか、飲まないと生きていけないらしい(本人談)。

 ってか逆に、そのヘンなニオイの飲み物さえあれば生きていけると主張しているが……。

 当然ではあるが、ナーちゃん二抜け。

 俺もまた、こんな最悪なシロモノは一口たりとも飲みたくなどないのだが――由美さんの手前、あからさまに「要らん!」とは言えない。仕方がないので、コップに口をつけて飲んでいるフリだけしていた。

 ところが。

「……あ。なんか、不思議な水ですねぇ」

 とかなんとか言いながら、ドルファちゃんが次々とコップをカラにしているではないか。

「おォ! ドルファ、お前、イケるなァ!」

 大喜びの由美さん。

 マサはマサで「かーっ」と(この男の辞書に法律という文字は生まれたときから存在しないらしい)やりながら

「うひゃひゃひゃ! ボコり合いのあとのビールはタマんねェなァ! だろォ、タツぅ!」

 なにが「だろォ?」だ。

 少しは国家権力に対して畏まったらどうなんだ。

 ――三十分後。

『すやすや……』

 今日一日いろいろあって、とても疲れていたのだろう。ナーちゃんは俺の胸で静かな寝息を立てている。

 葵さんもまた、俺の肩にもたれるようにして居眠りを始めた。

 一方。

「ぎゃはははっ! ドルファちゃん、おもしれェな! おもしれェな! おもしれェな!」

「そぉんらころ、らいれすよほぉだ! まははまろほうら、おもひろひろおもひまふ!」

 あーあーあー。

 ドルファちゃん、完全にろれつがイっちゃってます。

 マサはテンションマックスでカオが崩れるくらい笑いっぱなしだし。

 さすがにアルコール免疫絶対の由美さんだけは狂うことなく、二人のやり取りを面白そうに眺めながら黙々と缶ビールを空け続けている。

 ――さらに十五分経過。

「じゃーまははま! しょーぶひまほう! まけらほうら、ぬふんれすろれ?」

「おォ、そォだちゃられ○×△□※☆(何を喋っているかまったく不明)。おへ、ほるははんろふぅろへっはいり、ひれは○×△□※☆(同じく意味不明)」

 誰だおまえら……。

 二人の間でどういう意思疎通が行われていたのか全くわからなかったのだが、とにかく何かが通じ合っていたらしい。勢いよくそう言い合うなりマサとドルファちゃんは「へろへろっ」と立ち上がった。

 すると、それまで沈黙していた由美さんも

「……それ、アタシもやる!」

 宣言して立ち上がった。

 泥酔している二人の会話を聞いて理解していたのか……!

(……?)

 一人醒めている俺としては、呆然と眺めているよりない。

 そして、突然俺の目の前で繰り広げられたのは――

「いっくぜェ! じゃんけん、ポン!」

「オラァ!」

「はひっ!」

 ドルファちゃんが負けた。

「ぎゃははーっ! ろるはらん、まへらろー! ふへーっ!」

「しょーららいっすれへ……」

 ぼそっと呟くなり「ぬぎっ!」

 野球拳かよ。

 っていうか、ショートカットしすぎだろ……。

 ――思い出すのも忌まわしいが、三つ巴のこの勝負、結局はマサが一糸纏わぬスッポンポンになったところで終了。

「うえっ! まへりまっらっす! もほ、ぬふもろらいれすはら、はんへんひれふらはい!」

「ケケケケ、だらしがねェなァ! お前、丸出しじゃねェか! ちゃんとついてんのかァ?」

「わーひ! まははま、はらはーっ! あははははっ」

 笑っている場合か。

 そうやって冷やかしているドルファちゃんと由美さんだって、あと一回負ければアブナイところまできてるじゃないか。

 などという実にバカバカしい事件があったのだが、そもそもは由美さんだ。

 未成年ばっかりつかまえて、ビールなんか飲ますなよな……。

 そんなワケで、また由美さんが酒でももってきたのではないかと俺は内心疑っていた。

「これでよろしいでしょうか?」

 葵さんが下からコップと氷を持ってきてくれた。

「よーし。じゃあ、みんなで味見しよーぜ」

 そう言って由美さんはビニール袋から一本のビンを取り出した。

 一升瓶。

 透明なそれに、なにやら薄い紫色の液体が詰まっている。

「……なんスか、コレ?」

 ふふん、と由美さんは笑って

「近所のおっちゃんがくれたんだよ。自家製ぶどうジュースらしい。これならナーでも飲めるだろうと思ってさ」

 おお。

 由美さんってば、そんな心遣いを。

 どうせ酒だろうとか疑ってすみませんでした。

『達郎さまっ。由美さんがお持ちになったこれは、なんですか?』

 かくかくしかじかと説明してやると、ナーちゃんは嬉しそうに

『まあっ! 私のために、わざわざお持ちくださったのですね! ありがとうございます!』

 俺、通訳。

「おォ、いィってコトよ! 人魚じゃあ、酒飲めねェしさァ」

 そーっすよ。

 やっと理解していただけましたでしょうか。

 氷の入った五つのグラスに紫色の液体を注ぎ分けた。

 一升ビンものだから、まだまだぜんぜん残っている。

「じゃ、いただきまーす」

 みんなでぐびっ。

 俺もぐびっ。

 お? ……ちゃんとぶどうっぽい。

 酸味と甘さがしっかり天然していて、ちょっと酸っぱいけど市販の甘ったるーいヤツよりは好きだな。時々ぶどうのタネとか皮が舌にひっかかってくるのが、いかにも自家製ってカンジでよろしい。そういや、田舎のじいちゃんが秋になると山ぶどうを採ってきて作ってたっけ。……あれは果実酒か。

「あら。とても美味しい!」

 葵さんもイケるようだ。

「うまーい! 海ぶどうジュースって、美味しいんですねぇ」

 いや、海ぶどうじゃないよ、ドルファちゃんってば。

『達郎さま、とっても美味しいですね! これなら、私も飲めますわ』

 ナーちゃんからもGoサイン。

「おォ、良かった。あと二、三本、おっちゃんからもらってやるかなァ」

 いやいや、おっちゃんに無理言わなくていいです。

 これで十分ですから。

 ――で、みんなはなんとーなく二杯目へ。

 ビンの中身は約半分ほど残っている。 

「あーおいしい! あたし、もう一杯もらってもいーですかぁ?」

 ドルファちゃん、三杯目へ。

 俺も二杯目がほとんどカラになりそうだった。

 その時である。

「……?」

 一瞬、体全体が「ふわっ」と浮くような感覚に襲われた。で、目の前が軽く霞んだ。

 あれれ?

 どーかしたかな? 俺。

 と、思っていると

『達郎さまっ……このお部屋、少し暑くありませんか……?』

 ナーちゃんがそんなことを言い出した。

 Tシャツの胸元をばさばさとやっている。

『ん。じゃ、扇風機でも……』立ち上がろうとすると

『いやですわ、達郎さまっ! そうじゃないんですってば!』

 !?

 俺を見るナーちゃんの目つきは明らかに「女」だった。

 いきなり彼女は着ていたTシャツをがばっと脱ぎ捨ててハダカになり

『今宵はもう、眠らせませんからお覚悟なさいませ! 達郎さまっ!』

 ベッドに俺を押し倒すなり「ちゅーっ……」

『な、ナーちゃん……ってば……ちょ……』

 何の前触れもなくエッチな状況下におかれた俺。だが、記憶はそこでぷっつりと途切れている。情熱きわまるナーちゃんのディープで長いキスで、どうやら酸欠を起こしたらしい。

 以下、後日由美さんが教えてくれた模様である。

 突然女に豹変したナーちゃんを見て葵さんは目を丸くしていたが

「そう、ですよね……。姫様だって女ですもの、愛する男性と夜を共にしたいですよね……」

 少し寂しそうにつぶやいた。

 片手でグラスを揺さぶって弄んでいる。

「葵……?」

 この時点で由美さんは妙な予感がしたらしい。

 すると、葵さんはぐっと由美さんの方を向いて

「私だって、人間の姿をしてますし、人魚の血だって受け継いでます! なのに、なのに、人間の男性と結ばれちゃいけないなんて、おかしいと思いませんか!? 人魚と人間が結ばれたら、生まれてくる子は絶対に女の子なんですよ! 陸上で普通に生活だってできるのに……」

 ぐわっと迫った。

 目がマジ。据わっている。

 その迫力に思わず仰け反った由美さんは

「お、落ち着けよ……。不満があるなら、聞いてやるからさァ……」

 言った途端、隣でケタケタと笑い続けていたドルファちゃんがおもむろに立ち上がり

「そぉですよ! あたしだってイルカの血が混じっていて突然変異で生まれたかも知れないですケドぉ、ニンゲンのかっこーしてるんですよォ!? このとーり」彼女は着ていた服を脱いでスッポンポンになると「こぉんなにないすばでぃでぇ、かわいーのにぃ、どーして人間の男性とけっこんしたらダメなんですかぁ!? しんじらんない!」

「……」

 あれだけ大勢の魚人に囲まれても顔色一つ変えなかった由美さんだったが、これには参ったらしい。

「そうですわ! 私だって、できることなら姫様とセットで達郎様の元へお嫁に参りたいですわ!」

「あー! あたしもでぇす! こぉんなにカワイイんだから、達郎様、きっとあたしを愛してくれますって!」 

 望むような恋愛も結婚も禁じられているフラストレーション大爆発の葵さんとドルファちゃんは彼女を取り囲んでなんじゃかんじゃと不平不満をぶちまけていたが、ふと

「……そぉいえば由美さま? 男性と結ばれたコト、ありますの?」

「ぶっ!!」

 普段そういう卑猥な話など一言も口にしない葵さんからそんな質問をされた由美さん。

 思わずぶどうジュースを噴き出していた。

「な、なんだよ藪から棒に! それとこれと、どーいうカンケーが……」

 葵さんの目が鋭く光り

「だって、聞いてみたいじゃありませんか。私達には死ぬまで許されないんですもの、せめて、人間の女性の方のお話を聞くくらい……」

「そぉでぇす! ドルファもきいてみたーい!」

「う……」

 曖昧な返答は許さないといった顔で左右から迫られた由美さん。

 返答に窮した末、仕方なく

「そ、それは、だな……」

 かくかくしかじか。

「……なんだけど、さァ」

 聞き終わるなり

「いやーっ! 海の世界の、ばかーっ!! だいっキライ!!」

 タタタタタタタタタタッタタタタタタタタタタンッ! タタタタタタタタタタタ――

 叫びながら窓から空に向けてオーシャンイーグルを狂ったように乱射し始めた葵さん。

 さんざんに撃ちまくったあと、ぐしゃっとへたり込んで

「私だって……私だって……」

 しくしくと泣き始めた。

 ドルファちゃんはそこにあった一升瓶を「がしっ!」とつかむや

「……へん! どーせ、あたし達はいっしょーしんぐるがーるですよぉーだ!」

 ぐび、ぐび、ぐび、ぐび……

 ラッパ飲みし始めた。

 若い女の子が全裸で一升瓶を傾けている姿は、壮絶なものがあったらしい。

 すっかり飲み干すと

「ぷはーっ! ばーか……」

 ぱてっ

 大の字に倒れてしまった。

「……」

 なんとも言えないイヤーな、しかし悲しい気持ちになったまま、由美さんは残っていたぶどうジュースをちびちびと飲んでいるよりなかったそうな。

 なお、ベッドの上ではエッチな姿のナーちゃんが――

『……達郎さま? あ、眠ってしまわれましたのね! 眠らせませんって、申し上げたのに! 達郎さまったら!』

 気を失ってぶっ倒れている俺に抱きつくと、自分もまたすやすやと幸せそうに眠り始めたのだった。



 数日後。

 由美さんがやってきて一同に謝った。

「いやーすまねェ。おっちゃんがぶどうジュースだと思って寄越したビン、果実酒と間違ってたらしーんだよな。どーりでおかしいと思ったぜ」 

「はあ……」

 要はぶどうジュースだと思ってみんながぐいぐい飲んだアレは、なんとアルコールだった。酔ったナーちゃんは姫様から女になり、葵さんとドルファちゃんは日頃から溜め込んでいた欲求不満をぶちまけたのであった。俺だけ気絶していたが、まあその方が幸せだったかも知れないな。

 が。

 俺をはじめ、ナーちゃん、葵さん、ドルファちゃん、いずれも当夜の記憶がまったく残っていなかった。

 しかし。

 思わぬなりゆきから、彼女達の本性やホンネを知ってしまった由美さん。

 それ以来、発言とアルコールには気をつけようと思ったそうな。

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