その33 静かにしてくれ
学校祭が終了した翌週。
祭りのあとには何とやら、期末試験が待ち構えていた。
成績が悪いと親父に申し訳がないから、それなりにテスト勉強はしていたのだが――何せ、直前になってナーちゃんとの再会である。
彼女は一秒たりとも俺から離れたくないといって、学校とトイレに行く以外はびったりくっついている。
そのせいと言ってはバチが当たって地獄に堕ちて不幸になるだろうが、ともかくも勉強にならない!
『達郎さまぁ……何をなさっているのですか?』
『達郎さま? 達郎さまは、ここに書かれてあることは全てお分かりになるのですか?』
『達郎さまっ! あの、あの……一緒に、お風呂に入っていただけませんか?』
あーっ!
教科書を読んでいるより、ナーちゃんの顔を見ている時間の方がながーいっ!
俺のしていることがわかっている葵さん、さすがに見かねて
「姫様? 達郎様は今、どうしてもしなくてはいけないことがおありなのですよ? いつでもお傍にいられるのですから、少し静かにして差し上げなくては』
『はーい……』
しゅん。
しょんぼりしているナーちゃん。
葵さんは彼女を抱っこして
「すみません、達郎様。姫様がわがままばかり言って……」
「あ、いや。あと二、三日もすれば終わるから、それまでは一時間だけ……」
「わかりました。では、それまでは私が、姫様とお話していますわ」
葵さんの優しい心遣いで僅かな学習時間を獲得できた俺。
ようやく、黙々と机に向かって――
ぶるるるるるるっ
「……はい?」
『おォう、タツぅ! オレ! 起きてっかァ!? 今よォ――』
……カンベンしてくれ。
今電車に乗っているとか何とか、ごく一般的な通話拒否の理由を並べたて、やっとマサの長電話から逃れた。
ささっ、勉強に集中しなくては!
次の英文の誤りを指摘しなさい? なになに――
ばんっ!
「達郎さまぁー! あたしのパンツ、こっちにありませんでしたかぁ?」
「ドルファさんっ! ハダカでお風呂から上がっちゃいけませんって、昨日も言ったでしょお!?」
「えー……。だってだって、パンツがなかったんだもん。……あ! 葵さんの貸して! あのほっそーいヤツ、あたし穿いてみたーい」
「ドルファさん! いいから服を着なさい!」
今ごろ階下は血の海だろう。
そういや、親父が呟いていたな。
「どうもここのところ、頭がくらくらする……」
そりゃ間違いなく貧血だろう。身体中の血液が全部鼻から出ていってるせいであることは確かだ。
ああ、いやいや。
親父の鼻血などはどーでもいい。今に始まったことでもないし。
誰か、一時間でいいから俺に勉強をさせろーっ!
――で、三分後。
スッポンポンであーだこーだ言っているドルファちゃんを葵さんが隣の部屋へ連行していき、ようやく静けさが戻ってきた。
『……』
背中に刺さるナーちゃんの悲しげな視線がイタ過ぎるが……ゴメン、少しだけ、ガマンしてくれ。これが終わったら風呂でもなんでも、一緒にいてやるから。
やっと、俺の時間が来たぞ。
ふむふむ、これは「△であるといえども」、それでこっちが「○ならば□でない」か。
つまり、これを和訳すると――
がらっ!
「いよォ、タツぅ! 近くまできたから寄ったぜェ! 美味いタコ焼き見つけてよォ、買ってきてやったぞォ」
ゆ、由美さん……!
なんだって窓から入ってくるんすか?
イワシャールじゃないんだから……。
――結局、俺には家での静かな学習時間など許されなかったのだった。
ま、次の日からは学校に居残りして図書室で勉強することにしたんだけれども。