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その25 招かれざる客ども

「――ゲームセット!」

 三番バッターの清水先輩が空振り三振に倒れ、あっけなく試合は終わった。

 いや、あっけないという表現は正しくない。

 三十七対ゼロ。一回コールド。

 あっけなかったのはうちの攻撃だ。

 せめて俺まで回してくれれば、一点くらいは入ったろうに。

「いやーご苦労さんご苦労さん。よく頑張ったなあ、うんうん」

 今日もにこにこ、ヒツジ監督。

 そりゃあ頑張りましたよ。

 炎天下に外野で延々と突っ立っているのはどんなにツラいことか。打球なんか飛んできやしない。それというのも、うちのアホピッチャーの投げる球が一球たりともストライクゾーンに入らないからなのだが。プロ野球の始球式とかでやってくるアイドルの方がまだマシな玉を投げてるような気がする。

 だらだらとベンチに戻っていくと、他の連中はすっかり帰り支度完了。

 ――おまえら、最初からやる気あったのか!?

 怒りとも諦めともつかない気持ちで荷物を片付けていると、不意にめぐみと目が合った。

 しかし彼女は

「ぷいっ」

 あっちを向いて、そっちに行ってしまった。

 へーへー、すみませんでしたね。

 あの水族館の日以来、ずっとこうだ。

 原因ははっきりしている。

 彼女はしっかりと目撃していたのだ。

 ――俺がナーちゃんを抱っこして、水族館から一目散にとんずらするところを。



 真っ赤な夕陽が目に痛い。

 試合後、俺は例のバッティングセンターで一人黙々と百三十kmのボールを打ちまくり、それから家路についた。他のバカナインどもは今ごろ、アホマネージャーめぐみとプールで散々騒いでから焼肉でも食っているだろう。俺も誘われることは誘われたが、あっさり遠慮した。

 でかいスポーツバックを担いで大通りをてくてく歩いていると、向こうの歩道に知った顔が。

 春香ちゃん、そしてその彼氏。

 笑いあいながら歩いていく。楽しそうだな。

 去年の今ごろはちょうど彼女と一緒に学校祭の準備で毎日夜遅くまで作業をしていたっけ。で、へとへとになって帰る途中、いつも春香ちゃんとお茶していく。学校祭本番は本番で、彼女と見回りしたりイベントの準備をしたり。

 あの時は楽しかった。

 その学校祭が、また今年もやってくる。週が明けたら水・木・金と三日間。で、それが済んだらイヤーな期末試験があって、夏休みに突入。

 今年は実行委員なんかやってないから、完全フリー。

 いや、ヘッポコ野球部でなんか出店をやるとか聞いた記憶がある。

 確か、お好み焼きだったような……。

「はーいっ! あたし、バニーのカッコで客引きやるー!」

 ミーティングの際、そういう発言をしたバカが約一名。どこのどいつであるかは言うまでもない。

「おおーっ! いいねぇ! 校内売り上げナンバーワンはもらったも同然だ!」

 ほざけ。

 単にめぐみのバニー姿を見たいだけだろう。エロキャプテンに率いられた結果、部員達にも悪癖が伝染しつつあるようだ。

 食った客にもその変態症が伝染しなければいいのだが。

 まあそれはともかくとして、学校祭の最中は鬱陶しい授業がなくていい。

 ただ――何となく、胸の内にぽっかりと穴が開いているような気分。

 その原因がなんなのか、よくわからないんだけども――お祭り騒ぎで一緒にはしゃぐ相手がいないっていうことかも知れない。マサや由美さんを呼んでもいいのだが、どんなトラブルが発生するかわかったものじゃないから呼ばないでおくとして……やっぱり俺は一人。

 いや、まったくの一人ぼっちという訳でもない。

 ただし――

「達郎どの! 私には重くて仕方がありませんよ。今少し、負担の軽減を要求します!」

 さっきから、俺の後ろでぶつぶつ言う声が。

 同時にぺったぺったとイラつく足音がもうずっと耳をついてくる。

 俺はくるっと振り返り

「あァ? 何抜かしてやがる! そんなものも持てないで、姫様をお守りできるものか。シャキッとせい、シャキッと!」

 怒鳴りつけ、また歩き出す。

 負担軽減要求は却下。

「まったく、もう。これだから、達郎どのはレディに好かれないのですぞ。少しは優しくすることを覚えないと、そのうち姫様にだって愛想を尽かされ――」 

 またなんか文句言ってやがる。懲りない野郎だな。

 そう。

 何を隠そう、ブルーフィッシュ共和国雑用見習いに全会一致で推薦された自称「ブルーフィッシュの青い閃光」イワシャールが、昨日から俺にまとわりついてきやがったのだ。なぜ「青い閃光」なのかはまったく意味不明である。

 要はあまりの腰抜けっぷり、使えなさに業を煮やしたブルーフィッシュの民がみんなで相談し「イワシャールはぜひ、達郎様の下でバシバシ鍛えていただくよりほかはない!」という結論に達したらしい(バカイワシ本人は真逆のことを言っているが)。

 正直にいう。クソ迷惑でしかない。

 とにかくこの野郎、幸子と仲がいいから家の中では

「達郎どの! お茶がなくなっているのですよ? そういうことに、少しは気がつかないと」

「達郎どの! 幸子どのがお出かけなのですよ? お見送りとか、そういう心遣いがないと」

 もちろん、そういうふざけた発言のあとには「きらーん!」「あーれー!」が続く。

 いい加減に蹴り飽きた。なので最近は殴ることにしている。

 次回からは簀巻きにして近所の野良猫の住処に放り込んでやってもいいかもしれない。

 ただ、この正真正銘使えないバカイワシはたった一つ、重要な情報を持ち込んできた。

「総督府が陥落してセイゾーが追放されたことで、ブルーフィッシュに対する他勢力の評価が大きく変わりつつあるのですよ。その大きな成果として、今回」ヤツは愛用する聖なるポセイドンのヤリ(=木の枝+石ころ)をトン、と床に突き「どうやら海の世界でも強力な存在であるバランサー達が、我々に接近しつつあるのです。元々敵対してはいなかったのですが、海獣組の横暴に手を焼いたと見え、この際協同しようとしているらしいのです」

 確かに、バランサーの連中とは接触があった。

 総督府から助けてやったジンベエさん、その奥さんジーナさんにドルファちゃん。みんな、俺達に好意的かつ協力してくれた。

 そうか。それなら少しは安心のしようもあるというものだ。

 ナーちゃんや葵さんのこれまでの苦労もようやく報われてきているのかも知れない。

 などということを、とつこうつ考えつつ歩いていると

「シャキィーン! 見つけたぞぉ! ブルーフィッシュの手先、悪の人間め!」

 行く手に立ち塞がった影がある。

 逆光で姿がよく見えない。

「この俺様を忘れたとは言わせないぜ?」続けて「色褪せないぜ?」

 ああ、思い出した。

 バカ丸出しのラップもどき、一度聞いたらなかなか耳から離れない。

「美しいこの背ビレ! 赤く輝くこのウロコ! そう! 俺様こそが『THE・鯛・チョー』さ! チョーはロングじゃない、スーパーな方だ! そのほうが、この俺様にはふさわしいからな! だろ!?」

 はいはい。わかったわかった。

 あの凶悪なウツボだのセイウチとやりあっているから、こういうバカにはなんとなく愛嬌というものを感じるようになってきたこの頃の俺。

「……おい、鯛野郎」

「ん!? 鯛野郎だとぉ!? 失礼だな! 無礼だな! 部屋の天井、一家に一台、それは神棚! チェキラ!」

 さらに「YOYOYOーYOーYOー」と続くのだが、俺はそれ以上相手にせず、無言でくるりと振り返った。

「……」

 予想にたがわぬその光景。

「……おい」

「あ……え……? な、なにか……?」

 早くもイワシャールは逃走を企てていた。

「何、してる?」

「あ、いや、その……せ、戦略的な撤退の必要性を……」

 ヤツの目は泳いでいる。

「ほう……大した戦略だな、アホイワシ」

 静かに呟きながら、俺はヤツに預けていたバットを取り上げた。

 イワシャールは俺がそれで「THE・鯛・チョー」と戦うものだと踏んだらしく

「さっ、さすがは達郎どの! どんなにヘタレでチョーチンプー(意味不明)でも、ブルーフィッシュのために戦う志だけはチョモランマですな! いや、誠にあっぱれ!」

 なるほど。

 チョモランマ、ね。

「おい、バカイワシ」

「な、なにか?」

 俺はむんずとヤツの尻尾をつかんで引き摺りあげると

「ぜひ、行って来るといいさ。チョモランマへ」

「あ、え? 達郎どの、何を? ま、まさか――」

 まだ何か言っているイワシをぽいと宙に放り上げ、フルスイング。

「……冷凍されてこい!」

 カッキーン――

 当然「THE・鯛・チョー」を外す俺ではない。

「あーれー――」

「なんてこっ・鯛――」  

 アンポンタン魚が二匹ばかり、叫びながら赤い夕陽に向かって消えていった。

 帰ったら、さっそくブルーフィッシュのみんなに手紙を書かなくちゃ。

 ――イワシャール殿はチョモランマへ修行の旅へ出かけました、とな。

 追伸をつけよう。

 ――二度とヤツを俺の元へ派遣してくるな。

 あ。

 海中に向かってどうやって手紙を書きゃいいんだ?



 その次の日の夜。

 うっとうしい邪魔者(=バカイワシャール)が消えてくれたことでいつもの平穏な日曜日を過ごすことができた俺は、居間でバラエティ番組を観てから風呂に入り

「じゃ、寝るわ」

「寝るの? おやすみなさい」

 幸子は今夜、韓ドラ三昧だろう。何やら大量にレンタルしてきてあったのを目撃した。

 明日の朝もメシはないな。

 どうせヤツは寝不足で起きられないだろうから。

 早めに家を出て、コンビニでパンでも調達するか。

 ――などというスケジュールを立てつつ、部屋に入った俺。

 ベッドにもぐりこむだけだから、照明なんかはつけない。

 と、俺は異変に気がついた。

 そよそよと、風が吹き込んできている。

「……?」

 ふと窓の方に目をやれば、ガラスがしっかり割られている。

 泥棒か!?

 咄嗟に警察に通報することを思ったが――その必要はなかった。

 ベッドの上に、来客の存在。

 よくよく目を凝らしてみて、俺は仰天した。

「……!!」

 そのお客様は俺のベッドに横たわっていたが、俺の気配に気がついて目を開けた。

「あ……達郎様! 良かった……お会い、できて……」

 ふらりとベッドから転げ落ちそうになった。

 俺は慌ててその身体を受け止め

「ドルファちゃん! どうした! 何があった!?」

 そう。

 ドルファちゃんだった。

 しかし、あの日の快活で元気な彼女ではない。

 衣装はボロボロ、体中にアザやキズができている。意識はほとんどもうろうとしていた。

 抱きとめてやると、ドルファちゃんは俺の身体にぎゅっと抱きついて

「……ポイズングループの者達が、急に襲ってきたんです。彼等だけだったらまだなんとかしのげたんですけれども、その中に……」

「その中に?」

 ドルファちゃんはゆっくりと顔をあげ、その美しい瞳で俺を見てから

「人間の方達が混じっていたのです。私達は人間の方達とは戦えないのを知っている誰かが、人間の方を……」

 咄嗟に俺は思った。

 もしかして、ドルファを襲わせたのは――フィルーシャのヤツか? 

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