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その20 ナーちゃんの一番長い日(前編)

 総督府は一丁前に豪邸なカタチをしていた。サンゴ的な素材でできているらしい。

 門前を守っていた「藤堂」「To・Do」の二頭をあっさり壁にぶち込み、総督府の内部へと突入した俺達。……ちなみに藤堂ほか一頭というのはトドの獣人である。

 入ってすぐのホールには、生意気にもシャンデリア的なものがぶら下がっていて、よく意味のわからない丁度品がずらり。正面の壁に目をやれば、趣味の悪いデブヌードの絵画が。何で化け物の絵を飾っているのかと思いきや、メスのセイウチだった。そういやここの総督はセイウチだとナーちゃんが言っていたような気がする。

 この建物、玄関から入ると左右に階段があり、そいつを昇れば正面二階部分で合流できる構造。

「どーする? なんたらいうボスのヤツ、多分この上っぽくねェ?」

 由美さんが上を見上げて言った。

 俺もそんな気がする。しかし、ボスをぶちのめす前に――

「由美さん、きましたぜ!」

 マサが(嬉しそうに)叫んだ。

 言っている間に、二階からぞろぞろと「マッチョ鯛(隊とかけているようだ)」「キンキグループ」「ウツボ組」が出てきて俺達をぐるりと取り囲んだ。その数、およそ三十ほど。

「よォ、ブルーフィッシュの姫さん。こないなことして、わかっとるんやろなァ!」

 そう凄んだのは、ちょっと大きめなウツボ野郎。相変わらず、イヤな顔つきをしている。

 ナーちゃんが何か言いかけたが、それを抑えるようにして由美さんとマサがずいっと前に進み出た。

「……タツ。アンタ、そのコと一緒に、葵たらいうねーさんを探しな」

 とか言いつつ、由美さんはTシャツの背中をまくり上げた。

 ジャララララッ――

 どうやって隠し持っていたものやら、なんと長いチェーンが出てきた。

 そう。

 武装天女の名の由来――由美さんはその全身に得物を隠し持つという大技の持ち主だったのだ。ちなみに、さっきのウツボ組もこのチェーンによって一撃で地面にボコられた。

 なお「彼女」はすでに降臨している。とてもではないが、反対意見など述べられたものではない。

 マサも俺とナーちゃんの方を見てニヤリと笑い

「サツがこねェってんなら、ハナシは早いぜェ? 久々のボコり合いだからな……止めんなよォ!」

 わかってるよ。

 頷いてみせた俺。

 お言葉に甘えて、俺はナーちゃんと共に葵さんを助けに行かせてもらうよ。

 二人とも、くれぐれもやられたりなんか――

「どけオラァ!!」

「このオレが近工のマサだぜェ!! ボコられてェヤツからかかって来やがれェ!!」

 という以前に、速攻で先制攻撃している二人。

 どかばきぼこぐしゃめり……

 あっという間に前衛のキンキを殲滅するや否や、二人の姿は二階へと消えていった。

 二人が通り過ぎた後には――魚人どもが壁や階段、そして天井にめり込んでいる。

 二階からも「どかっ!ばきっ!」とか音がしたかと思いきや、両方の階段からウツボが転げ落ちてきた。顔中を腫らし、白目をむき泡を吹いている。三十もいた魚人にウツボ、ほぼ秒殺。

 あまりの出来事に、ぼーぜんとしているナーちゃん。

 まさか由美さんとマサがここまで強いとは思っていなかっただろう。

「……俺達も行こ? 葵さんを助けに」

「……はいっ! 達郎さまっ!」

 一年前の俺には、できなかった。

 でも、今ならできる。

 自分を鍛えて、そして力になってくれる仲間達を見つけたから。



 ゲームとか映画とか、囚われている人は大抵施設のすっごい奥にいる。

 奪還されないようにとか、逃げないようにするために。

 ――だが。

「……やる気あんのか? ここの総督とやらは」

 俺は呆れていた。

 一階正面奥の扉をぶち破り、一歩踏み込んでみればこの通り。

 一本の通路を中央に、両側には鉄……いや、サンゴ格子の牢屋がずらり。

 それぞれ、中には捕まっている奴らがいる。

「多くはブルーフィッシュの民でしょう。総督や海獣組は、何かと理由をつけては無理矢理連れて行き、こうして牢に入れてしまうのです。ブルーフィッシュの民に反乱を起こさせないための、見せしめとして……」

 ナーちゃんの説明、以上。

 しかし、そんな暗黒時代もこれで終わりだ。

 入り口に一番近い牢に近寄ると、中にいたヤツがびっくりして駆け寄ってきた。

「ひっ、姫様っ! 姫様ではありませんか! どうして、このようなところへ……?」

 ニシンの魚人らしい。

「待っててくださいね。今、ここから出して差し上げますから――」

 と言ってナーちゃん、困ったように俺を見た。

「達郎さま、このカギがなくては開けられないようです……」

「なに、問題ない」

 そう言って俺は背中から隠していたアイテムを取り出した。

 こういうシチュエーションもあろうかと、家に戻った時にハンマーを持ち出してきたのだ。

 鉄格子なら歯が立たないが、サンゴ質とあれば造作もない。

「てりゃっ!」

 ガシャン――

 人類が誇る文明の利器の前には、サンゴの牢屋などタマゴの殻も同然である。

「まあっ! 達郎さま、すごい!」

 手放しで喜んでいるナーちゃん。褒めるほどのことじゃないけれども。

 そうして、片っ端から徹底的に脱獄工作を開始した俺。

「ありがとうございます! 人間のお方!」

「このご恩は忘れません!」

 助け出すたびに大真面目に礼を言われると、なんだかこっ恥かしい。

 ってか、全てはここにいるあんた達の姫様のおかげだよ。

 そうして一番奥の牢屋。

 まず左側の格子をぶっ壊すと……中から出てきたのは、なんとトビウオのコだった!

 ちっちゃくて羽をぱたぱたさせている姿は、ぶっちゃけアジとかサンマより可愛らしい。

「ありがとう、姫さま! それに人間のおにいちゃん!」

 きちんとお礼を言ってアタマを下げているところがまたキュートである。

「お前……なんで牢屋なんかに入れられたんだ?」

「どうしても外の世界に行って、宙を飛んでみたかったんです。それで、鯛とかウツボの目を盗んで行ったら、捕まっちゃった」

 こんなに無邪気で可愛いトビウオのコをしょっ引くとは許せん奴らだ。

「さ、早くここからお逃げ」

「うん!」

 ぴょんぴょんと軽快に跳ねながら、トビウオ坊やは行ってしまった。

 で、反対側の牢。

 ひょいと中を覗いた瞬間、俺はビビった。

 やったらでっかい何かがいる! これってどう見ても、ブルーフィッシュの民じゃあない。こんなに図体のでかい青魚なんて、図鑑でも見たことがないぞ。

「ナーちゃん、これ……」

「バランサーの方ですわ。海の世界を調整して均衡を保つ者達です。でも、どうして、こんなところに……?」

 まあ、捕まった動機はどうでもいい。

 とりあえず、牢をぶっ壊してやった。

 すると中からのっそり出てきたのは、俺の背丈の倍近くもある大男だった。

 腹のあたりが白く、背中の方はグレー系をベースに白い斑点がある。目がちまちまとちっちゃいくせに、口がにょーんと横に広い。……どこかでこんなヤツ、見たような気がする。

 天井にアタマがつっかえそうな彼は、じっと俺とナーちゃんを見下ろしていたが

「……ありがとう。ありがとう。礼を言う」

 デカブツ特有の「もーっ、もさーっ」というトーンの声で、礼を言ってきた。

「礼はいいよ。……ってか、アンタ、名前は?」

「……ジンベエ。ジンベエ」

 おお、思い出した。今日、水族館でこいつの仲間を見たんだった。

「ジンベエさん、あなたほどの方が、どうしてこのようなところへ?」

 ナーちゃんの質問。

 それは俺も訊きたい。それだけのガタイならあんなチンピラの十匹や二十匹、相手にもならんと思うのだが――。

 が、ジンベエさんはちょっと首を傾げて

「……俺達は、争うことを知らない。だから、捕まるしかなかった」

 なんかよくわからんが、平和運動家ということにしておこう。

 争うことの全てが不必要なワケじゃない――とか言おうかと思ったが、ヤメた。彼等は自然の営みの中で生きている連中。人間の摂理を適用しなければならない必然性はどこにもないのだ。

「そーかい。……じゃ、ジンベエさんも行きなよ。もう、捕まらないようにね」

「……うむ」 

 背中を向け、のっし、のっし、のっしと歩いていくジンベエさん。

 ま、ああいうのが彼等なんだろうさ。じれったくなるかもしれないけど、あれでいいんじゃねェ? 俺はそう思う。

「ジンベエさん達のようなバランサー族はどこの勢力にも味方することなく、ただずーっと海の調和を保ち続けているんです。きっと、海獣組の者達がそれを快く思わず、ジンベエさんが争えないのをいいことに、捕まえたのでしょう」

 去り往く巨大な背中を見つめながら、ナーちゃんがそんなことを言った。

 残念ながら、人間はそうはいかない。

 争わずに生きていくことはできない。

 ただし、争うことと傷つけあう事は違う。争う事は競い合って、より上を目指す事。傷つけ合うことと一緒なんかじゃない。いつだったか、由美さんがそんなコトを言ってったっけ。

 ――さて。

 残るは、葵さんのみ。

 彼女はきっと、この奥にって……あれ?

 そーだった。

 牢屋はトビウオ坊やとジンベエさんが一番奥だったんだよな。

 するってぇと……葵さんは……?

「そ、そんなはずは! 葵さんは確かに、この総督府に捕えられているのですから!」

 ナーちゃん、おろおろ。

 参ったな。

 そういうことなら、もしかすると上の階とかか?

 なら、まだいいけど。

 最悪なのは、どっか別のところへ連れて行かれてしまっている場合だ。

 今から探して助け出しに行くのも、相当キツいものがある。

 そこへ。

 ぴょーんぴょーんと、さっき逃がしてやったトビウオ坊やがやってきた。

「姫さま、人間のおにいちゃん! 大変だよ! 別の人間のおにいちゃんとおねえちゃんが、セイゾー総督にやられちゃいそうなんだ!」

 何だと!?

 マサと由美さん、じゃなくて武装天女が!?

 あの最狂コンビをしても、勝てないっていうのか?

「達郎さま!」

 ナーちゃんの顔色が変わっている。

「よ、よし! すぐに行こう!」

「ボク、案内してあげる!」

 俺達はトビウオ坊やの後に続き、セイゾーとやらがいる部屋を目指して駆け出した。 

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