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その19 武装天女、降臨

 広ーい海の底、ならぬ海の世界をてくてくと歩いていくこと、ややしばらく。

 由美さん相手に友達の話をぺちゃくちゃやっている緊張感ゼロのマサ。

 対照的に、俺に姫ハグされているナーちゃんはすごく不安そう。ちょっとつつけば崩れてしまいそうで、見ていられない。それでも、俺の視線に気がつくと「にこっ」と嬉しそうに微笑んでくれる。

 ――やっぱり、彼女への誓いを守ってて良かった。

 ふと思った俺。

 そのうち、意味ありげに大きな岩が二つ並んでいる場所へ到着。

 岩と岩の間が門みたいにちょっとだけ開いていて、そこを通れといっているようだ。

「みなさん。ここから、先です」

 無言だったナーちゃんが口を開いた。

「私達ブルーフィッシュの民が暮らしていた場所なんです。今は虐げられてしまっています。葵さんはあそこに」指した先に、何やら大きな建物的なものが見える。「監禁されています。あれがブルーフィッシュ総督府です」

 そう、ハナシはごく簡単。

 要はあれをぶっ潰せばいい。

 結果、葵さんを助け出すことができる。

 ……ということを、マサも由美さんも考えたらしく

「じゃ、いこーぜ。さっさと助けねェとその葵さんとやら、ヤバいんだろ?」

「おォ! そーっスよね! ちゃっちゃとボコっちまおーぜ、タツ!」

 俺はうん、と頷き、岩の門をくぐった。

 一歩踏み入れた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは摩訶不思議な光景。 

 道の真ん中が軽くサッカーでもできそうなくらい派手に広く、キレイに整えられている。クリアブルーのタイルか敷石みたいなものがびっしり敷き詰められていて、今しがた通ってきたでこぼこ道とは天と地ほどの差がある。

 が――その道の両側には、ぼろぼろ、よれよれな魚人たちが、人生ならぬ魚生に疲れ切ったかのようにぺたりと座り込んでいる。その数、多数。

 サバにアジ、イワシにサンマやニシン等々メジャーどころに加え、俺の知らない種類のヤツも山ほどいる。言うまでもなく、元々ブルーフィッシュのエリアだけに、いるのはみんな「青魚」なのだ。

「おかーさん、おとーさんは?」

「おとーさんはねぇ……海獣組のお館へ、お手伝いに行ってるんだよ」

 とかいう会話をしているサバの親子がいるかと思えば

「アジらにはもう、どうすることもできん……ぶつぶつ」

 ボロをかぶってぶつぶつ言っているのはアジの爺さんだな。

「ワシら」じゃないのが微妙に笑えるが、悲惨な状況だけに笑ってはいけない。

 どいつもこいつも、賞味期限切れ。

 なぜなら、目が濁っていてウロコにハリがない。活きが悪くなっちまってる。

 まるで難民、ってか貧困街みたいじゃないか。代官の取り立てが苛酷な貧農の村って感じだな。集団まるごとテンション、モチベーションがゼロ。

 これもみんな、海獣組の奴らのせいなのか?

 ってか、なんで道の端っこにいるんだろう?

 疑問に思っていると

「この道は、総督が通るためだけにつくられました。罪もないブルーフィッシュの民が強制的に駆り出され、動けなくなったものは家族と引き離され、牢屋に入れられたり、売り飛ばされたり……」

 ナーちゃんが教えてくれた。

 なるほど。だからみんな、この道に足を踏み入れないワケか。

 虐げられた悲惨な魚人たち。

 しかし、俺達がやってきたことに気付いた途端 

「あ! あれは……姫様!」

「姫様がご無事でいらっしゃった!」

 両側から一斉に「うお(魚)ーっ!」とか聞こえたのは気のせいだろうか?

 が、ナーちゃんの存在がゼロだった彼等のボルテージを一気にハイにしたことは明らかだ。

「姫さまーっ!」

 どこからともなく、可愛らしい声がして、大勢の魚人の子供達が駆け寄ってきた。

「こっ、これ! そこへ踏み入れてはいけません! そこはセイゾー様が――」

 親達はマジビビリしているようだが無邪気な子供達、聞いちゃいねぇ。

「姫さまっ! ご無事でしたか!」

「姫さま、人間の方達をお連れになったのですね?」

 うーん。

 魚人かつ子供のクセに、敬語がきちんと使えるじゃないか。人間のガキども、少しは見習った方がいいかもしれない。魚人ができて人間ができないというのは、ちょっと情けないものがある。

「みんな、元気だった? ごめんなさいね、心配をかけて。でももう、大丈夫ですよ!」

 笑顔で対応している気丈なナーちゃん。子供達一人ひとりの頭を撫でてやっている。

 するとマサ、

「おいタツぅ! こいつら、ぶっ飛ばしていいのかァ?」

 あのね。

 見てわからんか? この感動の光景が!

 背後から現れた目つきの悪い人間を見た子供達、一斉に姫様と俺にしがみつき

「姫さま!あれは……」

 すっかり怯えさせてしまった。

 ナーちゃんはちょっと苦笑しつつ

「あの方達は、私達に力を貸してくださる、とても強い人間の方なのです。安心なさい」

「はーい」

 魚に手と足が生えた姿ではあるが、なかなか素直でいいコ達じゃないか。

 ナーちゃんの一言で安心したらしい彼等は、今度はマサと由美さんにも群がっていった。

「おォ、アンタはアジかい。ははーん、ちょーっとサイズがちっけェもんねェ。ははは」

「ちっちゃくないもん! 姫さまをお守りするんだもん!」

 由美さんは面白そうに話しかけたり握手したりしているが、マサはいかにも「ヤベェ」って顔で突っ立っている。さすがに魚人の子供相手に手を出したりはしないが、ちょっと迷惑そうではある。それでも見ていて微笑ましく、心和む癒しの光景なのであった。

「――おい、ガキども」

 と、一匹のイワシの子がいきなりひょいとつまみ上げられた。

「ここはセイゾー様がお通りになる道だって、とーちゃんかーちゃんから教わらなかったのか? あァ?」

 柄の悪い声、そして背中に悪い柄を背負ったのが三匹ばかり。

 俺には見覚えがある。約一年ほど前、葵さんをさらっていたぶろうとした、凶悪な奴ら。

 ――ウツボな連中だ。

「はっ、はなせーっ! お前らなんか、姫さまが来たからこわくないぞ!」

 背ビレをつかまれ、じたばたともがいているイワシの子。

「ほぉー。コワくないのか? じゃあ……ほーら!」

 なんと、ウツボはその子を「ぽいっ」と背後に放り投げた。

「あーっ!」

 イワシジュニアは宙に放物線を描いて、うす汚い道端の方へと落ちていった。

 ぶん投げたイワシなどには興味なさそうに、ウツボ組はナーちゃんの方を向き

「おいおいおい、姫さんよォ! アンタ、自分の立場ってモンがわかってるのか? あァ?」

「アンタがそーいう要らんことすれば、ワシらが預かっているあのねーさん、どーなるか知らんワケじゃないと思うがのォ?」

 その場にいる子供達をかばいつつ、ナーちゃんは「きっ」とウツボ組をにらみ

「なんて酷いことをするのですか! あの子がいったい、何をしたというのです!?」

「おーおー、随分と反抗的やのォ! そこの人間ともども、どーなってもしらんどー!」

 ウツボAがナーちゃんのほっそりした腕をがしっとつかんだ。

 その時である。

「……黙って聞いてりゃてめェら、女一人に何イキがってやがるんだ? この腐れチン野郎」

 ゆらーり――

 ゆっくりと、由美さんが立ち上がった。

「アタシゃねェ、ヨワい者イジメが大っキライなんだよ。虫唾が走るっての……」

 傍にいた子供達をはじめ、マサやナーちゃんは早くも固まっている。そして俺も。

 これはもう、由美さんではない。

 柔らかだった目つきは細く鋭く変化し、見られただけですっぱり切れそう。首や肩、指を動かすたびに「ぱきぽき」と快音が轟く。全身から発されている、近寄っただけでノされそうな強烈なプレッシャー。

 これって――『武装天女』が降臨した姿か!?

 さすがのウツボ組も「じりっじりっ」と後退りしている。

「な、な、なんだァ、てめェ!? お、俺様達が、どっ、どこの誰だか、わっ、わかって――」

 歯の根が咬み合わなくなっているようだ。

「お前らがどこの誰か、だって?」

 ずいっと前に進み出た武装天女。

 ウツボ中央の前でピタリと足を止めると、最後の「ぱきっ」を鳴らし

「……知ったコトじゃねーんだよ!!」

 天女の怒り狂える咆哮が、海の世界をびりびりと揺るがした。

 ――そして一分後。

「……あー、すっきりした。でもちょおっと、物足りないかな」

 瞬時に由美さんモードにチェンジした天女は清清しい笑顔で

「おいタツぅ! さっさといこーぜ! 葵たらいうねーちゃん、やべェんじゃねェのォ?」

 先に立ってすたすたと歩き出している。

「な、ナーちゃん? それじゃ、総督府へ……」

「は、はいっ……」

 心なしか、ナーちゃんはすっかり青ざめている。

 そりゃそうだろう。

 ――地面にめり込んで煙を上げているウツボ組の悲惨な姿を見れば。

 三匹はぴくりとも動かない。

「……」

 マサにいたっては、声もない。

 俺はこの時、初めて知った。

 武装天女という言葉の真の意味を――。

「おォい、タツってばー!」

「はっ、はいっ! 今、行きやっす!」 

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