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その17 今なら増量中につき

 ぶらんぶらんしていたマサの動きが、瞬時に「カキコキ」となった。

「あっ、姐さん! どっ、どーも、お疲れッス!」

 びしっ

 見事に直角九十度の礼がキマっている。

「なんだよォ、マサ。その『姐さん』つーの、いーかげんヤメてくれよなァ。アタシ、極道のなんたらじゃないし」

 ケラケラと笑っているその女性。

 一之瀬由美。いや、由美さん。

 俺達より二つ年上だから、今年十九歳。だから、さんをつけるべきだ。

 見てくれはキレーなおねーさま。ぐいんとウェーブのかかった長い長い茶髪に、ちょっと鋭い感じの目、そして小さな鼻と口。白いTシャツに足の付け根ぎりぎりなパンツがほど良くセクシーで似合っている。オフだからなのか化粧なんかほとんどしていないのだが、それでも十分に美しい。

 しかし、彼女はかつて――女だてらに近海工業、それに近隣のガッコーをシメていた。

 いうなれば、女番長だったらしい。

 わかりやすくいえば、ケンカが強かったってことだ。

 マサと友情(?)が芽生えてから少したって、俺は由美さんと出会った。

 例によってマサと街をのし歩いていたら(それはヤツだけだが)、道の向こうからやってきて

「おぅ、マサ! 元気かァ!?」

 と、いきなり声をかけてきた。

 途端にマサは「ぎっくしゃっく」とロボット的にアタマを下げ

「姐さん! お疲れッス!」バカ声を上げて挨拶した。道行く人が振り向いたよ。

「そのバカみたいな挨拶、ヤメなって。はずいじゃん」

 由美さんは苦笑いしていたが、ふと俺を見て

「……アンタ、潮清にダチなんかいたの?」

 潮清ってのは、俺の学校の名前。

「こっ、こいつはその……野球の試合で――」

 急に汗だらだらになって俺との出会いについて必死に語り始めたマサ。

 何をそんなに力説する必要があるのかと思ったが、由美さんの顔から笑みが消えている。

「――で、オレ、タツのパンチ一撃でマイっちまいました! すんません!」

 いきなり謝罪しやがった。舎弟の関係でもあるのだろうか。

「ふーん……」

 由美さんはしばらく、胡乱臭げにじろじろと俺を眺めていたが

「アンタ、そんなに強いんだ?」と、きた。

 微妙に敵意のオーラがある。

 どう言ったものかと一瞬考えたが、こういう人に媚びた態度をとるのは十中八九逆効果。飾らない自分のままぶつかってやった方がいいと思い

「強いかどうか知らんですけどね。……やられそうになったから、やっただけですけど? やられっぱなしは嫌いなもんで」

 俺のそういう力の抜けた答えが可笑しかったらしく、由美さんはぷっと吹き出し

「あっはっは……やられそうになったからやった、か。で、一発でしょ? 一発なら、しゃーないよね。近工シメてるヤツがそれで参ったんじゃあ、キンタマ縮んでるわ。あっはっは――」

「す、すんません……」

 真っ赤になって小さくなっているマサ。

 由美さんはさんざんに笑ってから

「ま、メチャメチャにボコり合ってから負けたんなら許さないけど、一発じゃあ、ね。どーみたって、この……ええと」

「達郎です。海藤達郎」

「そう、タツ! タツね。――タツの方がダンゼン強かったってコトじゃん。なら、しゃーないわ。せいぜい、鍛えてもらいなよ。その一撃必殺の右ストレートをさ」

 毎日球速百二十Kmを打っていれば、誰だってなれますよ?

 まあ、彼女の言いたいことは何となくわかった。

 競り合ってギリギリならまだ超えようもあるが、本当に超えられないんだったら違うやり方もある、ってことだな。さり気無く深いこの由美さん、逆に俺も気に入ってしまった。

 あとでマサは教えてくれた。

 当時、といっても俺が入学する前の年だが――潮清の男子と付き合っていた由美さんは、彼が抱えていた他校生とのいざこざを何とかしてやろうとして、数校を巻き込んだ大乱闘に発展した。その時、思わぬなりゆきにビビった彼氏は学校や警察にまるで由美さんが元凶であるかのようなコトを言い、結果的に裏切ったのだという。

「それからさァ、姐さん、潮清の奴らなんか、カオ見れば吐き気するとかっていうくらいキライになったんだよォ」

 なるほど。

 進学校の潮清は、何かと他校生から毛嫌いされている。一つには、勉強は出来てもそういう腰抜けみたいな連中も少なくないからだろう。由美さん的な表現でいえば「キンタマ縮んでる」という奴らだ。

 で、マサと由美さんはどこでどうつながったのか?

 それはよくわからない。

 まあ、元番長と現役ケンカ部の大将だから、それくらいのつながりはできてもおかしくない。俺は勝手にそう納得した。

 以来、由美さんは何かと俺達に良くしてくれた。

 聞けば、彼女は結局近海工業を中退したのだという。で、実家の家業を手伝ったりしているらしい。

 見てくれがキレーなくせに妙に男気があるかと思えば、すごく優しかったりする。

 そりゃあ、男子も女子も由美さんを慕うワケだ。

「お? そのコ、タツのカノジョ? ずいぶんとまあ、美人じゃん。だからってこんな真昼間から人前で、よくまあ姫抱き(また違う表現だ!)なんて――」

 言いかけてから、気が付いたらしい。

「うっわ! アンタそれ、どーしたのォ!? 水族館からかっぱらった? それともそこで釣った?」

 はい。

 両方です。釣ったあと、水族館から強奪しました……って、んなワケないでしょうが。

 にしても「それ、どーしたの?」はひどい。

「あー、それはっすね……」

 俺が簡単に説明しようとすると、マサががばっと頭を上げ

「お、俺達、今からこのコのねーちゃん、助けに行くんス! なんかァ、よそのガッコーの連中に連れて行かれたらしいんスよ!」

 ……二言で説明しやがった!

 ってか、よそのガッコーはまったく関係ねぇよ。

「ふーん……」

 無言でじっとナーちゃんを眺めている由美さん。

 彼女に見つめられているナーちゃんは、さすがに困った顔で俺の方を見た。

『た、達郎さま? こちらの方は……?』

『ああ、大丈夫。この人も、悪い人じゃないよ』

 しばらくして、由美さんの目がきゅっと細くなった。

「……もっかい、タツから聞くわ。マサの説明じゃ、何がなんだかわからんもの」



 そうして俺は、いよいよ海の世界に向かおうとしている。

 殴りこみだ。

 どんな汚い手を使って(すでにその用意はある)でも、葵さんは絶対に助け出してやる。

 新しく建設された埠頭の先端までやってきた俺達。

 今日は天気がいいから海面も穏やか。足元には波が心地よく寄せてきている。かつては臭くてひどかったカフェオレの海も、今はきちんと海の色。そうそう、これが海ってモンだ。

 佇む俺の傍にはマサ。そして――なんと、由美さんがいる。

 約二十分前のこと。

 ああじゃこうじゃと俺が詳しく説明するのを「うんうん」と聞いていた彼女。

 話が終わるやいなや「ぱーん!」と自分の膝を叩き

「よっしゃ! 一丁、ノった! アタシも協力する!」

 言い切った。

 あ、あれ?

 いいの? 

「人魚も何も関係ねェ。きたねェ奴らが大っキライなんだ、アタシは」

 ありがたい。話が早すぎて。

「姐さんも……行くんスか?」

 マサもびっくりしている。

 すると、はぁ? というカオで由美さん、

「ったりめェだろ! このコ、大事な人を拉致られて、困ってんじゃねーか! ……ってか、マジ許せねェ! ぎったんぎったんにしてやるよ、そいつら!」

 俺は見てしまった。

 かつての彼女の別名『武装天女』がちらりと顔を見せた瞬間を!

 こりゃあ海獣組の奴ら、不運だったな。

 この街きっての最強、いや最狂ヤンキーをこれから二人も相手にしなきゃならないのだから。

 でも……よかったよな。

 こうやって、力を貸してくれる奴らがいるんだよ。

 ナーちゃんに事情を説明してやると、たちまち「うるうる」して

『あ、ありがとうございます! 私、私、嬉しくて……つい』

 泣き笑いした。

 そんなナーちゃんを見て、ちょっと表情を緩めたマサ、そして由美さん。

 が、彼女はぼそりと

「今日はアツいし……。ちょっとぐれェ泳ぎたかったんだよな」

 いやいや、泳ぎに行くワケではないですから。

 ――といういきさつがあったのだった。

『……で、ナーちゃん。どうすればいい?』

 海の世界への行き方を教えていただきたい!

『海に飛び込みましたら、少しの間、息を止めていてください。私につかまっていていただければ、私がご案内いたします』

 ぜひ、溺れる前によろしく。

 しかし、問題が一つだけある!

 一緒に行く人間は三人いる。

 どうやってつかまればいい?

『そうですね……じゃあ!』

 結論。

 マサはナーちゃんの右手、由美さんは左手につかまることに決定した。

 で、余った俺は――

『あの、あの、達郎さま……どうか、その、その……やさしく、してくださいね?』

 頬を染めて恥らっているナーちゃん。

 おい。

 その誤解を生むような言い回しはいかがなものだろう?

 ナーちゃんの腰に抱きついていくだけでしょーが。

「……ねぇ、タツ」

 由美さんがニヤリと笑った。

「いくらアンタ達がデキてるからって、アタシ達の目の前でカノジョの胸に手ェ回さないでよ? けっこーいいボリュームじゃん。揉んでみたいでしょ?」

 するか、ばか者!

 俺ぁマジなんだよ。

 そーいうことは、葵さんを助けてから……いやいや、不謹慎な発言を撤回する!

 なにはともあれ!

「……じゃ、マサ! 由美さん! たのんます!」

「おォ、まかしときな! あたしらがついてっからな!」

「ばっかやろォ! 今さらヤメんじゃねェぞォ! 久々のボコり合いだぜェ!」

『では、参りますよ? しっかりつかまっていてくださいね?』

 どぼーん――

 俺達は、夕陽に染まりかけた海へとダイブした。

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