表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/66

その16 リーサルウェポン、見参

 それから三十分後。

 俺は自宅に戻って半裸のナーちゃんにTシャツを着せてやり、海の世界へ乗り込むために必要な準備を整えた。最後に、放置状態にある母親・幸子のケータイをかっぱらって再び家を出る。

 歩きながらケータイを取り出し『秘密兵器』に連絡を試みた。

 概ねいるだろうとは思ったが――やっぱり、いた。

「もしもし? 俺だよ、俺。海藤だけど」

 まだ名乗っている途中だというのに

『――おォ、タツ!! 生きてんのか、おめェ!! くぅら!!』

 ヤンキー丸出しな発音が受話部分からぶっとんできた。

 声、でか!

 音がフツーに割れてる。思わずケータイを耳から遠ざけてしまったほどだ。

 俺に抱っこされているナーちゃんが「びくっ!」とした。

「マサ、今何してんの?」

『なんもしてねェよ! ヒマなんだよォ! ――ちゅーかさぁ、いっつもナニしてんの、おめーよォ! 最近、俺と遊んでくれねェんだもんよォ! 俺、つまんねーじゃん!』

 おまいはガキか。

 図体でかいくせに、遊んでくれないとかゆーな。

 それに、お前の遊びに付き合うとロクなことが起こらんからな。

 まあそれはともかくとして、ヒマとは好都合この上ない。

「じゃあさ、新港一丁目のコンビニまで来てくんない? 協力して欲しいことがあんだよね」

『はァ!? 俺にィ? マジかよ! カネは持ってねェけどォ……んまぁ、いいよ! マッハで行っからぁ、ちょっと待ってて!』

 ほとんど叫びつつ、そのまま一方的に電話は切れた。ってか「マッハ」って……。

『……達郎さま? 今、とても大きな音が……』

『ああ、そういう声の人間なもんでね。――ところで、ナーちゃん』

『はい、達郎さま』

 ここで彼女に、あらかじめ伝えておかねばならない注意事項がある!

『もうすぐ、俺の知り合いがここへくるけれども……決して、敵とか悪い奴ではないからね? 怯えなくてもいいよ』

 そう。

 ナーちゃんが何の予備知識も持たずにヤツを一目見たならば、きっと混乱のあまり泣き出し、取り乱してしまうに違いない!

 だが。

 あと三分もしないでここへ駆けつけてくるであろうその人間は、見てくれこそ(言い直そう。素行にもだいぶ)問題があるものの――ブルーフィッシュ共和国を救うための、単純すぎる最終兵器なのだ。その破壊力たるや、イワシャールが一万匹束になっても敵わないといっていい。というか、ヤツを比較の対象にすること自体誤りだが。

 ……で、それから約一分半後。

「――おう、タツぅ! いたのかよォ!」

 いや、待ってろって言ったじゃん。

 だから待っててやったのに。

 それはさておき、現れたそいつを見た途端、案の定ナーちゃんは「ぎゅっ!」と俺に強く抱きついてきた。

 まーねぇ。

 これも人間っていう生き物の一種なんだ。

 茶だか金だか分からん色に染まった髪の毛。しかもジェルで固めたライオンみたいにおっ立ててる。全開なごっつい額の下で眉毛の存在はほぼ消滅し、代わりに鋭い目が細く光る。黒いTシャツの袖を肩までめくり上げているのだが、プリントされている『A−無捨瑠−DAm!』っていう文字、それに身体がダイナマイトボインで頭部がガイコツっていうイラストの意味がまったく不明。ついでに、穿いているズボンの太さたるや、俺とナーちゃんが二人で入ってもまだ余るのではないだろうか。

「よー、マサ。久しぶり。急に呼び出してゴメン」

「お前待たしたらヤベェ思ってよォ、俺、マジマッハで来た! ひゃひゃひゃ」

 キッつくて直視するに耐えないカオとはいえ、笑えばどこか愛嬌がある。

 見た目とやること環境破壊そのものだが、付き合えば底の底では悪いヤツじゃない。

 こいつはマサ。

 鮫島正彦という。

 説明を要しないとは思うが、見たまんまである。心身ともに純度の高いヤンキー。

 この辺では悪名高い「近海工業」の生徒で、国家権力のお世話になること枚挙に暇なし。ここまで国家をてこずらせた男もそうそういないだろう。ある意味英雄に近い。 

 俺がなんでこんな野郎と知り合いなのか?

 実はこいつも、かつては近海工業の野球部員だった。

 ――それは去年の秋のこと。 

 運に見放された我がヘッポコ軟式野球部は、こともあろうに近海工業と秋の地区予選一回戦でかち合ってしまった。

 試合前からみんなマジビビリしていたが、始まってみれば本当に最悪だった。

 試合開始の挨拶どころかメンチ切りまくりだし、まったく聞き取れない悪口雑言を絶えず投げつけてくる。いや、実際に物も飛んできた。

 しかもピッチャーはノーコンもいいところで、投球がどこへいくのか誰もわからない。そういうヤツに限って「元気いっぱい!」投げてくるから、バッターは怖くて打席に立っていることができないのだ。俺はスタメン五番だったが、前の三人までは出塁した。ヤツにデッドボールをお見舞いされたせいであることは言うまでもない。

 で、俺の打順。

 まず、ボールよりもガンが飛んでくる。

 一球目、俺の背中を速球がかすめた。ボール。

 二球目、俺の腕をすごいスピードでかすめてボール。

 そこで俺は確信した。

 ――ああ、あいつはわざとやっている。

 三球目は予想通りのコースへきた。

 俺の顔面。

 視力が良くなかったら、行き先は一塁ではなく病院だった。

 その素晴らしくて涙が出そうなインコースを、髪一筋でよけた俺。

 ピッチャーはすぐに「ちっ!」という表情をしたが、コンマ数秒後にフリーズした。

 ヤツの脳天すれすれを――バットが通過していったからだ。

 バットと同時に、俺の罵声も飛んでいた。

「……どこ投げてやがんだ、このバカ野郎! 引っ込めクソピッチャー!」

 味方ベンチもコンクリートしていたことだろう。その名を知られた凶悪校のピッチャーを「クソ」呼ばわりしたからには。

「……んだとォ!? コラァ!!」

 マジギレしたクソピッチャーが突進してきた。

「こっ、こら! やめるんだ!」

 審判の親父が制止したが、キレているヤンキー野郎が聞き入れるはずもない。

「死ね、コラァ!!」

 間合いを詰めきったクソピッチャーから、左のストレートが飛んできた。なぜ左だったのか、そして「死ね」だったのかはわからない。

 が、ヤツの不幸は、俺を他のボンクラメンバーと一緒に見たことだろう。

 きちんと教えてあげるのが親切というものである。

 ――時速百二十Kmを毎日打ち続けると、やがてどういうことになるのかを。

「……てい!」

 やつの左をあっさり流しざま、ほとんど自然な素直さで、グーのパンチを差し上げた俺。

 不幸なことに、ほぼ正面でクソピッチャーの左ヅラががら空きだったからだ。

「ふぐぉっ!!」

 俺の一撃を浴び、奇怪な声を発しながら三メートルも後ろに吹っ飛んでいったクソピッチャー。

 両ベンチ、ならびに関係者の皆さま「あー! やっちまった! あふぇーん!」な空気。

 クソピッチャーは深刻なダメージを喰らったのか、少しの間仰向けになってお休みしていた。

 やがて

「くっ、くそ……」

 手の甲で口を拭いながらよろよろと起き上がりかけた。が、

「まだだ……! 俺はこんなヘボいパンチで――」

 短くコメントを残したあと、ずしゃりと崩れ落ちてしまった。

 ――ということで、俺を病院送りにしようとしたクソピッチャーは逆に病院へ運ばれた。

 近海工業ベンチの連中が報復しようと飛び出してくるかと思ったが、意外にもそれはなかった。あとからめぐみが仕入れてきた情報によると、俺が叩きのめしたクソピッチャーこそが近海工業をシメているヤツだったらしい。つまり、ボスをやられてビビってしまった、という話だったようである。

 うちのヘッポコ野球部、いわゆる反則負け的な処分。一点も取られずに負けたのは創部以来初めてであることは言うまでもない。

 俺個人の処分に関してはすったもんだしたようだが、気が付いたらなかったことにされていた。

 先に手ェ出したのが近海工業だったのが大きな理由らしいが、俺も校長から形ばかりの説教を食らった。校長はもっともらしい顔で「そういう時は逃げなさい」と言ったが、俺は黙っていた。

 しかし、一回の表で早くもぐだってしまったこの試合は、思わぬ副産物をもたらした。

 数日後、街でばったりと「クソピッチャー」に出会っちまったのだ。

 が、ヤツは気持ち悪いカオ(今思えば、恐らく笑顔だったのだろう)で近づいてきて

「……俺を一撃でのめしたヤツは、おめェだけだって。気持ち良すぎて、礼する気にもなんねーぜ」

 何言ってんの、こいつ?

 一瞬思ったが、ヤツは妙にフレンドリーな雰囲気をかもし出している。

 仕方がないのでそこにあったファーストフード店に入って話をすることにした。するとまあ、質問もしないのに一人で勝手に喋る喋る! しまいには

「オレよォ、近海南洋の波田亜美ちゃんが好きなんだって! キスとかしたくねェ!? キスとか!」

 それ、どこのどなた様ですか?

 知らない人にキスなんかしたくないし。

 ってか、ごつい顔をとろけさせて身をよじるのはやめろって。

 もう一発叩き込みたくなったが、辛うじて我慢した。

 店内にいた女子高生達、ドン引き。

 バカ声上げて喋るものだから、店員の女の子があからさまに「ウザっ!」って顔してる。

 まあ一つだけわかったことは――俺が逃げずに真っ向から挑んで(決してそのつもりはない)きた末にやられたケンカ(これもそのつもりはない)だから、イヤな気がしないのだそうだ。回りくどくてわかりにくい話を総合すると、ヤツはこれまでケンカ負けなしできていたらしく、負けることが怖かったという。が、こういう文句の言いようがない強いヤツ(トドメだが、そういうつもりはない)に出会えて、気分がいいとかいうことのようである。

 これぞ「拳で語り合った」だ。

 マサのヤツ、カネがないらしくカウンターで「オレ、水!」とか言いそうになったので慌ててストップをかけ、仕方がないから「LLプラスさらにLLセット」をおごってやったせいなのかどうか、別れ際にヤツは

「お前、いいヤツだよな! いいヤツだよな! マジ、いいヤツだって!」

 連呼しつつ去っていった。

 ――以来、どういうワケかこのマサとの腐れ縁が続いている。

 ヤツは俺と一緒にいるナーちゃんを見て

「うぇっ! なに、そのコ? マジカワイくねェ? タツのカノジョ? いきなりプリハグ(お姫様抱っこのことらしい)かよ! どこのコ?」

 どこのコって、アンタ……このぴちぴちしている尾ひれが目に入らぬか。

『達郎さま、こちらの方が……』

『そうだよ。ブルーフィッシュに力を貸してくれる助っ人さ。葵さんみたいに強いんだ』

 いや、ある意味葵さんより強いかもしれない。

 俺の言う事を素直に信じたナーちゃんはマサを見て「にこっ」と微笑んだ。「はじめまして!」的な、超キュートスマイル。

「うっわ! マジ? カノジョ、マジヤバくねェ? いいな、お前! いいよな!」

 ナーちゃんが人魚であることに何ら関心はないらしい。ヤツの中ではとにかく、かわいければOKなようである! ……単細胞も時には救いになるんだな。

「でさ、頼みがあってね――」

 俺は省略しつつテキトーに歪曲してあらましを聞かせた。

 このナーちゃんのお姉さんが悪い連中に捕まっていて、これから助けにいきたい。で、マサにも力を貸してほしいのだ、と。

 ちょっと端折りすぎたかと思ったが、マサは

「なに、ケンカ? ケンカ? つえェの? そいつら? 俺も行く! 行く!」

 これで十分だった。

 ケンカと聞けば血が騒ぐような仕組みになっているのだ。めちゃめちゃ嬉しそうなカオをしている。

 マサのテンションを高めた方が後々有利になると思った俺、

「もう一つ、いいコト教えとくな。……警察は絶対に来ないから!」

 国家権力の面倒くささを身体全体で知っているマサは目玉をでっかく見開き

「えっ!? マジで!? ボコってもサツとかこねェの?」

 海の中ですから。管轄は海上保安庁……って、そういう問題じゃないけどね。

 俺だって正直なところ、行ったことはない。海の世界なんて。

 けど、一応ナーちゃんには確認してある。

『俺達みたいな人間でも、海の世界って行けるのかな?』

『はい……。ずっと前、葵さんのお父様も来たことがあるそうです。最初だけ、ちょっと苦しいかも知れませんが……』

 が、このケンカバカにそういう説明はまったく不要だった。

「こないよ。来れないんだもの」

「うっわ! マジで!? やるよ、オレ! マジ、やるわ! うわー! チョーテンション上がるって!」

 狂ったように(訂正。そもそも狂っている)喜び始めたマサ。

 作戦成功。    

「そーだ! ガツとかヒデとか呼んでいい? あいつら、マジくるって! ぜってェ!」

 おーおー、呼べ呼べ。

 幾らでも呼べ。

 ってか、どこの誰だか知らないが。

 それから五分ばかり、マサは知り合いに電話しまくっていた。

 コンビニの駐車場をぐるぐる歩き回りながら大声で喋っているその様子は、どう見てもチンピラの若衆だが、今はどうでもよい。

『達郎さま? マサ様は何をなさっているのですか?』

 ナーちゃんが不思議そうな顔で尋ねてきたので

『ああ、今仲間を呼んでいるんだ。葵さんを助けに行くのに、少しでも味方が多い方がいいからね』

 説明してやると、たちまち目をうるうるさせたナーちゃん。

『まあっ! そこまで私達のためにしてくださるなんて……! 私、感激です!』

 彼女の笑顔に、俺はあの時――さっきの近海マリンミュージアムの一件――勇気を奮い起こして本当に良かったと思った。今頃まだ大騒ぎしているだろうが、俺の知ったことではない。奴らがやっていたことは、ガチで人身売買なんだし。

 やがてマサは戻ってきたが

「ガツ、今日仕事かよォ。ヒデはつかまんねーし」

 がっかりした顔をしている。

 戦力アップならずか。

 ま、それでもマサがいてくれるだけで相当頼りになることは言うまでもない。魚人の十匹や二十匹は朝メシに、じゃなくて朝メシ前だろう。俺のシュートでも軽くお空へ飛んでいく奴らである。

 問題はウツボとか何とか、海獣組とかいうお魚を外れた連中。ま、俺とマサ、二人がかりでたたみ込めば何とかなるだろう。家に戻って多少の戦闘準備はしてきたし。

 じゃあ早速海へ、と思った時である。

「……あれ? マサとタツじゃねェ? こんなトコで何してん?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ