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その15 再会ですね!

 突然のことで誰もリアクションなんかとれやしない。

 だから、中央のステージまでたどり着くのは造作もなかった。無我夢中で前に進もうとするあまり、途中でよその親父にケリ入れてしまったけれども。……すまん、オッサン。

 前に陣取っていた観客をメロスのように(?)飛び越え掻き分け、俺はステージに飛びついた。

 思いがけず、ナーちゃんとの再会を果たした俺。

 ――ほとんど一年ぶりだな。

 初めて出会った――というよりも、俺が思いっきりナーちゃんを釣ってしまった――のが、去年のちょうど今頃だった。一緒にいたのは、ほんの数日の間。間もなく彼女は海の世界の対立する勢力に襲われて拉致られ、助けに行こうとするも俺達を巻き込むまいとする葵さんに止められた。葵さんはイワシ野郎だけを連れて海へと戻っていき――それきりだった。

 前よりもちょっと、やつれてしまっているのが痛々しい。

 彼女は突然目の前に人間が現れたせいか、びっくりした顔をしていた。

 が、それが俺だとわかるや、大きく瞳を見開き、そのまま「ふわあぁ……」って泣き出しそうになった。

 よかった。ヘンな組織に記憶とか消されたりしてなかったか。

 感動のごたいめーん――といきたいところだが、そうもいかないのは百どころか五千くらい分かっている。

 騒ぎ出した観客。

 慌てて警備員に通報している係員。

 うかうかしていたら、俺がとっ捕まってそれまでだ。

 しかし、策はある。 

 こんな時、素晴らしく悪知恵が冴える(自慢だが)俺なんです!

 すうっと大きく一つ、息を吸い込むと

「みなさん! ダマされちゃダメです! この人魚は、ニセモノなんです! 美人飼育員のおねーさんのコスプレですよ! 人魚なんか、いるワケないでしょう!」

 ぶちまけてやった。

 ナーちゃん。再会早々、公の場で君の存在を否定するような発言をしてすまん。

 だけど――この状況から彼女を救い出すには、この手が一番いいと計算していた俺。

 案の定、途端に観客席は騒然となった。

 そりゃあ、騒ぐはずだ。

 入館料とは別に、このショーを観るにはカネとられるんだもの。俺だって、めぐみの分とあわせて千円も取られた。……あれ? 何でヤツの分まで払ってるんだ?

「お客様! 落ち着いてください! あの人魚は、ニセモノではありません!」

 飼育員のおにいさんが走り出てきて声を限りに叫んだが、おっつくものじゃない。

「おい、あんた! 本当なのかね? ウソをついてカネを取っているのかい?」

 前の方に座っていた中年の親父が、飼育員のおにいさんにからみ始めた。

「ウソじゃありません! 本物なんです!」

「本物だっていうなら、証拠はあるのか!? さっき、きちんとした説明がなかったじゃないか!」

「それは、その……」

 泣きそうになっているお兄さん。

 彼に罪は(たぶん)ないが、ここはもう一発かましておく必要があると思った俺は

「俺、見ましたよ! 間違って裏方に入っちゃって、そしたら」ナーちゃんを指し「あのコが着替えているのが見えたんです! 誰かと話してましたよ。あたしは今日、人魚役なんだって。あのコ、バイトですよ、バイト!」

 我ながら、リアリティたっぷりのウソだこと。

 ああ、上出来上出来。

「な……!?」

 この世のモノではないものを見たような顔で俺を見たお兄さん。

 悪いな。あんたの犠牲は無駄にしないよ。

 俺が放ったトドメの一言は、アクアスタジアムに激動の嵐を呼んだ。

 クレーム親父の傍にやってきて事情を聞こうとする人もいれば、他の係員に詰め寄る人もいる。が、それよりも、さっさと立ち上がって会場を出て行く人がどんどん出始めた。チケット売り場でも、恐らく波乱があるだろう。カネ返せ、とかってね。

 イルカショー混乱の計、大成功。

 どさくさに紛れ、俺はナーちゃんの傍へ駆け寄った。

 なぜ周囲で人間達がすったもんだを始めたのかわからないナーちゃん、ちょっと呆然。

 が、寄って来た俺を見ると満面の笑みになって、額をくっつけてきた。

『ああ、達郎さまっ! またお会いできるなんて……』

 そう。

 人魚のナーちゃんは人間世界では言葉を発することができない。しかしその代わり、額と額をくっつけることで人間とお話ができるのである。

『ナーちゃん! 話はあと! こっから逃げるよ!』

 すると、彼女は途端に表情を曇らせた。

『達郎さま……どうか、私を置いて逃げてください! 私は、私は……』

 ん? なんか、逃げられない理由があるのか?

 一見、何ともなさそうだが。以前のように、美しくてセクシーなままじゃないか。

 が、俺達はそこで会話を中断しなければならなかった。

「おい! そこのキミ! こっちへ来たまえ!」

 おお、きたきた。警備員がわさわさとやってきたぞ。

 ナーちゃんをだっこしてとんずらするか? いや、後を追われるのは面倒くさい。

 ここは一つ、奴らを黙らせておくべきだろう。

 俺はぐるりと周囲を見回した。

 目の前には大勢の人だかりができているから、迂闊に突っ込むことはできない。かといって、後ろはでっかいプール。これぞ正真正銘「背水の陣」か。……とか何とか、一人で納得している場合じゃない。

 が。

 時速百二十Kmの球でも打てるこの俺の視力は伊達じゃなかった。

 意外なところに意外なものを見つけてしまったのだ。

 背後のプールの向こう側に、イルカのショーで使われるステージがある。

 その舞台袖、ほとんど観客から見えないような位置なのだが、そこの壁に「客席側」と書かれた張り紙、そしてその下にはなにやらスイッチらしきものが……。

(あれくらいの距離なら……なんとかなりそうだな)

 咄嗟に判断した俺。

 幸いなことに足元には、さっきナーちゃんが押し込められた水槽めがけて投げつけた俺のケータイが落っこちている。

 さらば、俺のケータイ! そしてありがとう! フォーエバー!

 内心で最後の別れを惜しみつつ、そいつを思いっきり投げてやった。

 俺とナーちゃんの絆を結ぶケータイは、あやしげなスイッチ目掛けて一直線に宙を飛び――まあ、野球部員として当然(強肩でない俺には苦しいところだ)ではあるが「ガン!」と命中してしまった。

 誓って言う。

 あれが何のスイッチなのか、俺は全く知らなかった。

 ってか、ほとんど「なるようになれ」っていう、捨て身の行動。

 もし、俺とナーちゃんの縁が「すでにぷっつり!」だったら投げたケータイは外れていたかも知れない。あるいはあたったにせよ、警報の一つでも鳴ったくらいにして、俺は警備員どもにボコられていただろう。しかし、運命の女神は俺達に微笑み、いや……大口を開け、腹を抱えてゲラゲラ笑ってやがったらしい。

 俺が遠隔操作(?)で押したスイッチ、それは――悪魔のボタンだった!

 不意に、頭上で「ウィーン」という機械音がしたと思った瞬間、

 ぼてっ

 でっかい何かの塊が降ってきた!

「うわーっ!」

「ぎゃああぁ!」

 中央ステージ付近にいる客達が、次々と完璧な悲鳴を上げた。

 いや正直なところ、俺も一瞬マジビビリしました。

 上からあの「寿司屋の大将も食われるバケモノアワビ」がやってきたとあればね。

 ――だけではなかった。

 さきほど観客達にきわめて不愉快な思いをさせた、エビだのヒラメだのホタテだの(全部に「巨大」がつくことは言うまでもない)、オールキャストでアンコール! 床下からせり上がってきたり、アワビに続けてふって来たり、なんともサプライズな再登場。 

 しかも、今度は正真正銘「ナマ」だ。彼等と俺達を隔てるものは何一つない。

 なおも会場に残っていた客達こそ悲惨だった。

 怪獣から逃げる市民のごとく、どどどどと出口に殺到。

 それよりも哀れなのは駆け寄ってきた警備員達だった。

 俺をとっ捕まえようとしてステージ上に這い上がった直後に「ナマで巨大な寿司ネタ・サプライズショー」は開演してしまった。

「あーっ!! あーっ!! ああーっ!!」

 絶叫しながら逃げ惑っていらっしゃる。「愛してます!」と言わんばかりに、なぜかその後を追っていくエビやアワビ達。……言い忘れたがナマコもいました。

 中央ステージ上は壮絶な地獄絵図と化した。

 うーん。

 警備員の皆様方、人間相手に向かっていけても、海の愉快な仲間達は苦手でしたか。

 俺はというと――あとをみんな(海の愉快な仲間達の方だが)に託し、大勢の観客達に紛れてその場を脱出した。

 もちろん、しっかりとナーちゃんを連れて。



 とっとこ走って走りまくり、気がつけばまだ地ならしされたばかりの埋立地に入り込んでいた。

 何も手がつけられていないから、ただのだだっ広い空き地でしかない。

 当然、そこには人っ子一人いやしなかった。

(ここまでくれば……大丈夫、だろう……)

 毎日の自主トレで鍛えているとはいっても、さすがに息がきれた。

 ナーちゃんをお姫様だっこして何百メートルもダッシュしてきたのだから。

『達郎さま……大丈夫ですか? とても辛そうですが……』

 ぜぇぜぇやっている俺を見て、心配そうなナーちゃん。

『いや……すぐに、落ち着くさ……それよりも』

 そう。

 俺のことは別にいい。

 ほどほどに呼吸を整えると、

『……いったい、何があったんだ? どうして、あんなことをさせられたんだよ?』

 俺が一番訊きたかったこと。

 すると、彼女はみるみる悲しそうな顔をした。

『達郎さまとお会いできなくなってからも、ブルーフィッシュはなんとか海の世界で平和を保とうと、ほかの勢力と話し合いを続けてきました。でも……』

 くすん、くすんと泣き出したナーちゃん。

『――とても強大になった海獣組の者達が、暴力をもって私達を攻めてきたのです。葵さんやイワシャールが必死に食い止めようとしましたが、敵いませんでした。それで、ブルーフィッシュは……』

 呑まれてしまったのか。

 滅ぼされたようなものだな。

『で? 葵さんとかイワシは? どうなったんだ?』

 そう尋ねると、ナーちゃんは涙で濡れた顔を上げ

『葵さんは捕えられ、海の世界の総督府に監禁されています。それで、もし私が抵抗するようなことがあれば、葵さんは殺されてしまうのです。それで海獣組の者達は、私がどうすることもできないように、さきほどの建物を作った人間達に私を売り飛ばしたのです。……だから私、折角達郎さまにお会いできたとはいえ、すぐに戻らなくてはならなくて――』

 それきりナーちゃんは、俺の首にしっかりと抱きついたまま泣き続けた。

 よしよし、可哀相に。 

 辛いよな。

 葵さんを救うために、じっと我慢してきたんだもんな。

 よくここまで頑張ってきたよ。

 でも、もう泣かなくてもいいぞ。

『……ナーちゃんさ』

『はい……』

 ひっく、ひっくとしゃくりあげている。

『もう、お別れするのはやめようぜ。お別れしたからって、なんにもいいコト、なかっただろ?』

『……』

 ナーちゃんは困った顔をしている。

 まあ、それはそうだろう。

 俺達のような人間に助けを求めたなんて知られたら、彼女にとって何よりも大切な人が殺されてしまうんだからな。 

 だけど――そうと決めるのはまだ早い。

『ナーちゃんさぁ』

『はい』

『葵さんを助け出すことができれば、俺達また……一緒に、いられるのか?』

『それは、そうなのですけれども……』

 うつむいてしまったナーちゃん。何と答えていいのかわからないようだ。

 優しいよなぁ。

 そうなったらそうなったで、今度は俺達が狙われることを恐れているんだろう。

 でも、俺と一緒にいたいっていう気持ち、今ももっててくれていることはわかった。

 それだけで十分だ。

 ――ま、襲われたらそんときゃまた考えりゃいいじゃん。今、そのことを考えて勝手に臆病になっていても始まらない。

 あれから、俺にはわかったコトがあるよ。

 大切に想い合う者同士が、わざわざ離れようなんて思っちゃいけないんだ。

 却って、お互いが不幸になるだけさ。

 大事なことは――心で分かり合える者が一緒にいて、力を合わせること。

 そうすれば、思いもかけない力とかアイデアとか、勇気が生まれる。

『……よし! そうとなりゃ、話は早い。――行くぞ、その総督府とやらへ!』

 力一杯言うと、ナーちゃんは「えっ!?」という顔をした。

『で、でもでも! そんなこと、いけません! 海獣組の者達はとても力が強くて、達郎さま達のような人間の方では、とても……』

『へっへっ、まー任せておけ』

 不敵な笑みを浮かべた俺。

 海獣組の連中は確かに強いかも知れないが――といって、人間様をなめるなよ?

 俺には超強力な秘密兵器がある。

 今からそいつを調達しに行く。で、とっとと総督府に乗り込んでやろう。今度はこっちから、な。

 そういう目論見をやんわりとナーちゃんに伝えてやると

『え……でも、でも』

 彼女はどうしても心配で、仕方がないようである。 

『だーいじょうぶだって! 大船に乗ったつもりで安心して見てな。葵さんは絶対に助けてみせるから! ついでにあのバカイワシも』

 ってか、むしろ――海獣組の連中の方があぶないぞ。

 あいつが相手となれば。

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