その14 再会ですか?
二十一対二の惨敗試合から数日後。
俺はめぐみと待ち合わせて、例の新しい水族館へと出かけた。
「たっつーっ! おまたー!」
とか言いながら俺の前に現れた彼女は、どこのチャラ子かと見まがうような格好だった。
クシャミ一発で脱げるんじゃないかというキワどいキャミに、前屈厳禁超ミニスカ。
「どぉ? こうしてみれば、割と見れねェ? アタシ」
見れねェよ。
そのカッコーでババアになるまで一生マネージャーやってろ。
発情系ナインどもは大奮起するだろうさ。
「今日一日、カノジョのフリしてあげてもいいんだよ? たっつー、現在ソロでしょ?」
「……やかましい」
――と、こんなアホな女と道を歩かねばならない約束をした自分に軽く後悔しつつ、俺達は港湾再開発地区へと向かった。
俺の家から徒歩で十分もないんだけどね。
あの日、カフェオレソーダの海と紅白のタケノコ(=煙突)に毒されていた港の辺りは、すっかり様相が変わってしまっていた。
真っ直ぐに敷かれた綺麗なアスファルトの道路、その両脇に規則正しく植えられた街路樹。歩道も茶系のタイルで覆われていて、散策するのにもちょうどいい。何より、あの薄汚い煙を撒き散らす工場そのものが無くなっているから、空気も大分よくなったような気がする。
ただ、海そのものは大分向こう側へいってしまった。埋め立てられたからだ。
歩きながら、俺は頭の中でかつての位置関係を思い出そうとしていた。
今はもう、かつての面影なんかないから見当のつけようもなかったが、恐らくはこのあたりだったような気がする。
あの日、俺が釣りをしていた場所。
そして――美しい人魚の女の子、ナーちゃん(本当の名前はナタルシア)を釣ってしまった、忘れられない場所。
彼女は今、どこで何をしているのだろう。
海の世界の抗争に巻き込まれ、さよならも言えないままに別れなければならなかった。
もしかして、今も敵対する奴らに囚われて悲しい思いなんかしているんじゃ……。そんなことは考えたくもなかったが、ついつい悪い方向へと考えてしまう。
そうさ。
彼女の傍には、強くて優しくて美しい護衛隊長の葵さんがついているんだもの。大丈夫だよな。
「――でさぁ、キャプテンってばその時に……たっつー? 聞いてる?」
チャラ子、じゃなかっためぐみの声でハッと我に返った。
「あ? ああ、ごめん。よそ見してた」
「ぶーっ。せっかく面白いハナシだったのに、スルーしやがって!」
むくれているめぐみ。
扱いに困るヤツだ。
「まー、そう怒るな。そうだな……」
俺はケータイを開いて画面を見た。
午前十一時を三十分と少し過ぎている。
「昼メシをおごってやる。今日は少しは金に余裕があるんだ」
「マジで!? ラッキー! たっつー、かーねもちぃ!」
ころっと喜びやがった。現金な女だ。
「んじゃ、そーいうことで」
ぱちりと閉じた。
俺の今のケータイ。
――ナーちゃんが残していったもの。
俺の家にいた短い間、俺とのつながりだといって彼女が大切にしていたケータイ。母親の幸子が何をカン違いしたのか買って与えたものだが、ナーちゃんはとっても喜んでいた。
それを今、俺は大切に使っている。
その水族館は「近海マリンミュージアム」と命名されていた。
近海、ってのはきんかい、じゃなくてちかみ、と読み、俺の住んでいる町の名前。
でかい。とにかく、でかい。
俺が小さい頃に幸子に連れられて行った、田舎のコンパクトなそれとは規模がまるで違う。
これは想像以上だった。
「うっわー! でっけー! おかしくねぇ、コレ?」
はしゃぐのはいいが、はしたなく叫ぶなよなあ。
それに、こどもみたいに飛んで跳ねるのはよしなさいよ。パンツが一般公開中になっても知らんぞ。
めぐみ様はバカ(そのものだが)みたいに興奮しておられる。
まあ、わからいでもないが。
なにしろ、入り口をくぐった途端に「でーん!」と天井がドーム状になっていて、それがいきなり水槽になっている。つまり、下から悠々と泳ぐ魚達を見上げるワケだ。
マリンブルーの明かりが差す天窓のようで、さすが無感動症候群の俺でも度肝を落とさずに、いや抜かれずにはいられなかった。
その先は暗いトンネルのようになっていて、魚類ごとに水槽が続いていく。これはどこの水族館も一緒だろう。ただ、数がやったらと多い。
昼メシに高いパスタとデザートを奢ってやった効果なのか、めぐみはテンションハイレベルで
「ねーねー、このサカナ、滝沢に似てなーい?」
「それを言うなら、こいつは江藤だぜ? ――おい、江藤! こっち向け!」
などと、あーでもないこーでもないと下らない会話をしつつ、俺達はたくさんの水槽を見ながら順路を進んでいった。どういうワケか、出会うサカナがどれも知り合いのカオに見えて仕方がなかった。
中でも、ジンベエザメが泳ぐ特大の水槽は圧巻である。
ウンメートルもあるまだら模様のサメが「ぬーっ」とのんびり横切っていく。サメというよりはクジラだ。性格はいたって温厚(というより、何も考えていないだけだと思うが)で、他の魚とかを襲ったりすることはないらしい。
その水槽で、一緒に泳いでいる魚達がいる。
銀色のウロコをきらきらと輝かせながら、一団をつくって行動している魚群。
奴らの一匹一匹をじっと見ていた俺は、どこかでそれを見たような気がした。
――ああ。
そうか、イワシャールだ。
とっても忠誠心があるイワシの魚人で、ナーちゃんの護衛。
護衛と呼ぶには値しないヤツで、弱すぎて何の役にも立たない。しかも空気を読まないし姑息だし口の悪さは救いようがなく、三分以上一緒にいると自然と殴りたくなる存在だった。
ヤツも、あれ以来姿を消した。
ああいう生き物だったから、とっくの昔に三枚にオロされたろうか。いや、フツーに焼かれて大根おろしでも添えられたか、さもなくばチクワの原料になったかも知れない。
に、しても――ちょっと、懐かしい気がせぬでもないな。
どでかい水槽の前に突っ立ってそんなことを考えつつ、ついぼんやりとしていると
『ぴんぽーん! ご来館中のお客様に、お知らせいたします』
はい、なんでしょう?
『午後二時より、アクアスタジアムにて「ドルフィンショー」および「世界・海のびっくり生物ナマ公開ショー」を開催いたします。どうぞ、お越しください』
あー、あるある。こういうやつ。
全国の水族館には大抵イルカ君達が飼われていて、一日に何度か「じゃーんぷっ!」ってやって見せてくれるんだよな。それをおバカな人間達がみてありがたそうに喜ぶワケだ。
早速、そのワンオブおバカであるめぐみがやってきて
「たっつー、行ってみよー! 海の珍獣ショーだってさ! みたいみたい!」
俺はすでに陸の珍獣を連れて歩いてますがね。
さっきから周囲にいる若い男ども、水槽を見ないでお前を見ているよ。
ってか「海の生物ナマ公開ショー」というのはなんだ?
コレは聞いたことがない。どういう催しものなのか、ちょっと興味ある。
「ん。いいケド」
ケータイで時間を確認すると一時五十分。間もなくだ。
俺とめぐみはその「アクアスタジアム」たらいう会場へと行ってみた。
屋内施設であるそこは、どでかいプールをぐるりと取り囲むようにして観客席スタンドが設けられていて、確かにスタジアムっぽかった。
開演時間が迫っているせいか、すでにたくさんの客が着席している。
「たっつー、あのへん、よくねぇ?」
「おう」
目ざといめぐみが、正面の中段あたりに空いた席を見つけて俺を引っ張っていった。近すぎず遠すぎず、真正面だからよく見える。
程なくショーは始まった。
まずはイルカのショー。
四頭ものイルカ君達がすごいスピードで泳ぎつつ登場したあと、営業テンションの飼育員お姉さんが繰り出す指示を次々とこなしていく。
賢いよなぁ。何であんなにアタマがいいんだろう?
「おー、すげぇすげぇ。アタシ、いくらなんでもあれはムリ!」
隣でぶつぶつ言っているめぐみ。
確かに無理だね。
お前が四メートルもジャンプするなんてのは。ってか、なぜそこで自分とイルカを比較する?
「……はいっ! とっても元気な、イルカ達のショーでした! ありがとうございましたぁ!」
チャラ子なめぐみにはとてもできないような数々の曲芸を披露しつつ、十五分間のイルカショーは終了。観客達は大喜びしている。
イルカ君達は「がっ、がーっ」と耳障りな声(彼等は大真面目だろうが)を出して挨拶したあと、舞台裏へと去って行った。
そして、すぐである。
『みなさん、本日は近海マリンミュージアムへようこそお越しくださいました。……第二部は、世界・海のびっくり生物ナマ公開ショーをお送りいたします。とーっても不思議な海の生き物たちを、ナマでご覧いただきましょう!』
今度はうって変わり、ひどく重低音な男性ボイスのアナウンス。
わーっ! パチパチパチパチ……観客席からは大拍手。
「へーっ。何が出てくるんだろうねぇ。でっかいアワビとか、ホタテとかかな?」
お前の予想は食い物かよ。
ちゅーか、そんなでかい寿司ネタなんか見たくもねぇぞ。
『それではまず、この生き物から!』
おおーっ!
どよめきが起こった。
プールと観客席の間にあるスペースがいきなり「ぱかっ」と口を開け、舞台下から大きな水槽がせりあがってきたからだ。
その中には――なんと、あり得ないサイズのアワビがいた。
殻を被っているから、まるで大きな岩のよう。間違いなく気持ち悪いだろうから、ひっくり返ったところは見たくない。ってか、そこまででかく育っておいて人間に捕まるなよ。思わずツッこみたくなった。
「ほらほら! アワビだって! たっつー! あれ、ヤバくねぇ?」
めぐみ、なぜか大喜び。
うんうん。ヤバいね。何が「ヤバい」のかはまったくわからんが。
とまあ、そこまでは良かったが
「あんなん寿司屋、ボロもうけじゃん!」
やっぱりそこかよ。
寿司屋の大将の方が食われてしまうわ!
『はい、沖永良部島で取れた、巨大アワビでした!』産地の紹介は要りませんから。
そんな具合に、次から次と登場するゲテモノ達。
エビだのイカだのヒラメだの――しまいには「ホタテ」ときた。
みんな寿司ネタかよ!
冗談抜きで「巨大寿司ネタショー」とかにイベント名を変えた方がいいんじゃないだろうか?
途中からもしや、とは思ったが
「あー。なんか寿司、食いたいなぁ……」
隣から、ぼそりと呟く声。――聞かなかったことにしよう。
げんなりしていると
『……さあ、本日最後の登場です。巨大な生き物達ばかりが登場してきましたが、今度は違います。――世界初公開、世にも珍しい生き物です。心してご覧ください!』
ほお。世界初公開か。
そいつはいいや。食い物の類でないことを祈るよ。
アナウンスが途切れるや、場内の照明が一斉に消えて真っ暗になった。
会場のあちこちから、予想する声が聞こえてくる。
ちなみに、めぐみの予想。
「……なんだろうね? 巨大な大トロとかだったりして」
それはマグロっていう魚のことです。
例のスペースのあたりを目掛けて、天井から何かが下ろされてくる気配がある。
真っ暗だから、それが何なのかは全然わからない。
ややあって
『……それではみなさま、どうぞご覧ください!』
アナウンスと同時に、パパパッとサーチライトが灯った。
いいかげん、目が闇に馴染んだ頃の明かりだったから、眩しくてよくわからない。
が、めぐみはソッコーで
「うっわ! なに、アレ? マジで!?」
叫んだ。
なにがマジなんだ? お前みたいなヤツでも驚くことがあるのか?
少したって、ようやく俺の視界がはっきりしてきた。
「……!?」
それが見えた瞬間、俺は思わず我が目を疑っていた。
海底のようにしんと重いアクアブルーのライトの中、まるで宙に浮いているかのように漂っているその神聖な姿。
上半身は美しい女性、下半身は輝く鱗で覆われた魚の形。
要は……人魚だ。
そしてその顔を、俺はかつて間近で見たことがある。
はっきりと、思い出した。
忘れもしない。
忘れられるワケがない。
あれって――ナーちゃんじゃないか!!
何でこんなところにいるんだよ!?
少なくとも、彼女の意思ではないだろう。
でっかい金魚蜂みたいな水槽の中のナーちゃんはそっとうつむき、何ともいえない悲しそうな表情をしていたからだ。俺には、一別以来彼女に降りかかってきたであろう何事かをすぐに想像することができた。
『どうしてこのような人魚が誕生したのか、その理由は解明されていませんが――』
男声のアナウンスが、なんじゃかんじゃと解説を加えているが、俺の耳には届いていない。
一体……どこのどいつが?
どうして、ナーちゃんを見世物なんかにするんだ!
ふつふつと煮えたぎってくる最大級の怒り。当たり前のことだが、俺はそれを沈めることなど到底できなかった。握り締めた拳に震えがきて止まらない。
どうする?
どうすればいいんだ?
このままじゃ、ナーちゃんは――
『世にも不思議な、人魚の登場でした。みなさま、いかがだったでしょうか?』
水槽の縁に取り付けられているチェーンが、ぐっと軋んだ。
いかん! 吊り上げられていってしまう!
『みなさま、最後にもう一度、美しい人魚の姿を、とくとご覧――』
ガッシャアン!
アナウンスがピタリと途切れる。
会場中が瞬時に、シンと水を打ったように静まり返った。
中央のステージでは――金魚蜂のような水槽が木っ端微塵に砕け、水がどくどくと流れ出している。素材は意外ともろかった。
何が起こったのかわからず、ステージの中央で呆然としているナーちゃん。
「た、たっつー……?」
めぐみもまた、唖然としている。
そりゃあ、そうだろうな。
何でって、咄嗟に俺が――水槽目掛けてケータイを投げつけたりしたから。
「めぐみ! すぐにここから逃げろ! いいな!」
「へ……?」
言い捨てておいて、俺は前にいた観客の頭を飛び越えた。
やるしかない!
例え、ここにいる観客全員、いや、海の世界の連中すべてを相手にしなきゃならなくなったとしても――ナーちゃんだけは、俺が助ける!