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その11 助けたお礼に

「達郎どの、何がどうなっているか、このイワシャー――もがが」

「しっ! 喋るな!」

 慌ててイワシの口を塞いだ俺。

 物陰からその先の光景を見た瞬間、ついビビッてしまった。

 ――葵さんがいる。

 彼女は両手を括られ、天井から吊るされていた。

 彼女の周りを、一、二、三……四つの人影が取り囲んでいる。

 ライトは葵さんに向けられていたから、はっきりとは見えにくかったものの――イワシャールがさっき「柄が悪い」と繰り返した意味が、ようやくわかった。

 ぶっといウナギみたいなヤツに手足が生えており、一見、ストレートにウナギかと思ったが、違った。

 アタマの天辺から尻尾の先まで、バックにびっしりと黒い斑点がついているのだ。

 ベースは黄色いような黄緑のような、てらてらしていてよくわからない色をしていて……要するに「柄が悪い」。言われてみれば、確かにそうだな。

 しかし、この模様、このおどろおどろしい姿。少なくとも、絶滅したとしても誰も困らないようなヤツら。

 俺は最近、テレビで観たぞ。

「……よーよーねーさん、そろそろウチら、巣にもどらないかんのや。ああ?」

 連中、縛られて動けない葵さんから何かを聞きだそうとしているらしい。

「ボスが待ってるちゅーて、さっき言ったやろ? いい加減、大人しゅう吐いたらどうや」

「あんまり強情はってると、いいコトにならんでぇ? なあ?」

 うなだれて目を閉じていた葵さん、ゆっくりと顔を上げ

「あなた達に話すことなど、ありません。好きにしたらいいでしょう。何度同じコトを言わせるのですか?」

 毅然と言った。

 か、カッコいいです! 葵おねーさま!

 絶体絶命のピンチでも信念を曲げないんですね! 俺だったら「ああ、えらいすんません。実は――」とかって、べらべら喋っちゃいそうだし。

 しかし、これは一体どうしたらいいんだ!?

 葵さんですら敵わなかったあんな凶暴そうな奴らを、しかも四匹も相手になんか到底できっこない。といって、黙っていたら葵さん、きっとこのあと酷いことをされてしまうだろう。

 どうするどうするどうする! どーしたらいーんだよー!

 おい、イワシャー……ル?

「……」

 ふと見れば、ヤツはこそっとその場から立ち去ろうとしていた。

「……待てい!」

 イワシの尻尾を「がしっ」とつかんだ俺。

 イワシャールは「放せ!」とも言わず、その場でじたばたとあがいている。

(最初から思っていたが)このアホイワシに少しでも答えを求めようとした俺がバカだった。

 ――が、迷っている時間は思った以上になかった!

「……じゃあ、ねーさん。そのカラダに訊いてみるよりないのぉ」

 イヤらしいおっさんのそれではない!

 ドス全開、ヤクザ映画のノリ!

 これはまずいぞ。

 下手したら葵さん、殺されてしまうかも知れない。

 彼女の前にいる一匹が、葵さんの露わなお腹や太もものあたりを「つーっ」とやって

「このキレーな肌、キズモノになってまうで? ……残念やのう」

 そう言ってヤツは――アタマ全体が口になったかと思うくらいに「ぱっかー」とどでかく口を開いた。

 視力一・五の俺には、はっきりと見えた。

 ずらーっ! と口の付け根にまでならんだ、小さくも鋭く尖ったたくさんのキバを!

 あんなので「がぶ」とかやられた日には葵さん、ひとたまりもないって!

 だが、無情にもヤツは、葵さんの太ももにそれをやりかけた。

 ――こうなりゃ、やむを得まい!

「……とぅおりゃあぁーっ!」

 渾身の掛け声とともに、俺はその手に握っていた得物、じゃなくて獲物――でっかい役立たずのイワシだが――を、思いっきりぶん投げた。

「あーれー……」

 青と銀色に光るそれは宙を一直線に舞い、葵さんをかじりかけたヤツに直撃した。

 ごーんっ――

「んぬわっ!」

 思わぬ狙撃(?)をくらい、ヤツはイワシと共にぶっ飛んでいった。

「んっ!? 誰かいるぞ!」

 当然、気付かれるわな。

 俺はすいと物陰から出て行き「……葵さんを、放せ! さもなくば――」

 一丁キメようと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。いや、閉店していた。

 ギラリと光る鋭い目、目、目。合計六つ。

 半月型のいわゆる「悪人仕様」の目の奥で、ちっこい点みたいな瞳孔がイヤらしい。

 このカオを見て「かわいー!」とか「イケメン!」とか言うバカは世界中に三人といやしないだろう。

 そう、奴らこそ――

「おうおう、人間のにーちゃんかい。俺達が『ウツボ組』だとわかって、ケンカしとるのやろなぁ?」

「舐めたマネしくさって。うちの若いの、どないしてくれんじゃい!」

 どないしてくれんじゃいとか言われましてもね……。

 これからどないかしよおもてましてんけど。……あれ?

「達郎様! どうして、こんなところへ――」

 俺に気付いた葵さん。悲痛な声を上げた。「逃げて! 逃げてください! 彼等は海獣組に属する獰猛野蛮な連中。とても達郎様では手に負えません!」

「へへ、残念やったのう、ねーさん。こうなったからには、生かして帰すワケにはいかんのう」

 言うなり、ウツボB(Aはイワシと共に撃沈としよう)が「するするるっ」とヘビのような素早いくねくねウォークで俺の背後に回った。

 ちっ! 囲まれたし!

 はっと気がつけば、俺の前にいるウツボCが、例のどでかい口を開けて待っていた!

「……!」

 新幹線の先頭車みたいな頭を突き出してぱく、とかやってきたのを、間一髪で回避した俺。

 が、足場が悪いことに全く気がつかなかった。

「うわっ!」

 すてーん

 コント的にやってしまった。運命のボケですね。死のツッコミ待ちだよ。

「……終わりや、にーちゃん」

 てっ転んでいる俺を、ウツボB、C、Dが取り囲んだ。

 シュミの悪い、凶暴そのものな口が開いている。

 万事休す、ってヤツだ。

 ちくしょー! 今度生まれ変わったら水族館の飼育員になって、そのキバ全部抜いてから「ウツボにさわって遊ぼう!」とかいうコーナー設置してやる! 子供達にさんざん小突かれていればいーんだ! お前らなんか! 「おかーさん、海の新幹線だよ!」とかって……。

「やめて! やめてください! 殺すなら、私を殺して! あなた達の目的は私だったはずです!」

 葵さん、泣きそうになって必死に叫んでいる。

「だまってろい! こいつを殺ったら、つぎはねーさん、あんたや」

 ああ、もうこれまでか……。

 と、さすがに心の中で遺書を書いていた俺。

 ところが、だ。

「……ん!? こっ、これは!?」

 ウツボDが何かを発見し、急にずざっと後退りした。

「うっ! なんで、こんなものがあんねん!?」

「うあーっ! ワイ、鳥肌立ってきてもうた! はよ、どっかにやり!」

 ??

 なんだ?

「い、イヤですわ! お前、なんとかせい!」

「んなアホな! 殺生なコト言うたらあきまへん!」

 中途半端な関西弁でもめているウツボチーム。

 俺はふと、横に視線をやってみた。

 ――ああ。

 そーいうことね。

 なら、話は早いじゃないか。

 これはさっきの小屋にあったヤツだ。万が一の護身用にと、こっそり背中に隠し持ってきたのをころりと忘れていた。

 がっ――

 素早くそれを手に取るなり、俺はがばと跳ね起きた。

「……コレ、嫌いらしいね?」

 突きつけながら、にーっこりと全開で微笑んでやった。

 多少恨みっぽい俺は、ここぞという場面では容赦なく急所を抉る性格である!

「はっ! に、にーちゃん、ちょぉっと、話しあおうや。ん?」

「そ、そーや! ワイらも、本気やったのとちゃうねん。ちょっと、脅したろ思ったさかい……」

 ウツボチンピラども、顔面蒼白になりながら弁解。

 いいや――許さん。

 俺を背後から殴りやがって。その上、葵おねーさまにあんなマネを!

「……かば焼バーガーにして食ってやるから、そう思え!」

 さっとそれを構えるや、真ん中のウツボ野郎の「白くてぶにっ」とした腹を目掛け、思いっっきり突き出した。

「うっ、うぎゃーっ!」

 刺されたと思ったらしいウツボ野郎、絶叫。

 しかし俺は、それよりもさらにでかい声で、

「――獲ったどー!!」

 そう。

 俺が小屋から持ってきた得物、それは――「モリ」だった。

 モリによる一撃、そして「獲ったどー!」の一声がもたらした効果は絶大だった。

 ウツボどもは口から泡を吹いてばたばたと倒れ、ぴくぴく痙攣している。

 ――刺してないんですけどね。刺したマネだってば。

 だいたいさぁ、錆びきっていて先が折れてるんだよな。

 ま、生理的に恐怖を感じてしまうんだろうさ。生き物と戦うには、こういうやり方もあるんだな。

 こうして、魚人どもと戦う方法を学んだ俺。

 人間、やればできるんです。



 拘束されていた葵さんを無事救助し、ついでに失神しているイワシを引き摺って外へと出た俺。

 辺りはもう、闇。

 例の工場地帯の照明がやたらと目に痛い。

 ――さて。

 やることは、他にもまだある。

「葵さん。ナーちゃんがどこへ連れ去られたか、心当たりは――」

 言いかけた俺に対して、葵さんの答えは

 ジャキッ

 オーシャンイーグルの銃口だった。

「……? 葵さん? 何のマネです?」

「達郎様。どうか、この私の要求を聞いていただきたいのです。そうでなかったら、私はこのトリガーを引くしかありません」

 声が低い。

 しかも、遠くの明かりにほんのり照らされた彼女の表情は――マジそのものだった。

「どういうことです? まさか、葵さん……」

 ぐっ

 俺の胸に、二つの銃口が押し当てられた。

「そういうことではありません。私は私の信念があって、姫様にお仕えしているのです」

「……」

 黙って彼女が言う事を聞くしかない。

「達郎様……もう二度と、姫様には会わないと、約束していただきたいのです」

 ナーちゃんに? 何でまた。

「私は、達郎様が憎くてこんなことを申し上げているのではありません」押し当てられている銃口が、ちょっと緩んだ。「こうやって海獣組の連中が前面に出てきた以上、海の世界では相当大変なことになっているとみて間違いないでしょう。そして彼等はさっきのように、私達ブルーフィッシュに協力する人間の方達をも、容赦なく襲うはずです」

「……」

「このままでは、達郎様だけではありません。お父様やお母様、それに学校のみなさんをも巻き添えにしてしまう。ですが……姫様は決してそのようなことを望んではいないはずです。心の底から達郎様を愛しているからこそ」

 愛、か。

 あらためて言われれば、とてつもなく重い言葉だな。

 好きだからって、一緒にいればいいということじゃない。

 愛していればこそ、離れるしかないっていうケースもまたある。

 ナーちゃんと葵さんは、海へと帰っていくのだろう。

 そうなれば、もう会うことは多分……ない。

 でも、それでいいのか!?

 確かに、俺や両親、春香ちゃんとかみんなは、普通の生活が戻ってくる。俺は俺できっと、何の憂いもなく春香ちゃんとお付き合いできるかもしれない。

 だけどさ、ナーちゃんや葵さん、イワシャールはこの先も苦しい日々が待っていて、それでまかり間違えばさっきみたいに――命を落としてしまうかもしれない。げんに、ナーちゃんは今もどこかで、じっと助けを待っているはずだ。

 このあと、葵さんが無事に彼女を助けだしたとして、でもナーちゃんがもう俺が傍にいないことを知ったら……本当に心の底から納得できるのか? 好きだからって言っても。

 初夏の夜風がほんのりとぬるい。

 葵さんごしに見える夜空には、たくさんの星が瞬いている。

 沈黙して久しい俺。

 葵さんの悲しい願いが、再び銃口を通じて俺に伝わってきた。

「さあ、達郎様……約束してくださると……言ってください。さもなくば、さもなくば、私は……」

 強い力が押し付けられてくる。

 ふと見れば、葵さんは――泣いていた。

 そうまでして、ナーちゃんのことを護りたいのか。

 今の葵さん、俺達を巻き込まないことが、ナーちゃんのためだと信じている。

 そう思った瞬間、脳裏に親父や母さん、春香ちゃんや史郎、それに色んな人たちの顔が過ぎっていった。

 俺は俺で、みんなが平和に暮らしていけるように、護る責任がある……よな。

 俺がナーちゃんに情けをかけたばっかりに、みんなにもしものことがあればどうすることもできない。

 悲しい選択だけど――

「……わかりましたよ、葵さん。俺達はもう、関わりませんから」

 俺は心のうちでナーちゃんに謝ることしかできなかった。

 ごめん。

 勝手に釣り上げて、挙げ句に辛い思いなんかさせちまって。

 最低なヤツだな、俺。

「ありがとう、ございます。達郎様……」

 オーシャンイーグルがゆっくりと下ろされていく。

 それをガンホルダーに納めた葵さん、そっと手の甲で涙を拭った。

「このご恩、一生忘れません。どうか達郎様、いつまでもお元気で……」

「……泣くなよ。俺、考えを変えちまうかも知れないよ?」

 そう言って笑おうと思ったが、笑えるワケがない。

 バカ。

 俺のバカ。

 いいのか? それで?

「……そうですよね。最後の最後で、達郎様を困らせてはいけませんもの、ね」

 にっこりと泣き笑いした葵さん。

 そうして彼女はなおもぶっ倒れているイワシャールを叩き起こすと

「では、達郎様。どうか、お元気で。――行きますよ、イワシャール!」

「あ、あれ? 葵どの? どちらへ?」

 何が何だかわかっていないイワシャール。

 きょろきょろとしていたが、やがてぺたぺたと葵さんの後を追っていった。

「……葵さん!」

 俺は叫んだ。「絶対、絶対、やられちゃダメだぞ!」

 つと足を停めた葵さん、こちらを振り返り

「ええ! 私もいつか――達郎様のような素敵な男性と結ばれたいと思います!」

 そうして暗闇に消えていく葵さん、そしてイワシャールを呆然と見送っている俺。

 本当に、本当に、これで――良かったんだろうか?

 わからない。

 わかるワケがない。

 ……さよなら、ナーちゃん。

 せめて、お別れくらいは言いたかった。こんな終わり方なんて、ありかよ?

 どうか、海の世界が一秒も早く、平和になりますように。

 俺にはそう、願うことしかできない。

 そうしたらまた、会える日がやってくるのだろうか。

 気がつけば俺の頬に、すーっと涙が流れていた――。



 初夏に起こった、ほんの数日だけの不思議な出来事。

 俺はきっと、忘れないだろう。

 俺のことを心の底から想ってくれた海の世界の美しい姫様と、心優しい従者の女性。

 それに――彼女達に何一つしてやることができなかった、臆病で情けなくて不甲斐ない俺自身を。

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