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その10 ようこそ海の家

 俺はなぜか、ほっそーい吊り橋の真ん中にいた。

 冒険ものでよく出てくる谷間にかかっているやつで、渡ろうとしたら「バラバラバラバラっ」って分解して落ちていくようなアレ。手すりらしきものといえば、ロープが左右に張ってあるだけだ。

 はるか下はごうごうと濁流が飛沫を上げている。落ちれば無難に即死。

 と、風もないのに吊り橋が右へ左へとぶらんぶらん揺れ始めた。

 早くどっちかへ逃げたいのだが、歩くに歩けない。

「――達郎クン! 早く! こっちへ来るのよ!」

 右側から俺を呼ぶ声がした。

「お!?」

 吊り橋の付け根に目をやれば、なんと春香ちゃんがいた。

 なぜか……白無垢姿。よく似合っているけど、今はガン見している余裕はない。

「達郎クン! その橋は保たないわ! 早く、早くこっちへくるのよ! そうすれば、ずっと一緒にいられるから! あたしと結婚しましょう!」

 そ、そうか! 

 よし! こんなヤバい橋はとっとと渡りきって、俺は春香ちゃんと――!

 俺はずりずりとガニマタになって、吊り橋の上をゆっくり歩きかけた。すると

「そちらへ行ってはなりません! 達郎さま!」

 反対側の付け根から、またも俺を呼ぶ別の声。

 ウェディングドレスをまとった清楚なナーちゃんが! いや、なぜかメイド服姿の葵さんもいるし!

「こちらへきてください、達郎さま! そちらへ行けば、谷底へ落ちてしまいます!」

「姫様の言う通りですよ! 私と姫様でお助けしますから、達郎様、さぁこちらへ!」

 これはいったいどおいうこと!? 

 何で吊り橋の両端に春香ちゃん、ナーちゃん・葵さん組が分かれているんだ?

 とか考えているうちにも、吊り橋が「めき」「ばき」とか軋み出した。

 欠け落ちた木の足場がぱらっと散って、谷底に吸い込まれていく。

「達郎クン! 早く!」

「さあ、達郎さま、こちらへ!」

「達郎様! おいでください!」

 両側から呼び込み合戦をされてもねぇ……。どうしていいのかわからない俺、立ち往生。

 そのうち、白無垢を着ていた春香ちゃんが「ばさっ」と着物の裾をめくり上げ、なんと中から自動小銃を取り出した!

 対岸へそれを向け

「達郎クンは私のものよ! そうやって邪魔をするなら、許さないんだから!」

 すると、葵さんも太ももにつけているガンホルダーからオーシャンイーグルを抜き

「達郎様を惑わすとは、やっていいことと悪いことがあるでしょう? 相手になりますわ!」

 だだだだだだだだっ だだっ だだだだだだだだっ!

 タタタタンッ タタンッ タタタタン!

 速攻で銃撃戦。

 待て待て待て待て待てっ!

 俺を挟んで撃ち合いをするな!

 吊り橋のど真ん中で、左右から飛んでくる銃弾をかわそうと必死になっている俺。

 そういうことをやればやるほど、橋は「ぶーん! ぶーん!」と大きく揺れていく。

「おい! 二人とも! やめ、やめてくれ――」

 叫んだ瞬間、お約束が待っていた。

「……あ!!」

 つるっ。

「あーっ――」

 俺は悲鳴を上げながら、谷底へ向かって真っ逆さまに落ちていった――。



「――つろうどの! 達郎どの!」

 う……あ?

 確か、俺は吊り橋から落ちて谷底へ真っ逆さまに――って、あれ? 

 目の前がぼんやりと霞んで見える。

 なんか、暗い。

 もしかして、あの世へ直行便でやってきてしまったのか? 

 舟一(親父だ)、幸子、先立つ親不孝をお許しください。俺は二股をかけたばかりに、人知れず山奥で交際相手に殺害され――

「アタマ悪くて顔も悪い、救えない達郎どの! しっかりなされよ! ボンクラがぼんやりしていてどうします!」

 はっ!

 この一度聞いたら忘れられない、オスカルボイス(?)な罵詈雑言は……! 

「やっと、気がつきやがりましたか。まったく、普段からウスラバカだってのに、いざとなればオタンコナスの腐れトマトほども役に立たないんですからな、たつろ――ぶべっ!!」

 言い終わらずして、ヤツは壁にめり込んでいた。

 俺は握り固めた拳をほどきながら

「懲りずに生きてやがったか、クズイワシ。……ここはどこだ?」

 暗く、小さな部屋らしい。

 ってか、なんでこんなところにイワシ野郎と一緒にいるんだ?

「そ、それはですな、達郎どの……」

 壁にめりこんだ身体を起こしながら、イワシャールは説明した。

 授業が終わり、一人で家路についた俺。

 人通りの少ない小公園のあたりにさしかかった時、急に背後から後頭部を一撃されてしまったのだという。言われてみれば、ふと目に入った小公園の風景から先、記憶がない。そうすると俺……誘拐されたのか?

「ってか、なんでお前、それを知っている?」

 やっと壁から抜け出たイワシャール、俺の前にぺたりと正座し

「知っているも何も、姫様が一大事なのですぞ!」

 怒っているようだが、無表情だからイマイチ伝わってこない。

「一大事? ナーちゃんが?」

「夕方、姫様は達郎どののお帰りを今や遅しと待っていらっしゃいました。すると突然、柄の悪い連中が押しかけてきて、あっという間に姫様を……。ああ、老いたイワシや……」

「おいたわしや」ですから、そこ。老いて腐ったイワシは貴様だ。

「連れ去られた? レッドバックの連中か? ――ってか、葵さんはどうした? 葵さんがいれば問題ないはずだろ?」

 すると、イワシャールはツッコミを入れるように片手を振り

「だから言ったでしょう、柄の悪い連中が来たって。幾ら葵どのがいたって、あんな奴らに一人で敵うワケがありませんよ。葵どのはヤツらに取り押さえられる前、この私に言いました。『すぐに、達郎様に身を隠すようにお伝えしなさい』と。――だから、私は涙を飲んでその場から離れたのです。で、道行くアナタを見つけてラッキーだと思っていたら、あっちゅー間にやられちまいやがって。おかげでこの私まで、捕まってしまいましたよ」

 どーもわからん。

 柄の悪い連中って、何ヤツ? 葵さんでも敵わないくらいつえーのか?

 ま、事情の半分くらいは理解した。

 吊り橋から落ちたのは夢だったってことだ。

 ああよかった。夢で。

 ――いやいや! ちっともよくねーし!

 ナーちゃんと葵さん、マジでピンチ(このイワシの話が本当なら、だが)じゃねーかよ!

 二人とも美人でセクシーだから、柄の悪い連中に捕まったら何をされるかわからんだろう! ひょっとして今頃、着ている服を剥ぎ取られて「いやーっ! やめてください!」なんて……ぶるぶる。そんな想像をしてはいかんいかん。

 とりあえず、俺はゆっくりと立ち上がった。

「どうするつもりですか、達郎どの。あなたみたいなノロマが何かしようとしたところで、たかが知れていますよ? ここはまず、敵の裏をかくために様子をみるというのが、戦術の第一歩です。達郎どのは普段でさえ、使えないヤツなんですから――」

 ぶすっ

「あぎゃーっ! な、な、何をなさるのです! 目が! 目がぁーッ! ぎぃえぇ!」

「……いいからとっとと来い。お前をエサに敵を釣るのが戦術として上策だ」

 目潰しをくらってのたうち回っているクソイワシの尾びれをつかむと俺は

「ふんっ!」

 壁に向かって元気いっぱい叩きつけてみた。

 バキッ!

「あーれー! ○×△※□〒☆……」

 イワシャールは壁を魚の形にぶち抜きつつ、意味不明な叫びを上げながらそのまま吹っ飛んでいった。

 ふっ飛ばすつもりはなかったが……「ぬるっ」としていたから手が滑ったんだな、つい。

 まあ、あのイワシはどうでもいい。どうせ煮ても焼いても死なない、いや食えないし。

 それよか、さっきから俺は気がついていた。

 壁のあちこちに隙間があり、そこから光が漏れているのだ。

 しかも、このニオイ。

 ぷーんと鼻につく、生臭くて磯臭くて何とも言えない「ああ、海のお仕事」系な麗しい香り。

 つまり今俺が監禁(にも何もなっていないのだが)されているのがどういうところか、あっけなく見当がついた。

「……とりゃ!」

 手探りで壁の一画に目星をつけ、力をこめて溜め蹴り。

 案の定、古びた木の扉は一撃で吹っ飛んだ。

 そこから出ると、すでに陽は沈む直前。ほとんど暗くなりつつあった。

「ははーん。やっぱ、ここだったか……」

 ざざーん ざざーん

 寄せては返す波の音。

 ごつごつとしたでっかい石がごろごろ転がっている浜辺。

 波打ち際から少し陸側ですっかり朽ち果てている、小さな漁船。船のケツにちっこいエンジンがついていて、漁師さんがヒモを引っ張ってエンジンかける、あれね。

 んで、俺がぶち込まれていたのは小さな木造の小屋。こういうのが、幾つもある。

 そこは――俺の住む街から程近い、かつて小さな漁港があった海沿いの地区だった。

 小学生の頃、夏になるとよく泳ぎにきていた浜辺だ。史郎のヤツを沈めようとして、逆に俺が溺れたりしたっけ。そこを、近くの漁師さんが助けてくれ、ついでにヤキまで入れてくれた。

 しかし、今は漁師さんもいないし、泳ぎにくる人もほとんどない。

 なぜなら、理由は目線の先にある。

 俺がナーちゃんを釣り上げた日、ふと振り返った先に見えた、あの環境破壊な工場群。そこの照明が、しつこいくらいに眩しく、水平線を黄色く染めている。ナーちゃんと出会った岸壁は、あの工場の先にある。そういう位置関係。

 こういうものが近くに作られれば海が汚れるのは当然だ。港湾整備計画が持ち上がった時、漁師さん達が相当反対運動をしたらしい。しかし、彼等は蹴散らされ、大きな港や工場群がさくさくと作られてしまった。

 そして海はカフェオレソーダとなり、魚など獲れる環境ではなくなってしまった。

 だから、この地区の漁師さん達は一人残らずいなくなったのだ。

 ――なんだか、ね。

 身勝手な人間達は、海の生き物だけじゃなくて同類まで追い詰めておいて、それでも何とも思わないものらしい。

「いたたた……。た、達郎どの! 横暴にもほどがありますぞ!」やはり生きていたイワシャールがぺったぺったと近づいてきた。「このかよわいレディに対して、何という真似を! それだから、あなたはいつまでたってもモテ――むぎ!」

「……次ほざいたら三枚にオロすぞ」

 イワシャールに一撃入れて黙らせた俺は、海の反対側へと目をやった。

 すぐそこに、かつて小さな市場だった建物が残っている。

 この辺で水揚げされた魚はここに持ち込まれ、毎日セリにかけられていたのだ。

 うっすらぼんやり、明かりらしきものが点いている。

 そう、今はもう、人などいないはずなのに。

「達郎どの! あ、あれ! どこか、アヤしくありませんかな!?」

「……お前と同じだな。――来い」

「あ、あたたっ! た、達郎どの! エラをつかむとは何事ですかっ! 人間でいうなら、鼻の穴に指を突っ込んでいるのと――」

 苦情を申し立てているイワシを無言で引き摺って、旧市場の建物へとやってきた俺。

 シャッターが降りていて閉鎖されてはいるが、大分朽ちているから忍び込むのに造作はない。それに、以前来たことがあるから中は多少知っている。

 確証はなかったものの――ここに何か関係者が潜んでいるような気がしたのだ。

 地元の不良とかだったら、最悪な展開が待っているけど……。

「じゃ、ちょっくら中を覗くぞ。誰か、いるかも知れない」

「ほほう。それはウスノロな達郎どのにしてはご立派なことで。……では、私はここであなたの戻りを――あいたっ!」

「……てめーも来るんだよ」

 どうせ、放っておいたら一人で勝手にとんずらするに決まっている。

 マジビビリしているイワシをとっつかまえ、俺はそろっと建物の中へ潜入した。

 いざとなったら、このバカをいけにえにささげて逃げればいいのだ。

 都合のいいことに、プラスチックのケースやら木の枠(鮭とかが入ってそうなヤツ)が山積みしてあって、隠れるのにはもってこいだった。

 足音を忍ばせつつ、光源の方へと少しづつ近づいていった俺達。

 やっと、あと一息でそれが見える位置までやってきた。

「……」

 そろーっと物陰からカメのように首を出し、様子をうかがった俺は――思わず息をのんだ。 

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