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#7話:食卓の元気



 クイシェ・クアラには両親がいない。そのクアラという苗字は、彼女がこの村に連れられてきたとき、村人の皆で決めた家名だ。

 クアラ村の子供はクイシェだけ。あとは大人ばかりが住み、そしてほぼ全員が魔術関係の研究者である。

 中には夫婦もいるが、子供を持つ家はなかった。クイシェと同世代の村人はいないし、クイシェより小さい子もいない。


 普通の村であれば、次の世代がいない状態が続けばいずれ村から人がいなくなるということもあるだろうが、この村は特殊な実験村であるため、そのこと自体は問題ではなかった。

 村人たちは皆、クイシェの家族であろうと親のような気持ちで接しており、小さい頃から同世代の遊び相手がいないクイシェは、自然と村人たちの研究を手伝うようになっていった。その才能を見出されてからは、ギュランダムに魔導術を教わるようにもなった。


 急がしくも充実した日々を送っているクイシェに不満はなかったが、『友達』と呼べるような間柄の相手はいないままに15年を生きてきたクイシェは、絵物語でしか見た事がない『友達』というものに憧れを抱いていた。

 元の性格的なものもあるのか、かなり夢見がちに拡張されていったクイシェの友人像は、深鷺(みさぎ)との印象的な出会いにより具体性を帯びつつある。

 クイシェは大変な事情を抱えていそうな深鷺に対して、不謹慎と思いながらも、緊張と期待が止められないでいた。


 そんなクイシェが、昼食をテーブルに並べていると、彼女にとっての初めての『友達』が現れた。

 ただし人間の、ではない。


「あ、キーちゃん! おはよう!」


 足下を見ながら挨拶をするクイシェ。


「おなかが空いてきたの?」

「チゥ!」


 エプロンを駆け上がり肩に乗ったネズミが、我が意を得たりといった風に返事を返した。

 キラキラと輝くネズミの毛は、クイシェの髪と同じ水晶色だ。

 クイシェはキーちゃんと呼ばれたネズミの分を専用の小さな皿によそうと、なんの魔導式も使用せずに、ただ自分の魔力を流し込んだ。

 それを美味しそうに舐め始めたキーの姿を楽しそうに眺めていると、


「いいにおいー……」


 黒髪がひょっこりと、扉から覗き込んでいた。


「あっ……ご、ごはんできたよ。食べる、よね?」

「食べる!」


 湯気立つ食卓に目を奪われている深鷺。

 2人は席に着き、クイシェは目を閉じ両手の指を組んだ。


「今日の巡りに感謝します」

「……今日の巡りに感謝します」


(食前のお祈り……かな?)


 見よう見まねで深鷺も祈りを捧げ、そのまま手を開いて合わせると、いつもの習慣で挨拶をする。


「いただきまーす」

「?」


 クイシェも深鷺の言葉を一瞬不思議に思ったものの、深鷺同様お祈りなのだろうと納得した。

 ぱくぱくと昼食を味わい始める深鷺を、クイシェは何故か緊張した面持ちで見ている。


(えーと、えーと、なにか、話題……!)


「……お、おいしい?」

「とっても美味しいよ! 五臓六腑に染み渡る感じ! ありがとう! ……えーと……」


(あ、あ、名前だっ!)


「あ、わ、わたしはクイシェ。クイシェ・クアラってい、いいますっ」

「クイシェちゃん、クイシェちゃんかー……」


 あせってつっかえている姿をみて、やっぱりかわいいなあと思いながら、深鷺は天使の名前欄にクイシェの文字を刻み込んだ。

 名前を連呼されてクイシェは戸惑っている。


「わたしはミサギ。コハラ・ミサギです。……ん? ミサギ・コハラ、のほうがいいのかな」

「ええと、コハラが家名、でいいんだよね?」

「うん、わたしの国では苗字が先で、名前が後なの」


 カチャ、と。

 深鷺は突然食器を置くと、両手を膝に置いて頭を下げた。


「クイシェちゃん、どうもありがとうっ!」

「……えっ、はいっ?」


 唐突に頭を下げられてしまい、戸惑うクイシェ。頭を上げた深鷺は、感謝の理由を述べてゆく。


「昨日の夜助けてくれたし、言葉は通じるようにしてくれるし、さっきも寝てる姿を見てテンシじゃないかと思ったよっ。美味しいごはんもね! 本当にありがとう!」

「あ、えっ、テンシ? その、いや、そんなに感謝されるほどじゃ……」

「だって、あのまま凍え死ぬか、クマの餌になるんじゃないかって気が気じゃなかったんだから……」

「だ、大丈夫だよ。このあたりにクマはいないから……」

「じゃあオオカミの餌になるよ!」


 餌になりたいのか? と突っ込むものもおらず。


「あ、あの、えっと、ご飯が冷めちゃうよ?」

「あっごめんね、食べる……はうー……あったかーいきかえるー」


 勢いに負けそうになったクイシェは、とりあえず逃げを打った。話を逸らしはしたものの、幸せそうに食べる姿は調理した側としては嬉しく思う。野菜を煮ただけの至極簡単な料理なのだが。


(あしたは、ちゃんとしたものを作ろう……)


 喜んでくれるだろう姿を今から想像しながら、クイシェは深鷺のことを考える。

 とにかく、とても元気な女の子だ。最初に見たときの怯えていてわからなかった……というか、あんな状況から一晩経っただけでこんなに元気一杯というのが信じられない。事情がさっぱりわかっていないというのもあるが、いきなり言葉も通じないところへ来て、物怖じすることもなく楽しそうに食事している姿は、まるで自分とは正反対なのではないだろうか。

 クイシェは眩しいものでも見るように、深鷺を見つめる。


(……関係ない。正反対でも)


 友達になりたい。

 やっと訪れたチャンスなのだから。


「あの、ミ……」


 名前を呼ぶだけのことに、勇気を振り絞るクイシェ。


「ミ、ミサギちゃん、ミサギちゃんって呼んでもいい?」

「ん? もちろん!」


 快諾してくれるのではとは思っていたが、実際にその通りで安心したクイシェ。空になっている手元の皿をみて、もう一言追加。


「ミサギちゃん。よかったら、おかわりあるよ……?」

「おかわり! いただきますっ!」


 たったそれだけの会話で、クイシェはだいぶ幸せになっていた。


(ミサギちゃん、ミサギちゃん、ミサギちゃんかあ……♪)


 万が一にも忘れたり間違えないように、頭の中で何度も呼びなおす。


「あれ? クイシェちゃんは食べないの?」

「あ、ううん、食べるよっ」


 食べ終わるまでの少しの間、料理についての話題で軽く盛り上がる。2人は楽しい昼食を過ごした。

 しかし朝食が終わり、食器を片付けた後。


「ごめんね……」

「ええっ? ……あの、ええと、どうしたの? 急に……」


 何故か謝られているクイシェ。


「や、なんだかテンション高くなってて、変なこと言って、いきなりテンシとか……いや、テンシだって思ってるのは本当なんだけど、ちょっと落ち着くべきだったというか、恩人に遠慮もなくおかわりとか、なんか、失礼だったかなっていうか、わけわかんなかったんじゃないかなって……」


 どういう理屈でか深鷺の頭に入っているこの世界の言語知識には『天使』に相当する単語がなかったため、深鷺はそこだけを日本語で喋っていた。つまり、相手には通じてないと気が付いたのだ。


「う、ううん? 全然失礼なんかじゃなかったよ!? 大丈夫! 安心して!」


(たしかによくわからなかったけど、褒めてくれてたのはわかるから……)


「大丈夫! えと、ほら、残さず食べてくれるのは嬉しいことだし、今年は豊作だったから食料にも余裕があるし、あとね、ええと……ほめてくれた、のも嬉しかったし、だから、安心して!」


 急に萎れてしまった深鷺を必死に元気づけようとするクイシェ。

 あんまり必死にフォローしてくれるクイシェを見て逆に申し訳なくなってしまい、更に謝ってしまう深鷺。


「あ、うん……ごめんね、ありがと」

「大丈夫!」

「……」

「……」

「……」


 沈黙してしまう2人。


(……こういうときはどうしたら良いんだろう)


 クイシェはとりあえず話題を変えることにした。というか、多分そっちが本来、本題であるはずだと思い出す。


「あ、あの、ミサギちゃん。色々聞きたいことがあるんだけど……ミサギちゃんも聞きたいこととか、あるよね? なんでも答えるから、遠慮無く聞いて?」

「あ……うん。そうだ、聞きたいことだらけなんだった!」


 深鷺はとりあえずおなかになにか入れて(主に自分が)落ち着いてからの方が良いと思い今まで抑えてきた疑問の数々が、溢れ出し決壊しそうになっている事に気が付いた。

 一方、クイシェは少しでも勢いが戻ったことに安心していた。付いていくのが大変だったが、多分この勢いが深鷺の性格なんだろうと思いながら。



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