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#5話:帰り道の問題



 クイシェは裸のまま眠る少女に自分が羽織っていたケープを被せた。

 早く村に運んで暖かくしないと風邪を引いてしまうだろうと、急いで運ぶようにカウスへ伝えようと思うのだが……


「……う、これじゃ足りない」


 サイズ的に当たり前なのだが、クイシェのケープではギリギリで腰あたりまでしか覆えていない。

 これだけでは寒い以前にカウスに背負わせるのは駄目だろう。

 かといって、険しい山の道無き道をどうやら自分よりも少し背が高いらしい少女1人背負って村まで歩くのはクイシェには無理な話だ。

 たとえ魔導術で身体能力を強化したとしても危険である。今朝、村で魔導術を用いてギュランダムを支えたときとはわけが違う。

 クイシェが記憶している強化系の魔導術は、自身の運動能力に見合ったものしか無く、眠っている女の子を背負って不安定な足場を歩いてゆくには心許ないものだ。万が一転びでもしたら、背負った女の子に大怪我をさせかねない。

 それに、お尻を出したまま運ぶだなんて論外である。


(ええと……胸のあたりから巻き付けて……駄目駄目、そもそも寒いんだから……よし)


 体を離すと途端に不安そうな表情になった少女に「ほんの少しだけ、待っててね!」と言い残して洞穴から飛び出ると、少し離れたところで待っていたカウスのもとへ走るクイシェ。


「どうなった?」

「も、もうだいじょうぶです。でも気を失ったみたいに眠っちゃって、体冷えてるし、はやく村に行って、暖めてあげないと……」


 そう言いながら地面に転がっているギュランダムを転がし、いきなり服を引っ張り始めたクイシェ。どうやらローブを剥ぎ取ろうとしているらしい。


「カウスおじさんも手伝ってくださいっ」

「……おう?」


 とりあえずなにも言わずに手伝うカウス。

 上半身を持ち上げて服をすぽん、と脱がすと、ギュランダムはそのまま地面に落ちた。その様子を見もせずにクイシェは洞穴へ駆け戻る。

 肩を抱き上げると安心したのか表情が和らぐ少女を見て、クイシェは自然と優しい気持ちになった。

 眠っている人間を着替えさせるのはそれなりに大変な作業だ。クイシェは魔導術で筋力を強化すると、なんとか、手早くローブを着せることに成功した。

 

「これで大丈夫かな……」

 

 老齢だがカウスよりも上背のあるギュランダムのローブは、少女の体を充分包むことができた。さらに上からケープも羽織らせる。とりあえず、保温と露出の問題はこれで充分だろう。


「カウスおじさんー! もう大丈夫なのでこっちに来てくださいー!」

「おーう」

「この子を村までお願いします……あっ、変なところ触ったら駄目ですよ!」

「触らねぇよ……ところで、あのクソジジイどうすんだ?」

「え……どうする……?」

「いや、気絶したまま起きないんだが」


 ほれ、と指さされた方にクイシェが近寄ってみると、そこにはにやけ顔で白目を剥き鼻血を流しながら微動だにしない半裸の男が横たわっていた。


「へ、変態ー!?」

「……いや、弁護したくはないが、鼻血は俺が殴ったから……か? まあそっちはともかく、服を脱がせたのはおまえだろ」

「あ、あああー……ど、どうしましょう」


 いま初めて気が付いた、という顔で動揺するクイシェ。自覚無かったのかと呆れながらもカウスは意見を述べる。


「俺としてはこのまま放っておいてもいい気分」

「さ、さすがにそれは……」

「だってよ、ひゃほーうだぜ? ひゃほーう」


 どんなにエロ腐っていても、恩師であるギュランダムにそこまで無体な事はしたくないクイシェだった。すでに剥いでしまった服のことは、まあ、考えないでおくとして。

 とはいえ、このまま起きるまでここで待っていては少女が弱ってしまう。かといって気絶したギュランダムとクイシェ2人だけがここに残るというのも危険だ。


「さすがにこの娘背負いながらジジイも背負うのは無理だぞ。ジジイ無駄にデカイから」

「え、ええと……」


 カウスの身長は決して低い方ではないのだが、ギュランダムとはは頭1つ分ほどの差がある。ギュランダムほどの体格があれば見つけた少女を片腕に収めるように抱える事もできるかもしれなかったが、カウスにできるのは2人の胴体を両腕で抱えて運ぶことくらいだろうか。


「ジジイはともかく、この子をそんな運び方するのはちょっとな。体痛めるだろ」

「そうですよね……」

「というわけだから、仕方ないな。引きずっていこう」

「うう……」


 それもあまりに(ひど)いと思ったクイシェは、せめてこれくらいはとカウスの上着を借りて魔導術で頑丈にした上で、ギュランダムに着せた。フードで頭も保護すると、自分の上着を1枚クッション代わりに詰める。

 少女はカウスが片腕で背負う。クイシェは先ほど使用した【獣躯動】により自分の力を強化して準備を整えた。

 腕を掴んだほうがマシだろうに、カウスは敢えて足を掴んだ。クイシェはカウスが足を掴んだので、自然ともう片方の足を掴んだ。

 

「さて、風邪を引く前にさっさと帰るか」


 お互い上着が減っていて肌寒いのもあり、行きよりも早足で山を下っていく。

 2人がかりで引きずっている形ではあるが、配分的には実質カウス1人で引っ張っているようなものだった。クイシェは小柄な女の子で力仕事にも携わっておらず、術で強化されているとはいえ成人男性ほどの力が出せているかも怪しい。クイシェはカウスの歩みになんとか合わせて進むのがやっとだ。

 一方、カウスは滑りやすい草の上だろうが斜面だろうがスピードを一切変えることなく進んでゆく。その安定した足運びは、さすが凶暴な魔獣を相手取る狩人なだけはあるのだが、引きずっている相手に対して、あえてまったく配慮しない歩き方であるとも言える。

 村へ向かう間ギュランダムは、草やら枝やらに引っかかり放題だ。何度かはゴン、と鈍い音をたてていたが、クイシェは考え事をしていて、無意識にそれらの音を聞かなかったことにした。


(この女の子……が、違和感の正体?)


 それは、今もじんわりと感じ続けている違和感が、この少女を中心としていることからも間違いないだろう。ただし、どうしてそんな違和感を感じるのかはまったく理解できていない。

 裸だったのだから、なんら魔術的なものを身につけているわけでもないし、外見も普通の人間として変わったところは見当たらず、気になるところと言えば髪の色くらいだった。


(真っ黒……に見えるんだけど……)


 黒い髪というのは見たことも聞いたこともない。染めているのか、でなければ“魔従士”かである可能性が高い。しかし、それにしては“使い魔”の姿が見当たらない。

 あるいは外見が人間と完全に同じという、特殊な“獣人”なのかもしれないが……

 違和感の正体がわからないのは、それが未知の存在だから――という結論に達し、それだと結局なにも解決していない、と思い直す。

 とはいえこの違和感、奇妙な感覚ではあるのだが、決して嫌な感じはしていないので、それほど気にする事はないのかもしれない。

 それよりもクイシェにはもう1つ気になっていることがあった。


(結界が壊れるとほぼ同時、なんの予兆もなくいきなり現れた違和感の正体がこの女の子なのだとしたら……この子はいきなり山奥に現れた、ってことになる……のかな)


 そのときは半分寝かけていたため、ハッキリとは憶えていない。


(いや……違った)


 ふと、感覚的に憶えていることを、体が思い出した。


(あのとき……この違和感はものすごい勢いで村を通り過ぎていったんだ。そして山奥のほうで止まった……)


 自分の感覚を信じるのなら、弓から放たれた矢よりも速い、恐ろしいスピードだった。そんな速度で長距離を移動する物体をクイシェは知らなかったし、ましてや人間にそんなことができるとは思えない。


(だから、女の子が先にあそこにいて、違和感が後からやってきてこの子に移った……結局違和感の正体がなんなのかはわからないけど、そのほうがしっくりくる、かな……?)


 ではこの子に違和感が移った原因は?

 それにそもそもこの子が山奥にいた理由は?


(本人に聞いてみなければわからないこと……しかないかな)


 聞いたところでわからないかもしれない、とは今は考えずに、思考を中断しかけた頃。

 ちょうど村が見えてきた。


(あれ、そういえば……なにかを……忘れている気が……?)


 先ほど、なにかが思考にひっかかっていたのだが、結局思い出せずに進むクイシェ。

 そうして村の境界をまたいだ瞬間、薄い膜が弾けるように崩れる、そんなイメージがクイシェの感覚に伝わった。


「……あ」


 作り直したばかりの結界が、壊れた。

 設置にはまた4時間ほどかかるだろう。



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