#47話:お風呂上がりの1杯から
午後をクイシェと遊んで過ごしていた深鷺だが、夕方にはフリネラの実験浴場へ来ていた。
遊び終えたあと、クイシェが夕食を作る間に自分だけお風呂へ入りに行くということに抵抗を感じた深鷺だったが、フリネラのお手伝いだと言われてしまい、1人で来たのだった。
フリネラは試作した入浴剤を深鷺に披露し、深鷺はお風呂に関して思い出した新たな事柄を話す。しかし、風呂に来るたび話しているのでお風呂の話はそれほど長い時間は続かない。
2人はお風呂の話が終わっても関係ない話で盛り上がったり、真面目な話をしたり、なにも話さずにゆっくりと夕暮れを楽しんだりした。
軽く1時間以上、露天風呂を堪能した2人は、体ホカホカのほくほく顔で脱衣所へ戻ってきた。
腰に布を巻いて、あらかじめ水で冷やしておいた真っ黒い果汁の入ったコップを掴むと、片手を腰に当て、ゴクゴクと飲み干す。
ポーズとタイミングをぴったりと合わせ、
「「ぷはーっ」」
台詞まで合わせたところで、満足げに笑う2人。
「公衆浴場といえば風呂上がりに飲み物で、だいたいこんな感じらしいです。できればフルーツ牛乳が欲しいところですけど……」
銭湯の風呂上がりをイメージして一連の流れを思い出した深鷺が、それをそのままフリネラに伝えてみたところ、さっそく実戦してみようという話になっていたのだった。
「なんだか美味しそうねー。ミルクに果物混ぜればいいのー?」
「たぶん……」
やるだけやってみたはいいものの、深鷺は銭湯には行ったことが無く、フルーツ牛乳も記憶にある限り飲んだことがないのでいまいち断言しづらい。
温泉旅館の脱衣所とさほど変わらないとは思うのだが、実のところドラマやアニメなどでしか見たことがないのだ。
「それは料理得意な人に相談してみるよー。あとは脱衣所にあるものって、なにか思い出したー?」
「うーん……」
記憶の引き出しから、脱衣所の風景を呼び起こしてみる。
ロッカー、衣類を入れるかご、鏡、ドライヤー……は作れるだろうか?
あとは、扇風機と体重計に……まだ言ってないものあったかなあ?
「あ」
「ん?」
「レイゾウコ……のことを忘れてました」
「レイゾウコー?」
存在しない言葉らしかったので、別の言い方を探す深鷺。
「えーと……なんていうんだろう。入れたものを冷やす箱です」
「……箱ー?」
「えー……うー…………あっ、雪を夏まで閉まっておける小屋?」
「氷室のことを言ってるのかしらー」
「あ、たぶんそれです」
氷室。
雪や氷をわらで包み収納しておく穴倉や小屋のことだ。
(冬にしまった雪が夏になっても溶けずに残る小屋……なんで残るんだっけ? 雪で部屋が冷えて、冷えてるから雪が溶けない? ……なんかおかしくない?)
まあクーラーボックスみたいなものだろうと深鷺は判断した。
冷蔵庫はその進化形であり、中に入れたものを氷ではなく電気の力で冷やすものだと説明する深鷺。
「ミーちゃんの国はほんとにすごいわねー。それがあればいつでもつめたい飲み物が飲めるし、食料も日持ちが良くなるわけだー。行商してる人たちも、喉から手が出るほど欲しいんじゃないかしらー」
「冷凍庫っていうのもあって、中に入れたものを凍らせるんですけど、その冷凍庫ごと載っけて走るトラック…………えーと馬車のすごいやつとかありました」
深鷺はどんなものがあったのかは話せるのだが、どうして冷えるのかを知らず、仕組みを説明する事が出来ない。
フリネラは興味津々なのだが、深鷺にできることと言ったら外観と使い方を教えるくらいだった。
「なんだかわからないけど便利で不思議なモノがたくさんあるのねー」
先日、同じように深鷺の国の色々な道具や機械の話を聞いたフリネラが言った言葉だ。
言われたときは、魔導術なんて不思議パワーが使える人に言われた! と内心ツッコミを入れていたのだが、よく考えてみれば自分は、自分の世界のものなのに科学をよくわかっていない。これでは魔法で冷えてます、を科学で冷えてます、と言い換えているだけである。
魔導術のことがちゃんとわかっているフリネラやクイシェに比べ、自分はかなり駄目な子だ……。
深鷺はそんなことを思い、若干情けない気分になっている。
一方フリネラは、午後に参加していた会議のことを思い出していた。
「氷室かー……ちょうどいいかもしれないわー」
◇
「オイ、なんでこんなヤツ連れてきた!」
「きのう自分で言ってたじゃない。顔も見てないのにわかるかーってー」
翌朝、深鷺はフリネラに連れられてグリースターという老人の家にやってきていた。クジールの実験の続きは午後かららしく、午前はここでお手伝いということになる。
他の研究所として使われている家よりもかなり大きな、というか正確には横にながーい家だ。
といっても他の家より生活スペースは狭いくらいで、残りは全て研究スペースとなる。
長く続く建物の大半が、中にはなにもないただの壁と天井だ。一面だけ壁が無く、外からは丸見えとなる。
研究室というよりは、倉庫といったほうがしっくりくるだろう。中でバーベキューでも楽しめそうな広さの同じ建物が、全部で八つ並んでいる外観は、シャッターこそ無いが車庫や格納庫を連想させる。
地面は土そのままで、床板などは一切無い。
そこには白髪白髭で背は低めの筋肉質な老人がいた。グリースターだ。
忌々しそうに深鷺のことを見て、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん……オメーがミサギか。妙なアイディアを出すとは聞いてるぜ」
「はじめまして! コハラミサギです! そしてごめんなさい!」
深鷺は挨拶と同時に謝罪の意味で頭を下げた。というのは、最初に【獣払い】の結界が破壊されたとき、この老人が設置していた実験中の結界が全て壊れてしまっていたらしいのだ。
「頑張って働きますっ」
「大丈夫よミーちゃん。あれくらいすぐに返せると思うわー」
フリネラの計らいで、今日の午前はグリースターへのお詫びと手伝いということになったのだが、脱衣所で話を聞いた深鷺は気が気ではなかった。
被害額は教えてもらえなかったが、きっと高いのだろう。そして、実験中だったことを考えれば、きっと色々な苦労が水の泡になってしまったに違いないと、深鷺は風呂上がりだというのに真っ青になりながら話を聞いていたのだ。
夕食に帰ってきた深鷺を見たクイシェにも、一体何事かと思われてしまった。
「そう言うことならさっそく手伝って貰おうか……と言いたいところだが、オメー、結界に触ったら壊しちまうんだろうが。そんな危ないヤツいらねえよ。こちとら昨日から徹夜で復旧してんだぞ。また壊す気か?」
「グリースター、氷室の結界ってどうなってるー?」
拒絶の言葉は無視して、フリネラが質問する。
「アァ? 氷室? どうって……壊れたぜ。いや、さっき設置し直したな。そこにあるが……氷室がどうかしたか」
「ミーちゃんのいたところには冷蔵庫っていう、氷が無くても飲み物をキンキンに冷やせる便利な箱があるんですってー」
フリネラによる説明が始まる中、深鷺は緊張しながら事前に聞いていた話を思い出す。
冷蔵庫の話をしたことである程度予想はしていたのだが、今日のお手伝いは冷蔵庫を作ってみないか、ということだった。