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#44話:しかし第2第3の……



「これもミーちゃんから聞いたんだけど、かの国には“裸の付き合い”っていう言葉があるんだってー」


 風呂場ではみな裸である。身分の上下、立場の差違を衣服によって示すことの無い場において、その人そのままの姿で全てをさらけ出し、本音でつきあえる関係……というような意味らしい。

 

「つまりお風呂場では素直にならなきゃ駄目ってことよねー」


 そんなことを言われたからというわけではないが、クイシェはフリネラに自分の悩みを打ち明けた。

 しかし、悩みというよりは懺悔(ざんげ)に近い。


 クイシェは、友達になってくれるかもしれない女の子が現れて、嬉しくて舞い上がっていた。

 しかし深鷺の方は本当ならそれどころじゃない、深刻な立場にある。

 自分は深鷺の気持ちを考えもせずに、楽しくて、浮かれていた。

 情けない、悔しい、ひどい。

 クイシェはそんな自分を、どうしていいかわからないでいる。

 

「それで、クーちゃんはどうしたいの?」

「わたしは……ミサギちゃんの力になりたい」

「どうして?」

「それは……友達になりたいから……ううん、なれなくても!」

「なれなくても?」

「わからないけど、わたしがそうしたいから、そうしたいの」

「なら、ミーちゃんの力になろうか」


 フリネラの目を見て、クイシェは言った。しかし、すぐにまた視線が下がってしまう。


「でも。わたし……」


 罪悪感に戸惑うクイシェの心は、自分にその資格があるのかどうかを迷っている。

 そのことをハッキリと自覚しているわけではないが、今のクイシェは深鷺と友達になりたいと思うことが不純な動機であるかのように思いこんでしまっていた。


「クーちゃん、いきなり知らない土地にやってきて、一番辛いことってなんだと思う?」


 フリネラの突然の質問。

 クイシェはその質問を受け、自然と自分が今の深鷺の立場だったらと考える。

 夢に見るほどの、家族に会えない寂しさ?

 言葉が通じないことの不安や不便さ? 

 いろいろなことが浮かんだが、どれもこれも辛いことのように思える。

 少し待って、フリネラは自分の考えを述べた。


「誰とも繋がりがないことだと、あたしは思うな」


 フリネラは元冒険者――――というか、現在でも一応冒険者のようなものではある。

 お風呂研究に傾倒してからはこの村を本拠地としつつも、温泉にまつわる情報や研究に必要な魔術の情報を得る度に村を飛び出し、近隣諸国を駆け回っているのだ。

 その旅人としての経験から言う。


「繋がり。親兄弟とか友達とか恋人とか、近所付き合いとかなんでもいいけど……できれば、そこが“自分の居場所”だって思えるくらいの繋がりね」

「自分の居場所、ですか?」


 頷いて、フリネラは続ける。


「旅先で同郷の人に会ったりすると懐かしい気持ちになるし、とても話が弾んだりするの。それは故郷との繋がりを少なからず感じられるからだと思うのよ。ほとんどの人にとって、故郷には自分の居場所があるはずだから、それは特別な繋がりじゃないかな、ってね」


 新しい繋がりを作っていくのも旅の醍醐味ではある。しかし根無し草な旅の途中で自分の居場所と言えるほどの繋がりは、そう簡単には得られない。

 深鷺が故郷を目指すというなら、その旅は性急とまではいかずとも、のんびりとした道程にはならないだろう。恐らく、旅の準備期間となるであろうこの村が最も長く“立ち寄った”村となるはずだ。

 その予想を元にフリネラは、クイシェが――――自分たちが、深鷺に与えられるものを考える。


「でも、故郷の繋がりじゃないからって価値が下がるワケじゃないわ。あたしなんかは生まれ故郷を捨てちゃった身だけど、すばらしい第2第3の故郷があるし」

「第2、第3……?」

「そ。2つめはカルジヒラ温泉郷で、3つめがクアラ村ね」


 それはフリネラから何度も聞かされている街の名前と、クイシェの故郷でもあるこの村の名前だった。

 

「わ、わたしも生まれ故郷はわかりませんけど、クアラ村は第2の故郷です」

「そっか……クーちゃんはそうだったわね」


 フリネラはクイシェを抱き寄せながら、深鷺の話を続ける。


「ミーちゃんが故郷に帰りたいと思うのは当然だし、それを応援するのももちろん良いことだけど、だからといってそれ以外がどうでもいいってワケじゃないと思うの」


 辛い現実に立ち向かい、目的に突き進み、故郷を寂しく思うばかりでは、心が折れてしまうかもしれない。


「わからないことだらけだけど……きっとミーちゃんはすぐに故郷に帰ることはできない。あまり言葉にしたくはないけど、もしかしたら二度と戻れないかもしれない。それはクーちゃんもわかってるでしょ?」

「いえ…………はい……」

「ミーちゃんはそのあたりをどう思っているかわからないけど……」


 そう言いつつもフリネラは、深鷺はそういったことを正しく理解しているように思っていた。深鷺からは不安や寂しさを感じることはあっても、焦りのようなものは感じられない。今すぐにどうにかなるような問題ではないことも、帰ることが出来ない可能性もちゃんとわかっているのだろう。


「ミーちゃんは、故郷に帰るまではこの世界で生きていかなきゃいけないわ。そして、故郷に帰る方法を探すため、きっと旅をすることになる。そのためには、魔術を憶えて損はないし、言葉は覚えなきゃいけない。あの子の場合は不思議な体質についても調べておかないと、色々と危険ね」


 フリネラはクイシェに笑顔を向ける。


「でも、それと同じくらい、毎日を楽しむことだって大切だわ。だから、クーちゃんがミーちゃんと楽しくおしゃべりすることだって、ミーちゃんの助けになると思う」


 クイシェにできることは、なにも深鷺の不思議体質を調べることだけではない。魔術や言葉を教えることだけでもない。いっしょに楽しい時間を過ごすこともできるのだと、フリネラは言う。

 

「ミーちゃんに、この村で得た繋がりを第2の故郷だと感じてもらえるくらい、一緒に楽しむのも、ミーちゃんにしてあげられる大切なことだと、あたしは思うなー?」


 深鷺の心を支える。

 フリネラの話を聞いて、クイシェもそれをとても大事なことだと感じた。

 自分が目指す“友達”にとって、それは欠かせないもののはずだと。

 

「ミサギちゃんを……」

「支えてあげるといいよー」



  ◇



 ところで、とフリネラが話を変えた。


「さしあたってやらなければいけないこととしてー……そろそろ【言語移植(フレンズチャット)】の効果がきれるんじゃないー?」

「あっ、いけない!」


 ここに来ていることは深鷺は知らないし、深鷺にはあとで行くと言ってあったことを思い出した。

 

「あははー、引きずり込んでおいて言うことじゃないかもだねー。ごめんねー?」

「い、いえっ。ありがとうございました、フリネラさんっ」

 

 そういってクイシェは、湯気を纏ったままの勢いで浴場を飛び出ていった。

 

「ちゃんと体拭くんだよー? 風邪ひかないようにねー」



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