#43話:再実験と入浴剤
「ん、今日はクイシェちゃんは一緒じゃないのかい? まあ今日の実験は先日のとさほど変わりないし、危険もないだろうから大丈夫かな。さて、今日も同じように魔導書に魔力を流し込んで貰うよ。今回のは僕の予想が当たっていれば、少なくとも破裂はしないはずだ。無茶をしなければね。でも、そうだな、ちょっと前回より加減してくれるといいかもしれない。いきなりだとまたビックリしてどこかに消えてしまうかもしれないから先に言っておくけど、今日の魔導書の効果は『光の球を生み出す』だけのものだから、上手くいけば眩しくなるよ。クロゲワギュウくんも眩しいからって驚かないように。ところで【浮灯虫】関連の術は知っているかな?」
クイシェが嵌り岩の狩りを終えた翌日。【言語移植】の恩恵が受けられない為に先送りにされていたクジールの実験が再開された。
深鷺のハイやイイエ、あるいは頷きなどの短い反応を挟む以外は、分単位で喋り続けることもあるクジールだが、深鷺はそんな相手に慣れた対応をしている。
クジールの喋り方は早口というわけではない。しっかりと滑舌よく喋っているので聞き取りもしやすいのだが、その分余計に言葉の量が多くも感じられる。
同様に台詞量の多い身内がいなければ、深鷺も先日のクイシェのように焦れた反応をとったかもしれない。
「じゃあさっそく魔力を流してみてくれるかな。もしまた破裂しても、一応予備を2つ用意しておいたから、2回までなら失敗しても大丈夫だよ」
「はいっ」
クジールが用意した魔導書は最初の深鷺の捜索にも用いられた【浮灯虫】だが、かなり手が加えられていた。
ギュランダムが深鷺に見せた手帳サイズの魔導書ではなく、手の平を開いて載せることができる。深鷺の知識で言えばハードカバーの単行本によくあるようなサイズだ。
ただし厚みは手帳サイズの魔導書と大差なく、薄い。
このサイズが一般的な魔導書の規格であるらしいが、地域によってはまだ多少ばらつきがあるらしい。ギュランダムが持っていた手帳サイズの魔導書は、携帯性を高める為に半分に切ったグリモア紙を使っているものだそうだ。
今日も破裂するかも、という不安が無いわけではなかったが、専門家であるクジールのことを信じる気持ちもあり、今日こそ魔法が使えるかもしれないという期待もあいまって、深鷺の気分は上々だった。
クジールが静かになると、深鷺は先日と同じように魔導書の前に立つ。ゆっくりと手を置いて、息を吸う。
クジールによれば、深鷺の気合いの入れすぎが破裂に繋がっている可能性が高いという。自分の気合いにそんな力があるとはあまり思いたくないが、そうなのだと言われれば加減してみるしかない。
深鷺は気合いを、ほんのりと注入した。
「てい」
ぽん。
と、音が出たわけではないが、そんな勢いで飛び出したのは光の球。
「わ、出た!?」
と、その驚きに反応するように、更にぽんぽんと飛び出す光球。
「おおおー!」
ぽぽぽん。
「おもしろーい!」
ぽぽぽぽん。
部屋はあっという間に光球だらけになった。まるで蛍光灯ほどの明るさを持つ蛍の群れだ。
幻想的であるとも言えるが、密度が高いせいで少々眩しすぎるというか、どうにも喧しいイメージが先立つ光景となっている。
ぽぽぽぽぽん。
これにより破裂の原因をほぼ特定するに至ったクジールは、実験が成功したにもかかわらず複雑そうな表情で、楽しそうな深鷺を見ていたが――――
ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ……
「あはははは」
調子に乗った深鷺によって生み出される光球の群れに飲み込まれ、すぐになにも見えなくなってしまった。
◇
「……あれ?」
クイシェは気が付いたらすっぽんぽんにされていた。正確にはのこり下着一枚だけの姿だが。
本当なら今日も朝から深鷺の実験に付いていくべきだった。実験中になにが起きるかもわからないし、なにも起きなくとも、深鷺が術を使うときは注意深く観察して、なにか手がかりになるようなものを探すべきだ。
と、頭では思っているのに、クイシェはそう思った上で、自分がどうしていいか、わからなくなっていた。
ついでに言えば、どうして今こんな所にいるのかもよくわかっていない。
「あらー、今日はミーちゃんに付いていかなかったのー?」
と、声を掛けられたのは憶えている。そのあと、なにかを話したような気はするのだが、考え事が空回りしていて、よく憶えていない。
我に返ると自分は下着一枚の姿で、衣類はカゴの中。
つまり、引っ張られてやってきたのがフリネラの実験浴場で、クイシェは着せ替え人形よろしく身ぐるみ剥がされて、浴場に向かって背中を押されているところだった。
「あ、気が付いたー? クーちゃんはほんと、集中すると周りが見えてないわねー」
フリネラはちょうど服を脱ぎ終えたところだった。クイシェを先に脱がせたらしい。
「さー、悩んだ時はお風呂に限るわよー? あったかい湯船はいろいろなものを蕩けさせてくれるんだからー」
「えーと……」
「村のみんなもねー、研究に煮詰まったときとかはもっとお風呂を使えばいいと思うんだけどー」
ここまで来ていまさら抵抗するというのも変かと思い、促されるままに下着も脱いで、入浴するクイシェ。フリネラも続けて湯に浸かる。
「今日のはねー、ミーちゃんから聞いた入浴剤が入ってるのよー?」
「ニューヨクザイ、ですか」
「そう、入浴剤。わたしなりにいろいろ作ってみてるんだけど、今日はミーちゃんが教えてくれたシンプルなやつね。いい香りがするでしょー?」
「あ、そういえば……なんだろう? 果物ですか?」
「正解ー。正確にはブイミンの皮ねー」
そう言いながらフリネラは湯の中から大きな布袋を持ち上げる。中には真っ黒な色をした柑橘類の皮がどっさり入っていた。
ブイミンは魔力を多めに含む魔力補給に適した果物だ。この村ではよく食べられているもので、皮は簡単に集めることが出来た。
「ミーちゃんによると、柑橘類の皮には体をしっかり温める効果があるらしいんだって。風邪もひかないし、お肌も綺麗になるし、お鍋の消臭とか汚れ取りにも使えるらしいわー。さすがお風呂の国の人は物知りねー」
そう言って感心しながら、フリネラは袋を湯の中に沈める。
「これは煮たやつだけど、カラカラに乾燥させたのもいいらしいの。というわけで、今日は効果の実証も含めてブイミン風呂なのよー」
説明され、なるほど確かに体は温まっているかも、と納得したクイシェ。それがブイミンの効果かどうかはさておき、体の芯が温まっていく感覚にクイシェは溶けるような溜息をついた。
その溜息は緊張が解けてゆくもののようにも、心配事から生じたもののようにも思える。
「あとでミーちゃんにも感想を聞かなきゃねー。今日は入りに来てもらわなきゃー」
「…………」
体育座りの格好で俯いているクイシェはフリネラの言葉には応えず、目の前の波紋を瞳に映していた。
「……そろそろ温まったかなー?」
フリネラはクイシェの横に並び、首に手を回す。そのまま肩に腕をのせるのではなく、頭を抱え込むようにした。腕と胸に頭を挟まれて、抵抗しないクイシェは首をされるがままに傾ける。
「さてクーちゃん、悩みごとを、お姉さんにいってごらんー?」