#42話:「トキちゃんおこらないで」
いつもの食卓に、どことなく気まずい空気が流れている、ような気がする。
「あ、それで、狩りってどんなだったの? 嵌り岩ってやっぱり嵌ってた?」
「うん。あ、あのね、ミサギちゃんが隠れてた穴があったでしょ? あれが実は、嵌り岩の巣というか隠れた跡だったんだよ」
「え、そうなんだっ? なにかの巣かなあとは思ってたんだけど……じゃあ、あれかな。見た目はアルマジロみたいだった?」
「アルマジロ? ……はよくわからないけど、……ええとー……まあ、見た目は岩そのものだよ?」
「そっか、ミミックだもんね」
「うん、そう、そうなの」
「あの穴には助けられたような気もするし、じゃあ嵌り岩にはちょっと感謝しなくちゃ。ちなみに、どんな風に歩くの?」
「え、あの……えーとね。跳ねるの」
「跳ねるんだ!? 岩なのに!」
「うん、カウスおじさんは名前詐欺だって言ってたかなあ」
「岩が変形して歩く感じ?」
「ううん……あの、分裂するんだけど……」
「分裂!?」
「うん、みんな予想外だったんだけどね、昨日はカウスおじさんが蹴飛ばしたらバラバラになって、跳ねて逃げちゃって」
「それで昨日は失敗だったんだ?」
「うーん、というか昨日は、わたしが足手まといだったから……」
クイシェが思い出している姿と深鷺が思い浮かべている嵌り岩にはかなりのズレがある。クイシェは正直ちょっと気味の悪い姿を説明することを避けていたし、深鷺はデフォルメ的なフィルターがかかっているため、2人の脳裏には生々しい肉のミミックと、コミカルに弾け飛ぶ嵌り岩がそれぞれ映し出されていた
会話自体はいつも通りだ。
深鷺が質問責めにしてしまいがちなのもいつものことなのだが…………どうもクイシェはなにかを気にしているような、そんな気がする。
ちょっとした違いなのだが、深鷺はそれを敏感に感じ取っていた。
(寝ぼけていきなり抱きついたせい……かなあ……?)
術の為に頭を抱きしめるのとは違い、いきなり抱きつかれれば驚きもするだろう。むしろ意識がはっきりしてきたときは自分が驚いたくらいだ。
クイシェはそのまま【言語移植】を使ってくれたが、そのときの様子はどうも変だった。というか自分の様子も変だったろう。流石に素面とは違い、寝ぼけた状態で抱きついてしまったのははずかしい。しかも妹と間違えて、だ(クイシェのサイズはいろいろと美鴇と似ているので、間違えたのはしかたないかもしれないとも思っている)。
まあ、単に連日の狩りで疲れているのだとも考えられる。きっとそのせいか――――あるいは両方だろう。
あまり考えても仕方ないと深鷺は、あとでクイシェの足でも揉んでげようかな、などと考える。
ふと、妹のことを思い出した。
(あ――そういえば、トキちゃんの顔を見たのはひさしぶりになるんだなぁ)
同じ学校の同じ学年に通う以上、イベントごとなどもほとんど同じタイミングであり、お互いに顔を合わせない日が続くことなど、ケンカをしていてさえそうそうあることではない。
どこに行くにも一緒、とまでは行かないが、どんな日であっても一緒にいる時間があった。どちらかが旅行に行った時でさえ、顔を合わせないのはせいぜい2日ほどだ。携帯のメール機能などでコミュニケーション自体はとることもできた。
完全に妹と離れることになったのは初めてといってもいいかもしれない。
(でもまあ、夢でも顔が見れたから良しとしようっ!)
深鷺は実際には会えない妹を夢に見ても、思ったよりホームシックに陥らない自分のことを不思議に思っていた。
自分の寂しがりなところはよくわかっているつもりだったが、もしかして思っていたよりも自立できていた、のだろうか?
それとも、美鴇に怒られて、活を入れられたということだろうか――――
夢だったけど、妹から元気を貰った気がする。そんな深鷺だった。
↑↓
『家に帰ること』
紙に書かれたその文字が目に入ると同時、深鷺に抱きつかれていたクイシェは、寝ぼけた深鷺の声を聞いた。
異世界の言語を理解することは出来なかったが『トキ』という言葉には聞き覚えがある。
この数日間の間に、2人は少しだけそれぞれの家族についての話をする機会があったのだ。
とはいえ、クイシェには両親も兄妹もいないため、あまり弾む話とはならなかった。
質問したことを謝る深鷺だったが、クイシェは世間一般で言う家族というものではないものの“この村のみんなが家族”という感覚でいる。気にすることはないとフォローし、深鷺もこの村の温かさを身をもって知っていたので、それ以上なにかを言うことはなかった。
深鷺の方は、こちらはこちらであまり家族のことを考えているとホームシックになりかねないと思ったため、紹介程度で終わる。そのときに知ったのが、
(ミサギちゃんの、双子の妹。ミトキで、トキちゃん……だったよね)
きっと深鷺は、元いた世界の、家族の夢を見ていたのだろう。
寝ぼけていたらしい深鷺が美鴇の名を、どういった言葉に繋げたのかはわからない。
聞けば教えてくれるかもしれないが、クイシェは聞かなかった。その声から、悲しげなニュアンスを感じ取っていたからだ。
深鷺がやってきた日のことを思い出す。
言葉も通じないほど遠いところで1人きりだなんて、きっと心細い。村から出たことすらほとんどない自分には想像も付かないが、自分なら寂しさだけで死んでしまうのではないだろうか――――そう思ったのは自分だ。
実際は、帰る方法が定かではないほどの遠さだった。
異なる世界に行くというのは、たとえば絵本の中に入るようなものだという。ともすれば、二度と会うことが出来ないような距離なのだ。
本当は辛く深刻な事態なのに、深鷺が明るいから、そんなことも忘れていた。
(……違うよね。わたしが浮かれてるんだ)
クイシェは自戒する。
同い年くらいの女の子が急に現れて、嬉しかった。
友達になってくれるかはまだわからないけど、こうして仲良くしてくれるだけでも自分にとっては充分なほど幸せだ。深鷺は明るく元気だし、異世界の話も面白い。
(わたしの話も興味深そうに聞いてくれるし、料理を美味しそうに食べてくれるのも嬉しいし……)
クイシェは深鷺が来てからというもの、深鷺のことばかりを考えている。
しかし、本当にそうだろうか?
(ミサギちゃんのことを考えてるけど、自分のことしか考えてない……)
クイシェは浮かれている自分と、辛い立場の深鷺を比較して、急速に落ち込んでいった。