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#41話:コハラミトキと寂しい気持ち

 

 

 ぼんやりとした思考。

 ぼんやりとした視界。

 ぼんやりと思い出す。

 

 ――――お姉ちゃん。

 

 声が聞こえる。

 

 ――――お姉ちゃん?

 

 産まれた時から知っている、この声は?

 

「――――ねえ、お姉ちゃん。どうしたの?」

「え? あ、トキちゃんだ…………あれ?」

 

 深鷺の目の前には双子の妹美鴇(みとき)がいた。

 

 瓜二つというほどには似ていない。双子だといえば「あんまり似てないね」と人は言い、双子だと知らない人からは「そっくりだ」と言われる程度だ。

 

「いや、なんか……なんだろ? ……トキちゃんはかわいいよね!」

「なんだかわからなくなったからって、急に褒めないでよ……」


 深鷺としては、瓜二つではなくて良かったと思っている。

 なぜなら、生まれた時から見続けているこのかわいい妹の顔が自分と同じ顔だったら、自分がまるでナルシストみたいだからだ。

 ある程度似ていないことで、思う存分、気兼ねなく褒めることが出来る。


「だってトキちゃん、褒めたら伸びるタイプでしょ?」

「あ、じゃあ身長を褒めてほしいな」

「程良く小さいよね!」

「双子なのにどうして大きいのさお姉ちゃんはっ!」

「あははー、お姉ちゃんだからかな!」


 何が誇らしいのか胸を張る深鷺も、背が高いと言えるほどの身長ではない。美鴇が小さいのだ。目線の高さが明らかに違う程度には差がある。

 美鴇は拗ねたようなそぶりを見せたが、すぐに心配そうな表情になった。


「で、本当にどうしたの? 調子悪い?」

「んー……ぼーっとしてた?」

「魂抜けたような顔してたよ」


 うーん、と腕を組み首をかしげる深鷺。思い出そうとするが、思考にもやが掛かっっているように、なにも思い出せない。

 なにか、色々なことがあったような気がしているのだけども。


(……“あった”? ……考えてた、じゃなくて? ……だよね?)


 夢でも見ていたのだろうか――――歩きながら? それもないだろう。考え事をしていたんだと、思う。


「たぶん何か考えてた。でもなにを考えてたのか忘れちゃった」

「ボケボケして……車に轢かれちゃうよ?」


 ここは通学路だ。毎日2人で下校しているわけではないが、今日は仲良く歩道の上を並んで歩いている。

 あきれ顔で姉を見る妹はさりげなく車道側を歩いていた。

 深鷺はそのことには気が付かずに、忘れたらしきなにかを思い出そうとしている。


「なんだろう……忘れたってことは忘れててもいいことかなあ」

「忘れたってことは、思い出さないと駄目なことだと思うよ」

「そう?」

「たぶん、忘れてもいいことだったら、忘れたこと自体忘れちゃうもんだよ。テキトーな意見だけど」

「むう」


 てきとうなことであっても、それっぽく言われてしまうとそのような気がしてくる深鷺だった。

 しかし深鷺は言われたことに感心しているうちに、何を思い出そうとしていたのかもよくわからなくなっていた。いや、もともとわかっていなかっただろうか?

 

 それこそ夢の内容を思い出そうとしているかのようだ。思い出せるような気はするのに、まったく思い出せない。内容は憶えていないけど、そのとき感じた気持ちだけが残っている、ような。

 

 ――――では、その気持ちとは?


 そんな深鷺の様子を見ていた美鴇は、足を止めると両手を腰に当てた。信号待ちだ。深鷺もつられて足を止める。

 美鴇は深鷺の顔を横から覗き込むように見上げながら言った。

 

「まったく、そんなにぼんやりしてて大丈夫かな?」

「なにが?」

「来週のテスト」

「ひう」


 しゃっくりに近いような声を出した深鷺は一瞬固まり、しかし大丈夫と返す。


「わたしにはとっても頭の良い妹がいるから!」

「ふーん? 勉強を教えてもらえると?」

「ほ、ほら! 背とか伸ばしてあげるよ! ――――撫でやすい位置にある頭が超プリティ!」

「バカにしてるとしかおもえないっ!」

「愛でてるのに……!」


 実際に頭を撫でる深鷺と、文句をいいつつもされるがままの美鴇。信号が青に変わったので、2人は歩みを再開する。


「ふう、しかたないなあ。いつものことだし、いいけど、でもお姉ちゃん、別にそんなに成績悪いわけじゃないし、今回も別に赤点だー、ピンチー、とかじゃないのでしょ? そんなに成績とか気にしなくてもいいと思うんだけどな」


 ウチってそんなに厳しくないじゃない?


 そう続ける美鴇に、深鷺は同意する。別に無言のプレッシャーを受けている気分になっているわけでもないし、誰かと競っているわけでもない。

 じゃあどうしてよ、と問う妹に、姉は姉らしく答えてみる。


「…………姉の威厳とか?」

「教えてもらう時点でどうなの」


 まったく姉らしくなかった。

 しかたなく本当のことを話し始める深鷺。


「あー……とね、ほら、高校受験があるじゃない?」

「あるけど……随分気が早いよね? ……そうでもないかな?」

「そこでトキちゃんは頭が良いわけだ」

「はあ」


 実のところ姉より頭がいい、などととは微塵も思っていないので、そこは頷きかねる美鴇。そこは得意科目の差だろうと思うのだ。得意分野、というべきか。確かに五教科の成績はお姉ちゃんよりいいけども、と。

 

「するとレベルが高いところに行っちゃうでしょ」

「うん、まあ、そうだろうけど」

 

 それはつまりどういうことか、と聞いてみれば。

 

「一緒の高校に行きたいと思って」


 一緒の高校に行きたいと思って。

 台詞を脳内で反芻する。

 一緒の高校に行きたいと思うって……、


「恋人か!!」


 チョップでツッコミを入れる美鴇。


「あははは」

「……まあいいけどね。妹離れできてない姉だなあ」

「一生離れたくないかも」


 そう言って実際に妹に抱きつく深鷺。

 美鴇は抵抗せずに言う。


「……暑いから離れて欲しいなあ」


 やんわりとした拒絶の言葉に対して更にぎゅっと腕を締める深鷺は、まったく悪びれることもなく言い返す。


「今のうちからそんなこと言ってたら、この夏を乗り切れないよ?」

「いや、離れれば」

「妹離れできないんだもの」

「姉離れさせてもらえない……?」


 美鴇は歩きにくさを気にしながらもそのまま家まで帰り(はずかしい)、階段を上り(あぶない)、自室に戻るまでの間ずっと抱きつかれたままだった(さすがにあつくるしい)。

 いいかげん鬱陶しくなった美鴇が怒ると、深鷺は――――

 


  ↑↓



「ミサギちゃんー、ただいまーっ」


 早めに帰宅できたクイシェは、深鷺の声が返ってこないので、深鷺の部屋に向かう。


「……ミサギちゃん?」


 ノックしても反応のない扉を開くと、机に伏せて静かに寝息を立てている深鷺がいた。

 頬にインクが付いているかもしれないと、自分も経験があることからすぐに思い至る。付いていたら後で拭いてあげようと思いながら、机の上を見た。


(勉強進んでるかなー……ん?)


 ふと、一枚の紙が目に留まる。1行ごとに発音や翻訳が書かれている他の紙と違い、この紙だけは短い言葉や単語が、トーリア語だけで羅列されていた。


(変な人? クイシェちゃんのお師匠さん……ああ)

 

 とりあえず最初に目に入った単語の組み合わせには納得した。

 そして。


(友達……)


 目が釘付けになるクイシェ。


(『恩人』……『友達』……『テンシ』……て、テンシって、わたしのこと……? だ、だよね……??)


 目を見開いて単語同士を言ったり来たり、深鷺の方を見たりしながら、挙動不審になるクイシェ。


(ととととと、友達がテンシなの? 友達なのっ??)


 急に悪いことをしているような気分になり、今深鷺が起きたらどうしよう、などと心配しはじめる。かといって残りの単語を読まずに去ることも出来ない。なにが書かれているのか、友達という1つの単語のせいで俄然興味が湧いてしまった。


(ややややそんなきっと関係ない文字列だよ。ただ単語の練習をしてただけのっ)


 文脈が続いていない以上、単語の練習であるに違いないとクイシェは判断した。しかし湧いた興味は静まらず、次の単語も黙読する。

 

(『わからない』……なにが?)


 上の方は別の紙に隠されて読むことが出来ないが、引っ張り出せば読めるだろう。

 深鷺が目を醒ましてしまわないように、紙をゆっくりと、慎重に引き出す。

 

(『学校』……が、わからない?)


 直前に関係ないと否定したばかりだったが、それでもつい文字列に意味を求めて読んでしまうクイシェだった。

 紙の擦れる音は続く。


 次の単語を見て、クイシェは――――

 

 

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