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#38話:寂しい寂しくないのフィーリング

 村に着く頃にはすっかり日も暮れていた。

 山育ちとはいえ、プロの狩人たちと共に行動していたクイシェはヘトヘトになっている。明日も狩りが待っていると思うと、クイシェの体は休息や睡眠を求め始めた。

 しかし、このあと深鷺と話したいし、夕食も作らなければならないし、深鷺と話……それらの楽しみを放ってまで睡眠を得たいなどとは思えず、気分を切り替えて自宅へ向かう。

 扉を開けると、来るのがわかっていたのか、深鷺が待ちかまえていた。

 

「クイシェちゃん、たダいマっ!」

「お、おかえり? ミサギちゃん……逆だけど」


 微妙な顔をしているクイシェを見て、深鷺はなにか間違えたかと気になったものの、とりあえずいつもの抱き合いタイムへ。


「【言語移植(フレンズチャット)】」

「おかえりクイシェちゃん……ってそうか、逆だった!」

「あはは、ただいま」


 クイシェは立ち上がった深鷺をじーっと見つめている。

 

「……ん? なんか変なところある?」

「あ、ううん。気にしないで」


 クイシェは深鷺の様子を見てすこし落胆したことに、自分でも驚いていた。

 今日の午後、深鷺は1人きりでずっと部屋にこもっていたはずである。そのわりにはあまり寂しさの気配が感じられなかったことを、残念に思ってしまったのだ。


(そんなこと考えたら駄目だよ……!)


 急に目を逸らしたクイシェをすこし(いぶか)しみながらも、深鷺はクイシェを食堂へと促す。


「おなか空いたでしょ? 夕飯、勝手に用意しちゃった」

「ええっ?」


 食卓にはすでに料理が並んでいた。クイシェは一瞬自分が用意できなかった悔しさと深鷺が用意してくれていたことへの感謝がごちゃ混ぜになり混乱したが、すぐに立ち直って礼を言った。


「あ、ありがとうミサギちゃんっ。おいしそうだね?」

「あはは……材料がなにがなにやらわからなかったから、レシピ不明という恐ろしいメニューだけどね……でも味見はしたから大丈夫だよ!」


 深鷺はいつも外から帰ってくる側だったのもあるが、クイシェがいるときは食事を作らせてもらえなかった。

 それで鬱憤(うっぷん)がたまってクイシェがいない隙に……などと考えたわけではなく、単にクイシェが出掛けていて自分が家にいるんだから、作ろう、と考えただけではあるのだが――――結局は今まで作らせてもらえなかった分の、開放感のようなものを感じながらの調理となっていた。

 

 作ったのは、肉じゃが、らしきもの、である。

 どうやらジャガイモのように見える食材と、その他色的に未知の野菜類、なんの肉だかわからない肉、あとは調理用の酒があることは、最近クイシェの料理を見て知っていたので、おそらく肉じゃがが作れるだろうと判断したのだ。


 包丁などの器具は深鷺が知るものと大差なく、調理は順調に進むかに思えたが、途中で“醤油”がないことに気が付く。他の味付け方法を知らない深鷺は焦った。

 結局、目につくところにあった調味料類をいろいろ試し、なんとかまともそうな味付けに落ち着いたという代物だ。辛さで誤魔化せないかと試した経緯があるので、味付けは少し辛めになった。


(料理はフィーリングだよね……!)


 結果的に美味しければいいのだと、一応は美味しく出来たからこそ言える危険な結果論を胸に刻みつつ、クイシェに椅子を引いて席に着くことを勧める。


「さあどうぞっ」


 自分も席に着き、祈りの言葉を述べる。

 

「「――――今日の巡りに感謝します、いただきます」っ!」

 

 深鷺は自分で作った料理をぱくぱくと食べ始めたが、クイシェの方は一口目を口に運ぶ途中でピタリと動きを止めた。

 

 目の前には湯気立つおいしそうな料理がある。

 

 クイシェは、魔術が使えない深鷺がどうやって火を通した料理を用意したのか、その可能性に思い至ったのだ。


 深鷺がこの家の台所で料理をする上でもっとも大きな問題だったのが、コンロと鍋が魔導術版の電磁調理器であることだった。これが動かせないとどうしようもないのだが、深鷺は魔導術が使えない。

 深鷺が見た限りでは他に火を使えるような設備はなかったが、そのかわり、幸運にも深鷺の部屋に置かれた照明と同じような、スイッチ代わりの石らしきものが置かれているのをみつけた。

 恐る恐る深鷺が石を図形に合わせて置くと、術が発動し鍋が加熱されたので、深鷺は調理を行うことが出来たわけなのだが、それを聞いたクイシェは少し焦った顔になる。

 

「あの……ね? ええと……うう……」

「どしたの? ……あ、あれって触っちゃダメだった!?」

「……あの……ご、ごめんね! ミサギちゃんがわるいわけじゃないし、料理を作ってくれたのも嬉しいし!」


 まだなにを言われたわけでもないのに、いきなり謝り始めてしまった。

 クイシェを宥めつつ、どういうことなのかを聞くと、それは、深鷺がスイッチの石に触れた場合、石が壊れてしまうかもしれない、という懸念だった。

 

 コンロのスイッチ代わりとして使われた石は、深鷺の部屋の照明に使われている石とは比べものにならない、『魔涸石』という“超”希少鉱物だ。

 自然には魔力が蓄積しないという珍しい物質で、そのかわり人が魔力を流し込めば並の物質よりも遥かに大量の魔力を溜めておくことができる。


 魔導書同様、魔力を流し込んで使うものなので、もしかすると今朝のように粉々に吹き飛んでしまうかもしれないから、とクイシェは言う。

 

「グリモア紙と違って、割れたら危ないし……」


 午前中に行ったクジールとの実験で吹き飛んだ魔導書の紙は、かなりの勢いで飛び散った。あれが石で行われれば、小さな爆弾並の威力になりかねない。

 そうでなくとも魔涸石は、この特殊な環境の村においても10個も無い貴重品だ。壊れてしまう可能性は除いておきたい。

 クイシェも正確な金額は知らなかったが、村の結界の設置費用よりは高いはずだと、深鷺に教えた。

 

「さ、触らないでおくね!!」


 普通のそのあたりに落ちている石と見分けが付かないような石が、まさかそんな価値あるものだとは思っていなかった深鷺は青ざめつつ、二度と触れないでおこうと心に誓うのだった。

 

 

   ◇

 

 

「じゃあ明日も狩りに行くの?」

「うん、ごめんね……明日には決着つくと思うから」

「そっかー」


 カウス、ジェネット。2人とも優秀な狩人だ。クイシェは2人を信頼しているし、今日はむしろ自分が足を引っ張った部分もあった。

 クイシェを残して魔獣を追うことができるなら、半数以上を捕らえることはできたかもしれない。それによって残りの嵌り岩が、多数が囚われている方に集まると決まったわけではないのだが、それを確認することはできただろう。


 明日は万全を期して、人員も増やして挑む事になるし、クイシェも一応使えそうな術を持って行くつもりだ。恐らく使う機会は無いだろうが、万が一の失敗を考えると術の選択は吟味しなければならない。 

 失敗が続けば、それだけ深鷺と一緒にいられる時間が減るのだから。


(だいふ軽い相手だし、【狭風檻】とかがいいかな。気絶するようなタイプには見えないから衝撃っぽい術はあんまり意味が無さそう。【蕾土】で捕まえるのは、わたしの脚じゃ無理だし……あーあ、こんなことがあるなら、なにか便利な術でも作っておけばよかった。それとも、今から作ってみようかな……明日までなら間に合う……でも、徹夜になっちゃうなあ……)


「――――クイシェちゃーん?」


 考え込んでいたクイシェの向かいの席では両手をブンブン振りながら気が付かれるのを待っている深鷺がいた。


「……あっ! ごめん! なに!? 聞いてなかった! ごめんね!?」


 どうやら小さな動きでは気が付かれなかったのでだんだん大きな動きへシフトしていったらしい。深鷺は、それはそれで楽しそうにしていたが。


「両手で気が付いちゃったか……かくなる上は踊ろうかと思ったのに」

「踊るの……?」

「ふふふ、次回をお楽しみに!」


 ちなみにクイシェが考え事をしている時に振った話題は、狩猟に関してのあれこれだったのだが、明日も狩りに出るようだから明日聞けばいいか、と思いなおした。


(明日も1人かあ……)


 考え事をしているクイシェの気を引こうとしてみたり、狩猟に関しての話を聞いてみようとしてみたりしつつ――――クイシェの自己嫌悪など知らず、しっかりと寂しがっている深鷺だった。



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