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#37話:前向き、跳ね飛び、影の中



「シーぜぃむ、ぐウェすトら、あー、ロあむ……ろァむ……」


 深鷺の部屋では、相変わらずつたない言葉が発し続けられていた。

 大陸東部で多く使われている言語、トーリア語の発音だ。


 絵本の内容を書き写し、発音を平仮名に当てはめたリストとにらめっこをしながら唸る深鷺。

 リストを伏せると、本を開いて読み進めていく。同じ事を半日も続けているので、数ページ分はそろそろ内容を暗記できそうなのだが、発音の方はどうにも覚えが悪い。【言語移植】の効果中はあんなに簡単に口が回るのに、効果が切れた途端舌の使い方まで忘れてしまうのだ。

 

 そして、気が付いてしまった。

 この言葉を覚えたとしても、もし元の世界に返るための手がかりが他の言語圏にまで行かなければ手に入らない場合、その言葉も覚える必要があるだろう、ということに。


 しかし、深鷺は奮起して勉強に取り組んでいた。


(こんなに人に恵まれてて、最初から躓いてるわけにはいかないしね!)


 まだ1週間ほどしか滞在していないが、このクアラ村の住人たちはクイシェを始め、皆優しい人ばかりである。

 見ず知らずの人間が見知らぬ土地になんの知識もなく放り出された、という前提から想像できるその人物の顛末として、現在の自分はとてつもなく恵まれているだろう。なにせ、衣、食、住、職、人、全てがそろっているのだから。


 時代が時代で場合が場合なら、人によってはこのままここで暮らしていきたいと思う者もいるのではないだろうか。そう考えてしまうくらいの好待遇である。

 しかしその上でなお、深鷺は元の世界に還りたいのだ。

 謎の召喚儀式場を突き止め、元の世界へ戻る方法を探したい。

 そして、そんなわがままにも協力してくれている人たちがいるのだから、言葉の壁の1つや2つで立ち止まっているわけにはいかないのである。

 

 村人たちの好意に後押しされる形で前向きに、精力的に物事を考えている深鷺だった。


「ピッ?」

「……ん?」


 机の端で丸まっていた(のか普段通りなのかあまり区別が付かないほど毛むくじゃらな)黒毛和牛が、急に首(らしき部分)を(おそらく)上に向けて一声鳴いた。

 今の今まで一鳴きもせず、微動だにもしなかった黒毛和牛のちょっとした動きに、深鷺は興味を抱く。


「どうかしたの?」


 黒毛和牛が向いたと思われる方向を見てみても、天井しかない。


「……」


 黒毛和牛は首の向きを変えずにいたが、しばらくすると元の姿勢に戻り、再び微動だにしなくなった。


「……なんだったの?」


 寝ぼけていたのだろうか。


「まあいっか」


 気にはなったが、気にしても仕方がない。気分転換になったと思って、勉強を再開する深鷺。

 ふと窓の外を見ると、だいぶ日が傾いているようだった。


「って、もうこんな時間かあ……クイシェちゃんの狩りは終わったかな?」



  ↑↓



「…………」

「…………」

「…………さ、帰ろうかね」

「くっ……」


 諦めるよう(うなが)すジェネットに、悔しそうな表情で応じるカウス。

 あのあと、クイシェの超感覚により追跡を繰り返し、逃げた嵌り岩を2度見つけるに至ったが、最終的に捕まえられたのは6匹だけだった。

 そう、6匹だけだ。

 6匹捕まえたのだから充分だろう、と考えることはできなかった。

 

「クイシェ、どういうことなんだあれ。嵌り岩は群生の魔獣だったのか?」


 最初、バラバラになって逃げ出した嵌り岩を見たカウスはクイシェにそう疑問を投げかけた。

 クイシェは申し訳なさそうにしつつ、答えを返す。


「いえ、あの……魔獣の反応は1つだけでした。だから、たぶん……あれ全部まとめて、1匹だったんだと思います」

「ってことはあれか。逃げた全部を捕まえないと駄目だって事か?」

「……そりゃ面倒だねえ」


 身を隠すため岩に擬態し、壁面を移動可能な足を持ち、衝撃を与えれば分裂して飛び跳ねるように逃げ回る。


(捕まえられる気がしないよね……?)


 クイシェはまだ闘志を燃やす2人(というかおもに1人)とは対照的に諦めムードだった。

 なにかの冗談のようにはね回り、一瞬で視界の外へ逃げ去ってしまう嵌り岩。カウスは苛立ちをその名前へとぶつけている。


「誰だよ嵌り岩なんて名付けたやつは……はじけ岩だとか跳ね岩ってつけておけよ……」

「ゴリリゴンじゃなかったのかい?」

「うるせっ」


 茶々をいれるジェネットは、捕まえた1匹を片手で持ち、重さを計るように振った。

 大きさは片手に乗る程度だ。バラバラになったそれぞれの大きさは一定ではない。

 分離した嵌り岩は、魔獣というよりも魔虫――――昆虫的な要素が多いように思える存在だった。岩に見える固い殻の内側には、無数の細かい脚と数本の細長い脚が生えている。長い方が跳躍用だ。本数は個体ごとにバラバラだ。

 岩部分はまさしく岩そのもので、岩を刳り貫いて被ったのだと考えた方が自然なくらいだ。ただし、岩とは思えないほどに軽い。

 対して、肉部分はかなりの弾力性があり、そこらの木に投げつければそのまま跳ね返ってくるだろう。


「見た目に反してかなり軽いねェ。まあそうでもなきゃ、こんな細足であんな跳ね回るような動きは不可能だろうけどさ」


 ミミック系の魔獣は人に素手で掴まれただけでも逃げる術がほとんどなくなってしまう。脚部を覆うように掴むとあの跳ね回る脚で手が弾かれてしまう可能性もあるが、頭の岩部分を掴んで吊してしまえば、足をどれだけ動かしたところ宙を蹴るばかりである。

 

「事前に準備さえしてくればこんなやつら……」


 カウスはいつまでも悔しそうにしている。

 今回自分の役目は護衛役に過ぎない――――カウスがそう言っていたのは、ミミックタイプは一般に見つけ出すことこそがもっとも大変な作業であり、捕まえるのは発見に比べれば遥かに容易いことであるとされているからだ。

 しかし、クイシェはいともたやすく発見しているのに対して、自分たちは容易い方であるはずの仕事もこなせていないということに、自分への憤りを隠せないでいる。

 初見の相手を狩り損ねるというのは、言ってしまえば当たり前のことではあるのだが。

  

「ま、今日の所はここまでさね」

「ちくしょう負けた! 明日は確実に捕らえてやる……!」

「え、明日もやるんですか……」


 明日もミサギが居残りだと思うと少し憂鬱になるクイシェだった。


「負けっ放しでいられるか! あれは、やれば勝てる相手だ!」


 唯一の救いか、あるいは難点か、判断しがたいところではあるが――――どうやらバラバラになった嵌り岩たちは短時間で再集結することが確認できた。

 それがなぜ難点かというと、元が1匹の生物であるため、もしかすると長時間分かれていることで死んでしまうかもしれないと予想できたからだ。バラバラになると、生存に必要な部位が別々の場所にあることになる。確実なことではないが、それは魔獣に関する過去の事例から思い起こされたことだった。

 

 つまり、バラバラになった嵌り岩を1匹1匹探し回ることはしなくてもいいが、1度に全部捕まえなければ……すくなくとも半数以上を捕まえなければ、重要な器官が足りない方、あるいは全体が死んでしまう可能性があるということだ。

 いまのところ、半数以上を捕らえることができればそこが部品たちの集結地点となるだろうと3人は考えている。あるいは核のような個体(部品?)が存在していて、それを捕らえる必要があるのかもしれないが、どちらにせよ半数を捉えれば二分の一の確率で核も確保できるだろう。

 

(分かれた岩の数と大きさからして、岩部分を身につけていない個体が何匹かいる感じなんだよね……それらが核かもしれない、かな? でも魔力量は均等だったし……)


 クイシェはジェネットが最初に捕まえた1匹を若干気味悪そうに掴んでいたが、それを地面に降ろす。

 せっかく捕らえた6匹だが、今日の所はこのまま逃がしてしまうことにした。

 魔力の特徴はクイシェが念入りに記憶しておいたので、次回も探すこと自体は楽に済むだろう。

 こうして今日の捕獲は不可能と判断し、一旦村に引き返すことにした3人だった。



  ↑↓



 夕暮れの空の下。


「あの使い魔、なかなか鋭い」


 小屋が落とす影に潜み、クイシェの家を遠くから見つめる瞳があった。

 瞳の視線は遠方へと移り、村の外へ。

 そこには山奥から現れた3つの人影がある。


「今日の所はここまで」


 視線の持ち主は、夕闇のなかへ溶け込むように消えた。



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