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#36話:嵌り岩ちょっとだけ狩猟戦


 とある廃坑寸前の鉱山で、高価な宝石の原石が見つかった。

 鉱山夫たちはお宝を掘り当てたと喜び勇んで原石を掘り出していく。

 そうして集められた原石をいざ職人が加工し始めた瞬間、その“ミミックたち”は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまったという。


「偽物……っていうか、魔獣だって気が付かなかったの?」

「うん、それがね。いくつか捕まえた原石を調べてみたら、やっぱりその宝石しか思えない、というかほとんどそのものだったんだよ。擬態というより、宝石と同化して生まれた魔獣、みたいな――――」



 クイシェはお昼に深鷺と交わした会話を思い出していた。2人の狩人がにらむ先にいるミミックも、同じタイプなのだろうか。少なくとも表面から見る限りは本物の岩そのものだ。単純な視力では、どう見たところで岩なのである。

 クイシェの超感覚では、そこから感じる魔力で魔獣がいることは一目瞭然なのだが、そうでなければわからないのが当然だろう。


 もちろんクイシェには狩人たちの経験や知識を侮っているわけではない。足跡の追跡くらいならまだ見た目にも理解できるが、足跡ではないものまで追跡する狩人たちを見ると、それこそ魔術でも使っているのではないかと思ってしまいたくなる。

 目の前の2人が優秀な狩人だということは知っているので、これは魔獣の擬態能力の高さを褒めるべきなのだろう。


 ただ、少なくともカウスは出発前、護衛役に甘んじるという事について『良いもなにも、見つけにくい魔獣が相手ならクイシェが1番だろう』などと言っていたではないか。にもかかわらず、これはいったいどういうことなのか。


 2人の狩人はかなり長い間、日の傾きがわかる程度の時間、じーっと岩山を凝視し続けていた。


 いいかげん待つのにも疲れてしまったクイシェは、2人に声を掛ける。

 

「……あのー、もうそろそろいいですか……?」

「ま、まってくれ。もう少しだけ……」


 往生際悪く、カウスが粘ろうとする。その両眼は見開きすぎて血走っているほどだ。途中からは魔術で視力を強化もしていたから、それなりに負荷がかかっているだろう。

 あまり長時間の強化は体にも良くないとクイシェは(さと)そうとするが、先にジェネットが折れた。


「……いや、いいよ。悪かったね待たせて」

「いえ……」


 クイシェは待てと言われていたわけではない。ただ2人が、どうしても嵌り岩の位置を自力で見極めたそうにしていたので、その意思を尊重していただけである。


「ほら、アンタも諦めな。今回は修行不足だったってことさ」

「くっ……わかったよ」


 ジェネットはカウスの肩を叩き、気持ちを入れ替えるとクイシェに向き直る。

 

「ところで、結局どの岩が嵌り岩なんだい? このまま適当に近寄って適当に捕まえられるならそれで良いけど、ミミック種は予想外の事をするやつが少なくないからね。できれば先に位置は知っておきたい」

「えーと……」


 光を飛ばして位置を示す、などの方法もあるが、それに反応して逃げられてしまう可能性もある。

 そこでクイシェは絵を描くことにした。

 

「【誘魔浮青虫】」


 わずかに魔光を発したクイシェの手のひらから、青く透き通る無数の粒子が浮かび上がった。青粒には実体はなく、青く色付けされた空気の玉が浮いているようなものだ。量は、ちょうど砂粒を両手ですくいあげたほどだろうか。

 

「なんだいそれは?」

「えーとですね……こうやって使います」


 クイシェは指先に魔光を灯した。魔術を使う為ではなく、単に指先の魔力を活性化させただけだ。

 そのまま宙に浮いている粒に指先を近づけると、周囲の粒が吸い付くように集まってくる。

 

 クイシェが自分から見える景色をなぞるように大きく腕を動かすと、指先の動きに対して追いつけなかった青粒が軌跡として残り、線となった。この、青粒が集まる速度と範囲の調整が、この術のポイントだ。

 集まる速度を上げすぎるとどこまでも付いてきてしまい、指の軌跡が線として残らない。範囲が広すぎると、せっかく描いた線が歪んでしまうのだ。

 

 この場に深鷺がいれば、砂鉄と磁石で絵を描いているようなものだと理解しただろう。

  

 「基本は【浮灯虫】なんですけど、光の代わりに、結界の色付けに使う術式を使ってみました。浮き虫の数を増やして、活性魔力に吸い寄せられる術式をつけたら、できあがりです。宙に絵が描けるんですよ」

 「またアンタは……さも簡単そうに術を作るねェ」

 

 欠点としては、絵を描くために指先に集中した魔力を活性化するスキルが必要なところだ。

 

 クイシェはサクサクと線を引いてゆき、青粒が足りなくなると術を使い足した。そうして数分後にはシンプルな線が木々と岩山を縁取る示すかなり大きな絵が完成した。ベッドほどの大きさがある。

 

「……おまたせしました。えーと……木のてっぺんとか峰の位置が、絵と風景で一致するように覗いてみてください。下の方の点が……ええと、色つけますね」


 クイシェは青い粒の1つに【赤っぽい】を使用し、色を変えた。


「この赤い点が、嵌り岩です」


 促された2人は、青い半透明色で宙に描かれた絵を、クイシェと同じ位置から覗き込む。下部に赤でマーキングされたところには、何の変哲もない岩があった。


「あたしゃあの上のかと思ってたんだがね……」

「俺はこの左側のやつだ……ほら、この尖り方は不自然じゃねえか?」

「……行きますよ?」


 未練タラタラな2人を置いて先に進もうとするクイシェ。素人に先行させるわけにはいかないと、慌てて2人も歩き出した。

 

「クイシェはあたしの後ろをついてきな。カウス、岩壁の上を頼んだよ」

「まかしとけ」


 ジェネットは相手の生態がいまいちよくわかっていない現状、岩壁を垂直に駆け上がる可能性も考慮し、カウスを上に配置することにした。縄縛戦闘術に長けたカウスなら縄を利用して壁を駆け下りることも可能だ。

 

 今回は討伐ではなく生け捕りが目的であるため、ジェネットは矢尻用の麻酔薬、投網、【閃光爆書】などの装備も持ってきているが、岩相手に矢が有効とは思えず、とりあえずは投網を放ることにする。単純にそれで引っかかってくれれば良し、逃げ出すようであれば多少痛めつけたところを縛り上げる、ということになるだろう。

 

「クイシェには一応、いざというときの支援を頼むかね」

「わかりました」


 カウスが配置に付いたのを確認して、ジェネットは移動を始める。

 じりじりと近づいていき、残り10メートルを切ったあたり。

 急加速して近寄り、動きを見せた岩に向けて投網を勢いよく放った。

 

「避けた!」


 投網の外側へ飛び出した岩を見て、ジェネットが舌打ちする。

 岩からまるで虫のような足が生えていた。穴から飛び出したそれは壁面にへばり付き、カサカサと這い登る。

 とても人1人がすっぽり入ってしまうほどの大岩とは思えない動きだ。自重を支えているとは信じがたい足の細さと、その速度――――


「カウス!」


 ジェネットが叫んだ。すでにカウスは岩壁を飛び降りており、木に結んであるロープを掴み、振り子のように壁面を駆けると、両足を壁から離し、嵌り岩へと突っ込んだ。

 

「落ちやがれ!」


 気合いと共にカウスの両足が岩を蹴り飛ばす。

 同時に空いた手から放たれていたロープが嵌り岩に打ち付けられ、先端のフックがが嵌り岩を軸に回り込み、カウスの巧みな手さばきによって嵌り岩を縛り付けた。

 しかし、壁から剥がされた嵌り岩は、予想外の動きに出る。


「……なんだあ!?」


 嵌り岩はバラバラに砕けてしまった。が、それだけではない。バラバラに砕けた岩がそれぞれ跳ね飛ぶように移動を始めたのだ。

 深鷺がその動きを見ていれば、スーパーボールみたいだと評しただろう。

 手応えのないロープを引き戻し、そのまま宙に弧を描くカウス。


「ジェネット! 弓!」

「ええいわかってるよ!」


 10数匹に分かれた嵌り岩は、割れた位置から岩の内側をさらけ出していた。そこは岩ではなく生き物としての柔らかさを備えているようだと見抜いた2人は、麻酔の矢が効くだろうと 判断したのだ。

 素早く弓を構え、矢をつがえる。狙いを定め、跳ね回る岩嵌りのうち1匹を射る。


「――――!」


 悲鳴を発したかどうか、射られた嵌り岩は地に墜ちてそのまま鈍い動きを見せた。

 しかし、その1匹を射貫いている間にも他の個体は逃げてゆく。

 遅れてカウスが地面に着地する。

 バラバラになったどれを追うべきか迷う、そしてその動きが意外と素早いため、クイシェを連れては全てに追いつくことはできないと判断した。

 クイシェを置いて追跡するわけにもいかない。

 

「ちくしょう、逃げられた……」



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