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#35話:ふたりの待ち時間



「るぇ、せぁり、おーふぁ、ろー、あす、もあ……むおあ? ……むぉ、あ………………むぉあ?」


 クイシェの家の自分の部屋で、深鷺は自分で書いた文字とこの世界の文字を見比べながらひたすら発声練習を繰り返していた。

 机に広げているのは子供向けの物語が描かれた絵本である。

 

 まず、クイシェが出掛けるまえに【言語移植(フレンズチャット)】をかけてもらった。

 最初の2時間ほどで物語を読みながら日本語に翻訳し、同時に読み方をメモしてゆく。

 【言語移植】の効果が切れたあとは、それを元に物語を音読する。

 あとはそれをひたすら続けていき、この世界の文字と言葉を覚えようとしているのだった。


「うーん……それにしても不思議な感じ」


 直前までは内容を完璧に理解していたのに、術の効果が切れた途端まったくわからなくなってしまうという喪失感は、少し怖い物があった。部分的記憶喪失のようでもある。もちろん喪失したのではなく、増えていたものが元に戻っているだけなのだが。

 

 自分で翻訳した文章を自分の語学の教科書代わりにする、なんて体験はそうそうできる物ではないだろう。

 珍しい体験ができているのだから、と得をしたような気分でいることにした深鷺は、発音を繰り返し繰り返し、憶えられるように念じながら発している。


 クイシェ不在の間、深鷺は村の手伝いをするのではなく言葉を覚える事に専念することとなった。クイシェがいないと言葉が通じない、という状態を早めに克服した方が良いとのフリネラの判断だ。

 お手伝い自体はなくても村の研究は回っていたんだから気にしなくて良い、とのことだった。


 深鷺としては自分の勉強だけでは働いているとは言えないし、なるべくなら1人にはなりたくなかったので、可能ならお手伝いを優先させたかったのだが、早く憶えた方が深鷺のためになるとフリネラに断られてしまった。

 

(まあ、つまり勉強に集中していればいいんだよ)


 とはいえ、じっと集中して机に向かうタイプの勉強は苦手である。そういうのが得意なのは双子の妹の方なのだ。


(トキちゃんどうしてるかな……)


 と、さっそくホームシックになりかけて頭を振る深鷺だった。



  ↑↓



(ミサギちゃんどうしてるかな……)


 同時刻、似たようなことを考えているクイシェは山中を2人の狩人、カウスとジェネットに守られながら歩いていた。


 ジェネットは年齢で言えばカウスと同世代だろうか、この村では少数派である人間の狩人だ。短髪と瞳は銅色で、身長はカウスよりもあたま1つ低いが、人間の女性としては高い方だろう。

 狩人らしく鍛えられた体が生み出す動きは、外見上は息子ほどの年齢であるカウスにひけをとらない若々しさがある。

 目立った装備は背負った弓と矢筒だけで、あとは腰にポーチを2つつけていた。


 カウスのほうはいつもの複合毛皮の上着姿だ。腰に短刀を差し、反対側の腰と背中には狩猟縄を装備している。


「おーいクイシェ、ぼーっとするなよ。転ぶぞ?」

「あっ、ごめんなさい」


 進路を遮るように出されたカウスの腕に反応して、歩みを止めたクイシェ。

 目の前の地面にはまるで足を引っ掛けるために生えているのではないかと思えるほど見事な根っこが地面から浮き上がっている。実際そういう植物もあるという話だからこれもその一種なのかも、とクイシェは思ったが、カウスの反応を伺うとどうやら違うらしい。


「あんまり油断しすぎるなよ? 向こうから襲いかかってくることはないだろうが、他の魔獣がいないとも限らないぞ……ってまあクイシェがそれを見逃すわけはないか」


 3人は山奥を歩いている。クイシェの超感覚を頼りに獲物を追っているのだ。

 

 事の発端は、深鷺は隠れていた斜面に空いていた横穴にある。

 深鷺の話を伝え聞いた村の財務担当者であるキルエイがその穴のくだりを聞いた時、とある金になりそうな魔獣の存在を思いだしたらしい。

 

 (はま)り岩。

 詳細は不明。


 恐らくこういった生態であろう、というものが予測されてはいるが、目撃例が少なく、情報を集めてみても信憑性の低い、噂程度のものしか集まらない、そんな魔獣だ。ミミックタイプとしては珍しいことでもない。

 岩や壁面に擬態するタイプのミミック系魔獣で、まさに名前の通り岩山などに(はま)っているらしい。


「しかし思うんだが、魔獣の第1発見者どもはどうしてこうセンスのない名前ばかり付けるかね」

「そりゃ、みょうちくりんな名前を付けても憶えにくいからじゃないかねェ」


 ジェネットがすかさず答えたが、カウスは続ける。

 

「にしたところで見たまま過ぎるだろうがよ。六足狼猿にしたってそりゃ6本足で狼顔の猿だって、わかりやすいっちゃ分かりやすいけどよ」

「それのなにが不満なんだい」

「ゴリリゴンとかじゃ駄目なのかと」

「……それがアンタのセンスあるネーミングなのかい」

「あ? 駄目かゴリリゴン」

「……ま、良いんじゃないかね。ようは、アンタが自分で未発見の魔獣を見つけて好きに名付けりゃいいのさ」


 ジェネットはさして興味もない雑談に終止符を打った。カウスの方も特に気にせず、足を進めてゆく。雑談中であっても2人は一切気を抜いてはいない。

 

「あ、ありました。追跡する魔力は間違えてなかったみたいです」

「さすがクイシェだね」


 ジェネットの褒め言葉に照れ笑いを返すと、クイシェは目を閉じた。意識を集中させ、どの程度この場にいたのか、ここからどこへ向かったのかを感じ取ろうとする。

 クイシェが見つけたのは、斜面に空いた穴だ。印象的だったのでよ憶えている。その穴は深鷺を初めて見つけた場所にあったものとそっくりだったからだ。 

 

 3人はまず最初の手がかりを得るため、先日最初に深鷺を見つけた地点へと足を運んだ。そして穴に残る僅かな魔力の残滓(ざんし)から魔獣のものらしき痕跡を特定し、辿ってきた先にこの穴に辿り着いた。この穴は(はま)り岩が岩に擬態する際に掘った穴なのだろう。

 クイシェが目を開いたのを見て、カウスが訪ねる。


「なにかわかったか?」

「はい。えーと……たぶん、1つの穴にいる期間は10日前後だと思います。この場にいたのはおそらく8日前ほど前までなので、次の穴で追いつけそうですね」


 わかりすぎだろう、と狩人2人は思ったが、口には出さない。


「思ったより早く終わりそうだな」

「なにいってんだい。ミミック相手に油断するんじゃないよ」


 クイシェのおかげで簡単に見つけられるとしても、捕まえるのに失敗するようでは意味がない。

 

 

  ◇

 

 

 3人は深鷺を発見した場所から先ほどの穴までとほぼ同じくらいの時間を掛け、嵌り岩が視認できるであろう位置にまでやってきた。

 今回は急斜面ではなく岩壁が広がっており、そのどこかに嵌り岩がいることになる。


「このあたり……ここから見て、あっちのほうにいるはず……あ、あの岩ですね」

「……どの岩だ?」


 相手に気が付かれないようかなりの距離を空けているため、指を指すだけでは特定できなかった。この距離からではおよそ深鷺がすっぽり入る程度の穴に嵌る岩のサイズだと、指の先でも隠せてしまう。

 

「……岩があるようにしか見えないねェ」

 

 狩人2人も、ただなんの工夫もなく見ているだけではない。知識と経験を総動員し、周囲にあるどんな僅かな痕跡でも見落とさぬようにと注視しているのだ。(はま)るために掘られたであろう土の痕跡や、移動の際に残るであろう足跡、周囲の岩との相違点……

 

 だが、なんら感覚に訴えてくる異常は見当たらず、感じ取れず、そして指し示された岩がどれなのかもわからない。

 岩に化けていたであろう8日間で痕跡が消えてしまったのか。

 クイシェには見つけることができて、自分たちには見分けが付かないということが、狩人としてのプライドを少なからず傷つけようとしていた。


「…………」

「…………」

「……えーと……」


 穴が空きそうなほど前方を注視する2人にどう声を掛けて良いモノか迷ったクイシェは、とりあえずミミックに動きもないようなので、2人が満足するまで見守ることにした。



  ↑↓



 黒毛和牛が窓際で気持ちよさそうにのびている。


「りえーあー……りぇーあー…………ふう、口がまわんなくなってきた……クイシェちゃんまだかなー」


 深鷺は自室でひたすら発声練習を続けていた。




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