#34話:年の差押しかけと第4のステータス
「わたしが知ってるミミックって、宝箱に擬態した人食いおばけ、みたいなのなんだけど……」
某ロールプレイングゲームに登場するモンスターを思い出しながら、深鷺はかぼちゃのような煮物を口に入れる。
「えーと擬態っていうのは合ってるよ? ミサギちゃんの世界にはおばけが……いるんだ?」
クイシェは木製のスプーンを持つ手を止め、深鷺を見る。
煮物を飲み込んでから、深鷺は答える。
「いやいや、それは空想のお話で……」
ミミックとはそのまま擬態という意味の言葉なのだが、深鷺の知識では中から舌が飛び出る顔入り宝箱でしかなかった。
魔獣と呼ばれる生物たちを、その在り方で大きく4つに分類した内の1つが「ミミック」と呼ばれている。
ミミックタイプに分類される魔獣の特徴は、その名の通り“擬態”することだ。擬態に適した体質、あるいは魔術を持ち、その姿は4タイプの中でもっとも奇妙であることが多い。
攻撃性は低い傾向にあり、ミミックタイプの魔獣に襲われたという事例は世界中を見渡してもごく僅かだ。そういった意味では安全に狩ることが出来る相手だろう。
発見すること自体が難しく、自ら人を襲うこともほとんど無いため、ミミックタイプは知られている数も少なく、逆に言えば未知の種が多い可能性が高い。
「ギューちゃんも、たぶんミミック……かな?」
「なるほど?」
まさに黒毛和牛はミミックタイプと言えるだろう。突然使い魔契約をしてしまったこともそうだが、視認できない小魔獣を見つけることが出来たというのはかなりの幸運だ。
疑問系であるのは、黒毛和牛の姿が、クイシェが知っているミミックタイプに比べればかなり普通の動物に近いせいだ。だが、もこもこした毛のせいで体のシルエットがまったくわからないというのも、奇妙といえばそうだろう。
黒毛和牛の能力は環境に体色を合わせるようなものではなく「相手に自分が見えないようにする」というものだ。詳しい仕組みはわからないが、深鷺は盲点のようなものだと考えている。
自分の体が常に相手にとって盲点になる。服は見えるが頭は見えないし、透明であれば頭の先に見えるはずであろう物も見えない。だから景色が歪んで見えるし、それを気持ち悪いと評されてしまう。
例えばフォークを握っている場合、手そのものと、手に隠れて見えない部分がすべて盲点になるので、不自然に短いフォークが袖にぴったりくっついているように見えたりする。
(自分からは普通に見えるからわからないけど、確かにギューを最初に見たときは妙な感じだったなー……)
そのことから、深鷺はこの魔術を【盲点迷彩】と名付けることにした。
最初に連想したのは【光学迷彩】だったのだが、光を曲げたり背面を映したりして透明になっているわけではなさそうだったので、そのまま言葉を差し替えたのだ。
黒毛和牛が頭からテーブルに降りてきたので、深鷺は熱した針を指に刺して出した血を与える。相変わらず深鷺に魔力の変化はなく、黒毛和牛の方は1滴で満タンだ。
エサやりがおわるといつものように自分の指をくわえる。すぐに血は止まった。
「……そういえば、傷を治す魔法とかってある?」
「……え!?」
驚いた表情のクイシェをみて、深鷺も驚く。
「え、わたしなにか変なこと言った……?」
「あ、ううん。ごめん、そうだよね、知らないよね。でもどうして?」
「ほら、わたしがクイシェちゃんに助けてもらったとき、朝起きたらわたし、怪我の1つもしてなかったでしょ?」
クイシェとの初対面のあと、ベッドから降りる際に気が付いたこと。
捻った足首はまったく痛まず、素足で山奥を彷徨ったことによる擦り傷切り傷なども全くなかった。もちろん脚だけではなく、全身に細かい傷や炎症なんかもあっただろう。虫さされだってあったはずだ。それらが一切まったく存在しなかった。そのせいで昨日のことは全て夢だったんじゃないかとすら思ったものだ。
直後に魔法の実在する世界である事を知り、それらの傷は魔術で治療してくれたのかも、とも思っていたりもしたが……
「あ、ミサギちゃん気にしてたね、怪我がなかったって……そういえば、ミラナさんも気にしてたなあ」
「ミラナさん?」
「あ、ミサギちゃんを診察してくれてた先生だよ……ってそういえばあのときはわたしが交替したから会ってないよね。ええと……」
クイシェはミラナと深鷺の接点を思い出そうと記憶を探った。
「あ、そうだ。山に迎えに行ったときに一緒にいた人、憶えてる? ミサギちゃんが消えてたときの」
「えーと……狩人のおばさんと……もうひとり、いたね、うん」
あのときはクイシェのことばかり見ていたが、そういえば見えない深鷺を気味悪がっていた狩人のおばさんがいたのを思い出す。
クイシェは人間のほうが女狩人のジェネット、猫系獣人のほうがミラナだと説明した。
「ミラナさんはお医者さんなの」
研究者が集まるこの村は、医療知識に関しても並の山村では有り得ないほど充実している。村人にその道の専門家が混じっていたりするからなのだが、この村で特に医術を専門とする2人のうちの1人が、女医のミラナ・コールなのだという。
「あれ? コールって……」
「あ、うん。お師匠様の苗字だよ」
「親子……とか?」
「ううん、血のつながりもないよ?」
「え……じゃあ、夫婦!?」
ミラナの外見年齢は20代前半が良いところだろう。獣人だから倍だとしても40~50歳といったところで、フリネラなどと比べてそう年が離れているとは思えない。
対して見た目が白髪白髭で仙人風のギュランダムは、少なくとも70歳以上だろう。その彼も獣人であるらしいので、実際は140を越えていることになる。
(あれ、お師匠さん140越えであの若々しさなのかー……)
と、いろんな意味で感心しそうになる深鷺。
「すっごい年の差だね!」
「あ、うーんと……結婚してるわけでもないんだけど……なんて言えばいいのかな。勝手に名乗ってる……のかな」
「ん? えーと……それは」
同じ苗字を勝手に名乗り、血縁ではなく、未婚である。そこから導き出される答え。
「……押しかけ女房?」
「……なのかな? ごめんね、込み入った話になるからちょっと話しにくいの」
「あっ、そうなんだ。ごめんっ」
興味は尽きなかったが、話題を元に戻すことにした深鷺。
クイシェは治癒の魔術について語り始める。
「治癒魔術のことなんだけど、いまのところそういう魔術は……発見されてないんだ」
「え、そうなの?」
意外なことに驚いてしまう深鷺。魔法ファンタジーといえばまず火球を投げる攻撃魔法と瞬間治療が可能な回復魔法の2つだろうと、真っ先にイメージしていたのだ。
「自分の自然治癒力を上昇させる術とか……そのために必要になる魔力を分け与える方法とかはあるんだけど、他人の傷を直接癒すような術は……確認されてないの」
ミラナの話題からの話しづらさが抜けていないのか、クイシェの口調は歯切れが悪い。
「だから、ミサギちゃんは自分の魔術で治癒力を強化して、寝ている間に治ったんじゃないかって話もあったんだけど……そういえばあのときは魔従術すら使えなかったんだよね」
「今も使えてるとは言えないけどねー……」
満腹になって寝ているのか、テーブルの隅で置物になっている黒毛和牛をつつく深鷺。
「……てことは、これも不思議体質の1つ、なのかなー」
薄々そうなのではないかと思っていたが、これでまた1つ確定してしまったらしかった。
(ようやくまともな効果を持つ体質が見つかったと喜ぶべきか、妙な体質が多くてこの先も不安だと思うべきか……)
自分でもいまいちどう感じて良いかわからない深鷺だったが、とりあえずは直接的なデメリットも思いつかないので良しとした。
「ま、怪我が治りやすいって言うのは純粋に便利で、嬉しいもんだよね」
「……うん」
(ちょっと回復が早すぎる気もするんだけど……言わない方が良いかなあ……)
自分なりに納得しているらしい深鷺に水を差すのも悪い気がして、クイシェは感想を胸にしまい込んだ。
現在、深鷺のイメージするステータス欄には「ワープ体質」「自爆ボタン」「【盲点迷彩】」「自然治癒力向上」と書かれている。
(これ以上増えなくて良いよー?)
と、疲れ気味に思う深鷺だった。