#33話:ひと狩り行こうぜ!
クジール研究室における発破実験(それほど間違った表現ではないと深鷺は思った)は本来の目的が進められないため、昼前に中断となった。
クジールはこれから深鷺が魔導術を使えるようになるまで徹底的に深鷺をサポートすることにしたようで、村の他の手伝いを減らすか一時中断する、という話をフリネラと交渉するつもりだそうだ。
深鷺が魔導術を憶えるというのもクジールの研究の立派な手伝いなので、実質深鷺を独占させてくれと頼みに行くようなものである。
研究に役立つ格好の人材であるのももちろんだが、さらに言えばデキの悪い生徒ほど燃えるタイプらしい。
「というわけだから、さっきの物語みたいに急に魔術の才能に目覚めたりしないでね?」
という冗談だか本気だかわからない言葉をいただきつつ、深鷺とクイシェは散らばった紙片の掃除だけ済ませたのち、クジールの家をあとにする。
午後が空いてしまったので、深鷺はとりあえず今日の所は別のところへ手伝いにいこうと思ったのだが、その前に一旦クイシェの家に帰り、昼食をとることになった。
安心したのかそれともおなかが空いたためか、黒毛和牛は魔術を解除し、深鷺の姿は元に戻っている。
「もうお昼かあ。あっという間だ」
「いろいろお話ししたもんね」
日差しが眩しくて暖かい。そういえばここの季節は春なのだろうか。元の世界ではもうすぐ夏になろうかという頃合いだったが、裸で山奥にいたときはだいぶ寒く感じた。
とはいえ全裸で野外にいた経験など他にはないし、知れてもせいぜい水着で真夏の浜辺にいたくらいだろう。山の平均気温も知らないので、あてにはならない。
そもそもこの地域には――――この世界には、四季があるのだろうか?
深鷺がクイシェにそのあたりのことを聞こうと思ったところ、先に声を掛けてきた人物がいた。灰色の毛に犬耳、毛皮装束に弓を背負った獣人。
「よう、今から昼飯か?」
「あ………………カウスおじさん」
若干冷たい目のクイシェがカウスへ振り向いた。
フリネラの実験浴場で彼が吹き飛ばされてきたときのことは深鷺もまだ忘れておらず、若干ぎこちない対応を返す。
「カウスさん、コンニチハ」
「……あからさまに距離がある……」
がっくり落ち込んだカウスだったが、その姿勢は不屈の精神で立て直された。
深鷺としてもあれは不幸な事故と思っているので、立ち直ってくれるならそれに越したことはない。なんだかんだと2度も裸を見られていることになるのだが……クイシェにおじさんと呼ばれているとおり、実年齢でいえば父親でも通るような歳のはずだ。だから(?)気にしないでおくことにしようと、深鷺はこの件については鍵を掛けてどこかへ放り投げることにした。
「クイシェ、このあと用事がないようならちょっと狩りに付き合ってくれよ」
「え、狩りですか?」
「もしかすると『嵌り岩』ってのがいるかもしれないんだと」
「はまりいわ……聞いたことないですね」
買い物に誘う程度の気軽さで誘われるクイシェを見て、深鷺は思わず疑問を述べた。
「……クイシェちゃんが狩り?」
「あー、別におっかねえ魔獣をどうこうって話じゃあないぜ。むしろ今回の場合、クイシェがメインで俺は護衛役に過ぎないって感じだな」
「えっと、いいんですか? そんな役で」
かつてカウスは魔獣探索勝負でクイシェに挑み、ボロ負けしたことがある。しかし、カウスも自信と誇りを持った狩人だというのに、狩猟者としては素人同然のクイシェの護衛役と評するのは、クイシェとしては引っかかりを覚えるのだ。
クイシェのある意味挑発的ともとれる発言に苦笑いを返しながら、カウスは答えた。
「良いもなにも、見つけにくい魔獣が相手ならクイシェが1番だろう。相手が凶暴でないってんなおさらな。『山岩嵌まり』ってのはかなりレアなミミック系の魔獣だそうだ」
ふん、と息を吐いて答えるカウス。
「かなり良い金になるって言うんで、さっきキルエイに頼まれたんだよ。ぜひクイシェを連れて行くように、ってな……」
カウスとしても、狩人のプライドにかけて自分1人でも狩猟を成功させてみせる、と言いたいところなのだが、クイシェに関しては、明確に敗北しているので強気には出られない。
そこに不満があるとすれば自分の実力に、である。
「それほど遠出はしないし、危険もそうないと思うぜ。なんならミサギも付いてくるか?」
「あー……わたし、専用の出入り口が完成するまでは出入り禁止なんです」
村に張られた【獣払い】の結界には、まだ深鷺用の出入口は用意されていない。村を覆うほどの大規模な結界の調整には時間がかかるらしい。いま外に出てしまうとまた結界が壊れ、サラリーマンで言うところの婚約指輪に相当する金額が失われてしまう。
「ああ、そういえばそんな体質だっけな……じゃあま、興味があったら出入口が完成した後にでも連れて行ってやるぜ。それでクイシェ、どうすんだ?」
「わかりました、行きます」
と、答えかけて。
「あ、でも、わたしがいないとミサギちゃんが困る……」
「んー……」
【言語移植】の効果時間は2時間ほどしかない。この世界の言葉はクイシェからすこしずつ習い、一応勉強はしているのだが、まだまともなコミュニケーションが可能とは言い難い。
「まーなんとかしてみるよ。単純作業とか、1度やったことあるおしごとなら問題ないでしょ。わたし1人のためにこれ以上迷惑は掛けられないよ」
「じゃ決まりだな」
「うー……」
イエスノーだけでもわかればある程度のコミュニケーションは取れるだろう。身振り手振りに図解も組み合わせれば、簡単な手伝い程度はできるはずだ。
狩猟が長引く場合、クジールの研究に付き合うのは(というか深鷺の爆破体質の解明が)少し後回しになってしまうかもしれないが、クイシェに仕事があるなら仕方がない。
爆破体質は、要するに術を使わなければ危険もないのだから緊急性もないのだ、と考える。
クイシェは不満かつ不安そうではあったが、自分が必要とされている以上は無下に断るわけにも行かず、カウスに付いていくことにした。
「じゃあ、お昼を食べたら行きますね」
「おう、広場で待ってるぜ」
準備のため、カウスも自宅に戻っていった。
「クイシェちゃんも狩りに出たりするんだね」
「ふ、普段はそんなことないよ? ほら、わたしには不思議な感覚があるから、すっごく見つけにくい相手のときに、ちょっと役に立つくらいだから」
「はまりいわ、だっけ?」
「うん、知らない魔獣なんだけど……手がかりがあれば、問題ないと思う」
クイシェからは、仕事の成否についての不安は感じられなかった。ほぼ同い年だというのにしっかりしてるなあ、などと思う深鷺。
「手がかりって、足跡とか?」
「うん。魔力の足跡みたいなものがあれば、それを辿っていくの。他にもたとえば、匂い、みたいなものとかか。凄く鼻が利く動物っているよね。わたしの感覚はそれとおんなじで、魔力の匂いを辿っていける感じで……」
クイシェが持つ感覚は魔力を感じる、という漠然とした1つの感覚ではなく、いくつもの感知方法を持ち、それらを組み合わせて扱うことのできるものだった。
使用する感覚を増やせば増やすほど負担が増えていくので長時間の使用には不向きとなっていくが、負担のないレベルの使用でもそこらの魔獣の嗅覚を凌駕するほど鋭敏だ。
魔力との距離、魔力の性質、魔光、大きさ、匂い、形、色、雰囲気……感知方法は無数にあり、クイシェ自身もまだ自覚できていない感覚があるかもしれないと考えている。
そして、その自覚できていない感覚の正体の1つが深鷺から感じる違和感なのではないかと、クイシェは考えていた。
(この違和感の正体がわかれば、ミサギちゃんの体質の謎も解けるかもしれないんだけどなあ……)
実際のところ、すでに把握している感覚も「それに近いイメージ」ということしかわかっていないようなものではある。
匂いのように思える物、色があるように感じるもの、それらが「いったいどんな意味を持つものなのか」という事までは判明していない。色が赤ければ魔獣の魔力で青ければ人間の魔力である、といったわかりやすい基準がないのだ。自分にしか無い感覚であるため調べるにも限度があるし、優先順位としても魔術の研究が上だ。
ハッキリとしているのは、「魔力の大きさ」や「活性度合い」その魔力との「距離」や「方角」などである。
ただ、感覚の正体がわからずとも、複数の感覚を組み合わせることによって種族や個体の特定が可能であるということに変わりはなく、非常に役立っていた。
狩猟などでは、まさにその力を最大限有効利用することになる。
「ということはー……魔力1万だと……! とか、仲間の魔力が消えた……! とかできるんだね」
「1万はありえないんじゃないかな……あ、でも竜族とかだと、それくらいあるのかなあ?」
「竜族っ!? やっぱりドラゴンとかいるんだ!?」
雑談に興じながら自宅へ向かう2人。
太陽はちょうどてっぺんあたり。お昼どきである。