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#30話:問題ない日々の問題



 首なし手足なし、服だけが歩き回り――――そんな気味の悪い姿から解放された深鷺は、当初の予定通り村の手伝いを再開した。

 異世界初日、2日目と続いた波乱もとりあえず収まったのか、いきなりどこかへ瞬間移動してしまうこともなければ、体が消えてしまうような問題も起きず、この数日間は平和に過ごしている。


 黒毛和牛にはここには危険はないと言って、姿を消さないようにと言いつけてある。まだ【言語移植】無しでの意思疎通はできないが、一緒に暮らしているうちに少しずつ通じ合えるはずだ。


(わたしも、仲良くなれるはず……)


 クイシェは自宅の研究室でそんなことをぼんやりと思った。


 深鷺がお手伝いに勤しんでいる間、クイシェはクイシェで仕事がある。

 この村の住人はほとんどが魔術関係の研究者であり、日夜思い思いの研究を進めているのだが、そんな中でクイシェは、他の研究を手伝う過程でまだ知らない術についてを教わったり、逆に他の研究者から教わった知識で別の研究の助けになったり、という日々を過ごしてきた。

 クイシェは優れた術者であると同時に研究者でもあるのだ。


 クイシェ自身は今のところ、これといって1つの研究に打ち込みたいという目標が無く、学べるものを村中の研究者から手広く吸収し、知識と才能をさらに伸ばしていた。

 唯一本格的に取り組んだ研究は魔導術【言語移植(フレンズチャット)】の開発だったが、これは既に終わった研究だ。


 そんなクイシェだったが、ここ数日は久しぶりに1日のほとんどの時間を、自分の研究室で過ごしていた。

 一定時間ごとに帰ってくる深鷺に【言語移植(フレンズチャット)】を掛けなおすとき以外はずっと机に向かい、積み上げた魔導書を紐解いては頁を差し替え、書き替えた魔導書を読み直すという事を繰り返している。


「■■■■ー!」


 深鷺が帰ってきた。

 窓を見ると、日が暮れかけている。そういえば部屋が随分暗くなっていることに、今気が付いた。


(え、もうそんな時間かあ……)


 思ったよりも(はかど)ってないなあと、息を吐く。

 席の左右に積み分けられた魔道書の上に魔導書を上乗せし、バラバラにした頁をひとまとめにくくると、深鷺を迎えに立ち上がる。

 扉を開けば、一仕事終えた充足感ある表情で、深鷺が待っていた。


「ミサギちゃんおかえりー」


 そう言って、膝立ちになった深鷺を抱きしめる。

 魔光が灯り、言葉の壁と共に消えた。


「ただいまっ」

「おかえりなさい」


 【言語移植】の成功確認も含め、改めてあいさつを交わした2人。

 端から見ればすでに、ちょっと仲が良すぎるんじゃないか、というくらいの光景ではあった。



 ◇



「明日お手伝いするところで、魔導術を教えてくれるんだって」


 テーブルの上で食事と一緒に並んでいる黒毛和牛に血を1滴舐めさせながら、深鷺が言った。


「魔導術……魔従術、じゃなくて?」

「ん、魔導術だって言ってたよー」


 指先を口にくわえて答える深鷺。離すと、もう血は止まっている。

 つい先日、激動の2日間を経験した深鷺だが、少しずつ本来の調子を取り戻しつつあるように見えた。

 もちろんクイシェは、まだ出会って間もない深鷺の本調子など知らないのだが、数日前よりも表情に緊張がないようだし、少なくとも自分と食事をしているこの時間は、しっかりとリラックスしてくれているように思える。

 少しでも不安を取り除けているのなら、とクイシェは自信を持った。


「あ、そっか。クジールさんだね」


 魔導術を教えてくれるという人物に思い当たったクイシェ。

 疑問符を浮かべながらスプーンを咥える深鷺。


「クジールさんは、誰でも魔導術が簡単に扱える方法を研究してる人だよ」

「おおっ、そんな人がいたんだ!?」


 自分で魔術が使ってみたいと思っている深鷺は、この手の話題には特に食い付きが良かった。


「魔導術の入門は、魔従術の契約から始めて魔力を扱う感覚を掴んでいくのが近道なんだけど、そこからも(つまず)く人は躓くし、場合によっては魔獣の世話も大変になっちゃうから、それ以外の方法もあった方が良いって考えてるんだって」

「じゃあ、いまのわたしでも使えるかもしれない?」


 深鷺はいまだに黒毛和牛との魔術的な意思疎通がうまくいっていない。まさに躓いている状態だ。

 契約自体は異常なほどすんなりできているのだから、逆に順調すぎるという見方もできるのだが。


「それはわからないけど……でも、魔従術無しでも簡単に、が目標みたいだから」

「おおー……楽しみ」


 魔法が存在しない世界から来たという深鷺が魔法に憧れを抱いているのをクイシェは知っている。期待に胸を膨らませている深鷺に、クイシェは恐る恐る聞いてみた。


「……説明、わかりやすかった?」

「うん、よくわかったよ?」


 実は、クイシェは研究の合間に説明の勉強をしていた。深鷺にわかってもらえずに、説明役を師匠や他の誰かに取られてしまうのが嫌で、初心者にもよくわかるようにと、いろいろなことを再勉強しているのだ。

 その関係から、クジールには昨日会ってきたばかりだったので、すらすらと喋ることができた。


 再勉強と言っても、クイシェは天才と呼ばれる少女である。

 知識自体は魔術関係に多少片寄りこそあれ、この年齢としては異常なほど豊富だ。

 クジールから教わったのは、知らないことをわかりやすく伝えるするコツや、相手がなにを知らず、自分の常識と相手の知識にどの程度の差があるのかを把握することなど、いくつかのアドバイスだけである。


 ついでにクイシェは、その道の専門家たちに囲まれて育った自分がが持つ「常識」は異世界人であるミサギとだけではなく、この世界の一般的な村人と比べてもかなりズレているということも、知ることになった。


「ふふ……」


 ミサギは魔法が使えるかもしれないという期待から想像を膨らませているらしい。口元がゆるんでいることには気が付いているだろうか。


(でも……)


 クイシェには気になることがあった。深鷺の魔力、謎の体質に関する事だ。

 血の1滴にはありえない魔力点。

 100点ほどで増えもせず減りもしない魔力。

 突如どこかへ瞬間移動(ワープ)してしまう現象。

 瞬間移動については、解明するための方法をギュランダムたちが準備をしている。それに関してクイシェが今しなければならないことはないので、とりあえず別のことに集中していた。


「あの……そういえば、なんだけど……」

「ん?」

「ミサギちゃんの魔力点のこと、どうして100点から変わらないかったのかなって」

「あー……どうしてなんだろうね? そういうのもやっぱり異世界人だからかなー、なんて思ってたんだけど、それじゃなんにも説明になってないし……」


 深鷺のほうは実のところ、実害の(ひど)かったワープ体質や服だけ人間状態に比べ、なにか問題があるというわけでもない魔力点についてはさほど考えていなかった。

 どのみち魔力というものにまったく実感がないので、考えようがないことでもある。


「そ、そうだよね。ごめんね、わかんないよね……」


 クイシェにとっては自分の感覚で計りきれない魔力、というのはほとんど初めてのことだ。

 おそらく深鷺から感じる違和感となにか関わりがあるものなのだろうとは思うのだが、それ以上のことがまったくわからない。しかし本格的に調べるためにはちょっとした儀式とかなりの集中が必要となる。

 

 そして、特に問題も起きていないのに自分の興味本位で深鷺を魔術的に調べ尽くそうとするのは躊躇(ためら)われた。

 それがもしワープ体質にも関係しているなら、深鷺のためにもなるだろうからと、積極的に調べてもいいとは思っていたが……


(変なことして嫌われたくないし……)


 魔術的な価値の高い特別な存在は、魔獣であれ獣人であれ人間であれ、研究対象となりうる。

 場合によっては人の尊厳を無視して行われるような実験もあると聞いているクイシェとしては、深鷺が実験に対して悪印象を抱くかも、という不安があった。


 深鷺の言うことが確かなら、深鷺は暗い儀式場に、異世界から裸で召喚されたのだ。魔術には憧れがあるかもしれないが、儀式のほうには良い顔をしないかもしれない。


 クイシェには実感のない話だが、それでなくとも魔術に明るくない人たちは、専用の場を用意して集団で行われることの多い儀式というものを、不気味に感じるらしいのだ。

 

 楽しみにしている深鷺に水を差すようなことはしたくないし、かといって不思議な魔力点の謎を放っておくのも良いとは思えない。

 

(どうしよう)


「どしたの?」

「あ、ううん、なんでもないよ」


 手が止まっていたクイシェは残りの皿を綺麗にした。

 つつがなく食事が終わり、1日も終わる。

 

 結局その問題も、他の問題同様に翌日以降へ持ち越しとなった。



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