#29話:ミサギの血と「ギューちゃん」
仲良しオーラを身にまとうクイシェとキーを見て、深鷺は決心する。
「わたしもこの子とちゃんと通じ合えるように頑張ろう!」
「ごしゅじんー! ごはんー! ごはんー! ごしゅじんごはんー!」
喋って直接要求できるのがそんなに嬉しいのか、ピーピーと鳴く雛鳥並にエサを要求するようになってきた。
元の鳴き声は鳥に近い音なので、イメージもしっくりときてしまう。【言語移植】が使われていなければまさにイメージどおりの音が聞こえていたのかも知れない。
(この食いしん坊、わたしに似たんじゃないだろうな……)
ペットは飼い主に似る、という言葉をつい思い出した深鷺。まさか昨日の今日でということもないだろうが――――そのあたりの気が合うからこそ、契約が成立してしまったのでは、なんてことも考えられる。
そうであれば、食を通じて仲良くなることができるかもしれない。
しかし、よく考えたらこの毛玉は昨日森で出会ったときから1食もとっていないのだった。
寝ている間はわからないが、それ意外はずっと深鷺の肩や頭の上にいた。食事をとる暇はなかっただろう。空腹なのは当然だ。
ネズミなんかの小動物は1日の食事回数がかなり多かった気がする。そしてかなり短い時間でも餓死してしまうという話を、深鷺は思い出した。
見た目元気そうなので、大丈夫だとは思うが……
「……とりあえず、これはあげなきゃ駄目そうだ」
「うん……おなかが空いたら、それで頭がいっぱいになっちゃうのかも……ね……」
クイシェも、自分の声で食いしん坊な態度を取られることがちょっと気になっているようだった。
「使い魔には魔力をあげればいいんだよね。クイシェちゃんみたいに、ごはんに魔力を混ぜるって、わたしにもできるかな?」
「うーん……今すぐは無理かな。そもそもなにを食べる魔獣なのかわからないから……」
昨晩、クイシェが用意したエサには手を付けなかったので、まだなにを主食にしているのかわかっていない。なにも食べていないことで逆にある程度予想はできているのだが。
「まあ、聞いてみよっか。毛玉ちゃん、いつもはなにを食べてるの?」
「血!」
吸血動物だった。
クイシェによると、正確には血から魔力を得ているのだろう、とのことだ。
「……血からじゃないとだめってこと?」
「たぶん……」
「あー……」
諦めて血をあげることにした深鷺。
ようするに赤ん坊みたいなものなのだ、と子育て経験があるわけでもないがそう思うことにした。映像で見たことがある雛鳥は巣の中でひたすら親鳥にエサをねだるではないか。
(あげるのは血だけど)
内心で葛藤が起きたが、先ほどの決意を胸にねじ伏せる。
とはいっても噛まれるのは嫌なので、針を借りて火で炙り、指の先をちょっとだけ刺した。
ぷくりと膨らんだ血の滴を目の前に差し出すと、毛玉は美味しそうに舐めとった。
「……えっ?」
その瞬間クイシェは、毛玉の魔力が跳ね上がったのを感じた。
「クイシェちゃん、どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
毛玉の姿が見えていないクイシェに、深鷺はその様子を語り、意見を求めた。
「昨日もそうだったんだけど、なんだか1滴2滴舐めて終わりみたい。こんなのでお腹いっぱいになるのかな? あんまり吸われるのも……ちょっとヤだけどさ」
どうやら毛玉はその一口で満足したようだった。それはそうだ。毛玉の魔力は、体に溜めておける限界まで回復したのだろうから。
(やっぱりおかしい……血の1滴でこんなに魔力が得られるなんて……)
人間が持つ魔力は、全身あわせて100点が平均値だ。血の1滴に含まれる魔力など、どれほど詰め込もうと意識したところで数点がいいところだろう。それに、血に魔力を込めるしても魔術的な技量は必要になる。
毛玉が保持できる魔力はどうやら10点ほどが限界らしい。
基本的に、魔力は体が大きいほうがたくさん溜めることが出来る。
10点というのは手乗りサイズにしては多い方で、このことも驚きではあるのだが、それが満杯まで溜まったということは深の血にはそれほどの魔力が含まれていたということだった。
血の1滴に含まれる魔力は本来微々たるものだ。魔力を集中させればある程度は増加するが、魔力を操作できない深鷺には不可能だろう。
考え込むクイシェには気が付かず、深鷺は毛玉との会話を始めていた。術はまだ解けていないので、相変わらずクイシェからは見えていないまま。声だけが聞こえている。
「さて、毛玉くん……くん? おなかはいっぱいになった?」
「いっぱいー!」
「それはよかった。とりあえず、お名前は?」
「……ナマエ? ないです!」
「よし、じゃあわたしが名前をつけてあげよう……で、キミは男の子? 女の子?」
「……おとこのこー?」
「なんで間が空いたの……まあいいや。じゃあ……」
深鷺は毛玉の名前を考え始めた。いつまでも毛玉と呼ぶわけにはいかない。仲良くなるにはまず呼び名からだ。名付け親になればそれだけで愛着も湧くというものである。
(黒いからクロ……じゃ安易すぎるよね。毛玉で……毛が黒くて……食いしん坊で………………………なんだかおなかがすいてくるなあ)
昼食をとってからまだ1時間も過ぎていないというのに、やはりこの飼い主にしてこの毛玉なのだろうか、と自問自答する深鷺。
(なんだろう……黒い…………毛で…………食…………血………………肉……?)
「……あ、黒毛和牛?」
無意識に呟いていた。
「……不思議な名前だね?」
「え?」
クイシェに言われて気が付いた。いま、なんて言ったっけ?
「ええと、くろげわ、ぎゅー? どういう意味があるの?」
「クロゲワギュー? おれクロゲワギュー!」
どことなく嬉しそうにクロゲワギューと連呼し始めた毛玉に、慌てる深鷺。
「え? あ、うん? いや……ちが」
「クロゲワギューっ!」