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#28話:毛玉と仲良くなろう!



 魔従術の修得は本来、魔獣と親交を深めるところから始まる。

 餌と血を与え世話をして、散歩や狩りなどを通じて信頼関係が築かれていく中で、契約を結ぶのだ。

 そうやって心を通わせていれば、たとえ術によるつながりがなくとも自然と意思の疎通が可能になっていくだろうし、契約すればその時点で互いの関係も良好だろう。


 最も効率的なのは魔獣の赤子を手に入れることだ。幼獣は成獣より遥かに御しやすい。

 卵から孵化するタイプの魔獣は特にその方法が取られることが多く、魔獣の巣を狙うことを専門とする狩人もいる。巣から卵を盗むのは魔獣を直に屈伏させるよりも容易く、孵化させるだけのスキルが必要となるものの、商品としても取り扱いやすい。

 赤子でなければとても従えられないような強大凶悪な魔獣に対してもこの方法が取られるが、信頼関係の構築や刷り込み(インプリンティング)がうまく行かなかった場合、成体後に大惨事となる可能性もある。


 魔従術の基本的な主従関係は、「主が魔力エサを供給するかわりに、従が魔術や体質を与える」というものだ。

 体が小さく弱い魔獣であればあるほど、この関係性が強い。自力で魔力やエサを得るのが難しいからである。


 魔力を賃金とした雇用関係と言ってしまっても間違いではないだろうとギュランダムが言うと、クイシェは信頼関係が重要だと主張した。


「もっと単純に子育て――――親子関係と言っても問題はないかの。まあ、そのあたりの関係性は、ある程度人それぞれじゃ」


 大型の魔獣の場合、成体であれば人間が魔力を与える必要がない程度の力があるため、雇用関係以外でそれまでに築き上げたなんらかの関係が必要となるのは間違いない。

 ギュランダムは解説を続ける。

 

「姿を消す能力は『身を守る』ためのものじゃろう。その能力でミサギごと消えるということは、ミサギを守ろうとしていると考えられる。じゃからその魔獣はミサギに対して好意的ではあるはずじゃ」


 深鷺の場合、出逢ってすぐに契約が成立してしまったせいで意志の疎通がうまくできないのだろう、とギュランダムは言う。


「出会い頭に契約が成立する、なんてことは儂も聞いたことがないが、魔従術の仕組みからいって意思の疎通は可能じゃろう。あとはミサギの慣れや気の持ちようじゃろうなあ…………ところで」


 そうしてひととおりの解説を終え、縄を解くように言い始めたギュランダムを無視して、2人は自宅へ戻ってきた。


「え、お師匠さんはあのままでいいの……?」

「うん、いいの」


 いつものことだからと、クイシェとしてはあまり触れて欲しくない話題だったので、それでギュランダムについての話は終わった。

 深鷺も、授業参観で親が教室にやってきたときの気恥ずかしさに似た気配をクイシェから感じていたので、追求はしなかった。

 クイシェはギュランダムのことを決して敬っていないわけではないのだが、あれが師匠だというのが、ミサギに対しては恥ずかしいと感じている。


「じゃ、じゃあ、さっそくお願いしてみようかっ」


 誤魔化すように張り切った声を出すクイシェ。

 深鷺は毛玉を頭の上から掴んで降ろし、そのまま固まった。


「えーと……どこが頭……?」


言語移植(フレンズチャット)】を使用するためには頭部の位置を知る必要がある。


「ぴっ」


 両手に掴まれた毛玉が一声鳴いた。 

 毛が伸びきった羊よりもモコモコしているかもしれないこの毛玉は、姿が見えている深鷺から見ても頭の位置がよくわからない。下が足で上が頭ではあるだろうと、もこもこした毛を指で探る。両手両足とどうやら尻尾らしきものを特定し、指に当たる鼻息を感じてようやく頭の位置を確信できた。

 クイシェが指を当てると、くすぐったかったのか毛玉は小さく鳴いてはいたものの、それ以上嫌がるそぶりも見せずおとなしいものだった。


(協力的……? ということはわたしのこと、味方だって思ってるよね)


 ミサギを守るために術を用いているというギュランダムの推測で、クイシェは自分もミサギに対する危険と認識されていないかと不安だったのだが、こうして触れてみて、噛みつくでもなく暴れもしないということは、【言語移植】の条件は満たしせているのだろう。

 深鷺に用いるときと同様、相手が受け入れていなければ術は発動しない――――実は無理やり使うこともできなくはないのだが、それは最後の手段である。


「しっかりおさえててね――――【言語移植】」


 クイシェの全身から溢れた微光が指先に集まり、指先が触れているであろう小さな存在へと移っていく。


「……うまくいったかな?」


 光が収まるとクイシェは指を離し、深鷺はさっそく毛玉に話しかけた。


「毛玉くん、言葉わかるー?」

「ワカル? わかる!」

「おおー! 喋った! って、あれ? なんか、クイシェちゃんそっくり?」


 毛玉から発せられた声はクイシェにそっくりだ。本物より少し高めに聞こえる。


「えっとね、この子の喉じゃ人と同じ声を出す事ができないでしょ? そういう場合は、声を出す仕組みもわたしのを貸しちゃうことになるんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、もしかして木とかとも話せたりする?」

「ええ? それは……どうなんだろう。試したことないけど……無理かな。うん、そもそも喉とかないし」

「そっかー。それにしても不思議。そっくり」

「うん……でも、そんなに似てるかなあ……?」


 クイシェ自身は、キーや毛玉が発する声が自分の声にそれほど似ているとは思っていなかった。


「ん? あー、自分の声って、人には違うように聞こえるものだよね」

「そうなの?」

「うん。自分の声は、喉から直接耳に響いて聞こえてる分もあるから、とか。確かそんな理由で他人とは違うように聞こえるんだよ」


 はじめて自分の声を録音して聞いたときの、なんとも言えない恥ずかしさを思い出しながら深鷺は説明した。


「そうなんだー……あ、そういえばマネマキドリが真似る声って本人は似てないって聞いたことあるよ」

「ごしゅじんー!」


 手のひらの毛玉に呼ばれた深鷺は目的を思い出し、本題に取りかかる。


「さーて、毛玉くん。さっそくだけど、わたしにかけた術を……」

「ごしゅじんー! おなかがすきましたー! ごはんをくださいー!」

「ごはん?」

「おいしい血がほしいですー!」


 毛玉は深鷺の言うことをまるで聞いていないようだった。

 ごしゅじん、ごはん(血)、を繰り返す小さな生き物に、深鷺は落胆というか呆れたように、クイシェを見る。

 

「あはは……ほら、頭が良くなるわけじゃないから……ごめんね?」

「や、クイシェちゃんが悪いわけじゃないんだけどさっ!」


 突如2本足で立ち上がり礼儀正しく振る舞うような、童話の登場動物の如き対応をイメージしていたわけではないが、ここまで本能直球でしか喋らないとも思っていなかった深鷺だった。

 しかも声がクイシェそっくりなので、なんだか変な気分である。


「そういえば、クイシェちゃんがキーちゃんとお話ししてるところ、まだ見たことなかったけど……」

「うん、まあその子とおんなじ感じだよ?」

「あー」


 呼ばれたと思ったのか、どこからともなく現れたキーがクイシェの肩へ駆け上ってきた。


「ミサギちゃんにはまだ感じられてないかもしれないけど、魔従術のつながりっていろいろなことがわかるんだよ。慣れてくると、なのかもしれないけど。それに、けっこう長い付き合いになるし、喋らなくても、なんとなくわかっちゃうの」


 キーの頭を指でやさしく撫でるクイシェ。


「だから、【言語移植】が完成したとき、お喋りができて嬉しかったのは本当だけど、べつに言葉が通じてなくてもいいんだなーって思って……結局あんまり使ってないんだ」


 撫でられているキーと眉尻を下げて笑うクイシェを見て、深鷺は2人の間にあるしっかりとした“つながり”を感じたような気がした。

 

 

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