#27話:つながりとはなんぞや
翌日。正午を知らせる村の鐘が鳴り、昼食を済ませた深鷺は――――相変わらず見た目が服だけの存在だった。
「これ、魔術じゃなくて、クイシェちゃんの髪みたいにこの子の体質で消えてる……ってわけじゃないんだよね?」
「うん、違うはず。その毛玉ちゃんに消えているときとそうでないときがあったなら、それは体質じゃなくて魔術……だと思う」
体質の方であるならば、その体質を操作するための新たな感覚が芽生えるものらしい。その感覚に気が付かないということは無いそうで、むしろ慣れるまで違和感がつきまとうそうだ。
治療直後の歯みたいな違和感だろうかと深鷺は想像してみたが、どのみちそのような感覚が増えている気配はなかった。
深鷺は、自分が特別鈍感でその感覚に気が付けていないのではと考えたが、だとしても現状が良くなるわけでもないので考えるのをやめた。専門家がそうだろうというのだから、これは体質ではなく魔術なのだろう。
そういうわけで、朝になっても深鷺は見えないままでいる。
しかも魔力量もまったく変化無し、100点のままだった。このことをクイシェはひどく気にしていたが、とりあえずは深鷺の姿を元に戻すことを優先する。
自然に解決しないのであれば、行動を起こさなければならない。
深鷺はさっそく魔従術を使いこなすための訓練を始めた。
そして数時間後。
「ごめん……まったくぜんぜんわからないよ……」
魔従術は最も簡単な魔術とされている。術者は従えた使い魔に魔術を使うよう望むだけで良いからだ。専門知識もほとんどいらず、全魔術系統中、もっとも短期間でなにも知らない素人から魔術を行使する段階にまで達することができるとされている。
魔術が盛んな土地では、人間に飼い慣らされた魔獣が家畜や愛玩動物の延長で取り引きされているため、従える魔獣を手に入れるのも難しいことではない。
それなりの金額を支払えば狩人に目当ての魔獣を捕獲してもらう事もできる。
野性の魔獣が術者に懐いてくれるかどうか、契約が成立するかどうかは、ある程度相性などの問題があり一筋縄ではいかないところがあるが、深鷺はすでに契約自体は成立している。
深鷺がわからないと言っているのは「魔術を使うように望むだけで良い」と説明された部分だった。
今回の場合は「魔術を解除するように望む」ということになるのだが……
「つながり、つながり、つながり……うーん」
それが呪文であるかのような、唸るように呟かれる深鷺の言葉。ただ、魔獣とのつながりを意識して願いを伝える、というだけのことがうまく行かない。
クイシェにとって自然に、あたりまえに感じられているその『つながり』とやらが、深鷺にはまったくどんな感覚なのかわからないのだ。
「……えーとさ、例えばこの毛玉が機嫌が悪くて言うことを聞いてくれないからうまく行ってない、とか、そういう可能性はあるのかな?」
「全くない、とは言い切れないけど……」
「クイシェちゃんだけが、あの不思議な超感覚? で感じられているもの、っていうわけでもないんだよね?」
「うん、村の外ではどうか知らないけど、わたしが知る限りみんな似たり寄ったりの感覚だって……わたしの場合は、やろうと思えば他人の繋がりも感じ取れるかもしれないけど」
誰もが使え、誰しも似たような感覚を得るものであるというのに自分だけがそれを感じることができない。彼らと自分との違いはなんだろうか?
(異世界人だから……っていうのは、安易すぎるかなあ……)
それを理由として認め、あっさり諦めてしまうのは教えてくれているクイシェに申し訳ない。
だが、気合いを入れてみたり瞑想してみたり、自分の額と毛玉の額(と思われる)部分をあわせてみたりといろいろやってみても、つながりとやらは一向に把握できそうもない。
試しているうちに日が天辺近くにまで昇ってしまったころ。
「ごめん……まったくぜんぜんわからないよ……」
と、諦めてしまった。
完全に断念したわけではないのだが、なんの糸口も掴めない作業を数時間、根を詰めすぎて疲れてしまったのだ。
「と、とりあえず……お師匠様に相談してみるね……」
クイシェも自分ではうまく教えることができないと、2人だけでの解決を諦めた。そうして結局師匠頼りになってしまう事に若干悔しさを憶えながらも、深鷺のためになるならと昨日の騒ぎの元凶に助けを請うことにする。
◇
昼食を終えた2人が村の広場へ行くと、そこには狩猟縄によって腰から肩までを糸巻きのように縛られ、木の枝から宙吊りにされているギュランダムがいた。
「お師匠さん……なんでそんなことに?」
「わしもそれを考えておるところじゃよ」
「考えるまでもなくおしおきです」
ギュランダムは、昨晩深鷺たちが帰ってくるよりも前からずっとここに吊されている。
深鷺には伝わっていない話だが、クアラ村は結界の張り直しまでの間に2度、魔獣の襲撃を受けていた。
現れたのは“キメラタイプ”の魔獣だ。村の狩人達にとっては大した相手ではないが、戦闘能力のない村人にとっては充分な脅威である。
しかしギュランダムが吊されているのは、くだらないことで村に危険を呼び込んだから、ではなく、浴場を覗いたからである。
実際には覗けていないのだが、皆は聞く耳を持たなかった。
「ん? なんじゃ? 服が……な、なななななななんじゃそれはーっ!?」
吊されていて振り向くこともできないギュランダムは、前方に回り込んできたクイシェと深鷺をようやく視界内に納め、そして深鷺の状態に目を見開いて驚愕した。
「ミサギちゃんです」
「深鷺でーす……」
長袖が手を振るようにフルフルと揺れているさまを見ても、ギュランダムは口を開けたまま、目を剥いたままだ。
(これは……なんと……! こ、こんなところで夢の透明化の術を見ることができるとは……!? いったいなにが起きておるんじゃ……? 視界が歪んでおるが……厳密には透明化ではないのか……? いや、いやいや、これはなんであれ、なんとしてもこの術は手に入れなければなるまい……!!)
邪なオーラを漂わせながら深鷺の顔があるあたりを凝視するギュランダム。
深鷺からは自分の頭の上を見られているような視線となる。どうやらこの術が有効な状態では相手と目を合わせることは不可能らしい。視界が歪んでいるためだろう。
そのままだと瞳が乾いてしまいそうなギュランダムに、深鷺は声を掛けた。
「あのー……そんなに変ですか? いや、変なのはわかってるんですけど……驚きが」
過ぎるというか、までは言えずに戸惑う深鷺。昨日の狩人たちの反応同様気味悪がるのならともかく、そこまで驚愕されるとは思わなかった。
お年寄りには刺激が強かっただろうかと、老体を労る心理で心配する。
「い、いや。いったいどうなっとるのかと考え込んでしまってな。それは……魔従術かのう?」
「らしいです……」
「この村の誰も知らない、見たことがない魔獣を、ミサギちゃんが見つけたみたいなんです。その様子だとお師匠様も知らないみたいですけど……その魔獣と深鷺ちゃん、すでに主従関係にあるみたいなんです。それで、その魔獣が姿を消す術を使い続けているみたいで、昨日からずっと……あと数時間でもう丸1日この状態なんですよ」
「……そりゃまた凄まじい効率の良さじゃのう」
「魔力の効率の問題ではないかもしれないです……」
「どういう事じゃ?」
「う?」
2人から疑問符を投げられるクイシェ。しかしその“問題”については、とりあえず深鷺が落ち着けるようになってから言った方が良いと思い直した。今は姿を元に戻すことに集中したい。
「……あ、いえ、それは今はいいです。とにかくそれで困ってるんです」
「困っているもなにも、その魔獣に術を解くように言えば良かろう」
「それが……わたしの教え方が下手で、ミサギちゃんが魔従術の主従関係……『つながっている感覚』を掴めないみたいなんです」
「や、クイシェちゃんが悪いわけじゃないと思うよ。わたしほら、他の世界の人だから……」
「ふーむ」
クイシェは自分が術を使い始めたときのことを思い出せば、つながりのことをうまく深鷺に伝えられるのではと思い、それを師匠に聞くことにした。
「お師匠様、そもそもわたし、どうやって魔術を使えるようになったんでしたっけ……?」
「……おぬしは、なんか、気が付いたら使えるようになっていたようじゃぞ? 感覚的に、なんとなくやってみたらできたんじゃないんかの」
「…………ええと」
「もともと魔力を感知する能力に長けておるんじゃから、それをどうすれば操る事ができるかという点に置いても、ろくに苦労などしておらんかったじゃろう」
「……つまり」
「おぬしは人に魔術を教えるのは向いとらんかもしれんのう」
「はうう……」
そもそもクイシェは魔従術よりも先に他の術を行使していたらしかった。
現在の深鷺がクイシェに抱いているイメージは『天才魔女っ娘天使クイシェちゃん』である。
「というか、別に魔術を教えんでも術を解除する方法ならあるじゃろうが」
「え、そうなんですか?」
「まあミサギの場合は結界と相性が良く無さそうじゃからこの手は使えんかもしれんが……結界術で魔獣と術者を区切るという手もあるぞ」
魔従士と魔獣の間にあるつながりがどういう仕組みなのかは解明されていないが、そのつながりがどういった魔力で、その魔力をどうすれば阻害できるかは、判明している。結界につながりを阻む効果を持たせることで一時的に魔従術を強制的に解消することはできるのだった。
「じゃがクイシェがいるなら話はもっと簡単じゃ。直接術を解くように言えば良かろう」
「や、ですからそれができなくて困ってるんです」
「……クイシェ、おぬしはなんのために【言語移植】を開発したんじゃ?」
「…………あ」