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#25話:消えるおなかと歩く服



 腹に大穴をあけた狼猿はピクリとも動かなくなったが、クイシェはすでに、そのグロテスクな光景が見える場所にはいない。

 

「ミサギちゃーん!」


 六足狼猿との戦闘が始まってすぐ、クイシェは人間の女狩人ジェネットと村の女医である猫系獣人のミラナを連れ、超感覚の違和感を頼りに深鷺(みさぎ)がいる方へと山の中を進んでいった。

 幸いなことに、狼猿以外にも感じていたいくつかの魔獣の気配は、こちらに興味がなかったか、あるいは怖じ気づいたのか、近寄るそぶりを見せていない。

 やがて遠くから爆音が響いて聞こえ、恐らく後方では決着が付いただろう事を知れたころ、ちょうど深鷺の違和感と合流できる位置までやってきたのだが……


「クイシェちゃーん!」

「ミサギちゃんっ? ……どこにいるの?」


 すでに深鷺が見えていてもおかしくないのだが、声はすれども姿は見えず。


「クイシェちゃんー……?」


 ちなみに【言語移植(フレンズチャット)】の効果が切れている現在、深鷺とそれ以外の面々はお互いになにを言っているのかわからない状態だが、名前だけはかろうじて伝わっていた。

 

 クイシェたち3人は辺りを見回し続けている。声は聞こえているのに、そこには誰もいない。


「目の前にいるのにー……どういうこと?」


 深鷺は探しに来たのが女性だけだと見て安心して近づいてきたのだが、3人の誰とも視線が合わなかった。ついにはこうして目の前に立っていても皆きょろきょろするばかりで、誰も深鷺に気が付かない。


「マネキマネドリの仕業……じゃないのかい?」

「ううん、そんなはずは……」


 女狩人の疑念をクイシェは否定する。違和感はほとんど目の前にあるのだ。


「見えてないのー……?」


 目の前にまで近づき、手を振る深鷺。すると目の前の視界が歪んだことに気が付いたクイシェが、手を伸ばしてきた。

 伸ばされた手を深鷺が掴む。


「あっ」


 クイシェは自分の手が見えなくなってしまったことに驚いた。残りの2人も突然消えた右手に驚き、女医の方はいつのまにか短刀を構えている。


「ここにいるの?」

「なに言ってるのかわかんないけどわたしだよーミサギだよー」

「なに言ってるのかわからないから、とりあえず……頭どこかな?」


 クイシェが自分の頭の高さを探り始めたので、深鷺は抱きしめられやすいように膝立ちになり、クイシェの胸に頭を埋めた。


(あ、伝わった)


 些細な以心伝心を喜びつつ、クイシェは【言語移植】を発動させた。


「どうかな?」

「クイシェちゃんありがとーっ!」

「きゃ」


 抱きつかれたクイシェは今回はホールドアップせず、軽く抱きしめ返すことができた。

 奇っ怪な歪み方をしているクイシェの姿を見て、狩人ジェネットは悲鳴じみた声を上げる。


「な、なんだいそれは! 大丈夫なのかいクイシェ!?」

「なんだかわからないけど大丈夫ですっ!?」


 驚愕するジェネットと、今にも短刀を閃かせてしまいそうなミラナを見たクイシェは、慌てて無事を主張した。

 しかし、大丈夫と言われてもとてもそのようには見えない2人は身構えを解かずにいる。

 

 クイシェの腰のあたりは、まるで達磨落としされたように短くなっていた。腕の太さ分ほどの腹部が消えて無くなり、胸と腰の距離が近くなっているように見えるのだ。

 消えているのは、ちょうど深鷺が腕を回している部分となる。

 深鷺は3人の反応からほぼ確信していることを、一応念のためにと確認する。


「もしかして、わたし、見えてない?」

「うん、見えない」

「見えないねェ……なんだか景色が歪んでるというか、変には見えるけど」

「……」


 クイシェと女狩人が答えた。ネコ女医は無言だ。


「ミサギちゃん、自分では見えてるの?」

「うん、普通に……くちゅん」


 抱き合うのをやめ、人肌の暖かさから離れたためかくしゃみをしてしまった深鷺に、とりあえず服を一式渡すクイシェ。

 受けとった深鷺はいそいそと服を着始める。なにもないところに浮かび、部分部分が時折視界から消え去る下着や服を見ていると、ジェネットは頭が痛くなってきそうだった。

 とりあえず身構えるのはやめた2人。ミラナはいつの間にか短刀を持っていない。


「なんだか気持ち悪いねェ……」

「ジェネさんっ!」

「いや、だってさァ……」

「やー、わたしもそう思います」


 ジェネットに同意する深鷺は、黒い毛玉を拾った時のことを思い出している。


「えーと、ちなみにいまは見えてます?」

「服だけ見えてるよ」

「えー……これどうやったら見えるようになるの……?」


 それはこっちが聞きたい、と言うジェネットの声に被さるように、男狩人の声が響いた。


「おーい! 嬢ちゃんは見つけたかー? そっち行くぞー!」


 着替えも終わったので来ても良い旨を伝える。集まった狩人たちは宙に浮いている服を見て一様に気味悪がった。


「それが、ミサギちゃん?」

「なぜかそうなんです……」


 深鷺は恐らく元凶であろう、今も頭の上に乗っている黒い毛玉を見えないままに紹介し、説明を求めるのだった。




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