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#21話:とおいせかいにひとり



「――――え?」


 気が付くと、深鷺(みさぎ)は山奥にいた。


 晴れた青空と、空を隠す深緑色の木々。

 枝を揺らす風の音が、木漏れ日をきらめかせている。

 太腿に感じるのは草の感触。

 手を開いてみると、土ですこし汚れていた。

 

(……………………つまりどういうこと?)


 心中の問いに答える者はいない。

 お風呂で温まっていたはずが、気が付けばまたもや山の中である。

 体は温まっているが、肌は乾いていた。

 姿勢は座ったままで、地面が濡れた様子はない。

 ぽかぽかと上気している頬が冷たくなっていくのは時間の問題だろう。

 緊張と不安から、心臓の鼓動が急に激しくなる。


(なんで……………………?) 


 晴れた空、空を隠す木々、木々を揺らす風、目に刺さる光。

 脚に触れる草、冷たい土。

 あたりには誰もいない。

 深鷺はしばらく放心状態でいたが、このままでは体が冷えていくだけだと、ゆっくり立ち上がった。

 前回同様、杖代わりになりそうな枝を頼りに、人里を目指してみようとする。


(……ないなあ)


 今回は、良い感じの枝が見つからない。

 仕方なく藪を手で掻き分けて進む。


(……一昨日は運が良かったのかなあ)


 サワサワと、気持ちよさそうな風が流れていく。

 そういえば先日は風がほとんど無かったと思い出す。


(……ここ、どこなの?)


 葉擦れの音がどこからも聞こえ、山の広さを感じる深鷺。


(とりあえず、歩こうか)


 前回とは違い、今回は昼間である。

 見通しは良いとは言えないが、夜闇よりは良好である。


(足下が見えるから、わりと楽かも)


 前回とは違い、おなかも空いていない。

 昼食を済ませてからまだ1時間も過ぎていない。


(…………獣に遭わないといいけど)


 前回とは違い、そこまで寒くはない。

 真夜中に歩き回って平気だったのだから、今回も風邪は引かずに済むだろう。


(隠れられる場所、ないかなー)


 前回とは違い、枝が見つからない。

 でも、よく見える分慎重に進めば、大丈夫。


(大丈夫、クイシェちゃんがきっと見つけてくれる)


 クイシェの超感覚は深鷺に違和感を感じているという。その感知能力はとてつもなく広範囲だ。

 どこか遠くから、恐ろしい速度で村を通り過ぎていったその違和感を、正確に捉えて深鷺を見つけ出した。

 他力本願にならざるをえないことは不満だが、何の力もない自分では仕方のないことだろうと、そのことばかりを考えて歩く。


(大丈夫、クイシェちゃんがきっと)


 空と木と風と光。

 草と土。

 山の中。

 森の中。

 ここは。

 どこ?

 世界のどのあたり?


(きっと……)


 ここはどこの世界????????


「だっ、ぇか……! いまっ、せん……!」


 声を出して、助けを呼ぼうとして、ようやく深鷺は自分が泣いていることに気が付いた。

 これは夢ではない。ここは日本ではない。それどころか地球ですらない。異なる世界だと、知っている。

 深鷺の心細さは、自分の状況を知ることでより深いものとなっていた。

 優しい村にいるという安心が、異世界という不安と共に山中へ来たことで、あっさりと砕け散ったのだ。


(誰でもいいから! たすけて!)


 生命の危機よりも、知らない世界で1人でいる事実に押しつぶされそうになる。

 深鷺は嗚咽を飲み込みながら、助けを求め続けた。



  ◇



「ミサギちゃん!?」


 目の前にいたはずの深鷺が、掴んでいたはずの手が消えてしまった。

 クイシェは自分の目で見た事が信じられず、しかし彼女の超感覚はそれを事実として認めさせようとする。


(ミサギちゃんの違和感が……!)


クイシェが一昨日から感じ続けていた違和感は、一昨日と同じく、信じられない速度で遠ざかっていった。

今はかなり遠くにそれを感じるが、意識していれば感知できないほどの距離ではない。


「ミーちゃんが、消えた……?」


 浴槽に飛び込んできたカウスを魔導術で吹き飛ばしたフリネラも、深鷺が消える瞬間は目撃していた。

 カウスは浴場の端に置いてあった風呂釜に上半身を突っ込んだまま気絶しているようだ。


「ミサギちゃんを探しに行きます!」

「クーちゃんー!?」


 浴場から出ていったクイシェは濡れた体を拭く間も惜しみ、手足を衣服に突っ込んでいく。


「あ、こら、そんなことしてたら風邪ひくよー! ちょっと、落ち着きなさいって、どういうことなのー!?」


 フリネラは、深鷺の衣類を抱えて外へ飛び出そうとするクイシェへ手を伸ばしたが、さほど強く力を込めたわけでもなく、あっさり振りほどかれてしまった。


「ミサギちゃんが遠くにいるんです! 探さないと! 助けないと……!」


 洞穴でうずくまっていた姿が思い出される。

 表に出たクイシェは、一瞬たりとも逡巡せずに魔力を操り始めた。 

 クイシェの全身に魔光が灯る。


「【獣躯動】……【咆吼】!」


 続けて全身の光とは別に、喉から口にかけても魔光の光が現れ、2つの魔導術が発動した。

 1つ目の術により脚力が強化され、クイシェが走る速度は2倍以上となる。これはカウスやギュランダムもケンカの際に用いていた、身体能力強化の術だ。

 2つ目の術の効果を発揮すべく、クイシェは勢いよく息を吸い込み、自分の耳を両手で塞ぐと、渾身の力を込めて叫んだ。

 人の喉から出たとは思えない、大音声が村中に響き渡る。


「≪≪緊急事態ですっ!≫≫」


 自分の声量を何倍にも増幅する、これは拡声の術だった。


「≪≪広場に、集合してくださいっ!≫≫」


 村人たちは、聞き慣れたクイシェの聞き慣れない大音声から焦りの声色を感じ取った。

 いったい何事かとつぎつぎに扉を開けて外に出てくる村人たち。

 村はずれから広場へと辿り着いたクイシェに、村人たちの視線が集まった。

 クイシェは咳き込みながら説明を始める。

 

「けほっ……ミサギちゃんが、山のどこかに、飛ばされてしまいましたっ……原因は、わかりません、けど……」


 息も切れ切れで喋る深鷺の言葉を、村人たちは戸惑いながらも真剣に聞いている。


「いまから、ミサギちゃんを助けに行きます! 村の結界もまた壊れていますが、わたしは捜索に向かうので、お師匠様に指揮をとって、もらってくださいっ!」



  ◇

  


 太い樹木を背に、叫び疲れ、力尽きたようにうずくまっていた。

 それほど時間は過ぎていないだろうと、深鷺は自分に問いかけるが、立ち上がる力は出てこない。


(このまま……)


 考えがまとまらず、その続きが思いつかない。考えたくないのかもしれない。

 冷たい土に根を張ったかのように動かない。

 養分を吸い上げるでもなく、生い茂る木の陰で冷えた山の空気に、体温が少しずつ奪われていく。

 気持ちが負けていると、自分でも感じている深鷺。


「ハト兄……トキちゃん……」


 たった2日で懐かしいと感じられる名前を、口にした。


(…………ダメだ)


 兄妹のことを思い浮かべたことで、少しだけ冷静になった頭が現状の自分を否定する。


(よくわからない不思議なことが起きているのなら、よくわからない不思議な助けがあったって良いはず……そう思って一昨日だって助かったじゃない)


 もとよりカラ元気だとは自分でもわかっていたが、どんな意味であっても、元気がない自分なんて自分ではないと、深鷺は信念のような想いを胸に、体を起こした。


(もっと……自分に都合良く考えよう)


 たとえそれが間違いであっても、心が折れるよりは良い。まず元気であること、それが兄妹の中でもわたしに求められていたことだったはずだ。


(この山は……そう、植物とかを見る限りは一昨日と同じに思える。きっとそんなに遠くない。クイシェちゃんはわたしに感じる違和感なら、半径数十キロくらいまで感知できるって言ってた。わたしを助けてくれた天使だもの。きっと今度も助けてくれる。他力本願で良いんだよ。わたしにできる事なんて、元気でいることくらいなんだ)


 そうと決まれば、やはり安全な場所を探すために歩くことだと、深鷺は立ち上がった。

 立ち上がろうとして、涙でにじんだ視界になにか妙なものが写り込んだような気がした。

 少し先の地面に生えている草が折れている。

 草を押しつけているなにか。

 黒い毛玉のようななにか。

 小動物のような……。

 涙のせいでよく見えず、手首で涙を拭う。

 もう一度見てみると、そこにはなにもない――――


(いや…………なんだろう…………この草、どこから生えてるの?)


 小動物のようなものが見えていた場所の、地面から数センチ浮いたところから草が生えている、ように見える。

 深鷺はゆっくりと近づくと、その草を摘んで引っ張ってみた。すると、なにかがその草に載っていたのか、少しの抵抗を感じた。

 見ると、掴んだ草は地面からちゃんと生えていて、そのかわり、隣の草が虚空から生えていた。それは、上に乗っていたものが転がったとしたらその位置にあるであろう場所である。

 根本部分が見えなくなった草を引っ張ってみると、今度はまた別の草の根本が見えなくなる。

 どうやら根本から先端に至る途中部分が見えなくなっているようだ。それも、見えない部分は“透明になっている”というより――――


(“省略されてる”、みたいな……?)


 深鷺は草を隠しているなにかに、直接手を伸ばした。



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