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#18話:フリネラの実験浴場



 昨日の晩のこと。

 前日は全裸で山を彷徨い歩き、今日は台車を押しながら村中を回った深鷺(みさぎ)

 クイシェに言われるまでもなく(わたしって元気だなあ)などと、自分のスタミナに感心していたのだが。


(……お風呂に入りたいな)


 お湯が溜められた桶を見て、思いを馳せる。

 日本では各家庭にかなりの割合で用意されている浴室だが、中世風のファンタジーなこの世界に、果たしてそんなものがあるだろうか。


(確か……中世にもお風呂はあった……はず。でも、サウナっぽいのだったら違うしなあ)


 あくまで湯船に浸かりたい。

 国どころか世界レベルで生活環境が違うのだから、自分の習慣も大きく変わってしまうことは仕方がない。が、お風呂だけはなんとかあって欲しい。


 布で体を拭き終わった深鷺は、お湯を用意してくれたクイシェに感謝を述べた。

 そして、なるべく期待しないよう自分に言い聞かせながら、クイシェに聞いてみる。


「ねえ、クイシェちゃん……この村に、お風呂って、あるかな?」

「うん、あるよ?」

「あるの!?」

「…………あっ! ごめんね!? お風呂に入りたかった!?」

「あ! あー、明日でいいよ! 今日はもういいから! ごめんね変なこと聞いて!」


 慌てて着替えや手ぬぐいを用意し始めたクイシェを止め、この村のお風呂事情について聞いてみる。


「あ、あのね。フリネラさんのお家が……公衆浴場になってるの。お風呂研究してるから」

「お風呂研究って……ニュウヨクザイ作ったりとか温泉掘り当てたりとかするの?」

「ニューヨクザイ? はなんだかわからないけど、温泉は大好きみたい」


(猫なのに?)


 猫は濡れるのが嫌いではなかったか。

 いや、気持ちよさそうに風呂に浸かるネコもいたっけ?

 

「もしかして、ミサギちゃん、お風呂に詳しかったりするのかな?」

「んー、詳しいほどではないと思うけど……」

「ミサギちゃんの知ってる話を聞かせてあげたら、フリネラさん喜ぶかも」



  ◇



 ――――というような前置きがあったので、フリネラがお風呂国出身者だと言ってきた事は、すんなりと理解できた深鷺。


「さっき待ち合わせはお昼って伝えたときに、昨日のことを話したんだけど……」


 と、クイシェがなぜか申し訳なさそうにしていた。

 期待の笑顔を絶やさないフリネラは、勢いよく語る。


「各家庭にお風呂がある上、公衆浴場や温泉街なんてものまでもが国中に存在している……そんな夢のお風呂王国からやってきたなんて……! ミーちゃんはあたしにとってテンシね!」

「てん……」


 教えたばかりの言葉を使われた深鷺。言われる側になってみると恥ずかしかった。

 自分のあだ名らしき呼称にも内心突っ込みを入れる。


(限りなくネコっぽい人にミーちゃん言われた……)


 身振り手振りが愛らしさとしなやかさを備えたフリネラの動きは見ていて飽きない。これは猫系獣人である以前に本人の資質もあるのだろうか。

 動きの表現が明確にテンションも表しているらしく、


「ところで、そんな国本当に実在するのー……?」


 フリネラのテンションは疑念と共に急下降したようだ。


「異世界でよければ……」


 王国じゃないですけどね、と深鷺はフリネラに自分の身の上を話した。

 すでに信じてくれているクイシェがいる分、話はスムーズに進んだが、深鷺はフリネラや村の人たちがあんまり自分のことを理解できていないということに思い至る。


(そりゃそうだよねー……でも、ということは、なんだかよくわかんない小娘だっていうのに、こんなに親切にしてくれてるのか……)


 村中を巡った、昨日のお手伝いを思い出す。

 あれは深鷺が早く村に馴染むための心遣いだったと思っている。みんな優しそうな人ばかりで、深鷺は滞在2日目にして“見知らぬ村にいる”ということにはほとんど不安を感じなくなっていた。


 クアラ村の暖かさを感じつつ、今後はちゃんと自分の正体を説明していかなければと心に留め置く。

 誠意という意味もあるが、なにかしらのとっかかりくらいは見つけなければ、なにを調べればいいのかすらわからない状態なのだ。少しでも正確に自分の状況を知ってもらうことは手がかりにつながるかも知れない。

 深鷺は不幸中の幸いという言葉を思い出した。

 不幸なことに異世界に迷い込んでしまったが、幸いなことにこの村は魔術の専門家がたくさん住んでいる。

 そんな村ですら今のところ『召喚』に類する情報がまったく出てきていないというのは不安の材料ではあるが、もしかすると自分は最も頼りになる人たちのいるところに現れたのかもしれない、とも思う。


「他の世界から来た……そういえば、そんなことをギュランダムから聞いたわねー。なんか話半分で聞いちゃってたけど、そんな事情だったのー」


 どうりでなにも知らないはずだ、と納得顔のフリネラ。


「信じて貰えるんですか?」

「だって、本当なんでしょー?」

「そうですけど……」


 自分でも未だに信じられないような事を、簡単に信じて貰えることが、信じられない深鷺。

 

「不思議なものなら今までも、そこそこ見てきたからね」


 こんなのとかー、と言ったフリネラの指先から虹のような光が浮かび出て、少し漂うと泡のように消える。

 なるほど、と深鷺はあっさり納得させられてしまった。


「さーて、とうちゃくー」


 フリネラが案内した先は、またしても深鷺が昨日訪れなかった村はずれに位置する家だった。

 村の中心にある広場を挟んで、ギュランダムの家とはちょうど反対に位置する建物だ。

 2階建てになっている家があり、入り口を正面とした左側の庭は木の板で作った背の高い、隙間のない柵で覆われている。その範囲は家よりも広い。

 家の扉の上には大きな文字で『クアラの湯』と書かれていた。


「ようこそ、あたしの実験浴場へー!」


 

  ◇

 

 

「さてー。さっそくだけど、わたしが作ったお風呂について意見が欲しいのー。協力してくれる?」

「お風呂に入れるなら、いくらでも……!」


 広いお風呂は大好物だ。外で見た柵の内側は露天風呂になっているらしい。

 建物の中はまず脱衣所になっていて、フリネラの生活スペースは二階にあるそうだ。

 赤青で分けられた暖簾(のれん)は見当たらない。


「えーと……混浴、じゃあないですよね?」

「2つに分けるのは手間だから時間で分けてるんだけど、心配しなくても今は貸し切りよー?」


 まあ、どうせあんまり繁盛してないんだけどー、と付け足すフリネラ。


 フリネラとしてはもっと爆発的にお風呂を普及させたいと考えているのだが、この村の住人たちはそんなことよりも自分の研究第一、といった感じで生活しているので、毎日お風呂に入りに来る人はいない。


 現在この浴場は、たまにのんびりと過ごしたいときに誰かを誘ってくつろぎに来る、というような使われ方をしている。とはいえ、そこも専門家ぞろいの村人、交わされる会話も非常に専門的なものであるらしく、あまり風流さを楽しむような雰囲気では無さそうだ。


 なお、料金は使い心地の感想や要望、改善案などの提示である。


「でもここの連中の要望を聞いてると、ゆっくりと入浴を楽しむって感じじゃなくなっちゃうのよねー」


 脱衣所には『魔術使用・実験禁止』と書かれた張り紙があった。


「とりあえず浴場入ろうかー。見せたいものは全部中にあるし、お風呂に入れば良いアイディアが出るものねー」

「よろこんでー!」


 お風呂の国代表として張り切る深鷺。


「わ、わたしも良いですか? あの、途中で【言語移植】の効果が切れちゃうかもしれないし……」

「もちろんいいわよー?」


 あっという間に手ぬぐい1枚になった深鷺はさっそく浴場の扉を開いた。



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