#14話:ムダンラュギ
食事も終わり、さっそく今日の手伝い先を聞こうとする深鷺に、クイシェは待ったをかける。
「あ、あのね。お昼まではお手伝いは中止なの」
「え、そうなの?」
「ご、ごめんね。やる気出してたのに」
「ううん、それはいいんだけど……ええと、かわりになにかするのかな」
深鷺は自分が出来る事なんて簡単なお手伝いくらいのものだと自覚しているため、それ以外のこととなると、なにも思いつかなかった。
「お師匠様に、用事があるから連れて来いって……」
「お師匠さんのところ? そこでお手伝い……じゃないや。なにするの?」
「……えーと、こういうのなんて言えばいいのかな……」
言葉が出てこないのか、うーんと首をかしげながら考え込むクイシェ。
「……結界の検証だからー……お手伝い、でもいいのかな……うーん……実験体、とか?」
「んん?」
不穏な言葉が聞こえた。
「あっ! ち、じゃなくて! 違うのっ! お手伝い! お手伝いでいいの! 結界の検証なの!」
「あははは」
失言に慌てるクイシェを見て、深鷺は和んだ。
◇
深鷺はクイシェに連れられて、村はずれまでやってきた。
ギュランダムが住んでいるのは、長方形と円筒形を並べてくっつけたような形の、石と木でできた家だ。屋根から煙の出ている円筒部は、地面から生えた大きな煙突にも見える。
「……あれ、ここ、昨日来た憶えがないかも」
深鷺は、昨日村を巡ったときにギュランダムを見ていないことに思い至った。
(昨日も来れば良かったな。すごく良い景色)
丘の上に立つこの家は立地こそ村のはずれではあるが、ある意味村の中心とも言えるような印象を深鷺に与えた。高台となっているこの場所からは、村全体を見渡すことができるからだ。
森に囲まれたこの村を一望できる場所に住む、クイシェの師匠、ギュランダム。
やはりイメージ通り、偉い立場の人なのだろうかと、深鷺は想像力を働かせていた。
(ヒゲとか仙人っぽいよね)
ヒゲが長いひとは偉いのである。深鷺的には。
クイシェが入り口の扉をノックした。
「お師匠様ー? ……中にいますよね? 来ましたよー?」
クイシェの超感覚は家の中にギュランダムがいることを伝えてくるのだが、なぜかノックに対する反応はない。
繰り返しても応えがないので、寝ているのだろうかと、そのまま扉を開くクイシェ。
「隙ありじゃ!」
途端、室内の上方から振り子のように降ってきた何者かの両腕が、クイシェの首に巻き付いた。
そしてクイシェの胸には長い白ヒゲと長い白髪に覆われた顔がある。
天井から逆さまにぶら下がったギュランダムだった。
目の前に立つクイシェの左右から白髪がふわりと舞い、そのあとは重力に従って床にバラリと広がる。深鷺はその白髪を見て、それがギュランダムだと気が付いた上で、改めて(なんだろうこの謎の生物)と思った。
「……」
クイシェは無言でモミアゲあたりの白髪を両方掴み、そのまま下に引っ張った。
「いだだだだ、あっ」
ゴキリ、といい音を立てながら地面へ落下したギュランダム。その顔はヒゲと髪に埋もれてよく見えない。
「………………えーと……」
深鷺は目の前で展開された事態についていけなかった。
「……首から落ちたように見えたけど、大丈夫なの?」
とりあえず心配をしてみる。
「大丈夫。お師匠様、しぶといから」
「ああ、やっぱりお師匠さんなんだ、これ……」
直前まですくすくと育っていた“山奥で白ローブをはためかせごつい木製の杖を掲げる古き良きファンタジーらしい老練な魔法使い”という、深鷺の願望補正も入ったギュランダムに対するイメージが、一瞬で白紙に戻った。
「な、に、やってるんですか! お師匠様! ミサギちゃんもいるのに! 恥ずかしくないんですか!」
「だって儂寂しかったんじゃもんー」
倒れたまま、首だけ曲げて答えるギュランダム。
「子供ですか! なんですかその言い訳は!?」
「昨日、ミサギが来ると思って待っとったんじゃが、いつまで待っても来てくれんでのう……」
「え」
急に話題を振られた深鷺は、事情をありのまま説明する。
「昨日のお手伝い、村はずれまでは行かなくて良いからねって言われてたので来ませんでした。ごめんなさい」
それは村人たちが深鷺を魔の手から守る為の策であった。
「ぬう……村の奴らめ……」
「で、それがどう今の蛮行につながるんですか?」
質問されたギュランダムが、ニヤリと決め顔になる。
「女の子成分が足りないんじゃ」
「そんな成分を必要とする臓器があるなら即刻切除してください」
(なんかクイシェちゃん、雰囲気違うなあ……)
初めて見る怒り顔のクイシェをまじまじと見つめる深鷺。
「……あ、ああっ!?」
その視線に気が付いたクイシェは目を見開いた。まるで取り返しの付かない失敗に気が付いたような表情だ。
「ち、違うの! これは! あのね、その、ええと! お師匠様がっ!」
どうにかして取り繕おうと試みるも、どうしていいかわからないようだった。
(うん、わたしもどうしていいかわからない)
深鷺は無難な選択として、落ち着くことにした。
「よしよし、とりあえずクイシェちゃんも落ち着こっかー」
宥められながら、クイシェは恥ずかしくなってうつむいてしまう。
(うう……ミサギちゃんに変なところ見られた……うううう)
これはもう誤魔化そうにもどうしようもないと悟ったクイシェは、下を向いたまま無意識に八つ当たりを始めた。
「痛、痛い!? 無言で蹴りつけるのはやめんか!!」
「ク、クイシェちゃん?」
深鷺の言葉が聞こえていないのだろうか。髪で隠れていて表情も見えない。
(……ああ、なんとなく把握したかも)
深鷺はどうやらこんな事態に馴染みがありそうなギュランダムの態度を見て、2人の関係性に思い当たった。
つまるところ、セクハラキャラとその被害者(ただし反撃に暴力を伴う)という、まあ現実ではともかくマンガなんかではよくありそうな関係なのだと。
そして同時に深鷺は、なぜかギュランダムを見ていて、どことなく親しみが湧いてきたのを感じた。
(あー……ハト兄にすこし似てる……の、かな)
理由を考えてみた深鷺は、すぐに思い当たる。
(言ってることがなんか、おかしいもんね。……まあ、ハト兄はこんなに変態じゃないけど……たぶん……)
「ク、クイシェよ。仮にも師匠である儂の側頭部をカカトで踏みつけにするというのはどうかと思ぃだだだだ」
(クイシェちゃんは、回りがよく見えなくなるタイプなのかなあ……あ、人見知りがあるけど、馴れ馴れしい相手には遠慮無く接することができる? ……相手が幼馴染みの男の子とかじゃなくて、老人で師匠さんだけど、それもまあ、あるかな)
状況にすっかり置いていかれた深鷺は、クイシェの凶行を止めるでもなく考え事をしていた。現実逃避かもしれない。
そしてこれは師弟間のスキンシップ、仲良しコミュニケーションの1形態なのだろうと、深鷺は思うことにした。
(……間違ってないよね?)
いつまでも止まらないギュランダムの悲鳴を聞きながら。
「あはは、さすが師弟。仲が良いねっ!」
「…………」
「ヒ、ヒゲが抜ける、千切れるー!!」