#13話:お祈りと挨拶
早朝。
「あ、クイシェちゃん。おーはよっ」
「■、■■■■■■■■■■」
ぎゅー。
言葉が通じないので、さっそくクイシェに頭を抱きしめられる深鷺だった。
◇
日の出と共に起き出した深鷺はいつもの癖で台所に向かおうとして、ここが自分の家ではないことを思い出す。
たとえ台所に行ったとしても、冷蔵庫も無いしペットボトルもないことに思い当たり、深鷺は小さなショックを受けた。
(あー……冷蔵庫もないし、レンジであたためもないんだよね。いや、残り物に愛着があるわけじゃないんだけど…………ない……か……?)
一昨日までのミサギの朝は、冷蔵庫から飲み物を取り出すところから始まっていた。ついでに果物に手が伸びることも多い。そして朝食のおかずには前日の夕食で残ったおかずが使われることが多かった。
昨日の夕食はキレイさっぱり食べきってしまったので、全部1から作るしかない――――というか、深鷺は朝食を作らせてもらえなかった。
「ご、ごはんをつくるのは、わたしがやるからっ」
というわけでクイシェが朝食を作ってくれている間、なにもすることがない深鷺は、ぼんやりと元の生活との違いを検証し始めていた。
(水道なし、井戸で汲む。皿洗いも汲んだ水を使う。冷蔵庫はなし。電子レンジもなし、というか電化製品は全部なし…………電話とかどうなんだろ。通信魔術とかあるのかな……?)
一方クイシェの方は深鷺が早起きしていたのをすこし残念に思っていた。先に起きて朝食を用意してから起こしに行こうと思っていたのに、自室の扉を開くとちょうど深鷺が部屋から出てくるところだったのだ。
(明日はもっと早起きしよう……!)
そう決心しつつ、部屋から出てくるタイミングがぴったり同じだったというちょっとした偶然を、クイシェは嬉しく思っていた。
なぜ嬉しいのかは自分でもよくわからない。
朝食の用意が整い、2人とも席に着く。
「「今日の巡りに感謝します」」
「「いただきますっ」」
2人は声をそろえてお祈りと挨拶をした。
朝食はパンと、1枚1枚がやたら分厚いキャベツのような葉菜の蒸し料理、1粒がスモモほどあるブドウのような果物だ。
(やっぱりお米はないのかなー)
深鷺はそう思いつつ――――それを聞いてしまうと、なんとなくクイシェは米を多少困難でも用意しようとしてしまうのではないかと考え、この場での質問はやめておくことにする。
代わりに別の質問をした。
「とりあえず言ってみてたけど、どういう意味があるの? “今日の巡り”って」
「あ、んーとね。簡単に言うと魔力の流れのことなんだけど……“地脈”ってわかる……?」
(……この場合、地下水路のことじゃないよね。地脈ってもともとはなんだっけ……風水用語?)
深鷺は昨日の会話を思い出し、ファンタジーであることを念頭に考えてみる。すると、その思いついた言葉が【言語移植】によって翻訳され、この世界の言葉として思い浮かんだ。
「えーと“地中にある魔力の流れ”……かな?」
「うん、正解。……知らないみたいだったのに、よくわかったね?」
「あー、わたしの世界って魔法は無かったけど、考え方だけならすごいたくさんあったから、その中にそんな感じのがあったってだけ」
クイシェは漫画やアニメのことを頭に浮かべつつ、そういえばこの世界の娯楽はどうなっているのかを考え始めそうになってしまった。
質問の途中なので脱線せずに、説明を始めてくれたクイシェに意識をもどす。
「あ、あのね? この世界には――――」
この世界では全てのものに魔力が宿り、その魔力は絶えず巡っている。
そしてその中で最も大きな流れが大地を巡る魔力であり、その流れは“地脈”と呼ばれている。
「生き物に血が流れているように、大地には魔力が流れている。でも、大地だけじゃなくて人間にも魔力は流れ込んでいるし、獣にも植物にも、当然食べ物にも流れてる。つまり魔力の流れはこの世界の流れ。その巡りはこの世界そのもの……っていうことなの」
巡りに感謝する、とはこの世界に感謝するという意味だ。
魔術に関わる者のほとんどはこの考え方を多かれ少なかれ支持している。
魔導師は正に魔力の流れを利用する者たちであり、地脈信仰を軸とした術者集団も多く存在しているらしい。
「あ、わたしは……というか、この村の魔導師は『神様だ』とまでは思っていないんだけど……『地脈こそがこの世界をこの世界たらしめている魔導式なのだ』くらいには考えてる、のかなあ」
「かなあ……って、なんかあやふやだね」
「う、うん。誰にも証明できてないし、する気もないんじゃないかな。なんか、ね。『ロマンが大事なんであって実際どうなのかは二の次』なんて言う人もいるから……」
「あーなるほど」
ようするに、そうだったらいいな、ということなのだ。
(ロマン、なのか。いいね)
深鷺は自分が魔術に対してもつ憧れのようなものだろうかと、ロマン溢れる魔導師たちに共感した。
「なんかそれ、わたしも気に入った。食前には必ず言うようにしようっと」
魔力によって支えられ成り立つ世界、というのはカッコイイじゃないか、と単純にイメージが気に入った深鷺だった。
魔法陣が大地を駆け回る平面世界を妄想しながら、お祈りを習慣づけることを決意する。
説明が終わると、今度はクイシェが同じ質問を返してきた。
「あ、み、ミサギちゃん。あの、いただきます、にはどういう意味があるの?」
「あー……えーとー………………確か、いただきます、だから、ゴハンをいただくよ、っていう言葉でー」
(あれ……どういう意味だっけ…………宗教用語?)
普段何気なく使っている言葉だったが、いざどういう意味かと問われると、よくわからない。
「……あ、そうだ。んとね、料理を作ってくれた人、作物を育ててくれた人、お肉になってくれた動物なんかに、感謝の気持ちを込めて言う言葉なの」
いまいち自信は無かったが、深鷺はとりあえず言い切った。小さい頃に、そのように教わった記憶がないでもない。
「そうなんだー。じゃあ、わたしたちのお祈りと似てる……のかな?」
「言われてみればそうかも。どっちも、いろいろなことへの感謝っていうのは似てるよね」
「あ、じゃあ、昨日言ってた、ごちそうさま、の意味は?」
「えーと……そっちもおんなじ。美味しいご飯ありがとうございましたって、いろんな事に感謝するの。この場合はおもに、クイシェちゃんにだね」
「はぅ」
多分間違っていないはず、と深鷺は自分なりに答えてみたが、よく考えてみれば漢字で『ご馳走様』と書くこの言葉、いったいどういう意味があるのだろうか。
(馳走……馳せ参じるの「馳」に「走」?……って、どっちも走るって意味じゃん…………食後に走ったら横っ腹が痛くなる、ってイメージしか湧かないなあ……)
異世界人に問われて初めて気が付く日常用語の無知さ加減に、深鷺は勉強不足を感じた。
食事が終わると、今日もお手伝いだーと張り切る深鷺。村にいる間は村の手伝いをしながら生活するという話になっており、並行してこの世界の生活や、後々必要になるだろう知識などを身につけていく予定だ。
なお、食器の後始末は今回も2人で行った。深鷺は1人で片付けたかったのだが、クイシェは譲らないどころか「座っていて良いのに」と言う。
そこで深鷺は言った。
「これは居候の最低限の義務だから。もし駄目って言うなら、代わりにゴハン作らせてくれなきゃ駄目ー」
「え……う、うん……わかった」
深鷺に自分の食事を振る舞いたいクイシェは、仕方なくその役割分担制を受け入れることにした。
しかしクイシェは思う。
(並んで後片付けするのも楽しいから……まあいいか……な……♪)