#11話:ミサギのお手伝い
深鷺は村の広場で、村中から集まった住人たちと対面していた。
すでに深鷺の存在は村中に伝わっているらしい。
子供がいないこの村にクイシェ以外の年若い子がやってきたということで、興味を抱いた者は多かったようだ。
集まったのが村人全員というわけではないようだったが、数十人が群がっていて、なかなかに騒がしい。
「へえー、珍しいね。ホントに黒い髪だ。獣人? 魔従士?」「普通に人間らしいぞ」「あら、ほんとにまだ子供じゃない……あの変態ジジイ……」
「かわいいー」「クイシェ以外の子供なんて何年ぶりだ」「大変そうだな」
「なんでも遠い故郷から飛ばされてきたんですって」「どういう事だ?」「さあ?」
なお、ギュランダムの昨晩の蛮行(ひゃっほう!)もカウスの口から村中に知れ渡っており、村人たちは突然村にやってきたいたいけな子供を「あの変態から守ってやらなければ」という連帯感に包まれていた。
深鷺はどこか動物園の動物になったような気分を味わいながら、優しくも妙な空気に首をかしげつつ――――どうやら好意的に迎えられていることに安心する。
「コハラミサギといいます、しばらくお世話になります!」
元気よく挨拶する深鷺。表面上はいたって普通に挨拶をしていたが、その胸中は驚きと感動でいっぱいいっぱいだった。
(獣人? ライカンスロープ? 獣耳ッ?)
村人の中には、明らかに人間以外の存在が混じっていた。
ベースは人間なのだが、耳や尻尾が生えていたり、地肌が見えないほど体毛が生えていたりする、そんな存在だ。
よくよく見てみれば、むしろ人間以外の方が多いかも知れない。
人間とほとんど変わらないように見えて、実は瞳だけが猫のものであったり、服の袖に隠れて獣の毛が生えているのが見える者などが結構いる。
深鷺はものすごくいろいろと質問したい欲求にかられたが、もしかすると失礼になるのかもしれないと考え、帰ったらクイシェに聞いてみようと、欲求を心の金庫にしまい込んだ。
(わたしだってなにも聞かれてないしね)
挨拶が終わると、深鷺のお披露目的な集まりは解散となった。
◇
深鷺はさっそくお手伝いを始めることになった。
担当になったのはフリネラという名の若くてネコっぽい女性だ。若いと言っても、深鷺から見れば大人の女性である。
フリネラは見た目どおりの猫系獣人で、耳と尻尾と目がネコのものである。他にも足や腕の一部が猫毛に覆われていたりする。
髪は短くキツネ色で。瞳は緑の猫目。スレンダーでネコらしいしなやかそうな体を、ゆったりとした服で包んでいた。
「人手はいくらでも欲しいけど、いきなりだから準備が追いつかなくてねー。今日の所は雑用中の雑用って感じのものなんだけどー……」
案内された倉は民家よりも大きく、中には箱や瓶がみっちりと積んである。
「じゃーとりあえず、この箱の中身を各家に必要なだけ配って貰おうかなー」
「はい!」
(ファンタジーすぎる……!)
ネコの耳を生やしたフリネラがネコの目で話しかけてくることに、深鷺は興奮を抑えながら質問を返す。
「中身を聞いても良いですか?」
「紙だよー」
「紙ですか」
「うん。そこそこ値が張るから取扱注意ねー。どれだけ必要かはそれぞれの家の人に聞いてー」
「わかりました」
よろしくー、と去っていったフリネラを扉の外に消えるまでは目で追った。
1人になった深鷺は、さっそく一抱えほどある箱を小さなリアカーへ積んでゆく。
「おおっと忘れてたーっ」
「!?」
2箱積んだところでフリネラが戻ってきた。
「びっくりしたー……」
「あ、ごめんね。言い忘れてたことがー」
リアカーの積み具合を見てフリネラは続ける。
「空き瓶を回収してきて欲しいの。みんなそう言えばわかるから。その分リアカーに余裕持たせてね。紙は10箱もあれば足りると思うから。でもって、集め終わったらその瓶に、この大瓶の中身を8分目くらいまで入れて、返してあげてー」
大瓶の中身を確認してみると、そこにはドロドロした真っ黒い液体がたっぷりと入っていた。
「そうそう、ノックしても誰も出てこなさそうだったら、その家はとばしていいからねー。よろしくー」
今度こそ去っていったフリネラを見送ると、さっそくリアカーを引きながら家々を回り始める深鷺。
村の地図や規模を頭に入れるため、まずは適当な方向へ向かい一番端らしき家まで歩くことにした。
「ごめんくださーい」
ノックと共に呼びかけると、すぐに扉が開いた。
「ずいぶん早いね。改めて、はじめまして」
(おお……)
鬣を揺らしながら現れたのは、一言で言えばライオン男だ。シルエットは人だが、顔つきや肌触りは限りなくライオンに近い。獣寄りな容姿の獣人だ。
改めて、ということは先ほどの集まりにもいたのだろう。
身長はミサギとさほど変わらないが、恰幅がよいため背丈のわりに大きく感じられる。立派な鬣もそう感じさせる一因だろう。
フサフサの鬣が肩や胸を覆っている。
年齢はわかりにくいが、中年に差し掛かったあたりだと深鷺は感じた。同じネコ科の獣人だが、フリネラとはまったく印象が違う。
深鷺は改めて挨拶と自己紹介を行い、お手伝いに来た旨を伝え、村の地理について質問する。
「これよりも向こう側に、まだ誰か住んでますか?」
「いいや、このあたりは僕の家がはじっこだよ」
「わかりました。では、紙のお届けですっ! ……どれくらいいりますか?」
「助かるよ。2束貰えるかな」
「はーい、どうぞー!」
紙はミサギが学校で使っていたノートほどの大きさで、ある程度の枚数ごとに紐で縛られていた。それを2束渡す。
「あと、瓶も回収する事になってます」
「ああ、そうだね。ちょっとまってて」
ライオン男は家の奥へ瓶を取りに行き、すぐに戻ってきた。
「はい、よろしくね。これ、服につくと落ちないから気をつけて」
そういうライオン男の服は所々真っ黒に汚れている。作業着のようなので問題はないのだろう。
「確かに受けとりました。また後で返しに来ますのでっ」
「急がなくて良いからねー」
深鷺はこうして、受け渡しと受け取りを数十件とくりかえし続けていった。
巡った内の3割ほどは留守だったのか反応が無く、また外れの方には行かなくて良いと途中で教わったため、完全には村を回ることなく1周目を終えた。
「うわー……すっごいドロドロ」
墨色のトンカツソース。そんなイメージを抱いた深鷺。聞いた話ではこの液体はインクらしい。
倉へ戻ってきた深鷺は、回収してきた空き瓶に大瓶の中身を注いでいった。
「持ってきました!」
「はい、どうも」
間違い防止と記憶の整理のため、効率を無視して1周目と同じルートを通りながら、中身を入れた瓶を返却していく深鷺。
巡っている途中、追加で配達や回収の依頼があったりしたため、なんだかんだと全ての家に配り終えた頃には日暮が近かった。
最後の家でお茶に誘われたので遠慮無くいただいていると、クイシェが迎えに来た。
部屋と夕食の準備が整ったという。
「あら、うちで食べていってくれると思ってたのに……」
「だ、だめです……!」
「あらあら」
お茶をくれたおばさんによる夕食の誘いを、クイシェが間に入って拒否していた。




