#序:帰り道
焼けたオレンジ色の空。
黒いアスファルトの道。
遊び疲れて、それでも時間が許すのならまだまだ遊んでいそうな子供たち。
無邪気な別れの挨拶が飛び交う中、彼らとすれちがうスカート姿が1つ。
鞄を肩に引っ掛けて軽やかに歩く黒髪の少女だ。服装はこのあたりでよく見かける、中学校の指定制服である。
分かれ道にそれぞれ散って行く子供たちを眺め終えると、後ろ向きに歩いていた少女は正面に向き直った。そして道行く先に懐かしいものを見つけると、テンポ良く飛び跳ね始める。
「けん、けん、ぱっ」
深鷺はアスファルトに描かれたいくつもの白い円の中を、片足、片足、両足、と踏んでいく。
「けん、けんけん、けんけんけん……長っ!」
片足だけで十数回飛び跳ねた。
小さな頃は自分も、似たような……いや、これ以上に意地悪で挑戦的なステージを作っていたものだ、と思い出す。
とんとん、とん。
動きに回転などを加えつつも危なげなく踊るようにステップを繰り返す。
(さすがに円3つ、とかはないかー……?)
3つの場合は手も付ける。4つなら両手両足だ。
5つ――描いてはみたものの、どうしていいか誰にもわからなかったところに深鷺の兄がやってきて、頭を使った技を披露し……たんこぶを作った。
「あの姿勢はありえなかった……ハト兄は体柔らかいからなあ……。泣いてたし……」
兄の勇姿を思い出し、くすりと笑う。
「あ、いまならツイスターゲームと合体させて、新しい遊びが作れそうかも?」
突然のひらめきをこね回し始めた深鷺は、自分が踏んできた円がずいぶんとしっかり描かれている事に気が付く。線がやけにハッキリしていることから、軽石などではなくちゃんとチョークを使って描いたのだろうと考えた。円も綺麗すぎるので、もしかするとチョーク用のコンパスを使ったのかもしれない。
そういえば、なにか棒状のものを持っていた子がいたような。
(あれってどこで買えばいいんだろ。まさか学校から勝手に持ち出したり、とかじゃないよね……まあ、自作するという手もあるかな)
アスファルトに円を描くなら火ばさみと軽石でもいいだろう。火ばさみの代わりに紐でも良いかな?
と、思考があっという間に脱線した。
(カラスが泣いても帰らない……!)
軌道修正するも、やがてカラスの鳴き声が聞こえてまた脱線。
(ららららららししらーそら?)
電線が五線譜に見えて音楽の授業を思い出し、また脱線。
そんなことを繰り返し、あっという間に数分が過ぎたところで、先ほど浮かんだ良い考えがなんだったのかよくわからなくなってしまい、また跳ね始める深鷺。
西の彼方へ沈んでゆく太陽。
夕焼けから宵へと染まりつつある空。
とんとん、ととん。
完全な道草である。
「えーとなんだっけ。あ、そうそう、ツイスターだ。半回転ひねりけん、けん、ぱ――」
深鷺が両足を開いて着地した、そのとき。
両足の先から頭の天辺まで、なにかが駆け抜けていった。
…………。
……。
完全な暗闇の中。
数十名の暗色のローブを身に着けた男たちが、それぞれ定められた位置に立ち並んでいた。
百人を収容してもまだ余裕があるだろう大部屋。
その中央から半径10数メートルの位置には、部屋を球状に刳り貫くかのようにデザインされた外側へ弧を描く柱が無数に立てられており、男たちは柱によっって区切られた空間の内側に立っていた。
彼らの足下にはそれぞれ1冊ずつ本が置かれている。本、と表現したが、見開けるようなものではなく、数十頁分の紙束を厚手の表紙と裏表紙で挟み込み、上下の端を紐で縛って纏めただけの代物だ。
「構え!」
1人の男の合図で彼らは屈み込み、本の表紙に片手を押しつけた。表紙には記号のような模様と記号同士を繋ぐ線、少しの文字が書かれており、彼らの指はそれぞれが記号を押さえるよう配されている。
更なる合図で、彼らの手の平と本の間に光が生まれた。魔力が流し込まれたのだ。
光は本の内側を通り、やがて床へと流れ出す。床に描かれた幾何学的な紋様を伝い、柱、壁、天井へと順に光が満ちていく。
そうして大部屋は眩い光に包まれた――にもかかわらず壁や床、部屋にいる者たちが姿を浮かび上がらせることはない。
なぜなら、その光が厳密には光ではなく“魔光現象”と呼ばれる、活性化した魔力が精神に見せる幻であるからだ。
「全員、結界の外へ」
光に溢れていながらも暗闇に包まれた空間の中、本に手を置いていた者たちは指示に従い、弧を描く柱の外側へ。
縦横無尽に走り回る魔光の流れはやがて規則性を持ち、より強く輝きを増してゆくにつれ、部屋の中心へと集まり始めた。
(さあ……どうだ!)
指示を与えていた男は、強く念じながら魔光の集う先を見た。
そこには1本の杖が垂直に突き立てられている。
長さは人の腕ほど。杖の頭部には竜の翼を模した装飾が施されていて、中心には蒼色の宝玉が嵌め込んでおり、その杖が歩行を補助するためではなく、権威を象徴するためのものであることを感じさせる。
柄部分には頭部の装飾から続く無数の紋様が刻まれ、そのまま石突きを通り床の幾何学紋様とも繋がっている。
魔光がその繋がりを通り、杖を駆け上がってゆく。
杖の先端に吸い込まれた魔光は、嵌め込まれた宝玉と同じ蒼色に染まり、集う魔光よりも更に強く輝き始めた。その蒼い光が生まれて、初めて周囲の空間が照らされる。
蒼光によって緊張した表情を露わにされた男たちは、皆一様に中心を凝視していた。今度こそ、今度こそはと、念が込められた視線が向けられている。
男たちは大きな期待と共に成功を確信していたが、不安が皆無というわけでもなかった。