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いちごの彼

 初めての連載なので頑張りたいと思います。


 家に帰るとカシャカシャとすっかり聞き慣れた音と微かに甘い香りがした。

 「ただいま」

 「おう」


 台所でボウルを抱え込む兄に声をかけると相変わらずの仏頂面でぶっきらぼうな声が返ってきた。別に兄は怒っているわけじゃない。元々こーゆー顔なのだ。


 「今日は何作ってるの?」

 「イチゴ…食いたいってさ」

 ボウルの中からツノの立ったキレイな生クリームを満足そうに見つめた兄が言う。長身で強面の上無口な兄の趣味は、ケーキ作りだ。


 「暇なら向かい行ってイチゴとってきてくれ」

 「了解」


 カバンを部屋に投げ入れるとさっさと着替えをすませ、慣れ親しんだ向かいの家の扉をチャイムも押さずに開けた。


 「おじゃまー。イチゴどこー?」


 家に入るなり誰にでもなく問いかけ声をかけるが返事も待たずにズカズカと中へ入っていく。途中に出くわした住人は今日もバカそうな顔で笑った。


 「おー明日香。いつ聞いてもデカイ声だな」

 「夏樹にだけは言われたくない」


 彼に続いて「あがれよ」などという言葉も交わさず暗黙の了解で奥へ進む。彼も私と同様振り返らずとも私が付いてくることを知っている。


 「冬路は?」

 「部活。こんなに続くとは思わなかったけどなぁ」

 「そう?私は三年続く気がするけど」

 「マジで?入部動機が「フルートが吹いてみたいから」とかありえないって」

 「冬路っていつもそうでしょう」


 くだらない世間話をしながらリビングに着くと、カレーのいい匂いがした。今日の夕食は絶対においしい。だって…腕が良いから♪


 「あぁ明日香、おかえり」


 奥のカウンターキッチンから穏やかに微笑んだ彼はこっそりと私に手招きをする。


 「ただいま。イチゴとりに来た♪ってゆーか今日の夕食、愁兄に押しつけちゃったみたいでごめんね?」

 「構わないよ。唯兄テスト期間中だし…それに、面倒だからカレーにしちゃったし♪」


 行ってみるとちょうどカレーは仕上がりにかかっていて、味見用にと小皿に取って渡してくれた。それは最初は微かに甘い匂いが鼻をかすめたが、口に含んでみると意外にもピリリとした辛味が舌を刺激した。皿を返しながら「おいしい」というとニッコリと穏やかに笑った彼は愁兄こと高村愁(タカムラ・シュウ)はこの家の長男で、幼いときからお向かいさんで育ったから兄同然のような人。ちなみに私の初恋というか、憧れの人。


 「私愁兄のカレー好き♪」

 「俺と冬路が作ったときはブーイングしたくせくに!」


 カウンターの向こうから叫んだ夏樹ナツキはそうしながらも愁兄に自分の分の味見の要求を忘れない。ちゃっかりした性格の次男で、私とはタメになる。


 「当たり前だから。だいたいニンジンもじゃがいもも平気で生で食べれる程私は頑丈に出来てないの」


 言い争いをする私達をよそに愁兄は楽しそうに鍋の中のカレーを混ぜる。

 「そうそうイチゴだったね?」

 「そうだ!唯兄がもってこいって。すっかり忘れてた」

 「あーあ、唯兄可哀相に。今頃一人寂しく生クリーム、バターにしちゃってるかもしれないぜ?」

 「あー、やりそうだな」

 「冗談じゃない。本気でやりそうだし」


 ふざけた夏樹の口調に愁兄が同意を示すので、慌てて席を立とうとした私を次の瞬間聞こえた声が止めた。


 「大丈夫。イチゴおいてきた」


 開かれた扉からはここにいる誰よりも小さな、この場所での一番の年長者が顔を出した。何故か見せつけるように、口にイチゴを加えて。


 「ちー姉何でイチゴ食ってんの?」

 「唯君にイチゴのケーキ作ってもらうの」

 「つまんじゃっていいの?」

 「“勝手にしろ”って」


 そういいながら彼女は子供のように愛らしく微笑んで美味しそうに苺を食べ終えた。


 「それで、勝手にしたのか」


 ちー姉こと千春(チハル)さんは、高村家長女で現在高校三年生だ。ついでにうちの兄貴と同い年…みため、かなり年の差あるけど。

 お向かいの兄弟がだいぶ揃ってきたので、私姫宮明日香ヒメミヤ・アスカは自宅でせっせとケーキの制作をする兄唯ユイの手伝いにでも行くことにした。




 苺の顔が好きです。真っ赤な小さな果実はどこかミステリアスで、赤に散らされたツブの数程魅力を持っている。そのまま食べれば水水しい甘さと少しの酸味が口に広がる。練乳をかければまろやかな甘味。牛乳とブレンドした苺ミルクは優しい甘さにホッとする。ジャムにジュースにクッキーやキャンディーとケーキ。苺はたくさんの顔を持っている。

 だけど、私の一番好きなのは苺のショートケーキ。甘い生クリームとスポンジの間で苺は水水しい酸味の役割をする。ケーキは甘いだけじゃおいしくない。



 教室ではいつものようにおなじみの連中が集まり、何でもない話を楽しそうにしていた。毎日毎日、同じことをして何が楽しいのか私にはいまいち分からない。その中の一人高村冬路タカムラ・トウジがふいに集団から抜け出して教室を出た。彼がそーゆー行動を取るのは珍しいことではないので、彼等はさして気にとめた様子もなく会話を再開した。私はなんとなく彼の後姿を目で追っていた。


 「あ、森下さんさぁ吹奏楽部だったよね?」


 先ほどの集団の一人の女子生徒が誰かの机にどっかりと座ったままで私に声をかけてきたので、驚きながらうなづいた。


 「そうだけど?」

 「冬路さぁあんなんで大丈夫なの?うちの吹奏楽部って、割と本格的でしょ?」

 「しっかも、「フルートが吹いてみたい」とか、どんな入部動機だよって感じだしな」

 「そうそう!」


 先ほどの女子生徒の話に今度は隣の男子生徒が乗ってきた。彼等の言うとおり、高村冬路は入学当初から私と同じ吹奏楽部でフルートを担当している。


 「高村君、マジメにやっててすごい上手いよ?先生はカンがいいから、ほかの楽器もやらせてみたいって言ってたけど」

 「冬路トランペットとかやるの?」

 「今の所、その気はないみたい。この間先生と話してたの聞いたから」

 「冬路、なんだって?」

 「えっと…“持ちなれてきたばっかだから、フルートが良い”って」

 聞いたとおりのセリフを伝えると彼等ははじかれたように笑い出した。

 「やっぱ冬路だ!」

 「ほんと、もっとさ“持ちなれた”以外に断り文句なかったのかよー!」


 どうしたら良いか分からず私は彼等に愛想笑いをして、同意を示した。




「森下さん、ちょっといい?」


 放課後、部活は休みでも音楽室ではさまざまな音が響いていた。声をかけられ振り向くとフルートを片手に持った高村君が目の前に立っている。


 「悪い、ここの小節上手くいかなくて、教えてもらる?」

 「練習熱心なんだね。高村君」

 「もっと上手くなりたいし。森下さんの足引っ張ったら悪いし」


 入部当初から彼はどうしてかよく私を頼ってくれたおかげで始めはクラスこそ違ったものの、彼とはだいぶ親しくなれた。


 「そう?高村君上手だよ。もっと、私より上手い先輩とかに教えてもらったほうが伸びるかも」

 「森下さんに教えてもらうとよくわかるから」


  無邪気な笑顔でそんなセリフをさらりと言ってのける彼につられて笑ってしまう。


 「じゃあここだと他の音と混ざって聞き辛いから屋上行こうか。高村君のフルートが、一番良く聞こえる所」


 少したてつけの悪い扉を強引に開けると気持ちの良い風と青空が目の前に広がった。部活のない放課後、こうして屋上で聞く彼のフルートの音色はとても繊細でキレイだった。その音を私しか知らないのがなんだか勿体無い。


 部活中に聞く彼の音色はどこか焦っている。室内で聞くと窮屈そうで、中庭では少しアップテンポ。それは初心者故のことなのか、彼の音色は場所によって異なった。その場その場によって、さまざまな顔を見せる、苺のような彼に私は密かに憧れを抱いている。


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

ご指摘など頂けたら幸いです。

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