第1話 ぼく、赤ちゃんになってるんですけど
とあるやさしい魔法の国。
森と小川に囲まれた小さな村の、小さな家の、小さなベッドの中で——
皆が寝静まった真夜中に、ミカは目を覚ました。
黒目がちな目をぱっちり開き、
小さな手足をぱたぱたと動かす。
日中起きているところに会えなかった、とがっかりしていたお父さんが見たらびっくりするくらい、元気いっぱいだ。
「あー、あー、あー……」
この世に生まれてまだ1週間。
もちろん言葉はまだ話せない。
けれど。
可愛らしい動きと見た目に反して、その心の中は大嵐だった。
(なんか!体が思うように動かないんですけど!!)
(言葉も喋れないんですけど!!)
(というかこれ——)
(完全に赤ちゃんなんですけどーーー!!?)
静まり返った夜の中。
窓の外からは、ほう、ほう、と梟の鳴き声が聞こえてくる。
ミカはぱたぱたと必死に手を動かした。
しかし短い腕は空を切り、
ぽとりと布団の上に落ちる。
(……とどかない)
(なにも、とどかない)
しばらくじたばたしたあと、ミカは思った。
(……落ち着こう)
(こういう時は、状況整理だ)
・体が小さい
・声が「あー」しか出ない
・首がすわってない
・力が弱い
(うん)
(どう考えても赤ちゃんだ)
ミカは静かに天井を見上げた。
(……なんで?)
もちろん答えは出ない。
そのとき。
ぎぃ、と扉が開いた。
たたっと小さな足音が近づく。
ミカは必死に目だけを向けた。
やってきたのは、小さな男の子だった。
まだ子どもだけれど、ミカよりはずっと大きい。
少年はベッドをのぞきこみ、にっこりと笑った。
「ミカ。ミーカーくん、起きてたの?」
やさしい声だった。
ミカは内心で固まる。
(誰!?)
少年は恐る恐るといった手つきでミカを突っついた。
(何するの!!)
「あー!」
思わず声が出る。
「ふふっ、元気だねえ」
少年は嬉しそうに独り言をつぶやいた。
「お母さん起こした方がいい?でも泣いてないから……いっか」
そして、ミカの頭をぽんぽんと軽く撫でると、
「僕はリアムだよ。」
少年は少し照れくさそうに笑う。
「ミカくんのお兄ちゃんだよ。ミカくんは僕が守ってあげるからね」
その瞬間。
ミカの胸は温かいもので包まれた気がした。
(……リアム)
(…お兄ちゃん)
赤ちゃんの頭では複雑なことは考えられない。
けれど、ひとつだけはっきりした。
(この人は)
(たぶん、すごく大事な人だ)
ミカは小さな手を動かして、
きゅっ。
リアムの指をつかんだ。
「あれ」
少年は少し驚いた顔をした。
「もしかして、僕のこと好き?」
「あー!」
ミカは力いっぱい答えた。
(好き!!)
もちろん言葉にはならない。
けれど少年は嬉しそうに笑った。
「そっか」
そう言って、もう一度頭をなでる。
そのときミカは、まだ知らなかった。
この日から始まるのが——
自分の長い長い「お兄ちゃん大好き生活」だということを。
そして。
この村の外には、
精霊と魔法と、小さな冒険が待っていることを。
でもその全部に——
お兄ちゃんが、きっといっしょにいる。




