隕石ゲラーガ、地球へと征く
申し訳ありませんが、想像してください。
見回せど端さえ目が届かないほど広く背高い、分厚い岩のピーナッツを。その岩ピーナッツが遥か彼方、超高次元から皆さんの住まう地球へと、超爆速で迫り来る様子を。
それは今から叶います。それではその様子を見ていきましょう……。
地球から3654垓次元ほど離れた、超絶爆滅極悪地獄異次元宇宙。その片隅の片隅、そのまた更に片隅に、万年夕景色の黄昏星がある。
この星の猛毒大気によるイカれ環境は、その圏内に居座る全てに1秒につき約8756京年の老化・劣化を与える。
つまり皆さんが降り立ったとしたら瞬時に8756京歳にしてしまう、この超殺人星。まさにその夕暮れ空を、隕石ゲラーガⅡは突き進んでいた。
ひび割れも欠けもせず、あのデコボコした穴だらけの、よくイメージされる姿で彼は、黄昏を恥ずかしげもなく切り裂いていく。その行き先は当然、地球。
さあ、このままでは大変です。あと3時間もすれば、彼は母なる地球へと到達します。
重ねて申し訳ありませんが、想像してください。
特に背高くも低くもない、なんだか普通ぐらいの体格の女の子を。手足の長さは背丈の半分近く。
背にかかる、流れ落ちるような、暖かな南国の海を思わせる髪。明るい緑色をしたミニ丈の長袍を着用し、膝上から足首までをワイン色に染め、黄色い柔革のベタ靴を履いた姿を。
そのような娘が今、超絶爆速で黄昏星の夕暮れ海岸、その砂浜上を滑るようにして両手を背後に広げ、髪をバタつかせ、うつ伏せ体勢で飛行しています。
それは次第に遥か上高く隕石へと距離を詰めていきます。皆さんが傍にいたとしたら、多分ソニックブームで大変なことになるでしょう。
この女の子が未来指定です。よろしくね。
さて、未来指定略して未指定は隕石めがけて超速接近。超絶長生きの真砂どもを蹴散らし立て、ついに激しい音を炸裂させて、空高く高く飛び上がります。
飛びながら未指定は無言で両手刀を差し向け、視界いっぱいに広がるクソデカい隕石へ狙いを定め、
「……!? えっ?」
その時です。隕石から複数の小さな影が放たれ、それらは次第に両者の間で膨れ上がり、複数体のモンスターの形を成しました。
イノシシ頭にヒレを生やしたウロコ肌の巨漢、サカナイノシシ。
「ブルォウッ! ブフ!」
膨れた骨のような甲冑に身を包んだ巨漢、魚顔のオステウスガリス。星型顔のオステウスビニア。
「ギシャアッ! シャギギ……ッ」
「ガホラァ! グクク……ッ」
そして、身の丈を超えるロングバレル・ライフルを携えた、ロブスター頭に板鎧姿の太った巨漢、ナレベウス鉄砲士。
「ガァア~ブフフ! シャゲェーッ」
以上、4体。未指定の体格を縦にも横にも倍にしたぐらいのそうそうたる巨漢チームが、ここに結成された。
即座にサカナイノシシが鼻息荒く突撃し、ナレベウスが超殺人鉄砲弾を乱射する。
「ボフバアッ! ボハァーッ!」
「ゲ~ギシャシャシャ! シャゲッ!」
「何っ! くっ」
未指定は急軌道で身を引き、そこをサカナイノシシが超爆速落下で突き抜ける。さらに滅茶苦茶に降ってくる砲弾の雨の間を飛び交い、隙を突いて未指定はナレベウスへと指をかざした。
「球体状の"死の未来"!」
「ボヘアッ! アゲェーッ!」
目に見えない力の球体が、ナレベウスの太い胴体から発生し、膨れ上がる。しかし彼はものともせずに、音を立てて殺人ランチャーを構え直した。
ナレベウスの砲弾は、11次元以下の物質ならば着弾するなり問答無用で完全分解する威力を持つ超殺人弾。当たれば必殺。
「バ~ホホホホ! バギ!」
「ふん……っ、あっ!?」
目を細めて迎え撃とうとした未指定は妙な声を上げて、体勢を崩した。いつの間にか音もなく空を滑り泳いできたオステウスガリスに、足首を掴まれ引っ張られたのだ。
ずらりと牙の並んだ口を開け、太い腕の先にある尖ったツメを振りかざすオステウスガリス。彼はトドメを他人に任せるつもりなどない。
「ギシャァ~ブフフフ! ハギァーッ」
「くっ……! てぇめえ~っ!」
ガリスがパワフルに腕を振り上げると同時、未指定は立てた指を振り抜き、魚男に死の未来を浴びせた。
「アガァハッ!」口から音を漏らし、片手を離して落下していくオステウスガリス。未指定は人差し指を立てた……指杖を構えたまま、
「……鬱陶しい!」
「ガアッ! ボゲヘェ~……ッ」
背後から迫り来るオステウスビニアにも死の未来を与えた。絶命まではいかずとも、飛行を保てない衝撃がビニアを砂浜へと下ろしていく。
さて、この間だが未指定は頭を熱くして、完全に忘れていることがあった。
未指定の腰後ろにガチン、と硬質な感触。彼女の背後には既に、長銃砲を両手に抱えたナレベウスが接近していた。
「しまっ……!」
「ア~ブヘベ! ベヘア!」
超接射。無慈悲な爆発音が何度も響き渡り、未指定の小さな体は爆炎に何度も折り畳まれた。
「ぎゃっ」
ただ一声だけ残して、後は炎と轟音に飲み込まれ、未指定は遥か真下の砂浜へと落ちていくのだった……。
「──いやぁああああ~っ! わ~ぁああああああ~……っ!」
ひるひると落ちながら、何やら悲鳴を上げているが、勿論これは演技である。抜け目のない未指定は叫び声に"死の未来"を乗せて、待ち受けるサカナイノシシたちに少しでもダメージを与えているのだ。
尾を引く涙さえ、演技である。これは後から追い付くであろうナレベウスに少しでも弱体化させるための液体状の"死の未来"。あくまで戦略なのだ。ええ、はい。
「ひぃあっ! ひ、ああぁあ"ッ!」
その証拠に未指定は惚れ惚れするほど華麗に身を翻し、呆れ返るほど優雅に砂浜へと浮き降りた。この落ち着いた着地こそ、超高度からの自由落下を恐れはしなかった何よりの証拠である。
「はぁ、はぁ……。こ、怖かった……」
これも真っ赤な嘘である。あえて油断した隙を作り、敵の攻撃を誘ったのだ。
実際、すぐにサカナイノシシが太く長い腕を振り回して叩きつけてきた。
「バハアッ! ボヘァ~ッ!」
「──おっと」
轟音が炸裂し、余剰衝撃が風となって砂粒を散らす。未指定は片腕を盾にサカナイノシシの巨腕を受け止め、指を立てた片手を、イノシシ男の広い胸へと差し向けた。
「"死の未来"」
「ガッ! ボフアァッ!」
球体状の未来が膨らむと、サカナイノシシの巨体が嘘みたいに弾かれ、転がり飛ぶ。解放された未指定の横合いからガリス、ビニアの魚ブラザーズが似たような腕を振り上げ突貫する。
「ガアッ!」
「ギシィアッ!」
砂が舞い散り、未指定が跳び回り、理性のない同時攻撃がめったらに暴れる。
別に全部避けられてる訳ではないが、合間に挟まれる未指定のビンタやキックが、次第にそして確実に彼らの攻撃威力を"殺し"ていた。
「ガッ……!」
「ァ、ブガ……ッ。ガアッ!」
ついに未指定がベタッと地面に這うような体勢から繰り出す胴回し蹴りにすら転ばされ、ビニアは砂を舞わせて尻餅をつく。
彼を蹴立てたガリスが未指定に向き直ると、小さな体の彼女は尖った骨の鎧にタックルし、よろめいて後退りしたガリスに指を立てて、死の未来を滅茶苦茶に撃ちまくった。
「ボシュロォ~ッ! ガフ、ギベア!」
「ゴ! シュガロ……!」
口々に喚きながら砂を巻き上げて絡まり、転がり離れゆくオステウスたち。
いよいよ未指定の遥か後方に砂を立ち上げて巨漢ナレベウスが降り立ち、性懲りもなく殺人砲弾を連射する。
「ギィ~シュシュシュ! ベドア!」
未指定は振り向き様に帯状の"死の未来"を広げ、超殺人弾の雨あられをしのぐ。
もちろん追加が発砲されるが、走り出した未指定は最早、手で叩いたり平らな胸で受け止めるのみで、まるで意に介さなかった。
「ギシュアブア! ヘガ!」
「……っ、オォラァ!」
「ド──ブドア~ッ!」
未指定の身を投げ出すようなドロップキック。体重というよりは未来を乗せた超殺人キックを浴びせられて、ナレベウスはライフルすら取り落とすほど怯み上がり、すっ転んだ。
ところで、砂に塗れながら転がった未指定は間抜けにも、また忘れていた。遠くから砂と白波を蹴立てて飛び込んでくる、筋肉の化身の存在を。
「──ガドベヘァア~ッ!」
「! ヤッバ──」
「ギシュネア!」
小高い山ほどあるような、異常隆起・膨張を果たした筋肉の怪神。丸太というより神木のような太く長い腕を躍らせ、フルパワーのサカナイノシシが未指定に迫る。
慌てて身を起こした未指定だが、筋肉少な目な彼女が指を立てるよりも、超絶筋肉盛りに盛ったナイスバルクの権化の方が、残念ながら素早いのだ。
「ひ──」
「アガッシュ! バホゥウウウウッ」
悲鳴が上がったかどうかは定かではない。けたたましい轟音と爆裂炎が立ち上がり、筋肉山が少女の肢体など塵も残さず粉砕したからだ。
爆炎と粉塵の中を突っ切り、長々と砂を蹴散らしてサカナイノシシは漸く止まる。そして異常隆起した筋肉の上で、イノシシ頭は辺りをキョロキョロ見回した。
「……」
生体反応、なし。もう周囲に動くものは、砂とか波、風だとか、そんなようなものしかない。
目的を果たしたサカナイノシシは、クルリ! と踵を返して、他の生命を探しに戻る。
その背後から、
「──長槍型の、"死の未来"っ」
「! ギャシュア──ギベッ!」
未指定が現れ、無色透明な槍型の未来を振り上げた。槍というか、捕鯨銛ほどの大きさをした未来は広い筋肉山の背をとらえ、振り向くのが遅れた巨漢の神を地に堕とす。
未指定は両手を振り上げた勢いそのままに身を翻し、槍型の未来を捨てて小さな拳を作り、それから片膝をついたサカナイノシシへと突進した。
「バホゥアッ! ギベガア~ッ!」
巨木のような腕を振り回すサカナイノシシが筋肉の台風と呼べるなら、未指定は風に巻き上げられながらキリキリ舞う、緑の迅雷だ。
消えたり現れたりしながら膝や肘を入れ、また退いたり纏わりついたりして蹴りや球体未来を叩き込む。次第に台風は風速を落とし、いよいよ本格的に死が近付いた。
「アガハ、ボフ……!」
元気に動く死体などありはしない。あるとしたら、それは死人とは呼べない。
サカナイノシシは機能の停止へと向かい、心なしか筋肉も萎み、両腕も力なくくずおれた。
「ゲギギョリハ……ハベ……!」
「口ばかり達者なんだから……んっ?」
アホの未指定も、さすがに四度目は気付く。白砂を立ち上げ、オステウスたちが飛び上がり、ナレベウスが殺人砲を構え直す。
逞しい両腕からツメを振りかざすダブル魚マンに、砲弾の量を溜め込むエビ頭の鉄砲士。もう未指定は慌てずに振り向き、両手を差し向け、弾かれたように手首から広げた。
「ギョ~シュフベ! アバァ~ッ!」
「ギシュギシャア! ギャシャ──」
「──"私以外が動作を止めた未来"」
ビタリ、と全員の動きが止まる。巻き上がった砂は落ちることをやめ、一部の白波は仲間に連れ合うことをイヤがり、風が流れ行く様子を終えた。
隕石ゲラーガが変わらず空を進む中、その真下ではオステウスたちが中空に留まり、無数の殺人砲弾が放たれたまま停止し、未指定のみが悠々と動く。
未指定が片手を扇いだ。オステウスたちの向きが変えられ、空中で向かい合う形になる。
四方八方の炎纏う殺人砲弾を、未指定が叩いた。軽く叩かれただけで砲弾は退けられ、周りの風と炎が不自然に歪む。
砲塔を構えたままのナレベウスへと、未指定は軽い足取りで近寄り、抱きつくように体を引っ張り、砲塔の先をサカナイノシシへと向けた。
未指定は、ふわりと離れ、当然のような顔して指を立てた。
「"私以外も動ける未来"」
「──アガギ、バゴアッ!」
「ギィイッ! ハベア~ッ!」
地獄が始まった。オステウスたちは中空で互いの胸を抉り合い、砲弾の雨が彼らを襲い、巻き込まれたサカナイノシシへ更にナレベウスの続きの砲撃が叩き込まれる。
慌てて狙いをつけ直すナレベウスを、未指定の無感情な横拳が大きくカチあげ、殺人仲間の元へと吹っ飛ばした。
「バ──ギベハア~ッ!」
もんどり打って転がり、砂と潮風に塗れる殺人巨漢たち。口々に音を喚き立て、互いを突き飛ばしてでも尽きた力を込めて、再び立ち上がろうとする。
何のために? もちろん、できるだけ多くの生命を殺すため。
「お前らの願いが叶うことなどない。球体サイズ、メガマックス。成立強度、フルパワー」
「ガ~デベヘベ……! アギガベラ、バヘ!」
「球体型の、"死の未来"」
未指定の周囲、同じように指を立てた6体の未指定が乱雑に配置され、それらが辺りを飛び交い、やがて元の未指定1人に収束して重なり合う。
白んだ虹色に激しくビカつく未指定が、ふわりと身を傾けながら両手の指杖を広げると、射抜かれた殺人サークルの巨体たちから未曾有の球体型未来が発生した。
「ガ、ギギ、バッ! ギブォ~……ッ!」
「バヘヘガ、ブハ、ハベアッ!」
連続した細かな衝撃と炸裂音。おびだたしい数の火花が飛び散り、軋んだ殺人巨体が制御を失った力を雷にして解き放つ。
明るいオレンジの空を撫でる程度に細い雷が数筋、躍り。
「ゴ~ギベヘィアッ! ガベ──」
何やら元気に叫んでいた音さえ飲み込み、山より高い大爆炎が立ち上がった。
すかさず未指定は遥か高くの隕石へと振り向き、再び両手の指杖をかざす。今度は16体に増え、再度収束し、より激しく白くビカビカに瞬く。
「"隕石ゲラーガが砕け散った未来"」
もう彼を守る騎士などいない。横倒しの岩の巨体は驚くほど呆気なく、膨れ上がった未来に粉砕された。
未指定は激しさを落としたビカつきのまま、更に両手をくるりと回す。
その時だった。
「"岩の欠片たちがこの世に"──んっ?」
「──! ──!」
「えっ……? はっ?」
遥か高く、天に炸裂して散らばった岩の山たちが小刻みに奮え、パワフルに寄り集まって再構成を始める。
前のゲラーガはこんなことしてこなかったのに。それを言うなら巨漢騎士団すら出してこなかったが、勝利の余韻というものは、かくも人の隙を作るのだ。
とにかく、異常事態を前に狼狽えるしかしないアンポンタン未指定の前で、まんまと岩たちは巨大な怪獣形態を完成させた。
見よ、この鬼のような面立ちの尖った岩山々の密集した顔。ありえないほど巨大で広く、すごく背の高い筋肉岩の胴体。太いツメを備えた太く長い腕に、短い割には異常に太い、曲がった脚。
首後ろから肩に広がり、背中から足首までを覆う、広く尖った岩山のウロコ。そのクソデカい尻に見合った、太く長すぎる万里岩の尾。
立派なゴジラ体型の、シンプルながら完成された姿をした超絶破滅的殺人魔獣。これも全部、未指定のアホな油断のためです。あーあ!
「──ギャオォオオ~ッ! お前らの願いが叶うことなどない!」
「……! ……!」
「お前らの願いが叶うことなどない! 口ばかり達者なんだから~! お前らの──!」
見上げるような高い体を揺さぶって、どこかで聞いたような言葉を、聞いたような声で──ただし、その超絶巨体に見合った野太さとクソデカ音量で、怪獣ゲラーガは吠え立てた。
未指定は顔に手をピシャリとやり、さすがに少し反省した。この程度の言葉すら、彼らが拾うには充分な量だったのだ。
さて、その代償は今、支払われる。ゲラーガはおぞましい軋みを立てて、長く広がる山のような腕を振り上げた。
「──叶うことはない!」
けたたましい炸裂音を立てて、大気を巻き上げて巨腕が落ちる。唸り、叫び、もはや声ともつかない音と共に、どう考えても未指定の小さな体にはオーバーキルすぎる一撃が振り下ろされた。
未指定は身じろぎ一つせず、細めた目で睨み──
「……ちっ」
舌打ちを残して、轟音。砂どころか岩盤までを捲り上げて、辺り地形を粉々のグシャグシャに崩し、爆炎すら土砂と岩壁に阻まれる。
「叶うことはない!」
追撃。ゲラーガは更に片手を叩きつけ、浮かした片手を、また叩きつける。海岸線は歪み、抉られ、波が暴れて地を舐める。
「口ばかり! 叶う! 願、叶う!
達! 達達、達! 叶う、こと!」
生命反応などとうに消えている。しかしゲラーガは叫ぶ度に執拗に、執念深く破壊した。時折、背後にも尾を回し、腕を振り抜き暴れ回る。
「お前らぁあああああ~! ……」
最後に一際大きく叫ぶと、ゲラーガは腕を引き、辺りを見回した。
もはや黄昏星の表面はさんざに抉られ、波が暴れ立ち、散らされた砂の欠片が細長い無数のクレーター肌を舐める。
「……」
満足したゲラーガは頭上を見上げ、その巨体を浮かし、長い長い尾を引いて、再び地球への航路に戻った。
荒れ果てた海岸は悲鳴を上げ続け、やがてゲラーガを見失うと、その傷痕をゆるゆると直し始める。
「……」
無言の旅路を爆進するゲラーガ。彼が太陽……そう、皆さんもよく見知った、あの太陽だ。銀河系の片隅。
そこまで差し掛かると、彼の岩山の背中に、いやに唐突に手が触れた。
「!」
「やっほー☆」
「叶、ブ、ゴォッ!」
重々しい爆裂音が──ここは宇宙なので響き渡らないが、空気があったら響き渡るであろう巨大な拳の一振りが、振り向いたゲラーガの顔を軋ませる。
彼の背後から現れ、今向き直った真ん前に浮かぶ未指定は、悪魔ゲラーガの超絶巨体に見合ったスケールサイズとなっていた。
巨大未指定はゲラーガの首元を掴み、また拳を振りかぶる。ゲラーガは吠え立て、両腕を振り上げるが、もう遅い。
「おバ、ベヘェッ! 願いィ! ガフアッ! 口、バガァア~ッ!」
殴打。殴打。殴打。未指定が殴りつける度に、ゲラーガの空中制御が段々と弱くなる。死体が自ら空中浮遊性能を十全に働かせるわけがないからだ。機能するなら、死体とは言えない。
ゲラーガの腹を挟んでいた太股を離し、未指定は渾身の両足を繰り出した。
「てぇーい☆」
「ゴ──ゲバガア~……ッ!」
無重力ゆえに引っ掛かりもなく、太陽の中心へと落ちていくゲラーガ。その暴れる太い四肢や長くなびく尾、異常に広い巨体のあちこちから岩の欠片が飛び散り、砕け、粉になる。
粉を掃除する"死の未来"を背後に広げ、未指定は太陽の中へと飛び込んだ。
ゲラーガは太陽の真ん中、超密度の高熱体にて、その強い重力に縛りつけられる。しかしジワジワと死から回復し、強度を取り戻したなら彼は今すぐにでも縛りを振り切り、再び冷たい宇宙へと発つだろう。
その岩の顔に(比較的)小さな拳が突き刺さり、またぞろ彼の強度を衰弱させてさえいなければ。
「バホブ! ドガハァ~ッ!」
「さ、戦りましょ! 太陽リング・デスマッチよ」
「ガギェエアッ! ギシ!」
再びゲラーガの腰を股に挟み、両足で絞め上げながら首を掴み、ゲラーガの両腕の乱打を無視しながら殴打。
顔を殴り、腕を払い、顔を殴り、殴り、払い、殴り、殴り、殴り、殴った。
「……! ギ、バギブゲゴ……!」
「……"ゲラーガがこの世に存在しない未来"」
「ギョリザブ……グ、ハベ──」
やがて充分に弱まったゲラーガの頬に手を当て、ろくに勢いのないツメの一撃を細く丸まった背中で受け、未指定は薄い唇を魔獣の喉へと落とした。
「──願いを叶える」
ざらついた岩肌に唇が触れる寸前、未指定は言うなり、がちんと口で空を噛む。
ただそれだけでゲラーガの体は内部から微細に跳ね、それきり音さえ失い、巨腕が力なく崩れ果てた。
「ふー……っ」
身を起こした未指定が額を拭い、毛先が目につく前髪を乱す。
その股に挟まれた岩の巨体は次第に存在を透過させ、いつか嘘みたいにすっぱりと消えた。
宇宙。抑えきれなかった太陽風を、起きなかった未来を叶えて消し去り、未指定は遠く地球を逆さまになって見つめる。
「……」
色々と思うとこはあれど、とりま地球の平和は守られたのだ。
薄く細長い手を伸ばして、未指定は真っ暗な瞳を収めた目を細めた。




