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【1-6】 ようこそ生徒会へ

「生徒会に入らないかい? 新入生筆記試験主席、ロミエ・ハルベリィ嬢」



 生徒会長リーンハルト・マークハリスの水面のような薄い水色の瞳がロミエの瞳を覗き込んでいた。


(ロミエ・ハルベリィジョーって誰の事だろう)


 目の前に迫る現実に背を向けて、キョロキョロと「新入生筆記試験主席、ロミエ・ハルベリィジョー」を探す。

 あれ、居ない。どこどこー。どこですかー。助けてぇー。人違いぃーー……。


「ひ……ひひ……ひっ……」

「ひ?」

「ひとっ……違い……。でしゅ……」

「「……」」


 掠れるような声でつぶやくと、リーンハルトに加えて何故かショルトメルニーャの視線が冷たくなる。

 2人の冷たい瞳に捕らわれて、ロミエはますます猫背になって縮こまってしまった。

 ヤバいヤバいまたやらかした……とカタカタ震えていると、リーンハルトは先程より幾分か冷たさを感じる笑顔を浮かべた。


「嘘をつくのは、良くないよ?」

「そうよロミィ! 生徒会長から直々に勧誘されてるのよ!」

「うぅっ……ううぅぅ~~……」


 正直、全力で嫌だ。

 生徒会なんて学校全体の期待と責任を背負うも同然だし、そんなプレッシャーは二度とごめんだ。

 なのに、ショルトメルニーャは仲裁してくれるどころか「生徒会っ、生徒会よ!? 入っちゃいなさいよ!」とノリノリでロミエを突き出す。


「別に、嫌だったら拒否してもらっても構わないよ。ただ、私は君の可能性に《《期待》》しているんだ」


 ――君の可能性に期待しているんだ。


 リーンハルトのその言葉に、ロミエは「はっ」と瞳を開く。


(期待されてる……なら、応えないと……いけない)


「あ……ぅ……そ、の……ぁの……」


 リーンハルトの期待に応えるためには、ここで「はい」と返事をしないといけない。

 そうと分かっているのに、その一言はロミエの喉につっかえて、なかなか出てこなかった。

 「ぅ……あ……う……」と言葉にならない声を出していると、見かねたようにリーンハルトが「そうか」と肩を竦める。


(あぁ……わたし、また……期待を裏切ったんだ……)


 キュッと唇を噛む。けれど、「これでいい」と主張する自分もいて、それが無性に憎たらしい。

 周りの目を見るのが嫌になって視線を下げようとして――くいっと、顎を持ち上げられた。


「……へ?」


 そして、また目が合った。

 リーンハルトのキラキラと瞬く水面の瞳の奥に、気怠げで伏せ目がちの少女が映される。


「では言い方を変えよう――私の我儘を、聞いてはくれないだろうか?」

「…………」


 どうしよう。周囲からすごい目で見られている。

 生徒会長であるリーンハルトは公爵家の跡継ぎでもあり、その地位に目が眩む者もいれば、彼自身とてつもない美貌を持ち合わせていた。

 14歳のロミエからしてみれば、もうすぐ18を迎えるリーンハルトはとても長身で、その顔は大人びており、それでいて少し子供っぽい無邪気さを感じさせる小顔。優しく長く伸びる眉は長く、薄い弧を描いてこちらを見つめているのだ。


(つまり世間一般で言う、超絶美男子に口説かれてるようなもん……ってこと……?)


 色恋沙汰だとか胸キュンなるものに興味がない……というかそういった感情が消え去ってしまったロミエではあるが、周囲からどういう目で見られているかくらいはわかる。

 そもそも、生徒会長から直々に勧誘され、あまつさえ会長は公爵家の跡継ぎである。

 田舎出身で爵位もないロミエに、そもそも断れる権利は無かったのだ。

 そこまで思考がたどり着いて、ロミエは「カクン」と首を縦に振った。


「うん。じゃあ決まりだ。よろしく頼むよ、ロミエ・ハルベリィ嬢」

「……(カクン)」

「ちょ、ちょっとロミィ、ちゃんと返事しなさいってば!」


 ショルトメルニーャが肩を揺さぶるが、ロミエは目を白くして立ち竦む。


(魔力と集中力と精神力使った後に、もっと大きな期待なんかされるなんてぇ……トイレ籠りたいよぅ、一人になりたいよぉぅ……)


──ハッそうだ! 講義室出たらトイレに行こう。そこでしばらく籠城しよう、そうしよう。


 そう決意すると、だんだん心に余裕が生まれてきた……気がする。

 ロミエはその小さな身体から勇気と、少しばかりの心の余裕をかき集めて、リーンハルトに向き直る。


「……わっ……わ、わきゃり……わ、わっきゃりまったあ‼」


 噛んだ、そして響いた。シン……と、一瞬の静寂。

 そこに紛れるのはクスクス……という嘲笑だ。


「あ……あば……あばばあぁぁ……」


(や、やっちゃったぁぁぁ……!!)


 ああ、何かに埋もれてしまいたい。毛布でも土でも何でもいい。とりあえずこの身が世界に触れる面積を減らしたい……。

 この場に立つことはおろか、この世に存在していることすら億劫になってきた。


「ばっ……! まったく、あんたって子は……っ」


 そういうショルトメルニーャも、「くふっ……ふふっ……」と笑いを堪えている。


(ああ、笑われた……)


 見せる顔が無い――いや、もう何も見たく無くなった。


(なんでわたしは、返事もちゃんと出来ないんだろう……)


 黙って俯き、背中を丸めて震えていると……そこを「バシッ!」と叩かれる。


「ぎうっ……」


 「痛ぁ……」と振り返ると、ショルトメルニーャはどこか笑いを堪えるように、口角をピクピクとさせている。


「いいじゃない、返事が大きいことは、とってもいいことよ!」

「……え?」


 そう言う彼女は、顔いっぱいに笑顔を咲かせていた。そこに、そこに侮蔑や嘲笑の類はない。

 その時わかった。彼女は単純に、ロミエの突飛な行動が面白かったから笑っていた。ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 その事に、ロミエは何故か「えへへ」と頬が綻んでいると、リーンハルトが妙な提案をする。


「うん。ハーマ嬢の言う通り、返事は決意表明にもなるのだし、小さいよりは大きい方がいいね。ただ、君の場合は喉ではなくおなかから声を出すといい」

「お、おなか、から……?」


 人間とかの腹に口は付けてないはずだけど……とロミエは頭を捻る。


(腹から声を出すということは、魔物か動物かを体内で飼育するってことなのかな……? あいや、でもそれだと禁術に該当する行為になるし、魔道具……も人体に大きく影響を与える物を使うには資格がいるし……)


 ──と真面目に考察しているロミエに、リーンハルトが語り掛ける。


「それじゃあ、ロミエ・ハルベリィ嬢。君を正式に生徒会役員として任命する。手続き書類があるから、このまま生徒会室まで向かって言ってくれ」


 ロミエはコクリと頷く。頷くしかないから。

 無論、行きたくないのはやまやまだし、生徒会役員なんて称号も欲しくない。なんならトイレに籠って籠城してたい。

 だが、ロミエは受け入れるしかないのだ。向けられた期待を一度受け入れてしまったら、結果がどうであれやり遂げなければならない。


(まあ別に、失敗してもいい……かな)


 ロミエは密かにそう思案する。失敗すればロミエを見限って、生徒会から追い出してくれるかもしれないし、失敗を重ねれば期待される事も無くなるだろう。


「……ハルベリィ嬢?」


 しかし、それを察知したように、リーンハルトがズイぃッと顔の距離を詰めてきた。


「あばばっばばばっ、あばばばぁぁぁぁぁ」

「一応、何も言わなくても……」

「ひゃ、ひゃっひゃいっ!」

「……分かったね?」

「もっ、ももっ、もももっももっ――」


 「もももも」言うロミエに、リーンハルトは優しく微笑みかえる。その絵画のような微笑みに、ロミエは心臓を掴まれたように震え上がった。


(て、ててっ、手を抜くつもりないけど……な、内心、失敗するだろうなぁって、思ってることばれてるぅぅ⁉)


 そうロミエに思わせるほど、彼の微笑みは強力なインパクトとトラウマを残したのだった。 

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