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【2-21】精霊王召喚「開け、門」

 〈精霊王召喚〉


 それは、この世界の法則を司る精霊王を顕現させ、その膨大な力の一端を使う事が出来る奥義である。

 上位の魔術師でも極々一部の人物しか扱えず、魔法使いであってもそれは同じ。


 ここは街にそびえる時計塔。


 その展望台にて、紳士的な装いの男が長い詠唱を終えた。

 彼の髪色と同じワインレッド色の宝石が嵌められた短い杖が向けられた先——学園の直上に展開した魔法陣から巨大な門が顕現する。


「〈深紅の魔術師〉ルディアス・リースの名の下に、開け、門!」


 それは精霊王への敬意を表し、感謝をささげ伝える言葉。

 彼は掲げた右手を振り下ろし、最後の一節を唱えた。


「深紅より業火を纏いて、現れ出でよ──炎の精霊王イグニシア」


 門が開く。


 門の先から爆炎の槍が、ある一点に向かって放たれ――学園を覆う防御結界によって阻まれ、その火弁(かべん)を激しく散らした。

 その余波は大地を揺らし、ルディアスの左横顔に垂れる長い三つ編みを、激しくたなびかせる。


「ふぅむ、やはり一筋縄ではいきませんねぇ……」


(精霊王召喚に耐えうるほどの防御結界……となれば、黄昏と境界のどちらかか)


 防がれる事は予想していたが、ヒビ一つ入らないとは――ルディアスはヒョイと肩を上下させる。


「上院が喚き騒ぐのも納得ですな」


 〈精霊王召喚〉は魔術師の奥義であり、繰り出せる最大威力の魔術だ。そう簡単に防がれてたまるかこの野郎。

 しかし現実として、完全に防がれている。押し返されるわけではないが、その激突し続けるエネルギーは大地へと伝播し、時計塔を揺らしていた。


 ロンド王国は周辺諸国の中でも、最も魔術分野が発展した国家である。

 魔道具の生産量など他国と比べるまでもない。銀貨数十枚相当の魔道具が、ロンド王国内では数枚で売られている有様だ。


 魔術師の総数においても圧倒的。かと言って剣士の数も質も相当で、ロンド王国の守護者たる〈円卓の十一賢者〉のうち4人は騎士だ。


 それに何より、魔術・魔法を使う残りの7人も全員がバケモノ。

 一人で一つの軍団を滅ぼせる――そうまことしやかに囁かれるほどに、彼ら彼女らの力は圧倒的だ。


「ま、私には関係ありませんがね!」


「……凄い自信だね、オッサン」


「オッサン? 誰の事です? あぁ、あなたの一人称ですか。そうでしょうそうですよね? そうだと言っておいた方が身の為ですよ?」


 ルディアスは眉をピクピクと痙攣させながら振り向いて、壁際に座る赤髪の少女——アナスタシアに笑顔を向ける。怖い。

 アナスタシアは金色の瞳を陰らせると、ふっ……と力なく微笑んだ。


「もし言ったらどうするの。殺す?」


「殺しはしませんよ。あなたは人質ですからねぇ」


「……してよ」


「はい?」


 アナスタシアの掠れたような声は、周囲の地響きにかき消される。

 俯いたまま視線だけをルディアスに向けると、ぼそぼそと口を動かした。


「…………殺せるんでしょ。オッサン、あんな凄い魔術なんか使ってさ。今だって、こんなに揺れてるんだし、一人も二人も変わんないよ」


「はあ……だから、あなたは人質だと言っているでしょう。殺してしまったら意味がないではありませんか」


 イスベルク王国の協力者達の情報では、〈全能の魔女〉以外にもな魔法使いがいるらしい。それもその人物は、自分を〈創造神(ニヒリア)〉だと言ったのだという。

 出来損ないで無能神だ――と蔑まれているかの神だが、それでもこの世界を創り出したことに変わりはない。


 関わらないに越したことはないが、以前の暗殺計画はニヒリアによって防がれてしまったのだという。

 弾圧しているロンド王国に味方するような動きをした意図は分からないし、そもそも本物かすら怪しいところではあるが……何にせよ、何らかの対策をしておくべきだろう。


 事実、協力者が囮になってくれたおかげで、じっくりと準備ができたのだ。

 ルディアスはフッと口角を上げて胸を張り、視線を学園の方へと向ける。


「それにしても、壮観な景色だと思いませんか? 精霊王召喚と魔法結界との対決だなんて、そう見れるものではありませんからねぇ」


 業火の槍が学園を包む結界を貫こうと、激しく火花を散らしている。見方によっては、とても美しい情景だ。

 しかし、ルディアスが話題を変えても、アナスタシアは目を伏せたまま床を見つるまま。


「……興味、なさそうですねぇ。あなた、あの学園の生徒なのでしょう?」


「……どーでもいい」


 〈精霊王召喚〉なんて奇跡の技、魔術を学んだことがある者ならば一度は見てみたいものだろう。にもかかわらず、アナスタシアは腫れ物に背を向けるように俯いたまま。


 なんとまあ勿体ない!

 せっかく、〈深紅の魔術師〉たる私が〈精霊王召喚〉をしているというのに、この小娘は見ようともしないらしい。


 ルディアスは「やれやれですな」と肩をすくめる。


「では、その金色の瞳を、限界まで引ん剥かせて差し上げるとしましょうか」


 ルディアスは布袋に包んでいた物を取り出す。三つ又に分かれ、ゴツゴツと無機質に分かれた先に大きな宝石が嵌めこまれた、トーチの様なものだ。

 それを左手で乱暴に担ぎ、ニヤリと八重歯を覗かせて野性的な笑みを浮かべる。


「〈深紅の魔術師〉ルディアス・リース。その名をしっかり覚えておきなさい」



――――――――――



「……精霊王、召喚」


 ロミエは後ずさりながら、ポツリと言葉を零す。

 暗雲立ち込める中、〈精霊王召喚〉が轟々と輝きながら学園を攻撃していた。


(そんな……学園が、襲撃されてるんだ……!)


 おそらく第一王子の暗殺を狙っての事なのだろうか。本来、学園全体を焼き尽くせる火力を、ある一点に集中させている。


「…………へ? ふ、ふふふっ、防いでっ……る?」


 よく見ると、学園上空を覆う透明な障壁——魔法結界と衝突して激しく火弁を散らしているではないか。

 〈精霊王召喚〉は人間が扱える最高火力の技。精霊王の力を借りて行使するのだから、それはもう強力な魔術である。


 魔術師の奥義とも言える技を防いでいるのもさながら、その余波によってこの大地を揺らしていたのだ。


(精霊王の力を完璧に防げてる。ただの魔法結界なのに、すごい……)


 一体どんな結界なんだろう。ここまでの強度の魔法結界となると、相当作り込まれた術式なんじゃないか。

 精霊王召喚をこうも完璧に防ぎきるなんて……気になる。どんな魔法式が刻まれてるんだろう。どんな構成で、組み合わせで、並びで、密度で、流れで、回路で作られているんだろう?


 ――気になる……。


 だが関心している場合じゃない。

 揺れは今も続いているし、ガシャンと花瓶が割れる音もして――。


 パンッ、ダッダダッ、ババパンッ――!


 街中で何かが発破したような音が響いた。広場でも色々な場所から発破音が響くとともに、人々の悲鳴がこだまする。


 地面が揺れるなんて非現実的な環境にさらされている状況下で、その発破音は混乱を助長していった。


「なに、何の音なの!?」

「なにが、いったいおきて……」

「あの門のせいじゃねぇのかよ!」

「だっ、誰か包帯を持ってきてくれ! 早く傷口を押さえないと――」

「て、帝国の侵攻が始まったの!?」

「おい、何がおきているんだ!?」

「ま、魔道具がぶっ壊れやがった!」


(魔道具が壊れた……?)


 様々な憶測が飛び交い混乱が拡大していく中、ロミエは改めて空間の魔素を確認する。

 すると、明らかに魔素の動き方が変だった。無秩序に行き交いながら消えては生まれ、波のように蠢いてすらいる。

 こんな動き方はあり得ない。歪んでいるとすらいえる。


(精霊王召喚と魔法結界の力が衝突しているから……なのかな。でも、こんな広範囲にまで伝わってくるなんて……)


 魔道具には保護術式も刻まれているが、それすら破壊する程に精霊王召喚と魔法結界がせめぎ合う余波は強力だったのだ。

 攻撃自体は防げているものの、これ以上続くと周りの被害がとんでもない事になる。


(わたしが……私が、なんとかしなきゃ)


 しかし、〈世界の本〉を使おうにも隣にはショルがいる。どうにか離れなければいけない。


「ぁ、あのっ……わたしっ、ちょっと離れるので……」


 ロミエは見上げていた視線を下ろし、ショルトメルニーャに目線を向け――「えっ」と目を見開いた。


「う……ぁぐ……な、に……これ……」


 うつ伏せになったショルが、全身に駆け巡る苦痛に顔を歪めていたのだ。


「しょ、しょしょっ、ショルさ……っ! だっ、どっどどぅっ、どうしたんですかっ……!?」


「ロ、ミィ……なん、か……からだが、刺さ……れて……!」


 ショルは「痛い……っ!!」と涙を浮かべて歯を食いしばった。

 呼吸をすることすら辛そうに、「ヒィッ……ふっ……ぁ……」とぎこちない呼吸を繰り返している。


「さ、刺されたって……ど、どこですかっ?」


 禁術ではあるが、再生魔法を使えば傷を塞ぐことができる。

 しかし、見たところ刺されたような傷が無い。なのに、ショルは苦痛に顔を歪めながら、震える手をその胸元に置いたのだ。


「内側、が……痛い、の……っ」


「内側……? 内側って……あっ……」


 内側が刺されるように痛い――その痛みを、ロミエは知っている。


(体の内側に氷が出来てるんだ……!)


 よくよく見ると、青い肌の所々から氷が隆起していて、ショルの体を侵食していた。

 ここは魔術戦結界の中ではないから、早く直さなければショルが死んでしまう。


(で、でもっ周りに人が……)


 広場はパニック状態ではあるが、目が向くのは広場に(はりつけ)にされたニヒリアの像。


 それに───ロミエは視線をエルベンスに向ける。

 しかし、彼女は氷の口枷をつけたまま空を見上げたまま。どうにも、詠唱をした様子はない。


 無詠唱で……? いや、そんなことは無い。無詠唱で魔素を操れるならば、それはもう魔法使いといえよう。

 エルベンスが使っていたのは魔術だった。特殊な術式が組み込まれているものの、それを無詠唱で起動させるなんて――。


(……あっ。もしかしてっ……)


 ドクドクドクと加速する心臓を抑えながら、学園の上空を見上げる。

 ショルは氷の枷によって囚われていた。そこにエルベンスの術式が込められていて、精霊王召喚と魔法結界の余波により術式が発動したのかもしれない──。


「…………へ?」


 顔を上げたロミエはポカンと口を開いた。


 火の精霊王を召喚した真っ赤な魔法陣とは違う、《《もう一つの魔法陣》》が空に展開されていたのだ。

 緑に輝く魔法陣から現れたのは新緑の門。鋭く渦を巻くような風を纏いながら、《《二つ目の門》》が召喚されていく。


 ただえさえ1つの門だけでも空間が軋むほどの威力を撒き散らしているというのに、もう一つ精霊王召喚を行ったりしたら──


「空間が……せ、世界が……」


 ──壊れる。


 広場の混乱はピークに達し、遂に人々は学園を背にして逃げ出したのだった。



――――――――――



 時計塔の展望台に立つルディアスは、新たに展開された門に向け、 三つ又トーチのような杖を掲げる。


「〈深紅の魔術師〉ルディアス・リースの名のもとに、開け、門!」


 それは精霊王への敬意を表し、感謝をささげ伝える言葉――儀礼詠唱。

 彼は掲げたトーチを下ろし、最後の一節を唱えた。


「新緑の森より春を纏いて、現れ出でよ――風の精霊王シルウァーヌス!」

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