【2-19】言うこと聞いて(脅迫)
マイトが向かった先は、古びれた鉄扉で閉じられた地下への入り口だった。
所々錆びてしまって滑りの悪い扉を開き、苔むした石階段を慎重に選びながら、できるだけ素早く下りていく。
階段を下りた先は半円状の天井と、水路のような大きな溝が掘られた地下空間。
この先に、ショルとシアを誘拐した可能性がある人物がいるらしい。
「ここは旧地下水道でな、このどっかにアジトがあんだ」
「ど、どっか……ですか?」
「……ごめんて、暗すぎると方向感覚狂うじゃん?」
「は、はぁ……」
ロミエは「そうかなぁ……」と、納得できなそうに首を捻る。
方向感覚なんて、頭に地図を描きながら進んでいれば迷わないのに。
とはいえ、この暗さで敵地を進むのは危険だ。
これから対峙するのは〈雹滅の魔女〉エルベンス。イスベルク王国の刺客である彼女とは、前に一度戦っている。
(体の中に氷を生み出す魔術……うぅぅ、思い出すだけで痛い……)
魔術戦結界の中だったから痛みだけで済んだが、体内に氷が生成されていく激痛は忘れられない。ロミエは思わず手が強張ってしまう。
ここは結界に守られていない。それに、罠が貼られている可能性もあるので気をつけていかなければならない。
ロミエは無詠唱で火球を生み出した。
「これでちょっとは見えるはず、です」
「無詠唱って……ま、ニヒリア様なら当たり前か」
「……ニヒリアって、呼ばないで欲しい、です」
人前で言われたらたまったもんじゃない。ムスッと唇を尖らせるロミエに、マイトは「すまんすまん」と肩をすくめた。
そんな軽口を叩きながらも、二人は旧水道の石畳を進んでいく。
だが、進めど進めど罠らしいものは無い。とはいえ、古びた石畳は苔むしているので、走ったりしたら転げてしまいそうだ。
すると、ロミエが展開していた感知魔法に反応があらわれる。
「……ちょっと離れた先に、だれか……二人います」
「二人……? フード男は学園側だろうし、連れてかれた二人が同じ場所に……ってのはないな。だとして、もう一人はどこだ……?」
マイトが首をかしげるが、とりあえずショルかシアのどちらかを助けるべきだ。
(人質を救出するには……)
ロミエは手をアゴに添えて、マイトに向いた。
「……ランツ様、遠隔魔術は使えますか?」
「あー……そんな遠くじゃなかったら、使えなくもないぜ」
ロミエならば、正面から戦っても勝てるだろう。しかし、人質の安全が最優先だ。
ロミエは感知魔法で経路を頭に入れながら、マイトに向き直る。
「作戦が、あります」
――――――――――
無機質な石畳で囲まれた旧水道。その一角を、ロウソク一本の灯りが照らしていた。
手足を氷の枷で拘束されたショルトメルニーャは、揺れるロウソクの火をボンヤリと眺めている。
カフェで待っていたショルトメルニーャとアナスタシアは、突然窓ガラスを割って突入してきた少女と、潜伏していた男に拘束され、地下へ連れ去られたのだ。
(わたくし、どうなるのかしら……。シアもどこかへ連れ去られてしまったし……それに)
「ふんふ~ん、ふふんふん~」
ショルを誘拐し、ここまで連れて来た少女——エルベンスという白髪の少女が、ショルの周りを周回しながら呑気に鼻歌を歌っている。
エルベンスはショルの視線に気が付くと、ロウソクに照らされた白銀の瞳を向けた。
「あ、そうだ。オネーさんって~、暗いところは怖い?」
「……なんで、そんな事を聞くのかしら?」
「え? 気になったからだけど」
「…………えぇ、怖いわよ。それがどうかしたのよ」
「ふぅ~ん、そっか。かわいそ~」
エルベンスはそれだけ言うと、再び頭を揺らしながら鼻歌を奏でる。
「……?」
(この子は何が言いたかったの……?)
この少女とは微妙に会話がかみ合わない。なんというか、常識に齟齬がある感じがした。
そもそも何者なんだろう。見かけ年齢はショルやシアはもちろん、ロミエと比べても幼く見える。
そのくせ、カフェを氷漬けにするほど魔術に長けているのだ。
(こんな子が犯罪に加担する……のかしら)
それに、シアを連れ去って行った男は何だったのだろう。
美しいワインレッドの髪や、貴族然としたモーニングコートを着こなしていた姿からは、どうにも盗賊っぽい感じがしない。
(身代金が目的じゃなさそう……なら、なんでわたくしたちを誘拐したのかしら……)
考えられるとしたら、青肌人種に対する差別、もしくはアナイア帝国に対するヘイトの一環……だろうか。
今でも授業中や移動中に陰口を言われるなんてザラで、酷い時には変な因縁を付けられそうになる時もあった。
そのたびにキルトエが助け舟を出してくれるし、生徒会監査のロミエがいれば表立って言ってくることは無い。
(肌の色が違うだけなのに……三人は、優しくしてくれるのに……)
陰口とか虐めとか、誘拐とかしても意味がない。だって肌の色が違うだけで、ただの少女に過ぎないのだから。
特別能力に優れたわけでもない、ちょっと家柄が良かっただけの少女に過ぎない。
……それに、故郷にはもう戻る場所がない。
「……っ」
「ポチャン」と水滴が落ちる音が響き、ショルは咄嗟に身を縮こませる。
昔から暗いところは苦手だ。闇の先に悪魔か何かが待ち受けていそうで、怖い。
ショルはジッとロウソクの光を覗き込む。
しかしその時、暗闇の先からコツコツと石畳を踏む足音が響いた。
(なに……!?)
咄嗟に顔を上げて、その方向を見る。
悪魔? と思ったが、その足音はゆっくりで、かつ右手に炎を浮かべて松明代わりにしていた――が。
「——ひゅぐふ……ッ!」
小さな悲鳴と共に、盛大に躓いて転んでしまった。
炎も消えてしまったが「ううぅ……何にもないところでこけるなんてぇぇ……」と、頼りなさげに嘆く声が聞こえてくる。
その声を――へっぽこで、どこか抜けている少女の名を、ショルは叫んだ。
「ロミィ! そっ、そこにいるの!?」
「しょ、ショルっさん!! いまっ……助けに行く、からっ」
ショルがいることに気づいたロミエが、少し声を弾ませながら立ち上がる。同時に、エルベンスは不思議そうに頭を傾げた。
「ん~? なんか、雰囲気変わった?」
まるで会ったことがあるみたいな口ぶりに、ショルは「えっ?」と声をあげる。
「知り合いなの?」
「えと、知り合いって言うか……そのぉ……」
ロミエは歯切れ悪く口ごもった。
その代わりと言わんばかりに、エルベンスは幼い顔に「にまっ」と笑顔を浮かべる。
「この前は~、ぼっこぼこにされちゃったから――今度こそ、ちゃ〜んと殺すね♪」
途端、エルベンスが詠唱を始めるので、ロミエもそれに呼応するように本を掲げる。
「——絡みつけ、炎龍っ」
ロミエの足元に淡く光る魔法陣が開かれ、そこから大蛇のように長く、火焔を纏った龍があらわれる。
「——氷になっちゃえ!」
対してエルベンスも、ロミエに向けて雹の様なつぶてが放たれた。
しかし、それらの攻撃は全て炎龍によって阻まれる。
(一撃でも食らっちゃ、ダメ)
ロミエはスッと目を細くする。
エルベンスの攻撃は単調だが、その一つ一つに彼女の魔力と術式が練り込まれていた。それも、触れると体内に魔力が流れ込み、内側から氷を生やす魔術……彼女オリジナルの魔術である。
いくら創世神の記憶があるとしても、この身はただの少女。普通に痛いし傷つくし、簡単に死んでしまう。
だからロミエは一切の手加減なしで魔法を使い、エルベンスの攻撃を捌いていた。
「これ、なら――!」
鋭い氷の槍が複数生み出され、その矛先をロミエに向けて飛翔する。
しかしロミエが手をかざせば、それに従うように炎龍が槍へと絡みつき、溶かしつくしていく。
「す……すごい……」
その圧巻ともいえる光景に、ショルはその一言しか言えなかった。
あまり魔術が得意でないショルでも分かる。ロミエのやっていることは、あの炎龍を操る魔力操作技術がとんでもないことくらい。
なにより、暗闇を照らしながら舞う炎龍はとてもとても美しい。
仄かに伝わってくる炎の温かさも、心細かったショルを包み込んでくれるようだ。
(すごい……ロミィは、こんなに綺麗な魔術を……魔法を、使えるのね)
目を細め、震える心のまま涙を流そうとして――すぐに、枯れてしまう。
——なんでロミエにはこんなに凄いことが出来るのだろう。
――こんなに凄いことが出来るのに、何もないところで転げちゃうなんて、なんてドジでへっぽこなのだろう。
――何もできないフリをして、嘘ついてたんだ。
(そん……なんじゃ、ない。そんなんじゃないわ。そんなんじゃ――ない……っ)
ショルはブンブンと頭を振る。それでも湧き上がってくる感情に顔を歪めた。
なんで素直に喜べないのだろう? この湧き上がってくるマイナスな感情は何なんだ。どうしてこんなに……こんなにも否定したがるんだろう。
(……そんなの、いやよ)
友達に感謝できない人なんて、嫉妬する人になんて、蔑む人になんてなりたくない。
心から「すごいじゃない!」って褒められるような、胸を張って「すごいのよ!」って紹介できるような――心から、一緒に喜び合って笑い合いたいのに……。
ショルが心とアタマで葛藤している間にも、ロミエとエルベンスの戦闘は繰り広げられていた。
しかし、ロミエは全ての攻撃を炎龍で阻みきっていて、少しずつ前進している。
「ん〜──ここ!」
エルベンスはひときわ巨大な氷の槍を生み出し、ロミエに向けて飛翔させ――直前で、石畳の床へと突き立てた。
するとそこから、勢いよく水が噴き出し始める。水道管を破壊したのだ。
「あっ、炎が消えて……!」
魔法とはいえ、燃え盛る炎に実体はない。水がかかれば弱まってしまうし、水道の水を全て蒸発しきるほどのエネルギーは無かった。
炎龍は消え、ロミエはずぶ濡れになってしまう。すかさず、エルベンスが次なる魔術の詠唱を開始した。
彼女の目的は時間稼ぎ。水を媒介に、自分の魔術で氷を広げることができれば、敵もそう近づいてこれないだろう。
(もしかして、倒せちゃう?)
エルベンスは詠唱の裏でほくそ笑む
前回は魔術戦結界だったため真価を発揮できなかったが、ここでならば遺憾なくその凶悪性を発揮できるのだから。
しかし次の瞬間──溢れ出していた水が、瞬時に氷になった。エルベンスの詠唱は終わっていない。
「うそぉ!? 詠唱してなかったじゃん!!」
「なんで!?」と白銀の目を見開くエルベンス。
ロミエの声は聞こえなかった。なのに吹き出ていた水は、そのままのアーチを描いたまま氷結しているのだ。
「まっ、まままっ、魔法書、使い………………みたいな……」
ロミエはモジモジと指をこねながら、有耶無耶に答える。
なるほど、魔法書は詠唱しなくて良いんだ──とエルベンスは一人納得しながらも地団駄を踏む。
(こんなスグに対応されちゃったら、どうしようもないじゃん!)
エルベンスは悔しそうに睨むと、ロウソクの周りに捕らわれたショルに駆け寄り、その喉元に氷のナイフを突きつけた。
「ちょっとでも動いたら殺しちゃうから! 嫌だったら言うこと聞いて!」
とは言いつつ、エルベンスは詠唱を開始。終わるとナイフをロミエに向けながら氷の槍を放ってくる。
ロミエは(盾にされたら危なかった)と安堵しつつ、片手間で炎龍を生み出して対処した。
同時に、感知魔法を使ってある人物を探す──が、いない。検知できる範囲内に、彼の姿がなかった。
(ランツ様はどこに行ったの……?)
考えた作戦は、ロミエが囮として派手に攻撃している間に、違う経路で近づいたマイトが防御結界で人質を保護する──という内容だった。
ロミエ1人でも出来ないことはないが、二人の距離が離れていないと難しい。
(迷ってる、のかな……?)
案内してもらった時も何度も道に迷っていたし、マイトは方向音痴なのだろうか。
(なら、わたしがやる……しかない)
少し目を落としながら、小さな拳を握る。
ロミエは感知魔術を解除し、もう一体の炎龍を生み出してエルベンスへと差し向けた。
「二体めぇ〜!?」
エルベンスが嫌そうに顔を歪め、迫り来る炎龍に攻撃を浴びせてゆく。だが、その勢いは収まることなく彼女の周囲を明るく照らした。
おかげで、氷の枷に手足を拘束されたショルの姿を、ハッキリと確認する。
「……ここ」
ロミエが右手を掲げると、ショルを囲うように魔法結界を展開する。無論、無詠唱で。
エルベンスもそれに気がついた。だが、もう遅い。
勢いを増した炎龍は、エルベンスの氷をものともせず食らい溶かしていき──その首に、火焔の牙をあてがった。
「詠唱したら、焼きます…………ので」
そう告げると、ロミエはキリリと上げていた眉が頼りなく下がった。
「……し、死にたくなかったらっ……言うこと聞いて、くだひゃいっ……!」
ロミエ渾身の脅迫は、カミカミなのであった。
ロミエはロミエなのである。




