【2-18】ただのロミエに出来ること
「ショルとシアがいない……いないのだ、どこにも!!」
「えっ…………」
キルトエの悲痛な叫びが響く。ロミエも今更ながらに見渡して──いない。
どこにもいない見当たらない。2人の姿が、無かったのだ。
代わりに、座っていた窓際の席には割れたガラス片がキラキラと散乱している。
(2人とも、誘拐された……? でもなんで…………わたしが、いた……から?)
ロミエは「ニヒリア」として、刺客の前で姿を晒している。完膚なきまでにボコボコにしてしまったから、警戒するのも当然だ。
だから、親しくしていた人を攫って人質にした……もしくは、交渉材料の為に誘拐された可能性が高い。
(わたしの、せいで……わたしのせいだ、わたしがいたから……)
罪悪感が身体にのしかかり、ロミエは自然と視線が下がってしまう。足が震え、フラフラと足元が覚束ない。
「——炎よ、溶かせ!」
ロミエが呆然自失になっていると、キルトエが火属性魔術を放つ。けれど、氷の表面を少し水滴に変える程度で状況は変わらない。
だが、ロミエに冷静さを取り戻させるには十分であった。
(わたしだったら、溶かせる……かな)
ショルやシアの事も心配だ。心配で心配で心が落ち着かない。大きな穴が開いたように、隙間風が吹いている。
だけれど、まずは助けられる人の救助が先だ。このままでは、凍死してしまう。
しかし、ここで魔法は使えない。
周囲では何事かと野次馬が集まってきていた。魔法なんて使ったら、いらぬ注目と期待を集めてしまうだろう。
(でも……でも、見捨てたりなんか、できない。……許せない)
大切な人を失う辛さを、ロミエは知っている。それを見ている事しかできなかった、出来損ないな自分を、知っている。
でも、そんな自分に期待してくれる人がいるって事を──ロミエは知っている。
その期待を裏切りたくない。裏切ってしまったら、突き放されそうで……怖い。
(ただのロミエに、出来ること……)
人前で魔法なんて使えない。〈世界の本〉を召喚するなんて論外だ。
それでも、自分に出来ることはある。あるんだ。
ロミエは小さな左手をギュムっと握り、腹を括る。
「……ランツ様。ペンを、持っていますか?」
「おう、持ってるけど……」
「その本もかしてください」
「わ、わかった……つっても、どうすんだ?」
マイトが持っていた本とペンを受け取り、適当なページを開く。
「魔法を……描きます」
ロミエの顔から感情が消えた。ペンを本の余白へと落とし、滑らせてゆく。
次々と幾何学模様が描かれる。それはもう尋常じゃない速度で、一切の迷いなく完璧な魔法式を描いていった。
もちろん、1ページで収まるわけがない。書かれていないページの端を埋めては埋めて、次のページへ次のページへと捲っていく。
そして手を止めるロミエ。パタンと本を閉じると、本を持つ手をを氷柱へと向けた。
「離れてください」
キルトエが驚いたように目を見開き、すぐに悔しそうに歯を食いしばって距離を取る。
氷柱の元に、巨大な魔法陣が出現した。
周囲の魔素が、その形質を火焔へと変換させていく。
(包むように、撫でるように……巡るように──)
「——絡みつけ、炎龍」
魔法陣が真紅に発光し、そこから火焔のうねりが氷柱に巻き付いていく。
氷が勢いよく溶けていき、捕らわれていた人々が解放されていった。
「……これで、大丈夫」
氷は少し残っているが、氷の中に誰もいないことを確認し、ロミエは魔法を解除する。
魔法を人前で使ってしまった。けれどこれは魔法書を介して発動しているから、術式維持や魔力操作については誤魔化せるハズ……。
「す……っげぇ……」
そう呟くのはマイトだけではない。周囲にいた人達——学園の生徒や街の人々が、驚きの目でロミエを見ていた。
ロミエはピャッと肩を縮めて、その場でうずくまってしまう。
(や、やっぱり……注目されるのは、いやだよぅ……)
羨望なんて御免だ。そんな目で見ないで欲しい。こんな魔法、ただ描いただけに過ぎない。やり方を理解できれば誰でも出来るっていうのに……。
「……ロミエ」
キルトエに名前を呼ばれ、ハッと顔上げる。
彼女はどこか苦しそうに、悔しそうに……不甲斐なさを噛み締めながらも、その黒曜石のような黒い瞳は真っすぐとロミエを見ていた。
「ロミエ。……ショルとシアを、探してきて欲しい」
「……えっ」
焦っていた裏で 、キルトエはしっかりロミエとマイトの会話を拾っていた。
内容的に、二人になんらかの秘密があることは、何となく察している。
「事情は後で聞くのだ。けど、ランツ先輩は何か知っているのだろう? それに……ボク程度じゃ力に、なれないのだ……っ!」
「適材適所というやつなのだぞ!」と、キルトエはパッと笑顔を浮かべる。その瞳に悔し涙を滲ませながら、右手をロミエに差し出す。
キルトエがロミエに期待している。頷いて欲しいと、ロミエの能力を認めて任せられると判断したんだ。
その期待が、怖い。恐ろしい。だけれど――
(……わたしが、やらなきゃいけないんだ)
それにだって、ともだちからのお願いなんだ。
いつも声をかけてくれて、いつもロミエに笑いかけてくれるキルトエが、涙を滲ませているんだ。
ロミエはキルトエの手を取る。
「……うんっ。わたし、助ける。助けてくる、からっ……。わ、たしに、まか……任せてっ!」
「…………ごめん、無理させるのだ」
キルトエだって、本当は自分の力で解決したい。それが彼女の使命だし、輪を取り持つ者としての矜持だ。
(けど、ボクにはどうにもできない……)
キルトエではほとんど溶かせなかった氷を、ロミエは溶かした。それも魔法、圧倒的な技術を見せられて。
実技成績一位だったとはいえ、初級魔術師程度の実力しかないキルトエに、出る幕は無い。
キルトエが悔しそうに視線を落として地面を睨み、肩を震わせてしまう。
「キル、さんっ」
不意にロミエから愛称で呼ばれ、ハッと顔を上げるキルトエ。
そんな彼女に向け、ロミエは口をはにかませて告げるのだ。
「ともだちを助けるのに、お願いなんて……いらないですっ。あたり前なこと、ですからっ」
ともだちを助ける――そんああたり前なことを、ロミエは出来なかった。
だから、二度と繰り返したくない。繰り返さないようにするんだ。
そんな決意の灯火を瞳に宿したロミエに、キルトエはハッと目を見開いて、浮かんでいた悔し涙を拭う。
「そう……だな、あたり前なことなのだ。ここはっ……我に任せて、ロミたん達は二人を探してきて欲しい!」
「うんっ、ぜったい、絶対見つけてくるっ、からっ……!」
いつもの元気を取り戻したキルトエが、救助活動の輪に入っていく。
その姿から目を離し、ロミエはマイトに向き直った。
「ランツ様は、心当たりがあるんですよね」
「ニヒ……ハルベリィさんをこっちに引き留めるため、だろうな。奴らの本命は殿下だから、多分こっちだ」
「たぶん……?」
確信無いんだ――とロミエは苦笑いを浮かべつつ、駆けだしていくマイトの背中を追い、足を動かす。
(殿下……のことは、ライラ様がいるから大丈夫、だよね)
ライラックだって強い魔術師だ。大賢伯に選ばれるくらいだし、上位精霊とも契約しているのだから。
学園が黒霧に包まれて、刺客と対峙しているのがリーンハルトだなんて、ロミエには知る由もない。
──────────
その頃、学園では──
「ふーん。魔法も呪術も、こんなもんなんだ」
そう言って、右手に握る黒いレイピアを無造作に振り下ろすのは、亜麻色の髪の青年──〈強者の家系〉リーンハルト・マークハリス。
ジュバッと赤い飛沫が刀身を濡らす。
周囲に漂う黒霧の勢いが薄まったせいか、彼の足元に広がる赤い液体もクッキリと見えた。
「……魔法が使えたのに、仕える陣営を間違えたからだよ。恨むなら祖国を恨むといい」
リーンハルトは既に息絶えたタディカスヘンシェ・ターコンにそう告げて、剣に付着した血を振り払った。
「……バケモノめ」
運命の呪術師は、ジリジリと距離を取りながら詠唱を始める。
それに気がついたリーンハルトが、レイピアを直剣に《《変化させて》》構えた。
詠唱なんて、していない。
人は詠唱なくして魔術を行使できない。無詠唱魔術なんて、精霊や悪魔など人ならざる存在でないと不可能だ。
なのに彼は詠唱もなしに魔術を……闇属性魔術を使う。
運命の呪術師も〈呪術師〉を名乗るだけあり、多少闇属性を含んだ呪術を扱える。
しかし、リーンハルトの扱うソレは、その本質から〈闇〉なのだ。
(だが……このバケモノは、術式を分かっていない)
ダクティリオスは詠唱を終え、県を構えるリーンハルトに攻撃──するのではなく、自分の身体に風を纏わせて飛翔する。
ライラックのように圧縮もしてない、通常の短縮詠唱だ。魔術に精通していれば、その詠唱から属性くらいは把握できる。
まして、〈呪術〉という魔術でも魔法でもない半端な術式なんて歪そのものだ。
それをリーンハルトは聞き分けれなかったらしい。
「……やられた」
てっきり呪術の詠唱をしているもんだと身構えていたリーンハルトが、呆然とダクティリオスを見上げる。
下から撃ち落とそうと思えば出来るが、霧が晴れ始めた今となっては些か都合が悪い。
(……まあ、殿下を守ることは出来ただろう)
第一王子の近くには大賢伯もいるし、防御結界に秀でた教員もついている。
アールグレイだって、すぐに黒霧の性質に気づけるだろう。
飛行魔術を使えないリーンハルトは、逃げていくダクティリオスを見送るのだった。
***
ここは学園近くの暗い路地裏。そこに裾の長いモーニングスーツを着こなした男と、手足口を縛られた赤髪の少女がいた。
黒いカツラを取ってワインレッドの髪を露わにした紳士の男が、飛行魔術の詠唱を終える。
「それでは、すこし揺れますよ」
美しく整った顔にフワリとした微笑みを浮かべ、右腕に抱えた少女と共に飛翔する。
向かう先は時計塔。街が全体が良く見えて、なおかつアリストリア学園を一望できる場所だ。
右腕に抱えた少女は意識があるものの暴れる様子もなく、従順としている。黙らせる手間が省けて助かった。
オレンジ瓦のスレスレを縫うように飛行しながら、学園の方面も警戒しつつ飛んでいく。
ふと、〈運命の呪術師〉が学園から離れて行くのが見えた。予定よりも早い。どうやら、あの不確定要素は敵についたらしい。
(ふむ……ガセネタでしたかね? だが、証拠はあがっている……)
なんのつもりだ……? と眉を顰める紳士の男。
だが、暗殺計画に支障はない。イスベルクとアナイアの協力者が良い囮になってくれたおかげで、致命的な隙が作れたのだから。
彼は左肩に携えた布袋をしっかりと持ち直し、速度を上げるのであった――




